24 虚偽だらけの証言
ミラノスにどういう事だと聞かれたが、アイヴィーだってどういう事だと叫びたい。
一部始終を見る事しかできなかったアイヴィーだって、なんでそうなったのかわからない。
遡る、三日前の早朝。
ニリスがクインティーナの寝室に乗り込んできたのが事の発端だった。
「盗んだペンダントを出せ」
「え?」
『っはあぁああ――――!?』
寝台に横たわる淑女に詰め寄っての発言がこれである。
クインティーナは戸惑ったし、アイヴィーは毛を逆立ててシャドウボクシングを繰り出した。勿論当たらなかった。
ニリスは相変わらず、いつ見てもかっちりした服装を崩さない。多少いつもより金髪が乱れ、目元に隈があるように見えなくもないが、あまり変わっていない。少なくとも、式の日以来会っていなかったクインティーナに違いはわからなかった。
「あ、あの。ペンダントとは? 盗んだと言われましても……」
「誤魔化すのか。お前の指示を受けて盗んだと侍女が『証言』している」
「侍女が?」
『あの女かァ――――ッ!!』
ひたすら何の事か分からないクインティーナと違い、アイヴィーは即座に何が起きているのか理解した。
あの女。侍女ノインの犯行があっさりばれたのだ。
このご時世、防犯カメラも指紋採取も技術が足りない。重要なのはアリバイだ。信じられないことに、証拠よりアリバイの方が重要視されるときもある。
となれば流れは簡単だ。ペンダントの紛失時間が逆算されて、その期間アリバイのなかった者達が容疑者になったのだ。クインティーナを見張る為にかなりの数の使用人を動員している現在、彼らは常にお互いを視界に入れて仕事をしている。
そう、サボっていた三人の侍女以外。
あの女の性格からして罪から逃れようと色々虚言を吐いただろう。きっとこれはその中の一つだ。間違いない。
そしてこんな虚言だろうと、不審な点がなければ事実にされてしまうのが今世の危ういところ。
『抵抗するのよクインティーナ! そんな指示出していないんだから問題ないわ! 知らぬ存ぜぬを貫いて!』
「侯爵様。わたくしには話が見えません。わたくしはそのような指示を誰にも出していませんし、何のペンダントの事を仰っているのかわかりませんわ」
普段から侯爵夫人の皮を被っているクインティーナは自然に取り繕うのが上手かった。夜着をシーツで恥じらうように隠しつつ、片手を頬に添えて嫋やかに対応する。
実際は、冷や汗が出て身体が震えそうだった。
クインティーナの前でシャドウボクシングを続けるアイヴィーの存在がなんともシュールで、彼女を見てなんとか正気を保つ。
そんなクインティーナを無言で見下ろしたニリスは、寝台に乗り上げて詰め寄っていた態勢から後退した。距離はできたが、アイヴィーの威嚇は続く。
「私の部屋にあったペンダントが奪われた。引き出しの奥にあった物だ。身に覚えがないのだな?」
「はい。わたくし、侯爵様のお部屋に入った事などありません。そのような品をお持ちとも知りませんでしたわ。大事な物ですの?」
「前妻の遺品だ」
(それ私だ私だ私だー!)
クインティーナの前に座ったまま、両手で忙しなく自分を示す。その動きでやっと、クインティーナは昨日アイヴィーが語った使用人同士の諍いを思い出した。同時に、ニリスの探すペンダントがどこにあるのかも思い出す。
「……わたくしが、何故前妻の遺品を侯爵様から盗むと思いましたの?」
「あの女が言うには、前妻の遺品を大事に扱うのに自分に愛をむけない事から嫉妬したのだと」
『顔合わせないんだから嫉妬する暇もないわ!』
クインティーナの代わりとばかりにアイヴィーが吠えた。
『顔がいいから顔しか見ていないご令嬢から秋波をむけられるからあり得るとか思ったの旦那様!! それはちょっと自意識過剰すぎるよ旦那様!! たとえ惚れていてもその後の冷たい対応で恋心も冷めるよ旦那様!!』
それともその侍女が危機迫る勢いだったのだろうか。真偽を確認したくなるほどに。
「詳しく聞いてもよろしいですか?」
クインティーナの問いに答えたのは、ニリスを追いかけ、遅れてやって来た侍女長だった。
曰く、ニリスがペンダントの喪失に気付いたのは、昨夜自室に戻ってからの事。
すぐに執事を呼びつけて調査した結果、仕事をせずにサボっていた三人の侍女が容疑者に浮上。他の使用人はそれぞれのノルマを果たす為、常に誰かの視界に入っていた。その日長い時間見かけなかったのはその三人だと、多くの『証言』により特定された。
三人は自分達ではないと否認したが、ここでノインが別の侍女が盗んだと『証言』した。
マイナという侍女がニリスの私室に入るのを見たので、彼女が盗んだに違いないと。
しかし当のマイナは、彼女達が押しつけた仕事を熟す為、多くの使用人に目撃されていた。
つまり、完全にアリバイがあった。
こうしてノインの『証言』は『虚偽』となった。
では何故わざわざ『虚偽』を吐いたのか。罪から逃れる為に足掻いているのではないか。
より厳しい詰問が行われた結果、再びノインが口を開いた。
「夫人に頼まれたのだ」と。
『成る程ね。侵入が難しい部外者の存在を匂わすよりも第三者の存在を引っ張り出す事を選んだと。次に仕事していないのが自分達しかいないと知って、少しでも罪状を軽くする為に上位の存在が絡んでいる事を主張したと。「悪い事だとわかっていても、私逆らえなかったんですぅ~」って事ね。口先だけで生きてきた人間の考える事ってどの世も同じだわコナクソガッ』
ニリスを追いかけて、侍女達が慌ただしくクインティーナの寝室へとやって来た。侯爵夫人の身嗜みを整えるより早くニリスが寝室へ乗り込んだので、大慌てで追って来たのだ。
ひとまず身嗜みを……という事で追い出されたニリス。彼は一言「執務室へ来い」とだけ残して去って行った。まだ聞きたい事があるらしい。
『まさかクインティーナの言い分が信じられないとでもいうの? 何度も言うけれど好かれていると思ったら自意識過剰よ旦那様。流石にないよマジで。まさかそんな明らかに虚言を吐いている侍女の『証言』を信じたりしないでしょうね? 信用できる要素あった? ないよね!』
「……侯爵様は、わたくしに何をお聞きになりたいのかしら」
不安そうに呟いたクインティーナに、髪を揺っていた侍女長が微笑む。いつもは対応していないが、今回は急ぎという事で彼女が対応していた。
「誰も奥様があの侍女の言うとおり命じたとは思っておりません。ただ、奥様は庭の散策がお好きなので、何か見聞きした物がないかお伺いしたいだけでございます……盗まれた品が、見付かっておりませんので」
そう、この窃盗事件で問題になっているのは一つ。
犯人が誰か、ではない。
盗まれたペンダントがどこにあるのか、だった。
今にもやんのかステップを踏みそうなアイヴィー。




