28 そして監禁された
――天井が落ちるのではないかと思うほどの音だった。
その音と、クインティーナの叫びに身体を揺らしたアイヴィーは動きを止めた。我に返ったとも言う。
(今の――ラップ音?)
家が軋むような、何かが割れたような、破裂音に近い異音。大体は家鳴りだが、木造でない今世では初めて聞く音だ。まず間違いなく、幽霊が鳴らすと言われるラップ音。
(え、私がやった?)
もしかして幽霊らしい事ができるようになったんだろうか。
なんて余所事を考えたアイヴィーの目の前で、黒い影がゆらり。
ぞわりと鳥肌が立った。
『……ぎゃぁ――――ッなにこれなにこれ!? なにこれぇ!?』
ぎゅいんと勢いよく天井まで浮き上がる。背中を天井にぴったりつけて、アイヴィーは叫んだ。
『旦那様からなんか出てる!!』
ニリスの肩から……いや、ほぼ背中から、黒い影が生えていた。
ゆらゆらと揺れたそれは、だらりとニリスの肩から胸に垂れ下がった。
――それは腕だった。艶めかしい、女の腕だ。
ニリスの肩から胸元に垂れた腕が、手が掻き毟るように握られる。掴まれたままのクインティーナは、思わずニリスの肩口を凝視した。
目が合った。
濁って色の判別できない瞳と、目が。
「ヒッ!」
クインティーナは短く悲鳴を上げてニリスの手を振り払った。
何故か力の抜けていた手から逃げだせたが、逃げだそうとして誰かの机に腰がぶつかる。呼吸が上手くできなくて、恐怖で腰が抜けてその場に座り込んでしまう。積まれていた書類が床に散らばった。
『クインティーナ!』
天井に張り付いていたアイヴィーが慌ててクインティーナの傍に急降下して、懲りず盾になろうと間に割って入る。ニリスは防げないが、ワンチャン背後のあれは防げる。
だって明らかに、生物じゃない。
ニリスの背中から生えたのは女の腕と、頭部だった。
振り乱した髪。その乱れた髪の間から除く濁った目。
ざらつくような光を纏ったそれは、数秒後……ニリスの身体に沈むように消えた。
アイヴィーとクインティーナは、ドン引きしながらそれを見送った。
『なに、マジでなにあれ……旦那様なに』
言葉にならないほど、アイヴィーは動転していた。あんなものを見るのははじめてだった。
一方、ニリスも呆然としていた。
だが、背中から生えてきた存在に気付いているわけではない。
彼はずっと、咳き込むクインティーナを見ている。
(……どうする!? 今は大人しいけれどクインティーナをペンダントの窃盗犯だと思った瞬間に掴み掛かってくるような男、どう対応すればいいの!? 逃げたら肯定したみたいだけどここからどう否定すればこいつ納得する!?)
今朝の行動から見てわかるとおり、ニリスには堪え性がない。普段の仕事では確認に確認を重ねているくせに、ペンダントの事となるとまるで人の話を聞かない。
(短気っぽいのは私をすぐ殺したことから知っていたけれど、まさかここまでとは。なんとか旦那様を落ち着かせないと――)
「――彼女がいるのか?」
「えっ」
『えっ』
静かに零れ落ちた言葉に、青ざめたクインティーナの肩が揺れる。
覚束無い足取りで近付いてきたニリスは、クインティーナの前で膝を突いた。間に挟まれたアイヴィーは鳥肌を立てながら必死に追い払う動作をするが、透明の手はスカスカするばかりだ。
「おまえ、あなたは、みえるのか? かのじょが」
「わ、私は――」
「かのじょがここにいるのか」
演技も忘れたクインティーナが、おどおどと視線を逸らす。しかし一瞬、救いを求める視線がアイヴィーへ向かった。
至近距離でクインティーナを見ていたニリスは、その視線の動きを認めた。
「そうか――そうか」
ニリスは深々と頷いて――その事実を噛み締めた。
『……だからなんでそんな反応!?』
新婚生活一ヶ月で毒殺されたアイヴィーは、まるで心通わせた相手を惜しむかのような反応にドン引きしながら叫ぶ。
全く心当たりがない。心当たりがあったらこんなに早く殺されていない。
騒ぐアイヴィーの声が聞こえないニリスは静かに立ち上がり、そのまま執務室を出て――――。
『「彼女を部屋から出すな」って命じて、それから監禁されているの!』
「どういう事なの」
三日前の騒動を聞き終えたミラノスは、やっぱり宇宙を背負い続けていた。
ミラノス「なんで????」




