21 胡散臭い商売人
胃を痛めながらミラノスが辿り着いたのは、路地裏の奥から更に横道を進んだ先。
道の終わりにある壁と同化した、楕円の扉だった。
ミラノスは痛む胃を鞄ごと押さえ、目的地の扉を押した。
古びた扉を開けば下りの階段が現れる。一歩だろうと進む先は闇だ。
それこそ神の目である日光を一切通さない階段を前に、ミラノスはしゃがみ込んだ。そのまま階段に腰掛ける。
「ディジット。いる?」
「――はいはいはいはい。はいはいはいはいはいはいはいはい」
声を掛けた瞬間店の奥から響いてきた返事に、ミラノスはわかりやすく顔を顰めた。ほぼ同時に、階段の奥で灯りが灯る。
ぽつんと、階段の先が照らされる。
照らされてうっすらと、階段の終わりが見えた。
更に嫌そうに顔を顰めたが、そっと足を階段に乗せる。下りの階段に腰掛けて、少しずつ暗い階段を下りていった。
階段の底。灯りの傍までやって来て、ミラノスはぼんやり照らされた店内を見渡した。
(胡散臭い店だなぁ)
狭い店内は、壁を埋め尽くす棚と乱雑に置かれた用途不明の置物。古びたカウンター席で一杯だった。カウンターの奥には布が垂れ下がり、奥の様子は窺えない。その両隣に燭台が設置され、室内の灯りは二つの蝋燭のみが担っている。
そう、室内は地上の光を一切通さず、燭台の灯りのみで照らされていた。
蝋燭の煙が室内を漂って視界が白い。籠もった空気は、かろうじて空いた隙間から地上へと流れていた。
神を恐れながらも悪事を働く面々は、本来なら地上の光一つ通さぬ部屋を作りたい。しかし彼らはあえて、必ず地上に繋がる穴を空けていた。
それは大昔、神の視線から逃げる為に地下に籠もった男達が、僅か数日であっさり死んでしまった実例があるからだ。
外傷もなく、衰弱したわけでもない。男達は本当に突然肉体を脱ぎ捨てた。
人は神の目から逃げる事はできない……悪党達が震撼した出来事だった。
ちなみにこの話をアイヴィーが聞けば『密室で燭台使ったらそりゃ一酸化炭素中毒で死ぬわー!』と叫んだ事だろう。
アイヴィーからすれば科学的に説明がつくが、アイソメトリア人からすれば神の裁きである。
つまり、ちょっとだけ隙間を作って見せながらも悪事を働こうとする人間……そう言った輩が、こんなに暗い店を作るのだ。
「……ディジット?」
「はいはいはい。はいはいはいはいお久しぶりでございますねミラノス様! わざわざご足労いただき誠にありがとうございます!」
ミラノスが呼びかければ、ガタガタ揺れたカウンターの下から、にゅっと丸い眼鏡をかけた中年の男が現れた。
薄暗い室内では身体的な色合いはわかりにくいが、恐らく灰色の髪をした飄々とした男だ。体格がわかりにくいマントを羽織り、その下も神官が着る法衣のように裾が広く長い。しかし神官と同じく考えるには、神職の彼らが可哀想になる程度には悪党だ。
「まさかこんな昼間にお越しくださるとは思ってもみず、ええはい。ちょっと休憩していただけですよ。勿論揃えておりますとも。仕事ができる男は休む時間も捻出できるのです。ええ、よく休む男はよく仕事のできる男。そう、わたくしめみたいに」
「別に仕事が終わっているなら居眠りしてようが気にしないよ……」
「いぃんねむりなど!! まさかそんな甘美な!!」
「うるさっ」
キンキンした声で叫び、ミラノスに対して慇懃無礼な振る舞いをする男……彼こそが、この店の店長ディジットだ。
「何はともあれ頼まれていた品は勿論揃っておりますこのようにささ、こちらをどうぞ」
いそいそとカウンターに並べられるカード。嫌そうな顔をしながらも、ミラノスはじりじりカウンターまで近付いて並べられたカードを覗き込んだ。
「こちら、ご希望の『ライコア侯爵の経歴』『四人の妻達実家の現在』『ここ数年でやめた使用人』の追加深掘り情報になりまぁす」
――ディジットは情報屋だ。
店内に置かれている珍妙な品はフェイクで、本命の商品は情報の山。とても怪しいし胡散臭いが、取り扱う商品に間違いはない。
間違いはないが、扱うのはどれもこれも表立って口にできないようなものばかり。必然的に客も裏側になるし、店構えだってこんな地下になる。
ミラノスがこの店を知ったのは、それこそ彷徨う魂の独り言からだ。
半信半疑だったが、ディジットの情報網は人の後ろ暗いところを見事引っかけている。
そう、ライコア家は侯爵家。貴族の後ろ暗い部分もしっかり彼の指が届く範囲内だ。
「ニリス・ライコア侯爵。現在三十歳。複数の領地を治める侯爵様ですが領地は基本代理人や寄子任せ。本人はこの王都に居を構えて報告を聞くのみ。性格はいたって真面目で人付き合いはすこぶる悪い! 夜会が五回あったら五回行かないくらいの付き合いの悪さです。それなのに興味関心を集め続けているのは彼の美貌と血筋から存続を望まれている故ですね。え、このあたりは当然ご存じ? 申し訳ございません以前お渡ししましたね。ならば遡りまして三十年前の生まれから。侯爵が生まれたのは彼のお姉様が聖人と発覚した頃の事で――……」
「音読いらない。確認するから黙って」
「手厳しい!」
チャハーッなんて奇声を上げてカウンターに沈んだディジット。灯りが少ないので、しゃがむだけで相手の姿が見えなくなる。
ミラノスは相変わらず言動が胡散臭いディジットに嘆息した。
(俺の事も知っていそうで怖い奴だけど、こいつ以上に正確な情報を持ってこられる奴を知らないんだよな……)
男爵家の次男坊までは知られていて問題ないが、聖人であると知られていたら厄介だ。
まあ、神の目から逃れてこんな仕事をしているのだ。信仰は深くないとみた。
厄介だが、しばらくは大丈夫だ。これには、他にも自信がある。
カードに書かれた情報をざっと確認し、問題ないと頷く。
「全部貰うよ。それともう一つ頼みがあるんだ」
「はぁいなんでございましょう」
カウンターの下からディジットがにゅっと生えてくる。
ミラノスからしたらこちらが本命だ。
「ライコア侯爵家に敵対している派閥。ヴィニカリス伯爵家とはまた違う派閥がいいな。そこに、噂を流して欲しい」
「ほほう? ペルデュラン男爵家はそれを選ぶのですねぇ……ですがわたくしめは情報屋。嘘の情報は流せませんよ?」
丸眼鏡を持ち上げて、口元を大きく歪めてディジットが笑う。ミラノスは頷いた。
「わかってるよ。別に嘘をついて欲しい訳じゃないから」
「では何と鳴いて欲しいので?」
「『四人目の妻は病死ではなく毒殺だ』って」
ディジットの口角が上がった。
「ほほうほう? 今まで不確かだった『かもしれない』を『断定』で語って欲しいと?」
「うん」
「それだけですか? その程度ならば今まで似たような噂はありました。断定に変えたところで悪戯と思われて終わりやも――」
「噂になればそれでいいよ」
ミラノスは手にしたカードを一瞥し、ディジットに視線を戻した。
「あとは『証言』があれば良いんだから」
イマジナリーアイヴィー「不審死全部神の裁きになってたりしない!?」




