29 幽霊と悪霊の違い
「よくわからないから整理させて」
ミラノスは頭を抱え、塀に寄りかかってしゃがみ込んだ。その頭上でくるくる回ったアイヴィーは、塀から屋敷を確認している。
問題のペンダントがまだ見付かっていないから、侯爵家の人々は日夜関係なく捜し物に明け暮れているのだ。
なのでミラノスが見付からないよう、燭台の火は消している。代わりとばかりにアイヴィーがほんのり光っているので、ミラノスは暗闇でも足元を確認できた。
まさか街灯役になるとは思わなかったアイヴィーである。
「侯爵家で窃盗事件が起きて、それがあんたの遺品で。犯人の侍女はすぐわかったけど、遺品は烏が持って行ったから場所がわからなくて。それを知らない犯人は悪足掻きにクインティーナを巻き込んで。周りから見ても巻き込まれているってわかるクインティーナは同情票を集めていたけれど、あんたから遺品紛失の話を聞いていたから、うっかり口を滑らせて。ペンダントを見ないとわからない情報だったからやっぱりお前が犯人だろうって詰め寄られたら、侯爵の背中から魂が出てきて。うっかりあんたの名前を叫んだ結果、犯人としてじゃなくて聖人として監禁されたって事?」
『そうはならんやろがい』
「あんたがそう言ったんでしょうがっ」
小声で怒鳴り返し、ミラノスは頭を抱えた。
「要約できないし意味が分からない。何がわからないって侯爵の考えがさっぱりだ!」
『だよね。あと聖人認定が早すぎると思う。クインティーナは私の名前を呼んだだけだし』
「呼んだ後に音が響いたなら返事でしょ」
『ラップ音私のお返事扱いなの?』
呆然としたアイヴィーを見上げ、ミラノスは深く息を吐いた。後頭部が塀にぶつかる。
「で、監禁されているクインティーナの様子は?」
『恐縮しきりで縮まっちゃっているわ。しかも寝る前に旦那様が訪ねてくるようになったから、より小さくなっているの』
「会話は? なんて言っている? 侯爵にくっついた魂の様子は?」
『……クインティーナも言っていたけれど、あれが一般的な幽霊なの?』
クインティーナが縮こまっているのは、ニリスの急接近もあるが彼の背後にいるおどろおどろしい影も原因だ。
今のところ変化はないが、ニリスの身体に沈んでいくのをしっかり見た。しかしまたいつ姿を現わすかわからない。
あんな風に隠れる魂は、見たことがない。
びっくり箱みたいなニリスにすっかり脅え、クインティーナは小さくなっていた。
『光る汚泥で肌の色が変わるくらい、原形がわからなかったわ。女の人だってのは腕の印象で、顔もほぼ隠れていてわからなかった。長い髪も乱れていて、おどろおどろしい印象しか受けなかったの』
初めて見た霊は、悪霊と言っても過言ではないほど邪悪だった。
アイヴィーはすっかり慄いていたが、クインティーナにとっての彷徨う魂は、大体あんな邪悪さらしい。
『クインティーナは魂が人に取り憑いているのを見たことがないって言っていたけれど、ミラノスもそう?』
「とりち……? よくわからないけど、人に寄生するような魂は見たことがないよ」
『寄生』
そう言われると霊じゃなくてエイリアンみたいに感じるのは何故だろうか。
というか。
(あの黒いのが通常なら、確かに私が異常だなぁ……)
あれを見て、ミラノスにおかしいおかしいと言われ続けた理由をやっと理解した。
(つまり、こっちの世界って成仏の定番が宗教で決まっているから、信心深い人ほど早く成仏するのかな? だけど未練とか、マイナスの感情が強い人ほど天に昇れなくて悪霊化しているって事じゃない? 最初からそうだったのか、私みたいに最初はまともだったのかわからないけれど)
そして天に昇らない魂は大地を彷徨う。
大地を彷徨うので、人に取り憑くという概念がない。
(私がペンダントに憑依しているってのも理解されていないっぽいし……霊が見える聖人の言い分とか、あまり世の中に浸透していない感じだよね)
聖人と認定されたら教会に保護されるわけだから、ある意味仕方がないかもしれない。
それはそれで監禁だ。
『あれって多分、旦那様に殺された前妻の誰かだと思うけれど……悲惨な見た目になりすぎて誰だかわからないんだよね』
「わかったところでどうしようもないから、動きがないなら気にしないでいいでしょ」
『うーん……』
アイヴィーもミラノスに同意だが、クインティーナがとても怯えている。
アイヴィーがニリスに近付くことを。
「それで、侯爵はクインティーナになんて言っているのさ」
『……』
アイヴィーは思わず、きゅっと口をすぼめた。
「……なに? もしかして、なんか変な事言われているわけ?」
訝しげに見上げてくるミラノスに、アイヴィーはそっと視線を逸らした。
視線を逸らしながら、口を開く。
『……彼女はなんて言っているのか。ペンダントを盗まれて怒っていないか。必ず見付けるから待っていてくれとか……』
ミラノスは絶句した。
彼女イコール、アイヴィーだ。
「……え、あんた、侯爵に毒殺されたんだよね?」
『されたよ!? 旦那様が持って来たワインセットで晩酌して死んだよ!!』
「手違い、勘違いの可能性は?」
『私が息絶える瞬間まで誰も呼ばずに観察されたけれど!?』
「ああ、そう……」
それなら確実だろうと、ミラノスは言葉少なに頷いた。
――じゃあなんで、そんなに固執されているの?
それはアイヴィーにもわからない。
今一番怖い話。




