103 ド健全で問題なし
一方その頃、二人揃って退室したクインティーナとオクトスは。
「今のクインティーナを使用人の部屋に連れて行くのは問題があるからな。暫くこの客室を利用して欲しい」
「はい」
「今日はもう遅い。このままゆっくり休んでくれ」
「お気遣いありがとうございます」
「ではクインティーナ。良い夢を」
「はい、オクトス様も、良い夢を……」
とっても健全に部屋まで案内され、とっても紳士的にわかれていた。
広い客室に残されたクインティーナが我に返り、暫くぽかんとするくらいド健全だった。
アイヴィー曰く、らびゅいべんと、とやらはなかった。
大問題だ。
(……いえ! 問題ありませんよね!?)
礼節を重んじる貴族男子としてまったくおかしくない。オクトスは実に紳士的にエスコートしてくれた。直前まで熱烈な愛の告白をしたとは思えないほど紳士だった。
(この流れでもう一つや二つは「らびゅいべんと」とやらが発生してもおかしくない……とか思ってしまう私は破廉恥……!)
元気にキャーキャー言うアイヴィーにちょっと影響を受けていた。
恋する乙女としては、ある意味健全かもしれない。
自分が掃除したことのある客室に通されたクインティーナは、そのまま元同僚達によって着替えさせられ、ネグリジェ姿にされた。元同僚達はもの凄く話を聞きたそうにしていたが、彼女達も男爵家とはいえ、プロの侍女。速やかに負担なく着替えさせ、しずしずと退室していった。
一人ぽつんと残されたクインティーナは、すっかり暗くなった窓の外を見上げた。
「そういえば……この時間に一人なのは、久しぶりです」
嫁いでからは、傍にアイヴィーがいた。
彼女はあちこち飛び回ることも多かったが、基本的にはクインティーナの傍にいた。特に夜は侍女が遠ざかるので、情報交換には絶好の機会だった。寝台に横になりながら小声でヒソヒソと話すのは、バレたら危険な緊迫感もあったが、不思議と心癒された。
(……あれは全部、アイヴィーさんが明るく振る舞ってくれていたから、でしょうね)
落ち着けば、クインティーナにもわかる。アイヴィーは過剰なくらい大袈裟に反応してくれていた。
では素が物静かかと聞かれたら、そうではないが、敢えて大仰に動じてはいただろう。
(だから……夜がこんなに静かに感じるのでしょう)
ちょっと落ち着かないと思うのは、欲張りだろうか。
(弟様とアイヴィーさんのお話が終わったら、あのペンダントはどうなるのでしょう)
自分がうっかり約束してしまったばかりに、もしかしたらアイヴィーはヴィニカリスへ譲られるかもしれない。
ペンダントの行方としては正解な気がするが、アイヴィーとの別れはまだ踏ん切りが付いていない。
だから、飛び出したアイヴィーにあんなにも必死に呼びかけてしまった。
(本当なら、笑顔は無理でも、見送らないといけなかったのに……)
行動範囲外で天に昇れなかった。それに残念がらねばならないのに、クインティーナは安堵してしまった。
だってまるで、アイヴィーが死んでしまうように感じたから。
(アイヴィーさんは、もう亡くなっているので、正しくない気がしますが……)
消えてしまうと思った。
煙に乗って、空まで飛んで。
暗闇を照らす小さな光が、ぷつんと途切れてしまう気がしたのだ。
行かないで。思わずそう叫んでしまうほどの恐怖だった。
(こんな状態では、アイヴィーさんを見送るなんてとてもできません……! ああ、私はなんて薄情者なんでしょう……!)
恐ろしかったがそれはそれ。
天に昇れるのなら昇った方がいいに決まっている。
(ミラノス様は、弟様の手元にペンダントが渡るのに反対のご様子でしたし、恐らくしばらくはまだ……ペンダントはここにある、はずです。私は侯爵家から出られましたが、話し合ったようにまだ解決していない部分が……!)
そう、解決していない謎がたくさんある。
その解明に、絶対アイヴィーが必要かと聞かれたら、そうではないが……。
クインティーナはソワソワする気持ちをグッと胸にしまい込んで、男爵家の侍女達が綺麗に整えた寝台に横になった。
自分がかつて整えていた部屋を使用するのは、なんだかおかしな心地だったが、豪華な侯爵夫人の部屋より余程落ち着いた。
しかしクインティーナはアイヴィーが思わず二度見するくらい変なところで肝が据わっていたので、落ち着かない部屋でもぐっすり熟睡することができる。侯爵夫人の部屋で熟睡したのだから、慣れた気配の男爵家客室で熟睡できないわけがない。
そんなわけで、横になった彼女はいつものようにぐっすりと……深い眠りに落ちていった。
――だからこれは全部夢だ。
怒濤の一日だったので、記憶の整理で見るただの夢。
たとえクインティーナの記憶になくても――夢は、夢なのだ。
クインティーナはラブイベントが発音できていない。




