22 貴族らしく、らしくなく
アイソメトリア国では、現場の状態と証言から犯人を特定する。
現場に残された証拠品は凶器。現場の惨状。遺体の状況くらいで、正直少ない。現場を保存する方法も、現場に残された痕跡から犯人を追い詰めるだけの技術もないので、犯人逮捕はとても難しい。
そこで重要になるのは『証言』だ。
誰が、どこで、何を見たのか。そこからつなぎ合わせて怪しい人物が誰か調べていく。
地道で労力のいる捜査だが、この『証言』の力で犯人逮捕に繋がる事例は多い。
――同じくらい、冤罪の発生率も高い。
犯人の身分が高い場合、身代わりを用意して証言させ、逮捕を免れるなんて事例も多くある。
(アイヴィーは正当に縁を切りたいみたいだけど、教会側がそんな悠長な事するとも思えないし無理でしょ)
最終手段は夜逃げと言っているが、いくらアイヴィーが目となり安全な道を見付けられても、実際逃げるのはクインティーナだ。
オクトスやテレーザに付き合って意外と動けるのは知っているが、自分以外は全員敵の侯爵家で、逃げ切れるとは思えない。何ならいざというときに転びそうだ。
(なら、何でもいいから騒がせて、表に引っ張り出してしまえばいい)
面倒な事にライコア家は教会と懇意だが、だからこそ教会側は噂を放置できない。
冤罪では何もできないが、少なくもと四人目の妻は『毒殺されたと自認』している。
(病死じゃなくて毒殺だったと、本人が言っているんだ。万が一毒を入れたのが侯爵じゃなかったとしても、隠蔽したのはライコア家。罪を隠す事……『神の目を欺く事』は重罪だ)
敬虔な信徒には耐えられない。
(一度目を背けても、何度も毒殺の噂を耳にして……口を閉ざしたままでいられるかな?)
今もライコア家に仕えている使用人は同士がいるので互いに口を閉ざしていられるだろうが、仕事を辞して一人祈りの日々を送る元使用人はどうだろうか。
秘密は結束を強くするが、孤独は秘密を脆くする。
ミラノスはただ、硬く口を閉ざす者達に教えてやればいい。
神を欺いたところで、神は生きている人間に何もしない。
ただ、肉体から解放されたとき、人間が神の膝元に辿り着けなくなるだけだ、と。
死後、天に昇る事を夢見ている信者達には、この戯れ言がよく効くのだ。
(一人でも『証言』すれば、いよいよライコア家を放置できない。騎士達が形だけでも捜査に出る。その時にクインティーナを保護すればいい)
それでも動かなければ、敵対派閥を先導するしかない。
ミラノスに、ペルデュラン男爵家に動かせる人間は少ない。だからこそ、情報を駆使して周囲を動かすしかなかった。
アイヴィーはミラノスを貴族らしくないと思っているが、情報操作で喧嘩を売る行動はまさしく貴族だった。
ミラノスの言動に満足そうな顔をしたディジットが、ソワソワと身体を揺らし出す。
「ではご希望通り注文を承るとしまして……お勘定と致しましょう!」
「わかってるよ」
カウンターのキンキンした声が跳ね上がる。鼓膜を突き刺すような声に、ミラノスは顔をくしゃくしゃにした。
見事な渋面だったが、薄暗い店内で外套を被ったままだったので、表情は一切伝わらない。
情報を扱うからには、鮮度が命。その分危険な橋も渡るので、基本的に金額は法外だ。本来ならば、三つも四つもおまけにも一つなんて、資金調達が間に合わない。
しかしミラノスには余裕があった。
カウンターのカードを手に取って、ミラノスは鞄を開く。カードと入れ替えに取り出した木箱を四つ、カウンターに置いた。
ディジットが壊れ物を扱う手付きで木箱を持ち上げる。恭しく掲げ、プレゼントを開封する童女の表情で蓋を開けた。
「おお! 素晴らしい!」
一つの箱に三つずつ。つまり計十二個。
木箱の中には、色とりどりの石が――繊細な彫刻が施された石が敷き詰められていた。
全て、ミラノスが加工した石である。
「ああ、美しい! 青と白のコントラスト。深みのある琥珀に蕩けるような蜂蜜色……こちらはベリーと蝶。花と蜜蜂。ああ! まるで宝石から虫達が飛び出して来そうなほど精巧でございます!」
「ありがと」
川で拾った縞々の石を、好奇心で削ってみたのが始まりだ。
最初はひたすら球体にする事にのめり込み、続いて正方形に拘り、この頃から光を通してより色合いが美しく見える事に気付いた。
削り方で色と光のコントラストが美しいと気付いてからは、夢中になって彫り続けた。小さな置物を彫り続け、いつしか絵を彫るようになっていた。
様々な色合いの石を使って描いた絵は、いつしか言葉に棘の多い妹ですら感嘆の声を上げるほどに成長していて……。
商人であるディジットと交渉できるほどになっていた。
ディジットが扱うのは情報だが、フェイクとして特別な品を扱っている。その一つに、ミラノスの加工した石がある。手作業でここまで精密に加工できる職人は少なく、ミラノスの作品はよく売れている。
「この三つは最初の情報の対価。こっちはお願いに対する対価」
「こちら初めての光沢ですねぇ……七色の輝きぃ!?」
「貝殻で彫ってみたら思ったより綺麗にできたんだよね」
オクトスが海から拾ってきたお土産(?)を容赦なく削った。七色の羽をもつ美しい蝶は思わず目が奪われるほど神秘的な仕上がりになっている。
「んふふ、相変わらず素晴らしい技術……宝石を提供するのでこっちに彫刻してみません?」
「宝石を弄るとか無理」
その辺で拾ってきた素材だから好き勝手できるのだ。
ディジットは残念そうに肩を竦め、大事そうに木箱を仕舞った。
「それではすぐにでも姦しく囀りましょう。『四人目の妻は赤ワインに毒を入れられた』と」
「……よろしく」
そこまで言っていないのに口にするという事は、ディジットもアイヴィーが殺害されたと確信していたのだ。
やはり怖い男だな。そう思いながら、ミラノスは薄暗い階段を四つん這いで上った。
ミラノスの特技はカメオ。
植物や虫を主に彫り込んでいます。




