111 壊すならその手で
この一瞬、アイヴィーの頭に過ったのはこれがときめきチャンスか否かだった。
『否……だと思う! いくら何でも脱力しすぎだから!』
「いろんな意味で疲れてるんだから、してても良いでしょ脱力ぐらい……」
『いいよ!』
「じゃあ言わないでよ」
だってうっかりときめきチャンスかと思ったのだ。
(死んでもずっと居て良いなんて、ときめきチャンスかと思うじゃんね?)
戦力として数えているんだろうな、とはわかっていたが、台詞だけならときめく。
アイヴィーはグッタリしているミラノスの頭上にすいーっと飛んで、帰宅してすぐソファに横になるサラリーマンのようなミラノスを見下ろした。
『ちなみに、一つだけ思い付いている成仏方法……というか除霊方法に心当たりがあるんだけれど、聞く?』
「じょれいってなに?」
『あ、そこからか……自然と天に昇るのが成仏で、消滅させるのが除霊』
「ちょっと、なんて恐ろしい言葉使っているのさ」
ミラノスが嫌そうにアイヴィーを見上げる。くるっと回って自分も空中で横になりながら、アイヴィーは重々しく頷いた。
『聖人は見えるだけで、生者と死者は不干渉だからね……でも魂を喰ったらあんな化け物になるなら、ちゃんと退治方法考えないといけないと思うの。だからひとまず、そういう方法があるってことだけ覚えておいて』
「罰当たりだな……」
この世界で、死は神からの祝福だ。
人生という試練を乗り越えたものだけが受けるもので、人生を投げ出したり試練の邪魔をしたりされた者は受け取れない。
彷徨う魂は、死後も試練を与えられている者達だ。
その魂を無理矢理消滅させるのは、考え方として試練を邪魔するのと変わりないだろう。
(そう考えると私って試練の途中……? ふわふわ浮いているから違いそう!)
どう考えても規格外なので、照らし合わせるのに苦労する。
そもそも死後の流れが生きている側に都合よく解釈されているだけなので、正解とは限らないのが今回発覚している。
信仰心が強く、信じている者は真っ直ぐ天に昇るが、そうでない者の方が多いはず。
だからきっと、魂を喰らったあの化け物が、あちこちにいるとアイヴィーは考えていた。
『まず私の除霊方法だけれど……あのペンダントを壊したら、多分拠り所をなくして消滅すると思う』
――どうしてペンダントに憑依しているのか、アイヴィーにもわからない。
しかしそんなアイヴィーにも、霊体の知識がある。今世ではなく、前世で培ったにわか知識が。
(人形とかに取り憑いた霊を除霊するとき、人形ごと燃やしていたなぁー!)
憑依先を壊したらなんとかなる、と言う印象が強い。でも憑依先が大体高価な物だったり思い出の品だったりするので壊せず、主人公達は四苦八苦して成仏させるのだ。
しかしこの世界では、他の方法を探す方が困難だと思う。
(そもそも成仏とか除霊とか他者が魂をなんとかするシステムがないからねー!)
憑依先を壊したら自由に動き回れるようになる……とかだったら、むしろそこから成仏チャンスだ。
『ペンタスからのプレゼントだから、本当は壊したくないけれど……悪戯で壊されたりするよりはミラノスに託すわ』
大事な品だからこそ、利用されるのも嫌だ。
それこそ「オチル」勢いで嫌だ。
『だから、私がちょっとでもおかしくなったら、ペンダントは壊して』
「……それも、俺以外には言わないようにね」
ミラノスは呆れた顔で、頭を抱えた。アイヴィーと会話するといつも頭を抱えている。
アイヴィーはあっさりしているが、つまりアイヴィーは、いざとなったらミラノスに、アイヴィーを殺せと言っている。
無自覚に、当然のように……とても軽い調子で。
(こういう所が、軽いって言われる由縁でしょ)
アイヴィーは知らないが、あのペンダントはミラノスが作った物だ。その命運を託されることになるなんて、どんな確率だろうか。
「わかったよ。その場合は、責任を持って壊す」
『私が闇堕ちしたらよろしくね!』
「わかる言葉でしゃべって」
こちらの決意をいつも気軽に蹴飛ばしてくるので、真面目な会話が続かない。
ふわふわと軽いアイヴィーの言動に、ミラノスはぎゅっと嫌そうな顔をした。
いつかその日が来るなんて、考えたくもない。
――その後、国王崩御の報せがアイソメトリア国を震撼させた。
人々は、悪い噂のあったライコア侯爵家を全壊させた炎は神の裁きと断じた。
そしてその煙の影響で次々と死人が出たのは、ライコア侯爵家より立場が上の者達が、止めることが可能だったはずの蛮行を止めることができなかったからだと信じた。
教会関係者も悉く倒れ、起き上がることも、まともに話すこともできない状態になってしまった。神の御許へ招かれるのは時間の問題だと、誰もが噂している。
無事だったのは、王家に妾腹と蔑まれ、王宮の離れで生活していた国王の弟とその一家。
彼らはすぐに信用のおける人間をかき集め、神の怒りに触れた者達を隔離。
死の病に侵された大地を浄化されるまで触れてはならぬと言い切って、混乱する民衆を導いた。
まるで事の詳細を知っているかのような動きに、ミラノスは王弟一家が今回の件を把握していたと考えている。毒の煙は予想外だろうが、死の大地に対する対処に迷いがない。
教会も現状のあり方が神の怒りに触れたとして、若い神官達が腐敗した内部の清掃に乗り出した。
偶然その日、町に出ていて煙の影響を受けなかった神官達……神の怒りに触れなかった者達が、王弟一家と一緒に混乱する国をまとめている。
結論から言えば、ニリスの思惑通りにはならなかった。
『それはそう。内偵もいただろうし、旦那様が思っている以上に情報は筒抜けだったと思う』
それが誰だかはさすがにわからないが、少なくともアイヴィーが嫁いできた二年前には稼働していた計画だ。王家や教会が、気付かないわけがない。
恐らく彼は、計画を知った一部に泳がされていたのだろう。
そしてクインティーナとミラノスは、何の問題もなくペルデュラン男爵家で生活していた。
クインティーナが聖人だと知っている人間は、間違いなくライコア侯爵家側の人間。こればかりはニリスが情報を規制したので、内偵も知らないのだろう。知っていても、今聖人が現れたところでどうしようもないと思い放置されているのかもしれない。
どちらが正解か謎だが、ヘタに動かない方がいいのは確かだ。
アイソメリア国は、滅亡の危機かと思われたが……実際の所、国力は落ちたが問題なく存続している。
『警戒しすぎだったかな? 事件とか何も起こらなさそう!』
貴族として領地や国の支援に忙しい男爵家。芳醇な物資で貢献する伯爵家の様子をのんびり浮きながら見守るアイヴィーは、このまま何事もなく過ごせそうだとふわふわ漂いながら考えた。
もちろん完全なるフラグなのだが、それはまた別の話。
そしてここから先は――誰も知覚できない、大地の底で起こっている魂の話である。
ちなみにクインティーナはずっと元同僚達と恋バナしていた。
聖人関係以外のニリスとの会話迎えに来てくれたオクトスとのらびゅいべんと(危機一髪)をしどろもどろに話すので、元同僚達は怖い話を聞いている気分になった。間違っていない。




