31 下級侍女から見たあのお方
ここでまさかのマイナ側視点入ります。
「必ず見付けなさい。見付けるまで、貴方達に休みはありません」
マイナ達にそう言った侍女長こそ、げっそり消耗していて休みが必要そうだった。
消耗した声は老女のようで、ここ数日で一気に老け込んだ侍女長の命令に覇気はない。
頷きはしたが、誰も彼もが疲れている。
連日繰り出される同じ命令に、マイナも辟易としていた。
――主人の部屋から、大事な大事なペンダントが盗まれて三日目。
まだペンダントは見付かっていない。
(同じ所を何回探したと思っているのさ)
見付かるまで探せと言われているが、いい加減無理があるとマイナは嘆息していた。
複数人で。家具を動かしてカーペットをひっくり返してまで探したのだ。それでも見付からないなら、いい加減方向性を変えるべきだ。
(馬鹿が馬鹿なことしてくれたよ、本当にさ)
マイナは何かと自分に絡んできた同僚を脳裏に描く。
いじわるそうに顔を歪めた、行儀見習いでライコア侯爵家の侍女をしていたノインという娘だった。
マイナは子爵家の娘だが、行儀見習いではなく食い扶持を稼ぐためにライコア家に就職している。なので真面目に働いていたのだが、それを体のよい小間使いと勘違いしたノインに仕事を押しつけられた。それで勘違いするなと注意した結果、気に食わないと反発してみみっちい嫌がらせをされるようになった。
行儀見習いとして、簡単な侍女の仕事一つしない。お前は何をしに来たんだと何度言いたくなったことか。
(まあ、行儀見習いって言いつつ、嫁入り先を探しに来たんだろうな。侯爵様に対して色目を使おうと必死だったのは、立場がわかってねぇ女だと思ったけど)
マイナはノインに興味がなかったので、実家がどの程度の階級なのか知らない。知らないが、侯爵家に嫁げるような家ではないだろう。
釣り合うなら、とっくの昔に見合いでも何でもしている。
――そして、四人目の奥様より早く殺されるのだ。
燭台の灯りを片手に同僚達と三階までやって来たマイナは、同僚と別れて見逃した場所がないかと周囲を見て回った。
正直、日が落ちてからの捜索は非効率的だ。
蝋燭の明かりは万能でない。視界が悪いのに、ペンダントのように小さな品物を探すのは困難。
三日経っても見付からないペンダントに、侯爵は焦れている。
ペンダントの在処を吐かせる為に、ノインは鞭で打たれるだけでなく、耐えがたい責め苦を受けているともっぱらの噂だ。堪え性のないノインから情報が出てこないのは、耐えきれず死んでしまっているかもしれないと使用人達の間での噂だ。
そう思うくらい、侯爵の空気は殺伐としている。
(本当に、馬鹿なことをしてくれたよ)
考えなしと思っていたが、思っていた以上だ。
(四人目の奥様のペンダントを、盗んで紛失するなんて)
廊下の細部まで、燭台で照らして奥へ進みながら、マイナは緑の目を眇めた。
(あれは、アイヴィー様の宝物だったのに)
――マイナは、盗まれたペンダントの特徴を聞いたときから、それが何かわかっていた。
それは、厨房で働く兄のフルスも同様だ。
だって、見せて貰ったことがある。持ち主から、宝物だと明るく笑う女性から。
陰鬱な侯爵家に嫁いできた、お日様みたいな女主人が自慢していたペンダント。
『弟だけれど、私にも姉弟がいるの。だからわかるわ。マイナがフルスを大切にするのは、当然のことでしょう?』
(アイヴィー様……)
その存在は、まだマイナの胸に根を張って、忘れさせてくれない。
マイナがアイヴィーと出会ったのは、マイナがライコア家に就職した次の月の事だった。
妻を迎えるにあたり、ライコア家が使用人を増やした結果なので、当然と言えば当然だ。
でもまさか、マイナ達のような下級の使用人にまで声を掛ける奥様が来るとは思ってもみなかった。
マイナ達が雇われたのは侯爵家に黒い噂が流れ始めた頃だった。
噂は不穏だったが、給料がよかったので応募に飛びついた。住み込みで働ける場所があるなら多少危険でも構わなかった。
何せマイナとフルスは十二人も兄弟がいる。下の子を飢えさせないためにも、上の子は働くしかないのだ。
だからといって進んで危険と遭遇したくはない。
マイナは同僚にも、上司にも警戒しながら仕事をしていた。
幸い下級侍女は洗濯や掃除をひたすらするだけで、侯爵の姿が見える距離まで近付くことはなかった。嫁いできた奥様も同様で、交流の機会が訪れるはずがなかった。
だというのに、アイヴィーは悠々と厨房に乗り込んだ。
そこでわざわざ下っ端のフルスに声を掛けて、美食の街ヴィニカリスのレシピの改良などと料理人なら釣り餌なくても、釣り糸だけ下ろされても飛びつきそうなネタを持って来た。
警戒心のない兄はあっさり飛びついたので、マイナの心臓は止まるかと思った。
目を輝かせた兄が、奥様と一緒に厨房裏で談笑しているのを見てしまったときのマイナの衝撃は計り知れない。
フルスは無口だが、キラキラと目を輝かせる様子は完全に尻尾を振る犬だった。警戒心のない、誰にも吠えない犬だ。気軽に尻尾を振るので、飼い主が苦労するのだ。
どれだけ親しげでも、アイヴィーはこの屋敷の女主人。侯爵夫人。
戯れで使用人に優しいだけで、いつ本性を現すか分かったものではない。
突然の事態に、飼い主として兄を守ろうと必死で、マイナは周りが見えていなかった。
今思えば、相手を悪と決めつけて威嚇するマイナこそが、不敬で愚かしかった。
それこそ、罰で首を切られても文句は言えないくらい。
『ごめんなさい。急に距離を詰めたから驚いちゃったわよね』
しかしアイヴィーはマイナの警戒心を理解して、こちらに寄り添った。
侯爵夫人が、下級侍女のマイナに謝罪した。萎縮するマイナに、とても気軽な態度で接した。
『警戒心は大事だわ。生き残るために必要な、あなたの長所よ』
マイナが感じている不安と警戒を、否定せず肯定した。兄に対する過保護も笑わず、むしろしっかりもので頼りになると褒めた。
『マイナはしっかりしているわね。お兄ちゃんのフルスを守ろうって頑張っているの、偉いし、わかるわ。フルスって、うっかり壺買っちゃいそうだものね』
多少子供扱いされた気分になったが、嫌ではなかった。警戒は必要だと、不敬な態度を咎められなかった。
『私はここに来たばかりだけど、過ごしやすい場所にしたいの。その第一歩として、仲良くしてくれたら嬉しいわ』
差し出された手は白かったが、傷一つない手ではなかった。経験を重ねる人の手をしていた。
思わず反発してしまったが、差し伸べられた手が嬉しかった。
意地を張るマイナを気にせず、奥様はまだ早かったかなんて笑った。その奥で、フルスが微笑ましげにマイナを見ていた。それだけは気に入らなかったので、奥様が部屋に戻ってから脛を蹴飛ばした。
温かい人だとわかっていた。
陰鬱な侯爵家を変えてくれる人だと思った。
嫁ぎ先を過ごしやすく改善したい、なんて当然だ。裏を読むほどの事情はなさそうだと、マイナも納得していた。
だから、次は。恐れ多くも次の機会があったなら、マイナは迷わず手を握ろうと思っていた。
けれど、マイナは優しく差し出された手を、結局握ることができなかった。
出会って約一ヶ月。
アイヴィー、病死。
朝を告げに寝室に入った侍女が、寝台で冷たくなったアイヴィーを発見した。
自分は飼い主だと思っているマイナ。
アイヴィーからすると犬二匹。




