23 あちこちで火種が燻る
疲労で重い足を引きずって、ミラノスはペルデュラン男爵家に帰った。
王都のタウンハウスの端っこ。比較的質素な一角に、男爵家の屋敷がある。見る人が見れば見窄らしい屋敷だが、男爵家としてはごく普通の屋敷だ。
普段は領地で過ごすのだが、末のテレーザが輿入れしたので、落ち着くまで心配で王都に滞在している……というのが名目だ。
輿入れについて、オクトスとミラノスの初動が遅れたのは領地にいたからだ。
王都へ行く前にテレーザを逃がし、男爵が説明の為直接王都に向かったと思えば、それにクインティーナを引きずっていったのだ。申し訳ないが、クインティーナがいないと気付いて探し回って時間も消費した。
戸惑う家臣の説明を受け、馬鹿正直に馬を走らせるオクトスを追いかけたのが、あの夜の出会いに繋がる。
ぶっちゃけミラノスはかなり疲労困憊で、アイヴィーは疲れが見せた幻ではないかと思ったほどだ。
それだけ魂として規格外だったし……月の下でキラキラ輝く姿は、天からの遣いではないかと危惧するほど神々しかった。
初対面は人面壁だったけど。
まともに見えて、全くまともではない。
(それに、アイツずっとニリス侯爵を「旦那様」って呼んでいるんだよね)
殺された側として、それってどうなの? と思うのだ。
しかも夫婦期間は一ヶ月。内二回しか会話した事がなかったらしいのに。
(妻としての意識が強い? 単純に呼び方を気にしていない? でも目の前に五人目の妻がいるのに旦那様って呼び続ける? まさかの自分こそが嫁主張……って事はなさそうだけど……)
規格外過ぎてまったくわからない。
五人目の被害者を出したくないという意思は確かなようだが、それ以外どう思っているのかミラノスには全くわからなかった。
(それもかねて、より詳しい『前妻達の実家』情報を買ったわけだけど……接触するべきか迷うな)
丸太を持って父の部屋に向かうオクトスの姿を横目に、ミラノスは自室へと向かった。縋るような使用人達の視線など知らない。気付いていない。
部屋に入ってしっかり鍵をかけ、外套を脱ぐ。作業机に向かい、燭台に火を着けた。
(ヴィニカリス伯爵家は、跡継ぎの嫡男……アイツの弟が主導で前妻の家系と繋がっている。もうこれ『被害者の会』だよね。思ったよりギラギラしているから、噂を流したら噛みついてきそうだな……)
ミラノスより先に、アイヴィーの弟が動いている。
ヴィニカリス伯爵家以外の派閥から噂を流すよう指示したのは、この『被害者の会』が騒いでいるだけだと思われないようにする為だ。直近で、一番意味深な展開を迎えたのがアイヴィーなので、注目が集まっている。
だから、ミラノスが秘密裏に接触するのは難しそうだ。
(俺は五人目の家系だから、『被害者の会』と接触するのは不謹慎に見られかねないし)
五人目はまだ生きている。
それなのに『被害者の会』と五人目の妻の家系が接触するのは不謹慎だ。
それこそお前を五人目にしてやろうかなどと侯爵に動かれたら困る。ミラノスはニリスの為人がわからないから、慎重に動かざるを得ない。
(仕方がない。地道に機会を狙おう。まず噂が出回ったらあちらも動きそうだし、秘密裏に手紙を出して……)
外套を脱いで、ボサボサの頭をかき混ぜる。どぉんどぉんと屋敷が崩壊しそうな音が響いているが、気にしない。どうせ丸太を抱えたオクトスがバリケードを築いた父の部屋に突撃しているだけだ。
窓から外を見れば太陽はまだ空にある。長い事出かけていたつもりでも、実際には左程時間は経っていない。
まだ、夜は遠い。
(教会側の思惑とか、ライコア侯爵家全体の殺人とか頭が痛いけど……兄さんみたいに突撃するわけにも行かない。他の家と連携できても、時間がかかりそうだ)
購入したカードを見ながら手紙を書いて、使用人に渡す。それを何度か繰り返し、ミラノスは大きく欠伸をした。夜更かしが続いているので、眠気が限界だ。
今夜も夜更かしが決まっているので、今のうちに仮眠をとろう。
そう判断したミラノスは、屋敷を壊す勢いで騒がしい父と兄の喧噪から逃れるように、長椅子に横になった。
三日後の深夜。
半泣きのアイヴィーに突撃されるとは思いもせず。
『どどどどどどーしよう!! クインティーナが監禁されちゃった!!』
「どういう事なの」
この短期間で何が起こったのか。
ミラノスは宇宙を背負った。
室内で家具を扉の前に敷き詰め籠城する男爵の姿。
オクトス「父上ー! 扉をー開けてくださーい!!」どぉん
ミラノス(食事時を狙えばいいのに……)




