17 前妻達の死因
おかしいとは思っていた。
四人目の妻が毒殺されたというのにあっさり現れた五人目に、司法は一体何をやっているのかと。
侯爵家に捜査の手が入らないのを不満に思っていたが、まさか死因が偽装されているとは。
戸惑うアイヴィーに、ミラノスは頷いた。
「肺の病気だったと診断されているよ。診断したのは、侯爵家のお抱えの医者だろうね。遺体は、病気が移る可能性を鑑みて火葬されているよ」
『そう、火葬……ん――? 火葬?』
普通に受け入れかけたが、おかしい。
アイソメトリア国は土葬が主流だ。
魂は天へ。肉体は大地へ。
そう考えられているから、遺体は棺に寝かされ埋められる。
だというのに、火葬。
「……死因を訝しんだ家族が遺体を渡すように主張して、それに応えず火葬された。うつる病だから対処したって話だけど、遺体を返して毒殺とバレたくなかったんじゃない?」
『悪魔の所業』
アイヴィーには日本人の感覚があるので火葬が主流だが、アイソメトリア国人の感覚でいえば火葬は死者への冒涜だ。罪人だって土に埋められる。
「という事で、ヴィニカリス伯爵家とライコア侯爵家は今、冷戦状態だよ」
『でしょうね』
嫁ぐのだってほぼ無理矢理だったのに、嫁いで一ヶ月で娘が死んだのだ。『病死』を疑った結果遺体を燃やされたとなれば、温厚な伯爵もガチギレだろう。
『じゃあ、万が一ペルデュラン男爵の説得ができなかったら、クインティーナは実家へ逃がせばいいわね。きっと協力してくれるわ』
「娘のあんたが言うならそうなんだろうね」
肩を竦めて、ミラノスは頷いた。異論はないらしい。
それにしても。
『これは、前妻達の死因も偽装されている可能性が出てきたわね?』
「そうだね。それであんたは、三人の前妻についてどこまで知っているわけ?」
『嫁ぐ前に軽く調べた程度よ』
何かあったら即報道されていた前世と違い、今世では自ら情報を集めなければ正確な情報は入ってこない。社交界での噂のほとんどは尾ひれのついた物だ。
火のない所に煙は立たぬとはいうが、妬み僻みであっという間に炎上するのが貴族社会だ。噂に踊らされたくないのなら、自分から調べるしかない。
ということでアイヴィーが生前調べて知ったのは、前妻達の軽い経歴くらいだ。
最初の妻、ユニカ・ペトラス公爵令嬢。享年十八歳。
灰色の髪に青い目の儚い外見の娘で、恭順な信徒で有名だった。彼女が選ばれたのは、そんな彼女の信仰心を買われての事だった。
彼女の死因は階段で足を踏み外した転落死。どこの階段か知らないが、深夜に出歩き足を滑らせ、朝になって使用人に発見された時には冷たくなっていたらしい。
二人目の妻、ディーナ・フラジール侯爵令嬢。享年十八歳。
金髪に緑の目をした、大人しい娘だったらしい。こちらも神への祈りを欠かさない立派な信者だったのを評価されて、ニリスへ嫁いだ。
彼女の死は事故死とされているが、不穏なのが溺死だった事。
雨の日に、庭で足を滑らせて池に落ちたと言われている。前妻に続き早すぎる死に暗雲が見え始めたのはここからだ。
このあたりで名乗り出る者がいなくなったのだが、早い段階で三人目が決まった。
三人目の妻、デルタ・パルサ伯爵令嬢。享年二十歳。
巻き毛の茶髪に、緑の目をした女性。憐れな事に、家の事業が失敗して、その工面に差し出された娘だった。
婚姻を拒んでいた彼女は侯爵家でもストライキを起こし、衰弱死したと言われている。
これは噂なので信憑性が低いが、彼女には身分違いの恋人がいたらしい。何度も逃げようと試みて、煩わしく思ったニリスに殺されたのではないかと囁かれている。
そして四人目の妻、アイヴィー・ヴィニカリス伯爵令嬢。享年二十歳。
ダークグリーンの髪と目をした、ヴィニカリスの叡智と呼ばれた女性。
彼女ならばと期待する声も多かったが、嫁いで一ヶ月で病死。
簡単にまとめると以上だ。
『私の病死が偽装なら、他の死因偽装もあり得るけれど……』
「遺体が火葬されたのはあんたくらいだったよ。他の前妻達は土葬で弔われているの」
『じゃあ考えすぎ?』
そもそも続いた事故死が怪しい。三人目の衰弱死だって怪しい。正直に話しすぎて疑われたから偽りだしたのかもしれない。
だからといって、ここに来てのアイヴィー病死はとっても怪しい。突然の火葬だって、遺体を返せと今まで言われなかったから火葬を免れただけかもしれない。
なにより。
『私、侯爵家で私以外の幽霊を見ていないわ』
幽霊になったと自覚してから、侯爵家から出られないと気付いてから。アイヴィーは暇を持て余して侯爵家を練り歩いた。
しかし、自分と同じように飛び回っている存在はいなかった。
二人目が溺死したらしい中庭の池も見に行ったが、誰もいなかった。
ニリスの手により無残に殺されたのなら、無念から地縛霊仲間になっていると思っていたのに。
『いないという事は、私以外の前妻達が本当に事故死の可能性が浮上する……?』
「それはどうだろう。侯爵家にいないだけで、別の場所を彷徨っている可能性もあるし」
幽霊は必ず現場に囚われるものと思っていたが、そうでもないらしい。実際アイヴィーも現場ではなく遺品に取り憑いているし、殺害現場にいないだけで未練は別にある可能性もあるようだ。
『会えたら旦那様への愚痴で盛り上がれると思ったのに残念だわ』
「ヴィニカリスの叡智は聖人に違いないって主張する奴らもいたけど、あんた生前は本当に見えていなかったんだね」
『どういう事?』
「見えていたなら、彷徨う魂と会話が通じないって知っているはずだし」
ミラノスの視界に写る魂は、地面に蹲ってひたすらに嘆き続けている。
行き来する人の影すら目に入らず、死んだときの姿そのままで、ブツブツと恨み辛みや未練を垂れ流す。
あちこち動き回る魂もいれば、一定の範囲でしか歩き回れないものもいる。行動範囲の違いはあれど、どいつもこいつも正気を失っている様子だった。
それはどんどん黒く濁っていって……濁った魂同士が混ざり合って、いつしか大地に沈む。
「俺達に見える魂は、基本そんなもの……だから、理性的なあんたがおかしいんだよ」
ふわりと浮いて、空中で足を組むなんて芸当をしてみせる魂など、ミラノスは見た事がない。クインティーナだってなかったはずだ。
空を飛ぶのに、大地に縛られたままの魂など。
「あんたはなんで、飛べるのに天へ昇らなかったのさ」
魂は天へ。肉体は大地へ。
大地を彷徨う魂は、未練や罪の重さから天へ昇れない。
けれどアイヴィーは軽やかに、ふわふわと宙を舞う。
それはこの国からすれば、あり得ない話だった。
(いや、なんでと言われてもー!)
ミラノスからの問いかけに、アイヴィーは心の中で叫んだ。
正直、こっちが聞きたい。
アイヴィーの認識→幽霊ってゆらゆら揺れて飛んでそう。飛べるわ。
国の認識→魂が彷徨うのは天に昇れないから=飛べない。




