107 根本的に違うモノ
(嘘やん)
腐った部分が剥がれ落ちたら、つるりと綺麗な青が現れた。
まるで曇天の空、分厚い雲の裂け目から覗く青空のような青い目。
晴れた空から落ちる雨は、まるで天気雨。アイヴィーの脳裏を狐の嫁入りが過った。
というのも、綺麗になったのは目元だけ。それの形は相変わらず引き延ばされたように細長く、性別も今ひとつわからないままだ。
しかしアイヴィーの直感は、目元から女性と判断した。
多分、恐らくきっと。
(……というか今何が起こったの? なんでいきなり泣いて、腐ったみたいになっていた部分が剥がれ落ちたの? でもって剥がれ落ちたのどこ行った?)
ボロボロ落ちた淀んだ何かは地面に吸い込まれて消えてしまった。
不意に、アイヴィーが掴んだままだった細長い指が、くっと曲がる。
恐らくだが、手を握る動作だった。
『オマエ……お前、違う。私達と、根本的に違う』
『ちょ、待てよ』
さすがのアイヴィーも今回はふざけたわけではないが、咄嗟に言葉が突っかかってしまった。皆さんかつての名作をご存じですか。アイヴィーはネタとしての台詞しか知らない。
なんて現実逃避はいけない。アイヴィーは思わずぎゅっと相手の指を握りしめ、深呼吸をした。
『突然しゃべりが流暢になってない?』
『それはお前が、私に蓄積された穢れを、洗い流したから』
『あれって穢れなの!? 私何もしてないけれど!?』
ちょいっと触っただけである。そして今も握り続けているが、これ以上黒い部分は剥がれそうにない。
アイヴィーと手を繋いだ指先を見て、青い目が切なげに細められる。
『お前は何も知らないのだね。穢れが一つもないなんて、まるで生まれたての子供みたいだ』
『ええ……確かに死後二年経ってから幽霊を自覚した、幽霊数ヶ月の新米だけど……』
『……死後二年……? お前が?』
青い目が見開かれ、アイヴィーを凝視する。グッと首が伸ばされて、額がくっつきそうな距離まで近付いた。
『二年……それも、最近自覚したと?』
『気付いたら死んでから二年経っていたの。それからまだ三ヶ月くらいかな?』
そう、クインティーナが嫁いでくる数ヶ月前に幽霊として目覚めたので、アイヴィーの幽霊生活は左程長くない。だから知らないことだらけだし、自分が憑依霊であることも知らなかった。
これは憑依先のペンダントがアイヴィーの近付けないニリスの私室で大事にしまわれていたことも原因だ。
今となっては、ニリスにぞわぞわしていたのか、悪霊にぞわぞわしていたのかわからない。
『そうだね、お前は、なんだかふわふわしているし……きっと、そういうこともある』
『確かに浮いているけれども』
『そういうことではないよ……いや、それもあるのか? お前は、ずっとそうだ』
『そう、って?』
『とても、軽い』
アイヴィーは首を傾げた。
初対面で軽いとディスられる程、自分の言動は軽いのだろうかと。
アイヴィーの猫目を覗き込むように見下ろす青い瞳は、そんな彼女の思考を読んだように目を細めた。
『お前はね、軽いよ。世界に対して、環境に対して、人に対して、自分に対して、とても軽い。ふわふわしていて、肉体と魂が、魂と世界の重さが、まったく釣り合っていない』
『んー??』
やっぱりディスられているのだろうか。アイヴィーはどう反応すべきか迷った。
『情はあるのに、独り善がりだ。惹き付ける癖に、省みない。それなのに相手をまず受け入れる。お前なりの愛で包み込む』
そう言って、長い指がさらに折れ曲がる。くるりとアイヴィーの手が一本の指で包まれて、輪に手を通しているような気分になった。
『愛に包まれたモノはお前に惹かれるのに……受け入れる癖に手を取らないお前に溺れていく。溺れる相手をお前は見ない。そういうものだと納得して見ているだけだ』
『ちょっとよくわかりませんね……?』
アイヴィーは本気で首を傾げた。
だってそんな、無垢な悪女のような所業をしているつもりはない。
『お前が何か、わからない。でも、私達と根本的に違う。ズレが大きくて、それを知っているから、お前は私達と違う』
伸びた首が、徐々に戻る。定位置のようにすみっこで位置調整する様子に、アイヴィーは問い返した。
『じゃあ、あなたは何?』
アイヴィーに伸ばしている以外の手足を縮こめて、隅に鎮座する魂は、すんなりと答えた。
『私は、かつてペルデュラン男爵家に生まれ、偽物と呼ばれたモノ』
その言葉に、アイヴィーは目を見開く。
『天に昇れなかった、役立たずの聖人だ』
そう言った魂の青い目に、ゆらりと黒い陰りが滲んだ気がした。
ちょっと短めですが区切りが良いのでここで。




