30 魂は独り言が多い
恐怖に震えながら、アイヴィーは早口にまくし立てた。
『クインティーナが監禁されたときは「まさかのここから大逆転、殺人鬼の夫が愛した聖人の私ダークラブ」が始まっちゃうのかと思ったけど違った。お姉さんが聖人だった影響で聖人に対して認識が甘いなら、「殺人鬼の懺悔~悪役侯爵に崇拝された聖人の妻~」が始まるのかと思ったけどそっちも違った。教会に連れて行く気もなさそうで、使用人達には部屋から出すなとしか言っていないの。理由は説明していないわ』
「半分以上何を言っているのかわからない」
こればっかりは鳥肌を我慢してニリスを追いかけ、確認積みだ。クインティーナは止めようとしたが必要なのでしっかり盗み聞きしに行った。
というか今更ながら、アイヴィーはニリスの執務室に入れるようになっていた。ニリスの部屋にはやっぱり入れないが、執務室はいけた。
ペンダントの場所を確認したが、相変わらず烏の光り物コレクションの中にあった。だが行動範囲は広がっていたので、アイヴィーが気付いていないレベルアップの要因がどこかにあったのだろう。
「使用人には言っていないなら、教会にも漏れていないだろうけど……侯爵はクインティーナを聖人として報告する気がなさそうって事でいい?」
『いいと思う。扱いが丁寧になったけれど、それだけだし』
それだけだから怖いのだ。
意味がわからなすぎて怖い。
ニリスがどうしてそこまでアイヴィーに固執しているのかわからなくて怖い。
『確かに「殺人鬼と呼ばれた旦那様と聖人と誤解された妻のすれ違い溺愛生活」が始まるかと思って歩み寄ろうとはしたよ? でも前準備の段階で殺されているわけで、旦那様情報は嫁ぐ前に調べた事前情報だけ。あんな情緒不安定になるくらい固執される謂れがなさ過ぎてマジで怖い!』
「その独特な喩えで説明するのやめてくれない?」
『ちょっとわからない事だらけでキレそう。こういうのって、謎は一つずつ解明されていくものじゃないの? 謎ばかりじゃ読者が離れていくってSNSで見たことあるよ? 作品として大丈夫?』
「俺の声聞こえてる?」
『推理ものをやるなら主人公は警察関係者。もしくは情報の集まりやすい立ち位置にするべきだよね。こんな情報の集まらない状態で、謎解きなんてできないわ。せめてもうちょっと事件の詳細をちょうだい』
「……情報不足で何一つ解決しないのに苛立っているのだけわかったよ」
同じく問題ばかり起こる現状に顔を顰めていたミラノスは、苛立ちを発散するように独り言を繰り返すアイヴィーから目を逸らした。彷徨う魂がブツブツ呟くのを聞き流すのは慣れている。アイヴィーは元気がよすぎるが、彷徨う魂は大体自分勝手だ。
一通り呟いて落ち着いたアイヴィーは、緩やかに下降した。
『扱いは丁寧になったと言ったけれど、本気で監禁されているの。今までの散策は禁止されて、中庭にもいけないわ。日中だけじゃなくて夜も使用人がしっかり見張っていて、クインティーナとのやりとりがとってもしにくくなったし』
ニリスに取り憑いている霊の下りも、アイヴィーが質問してクインティーナが肯定、もしくは否定する形式でやりとりをした。深夜も見張りの目があって、流石のクインティーナもここ数日寝不足だ。
『旦那様の情緒不安定って、私が言うのもなんだけれどペンダントが見付かっていない所為だと思うの。三日経っても探し続けるから、いい加減明日にでも場所を伝えて貰おうと思うわ――使用人達がずっと、こんなに動き回っていたら、脱出計画も実行できないし』
ペンダントがアイヴィーの核とわかったので、本当なら隠しておきたい。しかしこのままでは、逃げる隙が見付けられない。
ペンダントを持ち主(本来ならアイヴィーの物だが、現在の所有者はニリスだ)に返すのが脱走計画を助けるなら、そうするべきだ。
「……聖人だってバレたなら、あんたからのお告げだって伝言役しても自然だしね。侯爵はあんたに執着しているみたいだし、クインティーナを介して話してみたら?」
『クインティーナが危険すぎない?』
「どちらにせよ、相手はあんたと対話を求めているでしょ。求めているから、毎回クインティーナにそんな質問しているんじゃないか。まだ相手が大人しい段階で応じた方がマシじゃないの」
危険だが、ニリスが何を考えているのかは本人にしかわからない。
「それに、相手は腐っても聖人を輩出した家系だ。親族に聖人がいた身で、聖人のクインティーナを乱暴に扱ったりしないでしょ。扱いが変わったなら侯爵の中でクインティーナは妻じゃなくて聖人に振り分けられているかもしれない。その場合、殺害対象から外れている可能性もあるでしょ」
『その考え方はなかった』
思わず成る程、と手を打つ。
そう、ニリスがクインティーナを聖人として扱っているなら、殺害対象から外れた可能性がある。
相変わらず何故妻を殺害していたのかわからないが、対話でそれが解明されるかもしれない。
とはいえ、殺人鬼相手に危険極まりないのは変わりない。
「クインティーナが嫌がるなら無理にとは言わないけど、向こうがあんたと話す意思がある内に情報搾り取るべきだよ」
『あ、わかり合う機会とかじゃないの』
「あんた殺されたんだから、相手にどんな動機があっても納得も理解もできないでしょ」
それはそうだ。
「それと、あんた達気付いていないかもしれないけど……聖人だってバレたなら、四人目の妻から話を聞いているってのもバレているでしょ」
つまり、誰がアイヴィーを殺したのか。
――ニリスがアイヴィーを殺したのを、クインティーナは本人から聞いて知っている。
「監禁って、口封じも理由じゃないの」
だから、何を聞いてもいきなり殺されることはないはずだ、とミラノスは肩をすくめた。
だって既に、お互い最大の秘密がバレているのだから。
ミラノス「色々準備しているけどもしかして無駄になるかもしれない」
アイヴィー「理由として一番納得できたから、監禁理由が口封じであって欲しい」
クインティーナ「殺人鬼より殺人鬼から生える魂の方が怖い」




