12 思わぬ再会
ニリスの私室は、執務室と同じ二階にある。
普通は夫婦の部屋とは同じ階にあり、なんなら寝室を挟んで隣接しているのが一般的だが、ライコア侯爵家は違う。
階は同じだが、北と南くらい位置が真逆。しかも棟違い。
もはや夫婦と言うより、同居している他人に等しい。
(多分表現的に間違っていない。旦那様の子作りしてたまるかって気持ちが出ているわ)
そんなわけで、生前のアイヴィーはニリスの部屋に入った事がない。そんな機会もなければ関係でもなかった。妻なのに。
むしろ侯爵家の敷地内であろうと、遠目に見かけたたらラッキーレベル。
呪うつもりで部屋に突撃したのが初めての入室だ。
(そんな『妻の入室』も拒んでいた旦那様の部屋から出てきたこの子は、一体何をしていたのかな~?)
小走りに、そそくさと廊下を進む侍女についていく。浮きながら真横に並び、侍女の顔を覗き込んだ。
(うーん。なんか見た事あるけれどあまり記憶にないなぁ……二十代後半ってかんじ)
これが夜なら愛人説一択な訳だが、彼女は主人不在の部屋から出てきた。
主人のいない間に掃除をするならわかる。むしろ目に付かぬよう掃除するのが仕事だ。
けれどこの侍女、掃除用具を一切持っていない。
(この子も旦那様の顔に騙されて懸想している子かなー? それとも旦那様に特別なお願いをされている子かなー?)
後者はないと思うが念の為、何をしているのか気になってついていく。
(それとも、旦那様を探っている国の諜報か教会の手の者か……)
ここまでお膳立てされていながら結果を出していないニリスを、王家や教会が放っておくわけがない。
過干渉だからこその花嫁ラッシュだが、こうも早世が続いては調査の手が入るはず。この侍女はその諜報かもしれない。
(なんて、なさそうだけれど)
だって動きがなんか、無駄が多い。
侍女は大袈裟に周囲を確認してこそこそしている。国や教会が雇うなら、もっと堂々とした人間だろう。
よって、アイヴィーは彼女を諜報員とは思っていない。
それでもついていくのは、ニリスの調査が進まないからだ。
仕方がない。ある意味やっと見付けた綻びだ。
統率が取れて仕事熱心なのは素晴らしいけれど、探る方からするととってもやりにくい。
なので目についた変化は確認しておきたかった。
というわけで不審な侍女についていったアイヴィーは、二階のニリスから離れて一階の使用人達の生活スペースまで来ていた。
流石に戸惑う。
この子仕事中じゃないのか。
「あ、いたいた。ノイン、どこ行っていたのよ」
「あなたの仕事、小生意気オンナに適当に振っておいたわよ」
『……ほーう?』
(なんか侯爵家の使用人に相応しくない下賎なのがいるな?)
恐らく彼女の私室だろう部屋にいたのは、同室と思われる二人の侍女だった。
どちらものんびり寛いでいる。一応書類は広げているが、その上にお茶を置いていては意味がない。
完全なるサボり風景。
疑っていなかったが、諜報員の疑いは綺麗に消えた。
それにしても。
『ノイン……? なんか聞き覚えのある名前……』
ノインという名前が、うっすらと記憶に引っかかる。
思い出せないが彼女達と同類と思われる、ノインと呼ばれた侍女はニヤニヤしながら彼女たちに近付いていった。
「この間さぁ、結局あの女に恥を掻かせるの失敗したじゃない?」
「下剤の事?」
「匂いがおかしいって気付かれたわね。惜しかったわ」
三人の話題は恐らく、アイヴィーが見ただけで毒物混入の有無がわかると理解した切っ掛けの事件だ。
被害者が気付いて未遂で終わったが、犯人はわからなかった。まさかこいつらだったとは。
「だからさぁ、今度は逃げられないくらいのにしようと思って」
そう言って、ポケットから取り出したのは――。
『……え、はぁ!?』
三人で輪になっているのを、上から覗き込んだアイヴィーは思わず驚愕の声を上げた。
ノインが持っていたのは、細い銀色のチェーンに赤紫の葡萄に緑色の蔓が彫られた、大粒のペンダント。
『そ、それ、私のォオ――――ッ!!』
処分されたかと思っていた、アイヴィーの所持品だ。
「これどこから持って来たの?」
「旦那様の部屋を掃除している時に見付けたの」
「やだ家捜ししたの? はしたないわよ」
「ちょっと引き出しが開いていたのを見ちゃっただけよ。女物だし、多分亡くなった奥様の遺品だと思うの」
『鋭いね!?』
そう、遺品。四番目の妻の所持品。
処分されたと思っていたそれをニリスが所持していたのは驚きだ。
「これをアイツの部屋に隠して、窃盗犯にしましょう!」
『それ打ち首ィ!!』
アイヴィーは空中で横転した。
同僚間の窃盗も問題だが、使用人が主人の持ち物に手を出せばたちまち罪は重くなる。追い出すどころか打ち首だ。場合によっては捕らえられる前にその場で切って捨てられる。
そして罪を着せるなどと言っているが、現時点で窃盗犯はこの女だ。
主人の部屋から、主人の持ち物を無断で持ち出した。
人を貶める為に自ら処刑台に上っている。嬉々として自分の首をギロチンの台座に乗せるな。
ちなみに宗教的に、死は肉体からの解放だ。よって他殺も自殺も重罪である。
しかし罪を重ねた魂は、肉体を脱いでも重さから解放されないとされている。罪人の魂が解放されるのは、罪を裁かれ懺悔が認められた時だけ。生前の贖罪が認められなければ死後重さから解放される事はない。
つまり懺悔する間もない死罪の場合、魂は天へ昇れない。大地を彷徨う事になる。
解放されて天へ昇る事が安らぎとされている思想で言えば、彷徨い続けるのは日本の地獄行きと同じだ。
同じ身分での窃盗なら鞭打ちだろうが、身分差のある犯罪は一発で打ち首だ。
彼らにとって使用人は家具なので、他者の命を奪ったなど考えない。主人に不利益な不良品なら、捨てられて当然なのだ。
『……っぁあ――――! 思い出した!』
頭を抱えたアイヴィーは、生前のやりとりを思い出して飛び上がった。
うっかり飛び上がりすぎて、一階の天井から二階の床に首が突き出た。
そしてそのまま叫んだ。
『ノイン……いじめっ子ノイン! あの子を虐めている「下剋上ヒロイン快進撃の手始めにざまぁされそうな三下悪役」のノイン!!』
叫んだ内容は、かなり辛辣だった。
――彼女たちが虐めているのは同僚のマイナ。
生前のアイヴィーが仲良くなった使用人の一人だった。
物語脳の為、いろんな人に配役を当てはめがちなアイヴィー。
お察しかもしれませんがアイソメトリア国で不人気な職業は死刑執行人。




