105 それぞれのやれること
次の日、相変わらずアイソメトリア国の情報系統は混乱を極めていた。
それでもなんとか夜のうちに火は消えて、侯爵家は黒焦げの骨組みだけが残された。触れれば崩れるだけの黒炭も、死に神の鎌の大きさに恐れ戦いた者達は近付く事もできない。
ライコア侯爵家の生存は絶望的だと、誰もが思う有様だった。
――そして国王と大司教の安否は、まだわかっていない。
「一日経っても報せが来ない時点で、絶望的だと思うよ」
あの後ぐっすり眠ったミラノスだが、連日の夜更かしで体が疲れているのか、今一スッキリしない状態で朝食に臨んでいた。
夜明けと同時に起きたクインティーナと、早朝から鍛錬まで終わらせたオクトスとは体力が違う。ペンダント問題でミラノスと寝起きしてしまったような状態のアイヴィーだったが、あまりにも布団から出てこないので人間目覚ましを演じたくらいだ。
イメージは踏切。張り切ってカンカン言わせて貰った。
「生存、無事なら国民の混乱を抑えるために最速で報せるはずだ。むしろ無事でなくても、王は無事だと言っておかないと求心力が失われる。ダメだったら後から調整してしまえばいい話だし。それすらしないって事は、その判断を下す人すら煙にやられちゃったってことだよ」
「む……? つまり上層部が全滅ということにならないか?」
「なるね」
ミラノスはグッタリしながらホットミルクを飲んだ。
クインティーナは当たり前のように男爵家の朝食に混ざっている状態に固まっていた。
「私は何故……オクトス様達と朝食を……?」
『だってペルデュラン男爵家の養女だから……』
青くなっているクインティーナに応えてから、アイヴィーはすいすいと食卓の上を飛び回る。ミラノスは迷惑そうな顔をしたが、アイヴィーにとっては日課だった。
(まあ男爵家だから大丈夫と思ったけど、毒は入ってなさそうだなー!)
侯爵家では毎日の日課だったのでつい。
そのまますいーっと浮上してシャンデリアの縁に座った。思わず視線で追いかけたミラノスは埃が落ちてくることを心配したが、アイヴィーに質量がないことをすぐ思い出す。あまりにもハッキリ見えるので、つい重さを忘れてしまう。
ちなみにミラノスのだるさと毒は関係ない。
まさか地下の毒山の影響、地上での煙の影響を受けてこんなに起きないのかと疑ったアイヴィーが、しっかり調べた。単純に疲労だった。
「父上はそれを考慮して、早々に王城に出立したわけだけど……」
本当ならセンタスを一人で行動させたくはない。オクトスと一緒に行ければ良かったが、向かう先は毒の煙が立ちこめた王城だ。
万が一を考えて、跡継ぎのオクトスは屋敷で待機となった。
使用人は多めに、監視の意味でつけたが、事情を知っている者は少ない。
「聖人を尊ぶ気持ちは本物だから、クインティーナがいる限りおかしなことはしないと思うよ」
「あの、ミラノス様がおられるのに何故私とこうも態度が……?」
「俺は聖人だけど、父上からすると息子だからね。感覚が鈍るんだと思うよ」
「というか父上がミラノスに対して聖人対応をはじめれば、周囲にばれてしまうからな。意識して聖人の前に息子として扱うよう、父上も長年気を付けてこられた。その影響もあるだろう」
『本当はめちゃくちゃ大事にして神聖視して聖人だー! ってしたい気持ちを抑え続けていたわけね……推し活我慢するオタクみたいなもの? 良く無事だったね男爵。精神が』
「相変わらずアンタのたとえ、よくわからない」
ちなみに、使用人は控えていない。
聖人と隠し通してアイヴィーと会話することはできないので、食事の用意をしてすぐ退出させた。
「とにかく、俺達は情報待ち。連絡が来たらすぐ動けるように、救援が必要なら動けるようにして置いて」
「わ、私はどうしたら」
「令嬢の復習で刺繍でもしてて」
『男爵家探索していい?』
「アンタは行動範囲の把握しておいて」
『そうだね、それは大事』
頷いたアイヴィーは、さっそくふわふわと食堂を抜け、男爵家の探索を開始した。
ミラノスとオクトスは使用人達を呼んで食材や物資の在庫確認。センタスを待つだけでなく、耳を大きくしてどんな情報も聞き逃すなと慌ただしい。
残されたクインティーナは、できることがない。
侍女としてなら仕事もあるが、養女としては大人しくしているのが仕事だ。
ならば言われたとおり刺繍でも、と客室に戻ったクインティーナは。
「お嬢様のお相手をするよう命じられて参りました」
本来なら令嬢の話し相手にならないような下位の侍女達が刺繍セットを持って客室に現れたのをで、ミラノスに気遣われたのだと察した。
「お嬢様の立場については箝口令が敷かれましたが何も知らないままでは口が滑ると」
「不確かより知っていた方が好奇心も収まるだろうと」
「答えられることは答えて良いとミラノス様が」
「刺繍の時間のおしゃべり程度にしておけとも仰ってました」
(その答えられる範囲ってどこまでですかミラノス様―!)
クインティーナは元同僚達と話せる喜びと、自分がうっかり失言しないかで戦々恐々する事になる。
(助けてくださいアイヴィーさん!)
誰にも知られずアドバイスしてくれるアイヴィーの存在に、とっても焦がれた。
しかしクインティーナはアイヴィーがいた方が失言も多いので、敢えて居ないときに機会を作ったミラノスだった。
そしてクインティーナに熱烈に求められたアイヴィーは。
『聞いてないんだけどー!?』
センタスの部屋で、棚の間からじっと見つめてくる魂と遭遇していた。
覚えていますか?
実はずっといた魂。




