13 初めての霊障
アイヴィーには生前、侯爵家で仲良くなった使用人達がいた。
それが料理人のフルスと、その妹のマイナ。
ふわふわの金髪に緑の目をした、そばかすがチャーミングな兄妹だ。確か兄は二十歳で、妹は十八歳だったはず。今の年齢はわからない。
とある子爵家の第七子と八子で、子沢山で資金がないお手本みたいな兄妹だった。
ちなみに十二子までいるらしい。アイヴィーの頭には十二支が浮かんだ。
アイヴィーが先に仲良くなったというか、先に懐柔したのは兄のフルスだ。
彼は料理人だったので、前世のお世話になった絶品料理レシピを餌に懐柔した。フルスは口数の少ない男だったが、料理にはとても真摯だった。
若いのもあって、目新しい料理に興味津々だった。口数は少ないが、好奇心が旺盛で柔軟性もあった。
緑の目をキラキラさせて、アイヴィーから聞いたレシピを大事そうに抱える姿は可愛かった。なんとなくモフモフした中型犬みたいだった。
多分ポメラニアン。
(そんな彼を情報源として利用しようとしたのがこの私!)
釣れたときには「計画通り」とあくどく嗤ったものだ。
そんなアイヴィーの邪な計画を察知したのか、妹の方は中々手強かった。
ふわふわした金髪をおさげにして、まん丸い緑の目で睨み付けてきた少女。兄とお揃いのそばかすを気にしていたが、とても可愛かった。
元々警戒心の強い子で、貴族のご婦人が使用人と仲良くするなんて、危険な遊びに巻き込まれると思っていたらしい。
(威嚇する様子が仔犬みたいで可愛かった)
多分チワワ。
マイナの言動は貴族相手に不敬だったが、あり得ないくらい距離を詰めた自覚があったのでアイヴィーは何も言わなかった。
なにせ日本の一般市民の感覚だったので、距離感がおかしいのはこちらの方だ。
確かにアイヴィーには打算があったが、仲良くしたいのは本心だった。
純粋に、近い年頃の同性とおしゃべりがしたい。
ニリスの情報も欲しかったが、お友達も欲しかったのである。実に強欲。
というわけでアイヴィーは熱心に、この兄妹に構った。仲良くなりたかった。
(で、仲良くなった矢先に殺されちゃったわけだけどー!)
やっと心を開いてくれて、また明日と言って別れた日に殺された。大変申し訳ない。
申し訳ないが流石のアイヴィーだって、その夜訪ねてきたニリスに毒殺されるとは思わなかった。
(二人とも、まだ侯爵家に仕えているのは確認済みだったけど……)
時間はたっぷりあったので、懐かしい顔は確認済みだ。
フルスは料理人としてアップルパイを焼いていたし、マイナは侍女として大量の洗濯物に囲まれていた。ニリスを観察するよりも彼らを観察する方が見応えがあったので、アイヴィーはもっぱら二人の動向を見守っていた。
なので、マイナの飲み物に下剤が仕込まれていたのもすぐに気付いた。
聞こえていないとわかっていても、一人大騒ぎしたのは良い思い出だ。勘のよいマイナが自分で気付いて捨ててくれて良かった。
幽霊になって気付いた事だが、マイナは虐められている。
仕事を押しつけられ、持ち物を隠され、仕事着をわざと汚され……今度は窃盗犯に仕立て上げられそうになっている。
(本人は全部舌打ちで済ませて相手にしていないけれど……)
メンタルの強い子だ。職場に兄が居るのも支えになっているのだろう。兄のフルスに愚痴っているのも確認済みだ。
三人組はどうやら手抜き仕事をマイナに指摘されたのを逆恨みして、いじめに発展したようだ。
生意気だと息巻いているが、侯爵家の使用人として自覚がまったくない。
この三人、どうしてここにいるのだろうか。アイヴィーは使用人の質の低下を感じている。
(マイナは真面目に仕事をしているだけなのに、こいつらは楽がしたいからマイナに仕事を押しつけて……それだけに飽き足らず、窃盗犯に仕立て上げようとしている)
キャッキャと悪巧みしている三人に、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
主人の所持品に手を出せば、命が危ないとわかっているはずなのに。
(まるで前世でよく見たノータリンな平和ボケ。後先考えていない、自分の行動が周囲に与える影響を考えていない。都合の良い解釈しかしない)
アイヴィーの脳裏を過るのは、前世の学生時代に見聞きした理不尽。アルバイト時代に遭遇したカスハラ客。社会人になっても学生気分の抜けない上司エトセトラ。
前世の学生ならともかく、社会に出て働いているというのにこの体たらく。甘えてんじゃねぇぞと今世だけでなく、前世の経験含めて怒りのボルテージが上がっていく。
何より、彼女たちが持ち出したのはアイヴィーの遺品。
嫁に出るときに、思春期で姉に反抗的だった弟が、涙目でプレゼントしてくれた一品。
(――その、私のペンダントを、マイナを陥れるのに使おうって?)
アイヴィーは寛容な方だ。
自分を殺したニリスを全力で呪いたいと思い実行しようとしたが、被害者の立場からそれは当然の行動だと思う。それ以外は怒ってもポーズだけで、心の底から怒るのは少ない方だ――と思っている。
そんなアイヴィーだが、流石にこれは見逃せない。
腹の底からふつふつ、ぐつぐつ煮立つ怒り。
『返して』
ダークグリーンの髪がうねり、同じ色の猫目が吊り上がった。
『そのペンダントは、私のよ!』
感情的に伸びる手の平。
触れられないとわかっていても手が伸びた。大事なペンダントがこの三人に触れられているのが許せなかった。
アイヴィーの何にも触れられない手が、ペンダントに届く――寸前。
青白い光が稲妻のように迸る。
甲高い悲鳴が上がった。
幽霊になってからはじめて怒りのままに行動したアイヴィー。




