110 語ってはならないこと
――父の部屋に住み着いていた魂が、聖人だった。
騒がしく飛んできたアイヴィーから齎された情報に、さすがのミラノスも目を丸くして驚愕した。
「聖人が……なんで、こんな所に」
何故なら彼も、聖人は天へ昇ったとばかり思っていたから。
諸々の確認が終わり、まだ本調子でないミラノスは自室でグッタリしていた。連絡が来たら対応せねばならないので寝台には横にならなかったが、ソファでグッタリしていた。
そこにアイヴィーが文字通り飛んできたので体を起こしたのだが、すぐに倒れ込みそうになった。
『周りが言っていたとおり、偽物だったわけじゃないよ。ちゃんと他の人に見えない物が見えていたっぽい。死んでからも、多分他の人より見える情報量は多そうだった』
多分だが、他の魂はその場で他の魂の動向などわからない。
『だから、相手は本当に聖人だったと思う。間違っているのは、生きている側の認識だね』
「それは……誰にも言っちゃダメだ」
ミラノスは頭を抱えた。
特に父に、センタスに言ってはならない。
「ペルデュラン男爵家は……当時のペルデュラン男爵は、我が子が聖人だと信じていた。立派に役目を終えたと信じていたんだ。歴代のペルデュラン男爵達もそうだよ。教会側が印象操作しただけで、立派にやり遂げたと信じていた」
それは我が子を亡くした親が、命を懸けた役目を果たしたからこそ、結果が伴わなくてもやり遂げたのだと信じたい意地に近かったかもしれない。
だって、偽物と受け入れてしまえば、聖人として死んだ我が子が命を懸けた意味がなくなってしまう。
だからペルデュラン男爵家はこう考えている。
――聖人は、役目を果たした。
――聞き届けなかったのは神だ。
人の願いが神を動かすと考える方が烏滸がましい。神は見守るだけで、試練を与える存在だ。都合が良いときに手を貸してくれるはずがない。
そう考えていたのだ。
――聖人は、役目を果たした。
これが、大前提。
だって偽物ではない、本物の聖人だから。
『でも、そのお役目ってのが問題で』
「そういう問題じゃない。聖人が他の人と同じなんて、現在の宗教観で信じられるわけがないよ」
だから誰にも話しちゃダメ、とミラノスは目元を覆った。
「俺だって、死んだら必ず神と対面するのかなとか、役目がなければ問題ないかなとか、色々考えたけど……昇れない可能性とか、考えてなかったよ」
何故なら、聖人だから。
そういうものだと認識していたから。
根本的な部分を疑うなど、異教徒と扱われかねない。
『……つまり私、ミラノスに余計な情報与えちゃった感じ……?』
私何かしちゃいましたかのレベルじゃなくて、確実にやらかしちゃっている?
「それは別に。いざというときの無駄死に防げるから良いよ」
『戦犯回避!』
ほっとしたアイヴィーだがミラノスの言うとおり。
もし今後、この人災が災害と認定された場合。
教会が、聖人を探してお役目を強要する場合。
自己犠牲で命を絶っても、神の元へ昇れるとは限らない。
そう知っているのと知らないのとでは、選択する重さが変わってくる。
『って事は、クインティーナにも伝えておくべきだね。ミラノスよりクインティーナの方が自己犠牲選びそうだし』
「間違ってないからそうして」
聖人としての死など選ぶくらいなら自死した方がマシと思うくらい嫌だ。
現在教会に保護されている聖人はいないが、ここに二人いる。ニリスがどこまで情報を流していたのか不明だし、男爵家から離反するものが出ないとも限らない。警戒は重ねていかなければならないだろう。
「……聖人様は、昇られたんだよね」
『うん。多分あれが成仏だったと思うよ』
正確に言えば、天に昇ったのかはわからない。
正解だったのかもわからない。
しかしアイヴィーが手に触れただけでもういいのだと言った声音は、深い安堵に満ちていた。
(……指先一つ、私から握っただけで、成仏しても良いって思えるレベルの孤独って、どんなかな)
それは地獄と変わらなかったのでは、とアイヴィーは思う。
そしてそれは、アイヴィーも他人事ではない。
(死ぬまでずっと一緒――……なんて、不健全な匂いするんだよなぁー!)
絶対湿度が高い。
成仏チャンスが来たら挑戦すべきと思う。
(でも、私が成仏できる……しても良いって思えるような出来事って何?)
成仏した魂を見て思ったのは、結局気の持ちようではないか、ということだ。
聖人の役目を信じて死んだプリマは迷わず天へ昇った。
役目を果たせなかった罪悪感を抱いていた聖人は、恐らくアイヴィーとのやり取りが琴線に触れて成仏できた。
他に成仏した魂を知らないが、先日地下で亡くなった護衛は、死を自覚してすぐ激昂した。天を目指す様子はなかった。
(その後すぐ喰われちゃったわけだけれど……精神が破綻していた彼らが、死んですぐ天に昇れるほど、信仰心があったとは思えない)
結局は未練。
おのれの死を受け入れられるか。
きっとそれが問題だった。
(……つまり私、まったく自分の死を受け入れられていない……?)
『こんなに幽体を有効活用しているのに……?』
「またなんか考えてるわけ? お願いだからわかりやすく言語化して」
『私がどうやったら成仏できるのか……?』
「……いいんじゃない、別にそのままで」
『えっ』
浮きながら足を組んで唸っていたアイヴィーは、まさかの言葉にミラノスを振り返った。
疲れた顔でソファにひっくり返るミラノスは、もうアイヴィーがいてもいなくても気にしないとばかりに休んでいる。
「成仏できないなら、ずっといて良いよ」
アイヴィー『……え!?』(二度見)




