101 二年で昇華したもの
涙を堪えてじっとしていたペンタスだが、暫くするとスンッとした顔で立ち上がった。
「そろそろ失礼する。このことは父上にも伝えておくので、万が一男爵が逃げないよう見張っていて欲しい」
「……それはもちろん」
目元は少し赤かったが、スッキリした顔だった。後ろの護衛の方が泣きそうな顔をしている。
ちなみにミラノスの目には、ずっと『ペンタスがデレた!』ときゃーきゃー嬉しそうに騒いでいるアイヴィーが見えるので、ペンタスが切り替えているにもかかわらず着いていけなかった。先程までの慈母の表情が嘘のようだ。
「というか、今から帰るの? 多分兄さんが部屋を用意させているよ」
「いいや、帰る。ライコア侯爵家に向かった俺も、ヴィニカリスからしてみれば消息不明だからな」
一報入れてはいるが、この混乱だ。ちゃんと届いたかも不安が残る。
ペンタスはスタスタと部屋を横断し……一度だけ、テーブルの上に置かれたペンダントを一瞥した。
ミラノスも、そんな彼をじっと見る。
「持って行かないの」
「……俺が持っていても、姉上と話はできない」
未練の残る顔をしつつも、振り切るように視線を外した。
「こちらで、大切に保管してくれ……姉上が天に昇れることを願っている」
――ペンタスは、この二年で姉の死を受け入れていたのだろう。
だから、姉に伝えたいことが謝罪だった。我武者羅に成長してできることが増えたからこそ、あの時できなかった後悔が募っていた。
亡き姉に追い縋るのではなく、天へ昇ることを祈る。
ニリスに負の感情が集中していたのも、姉が救われて欲しいと強く願うに至った原因だろう。つい忘れそうになるが、アイヴィーの最期……死後の扱いに至るまで、なかなか凄惨だ。
「だがその方法は、俺ではまったく見当もつかない。聖人ならば、何かわかることもあるだろう……姉上の為にできることがあれば、何でも言ってくれ」
そういって、部屋を出て行った。
――キャーキャー騒がしいアイヴィーを纏ったまま。
(アイツがいるとしんみりできないな……)
姉の方が弟離れできていないかもしれない。
ミラノスとクインティーナにだけ聞こえる黄色い歓声が遠ざかる。ミラノスは使用人に任せたが、アイヴィーはしっかり見送るつもりらしい。
ため息をついて、ミラノスはテーブルに置いたペンダントを持ち上げた。
持ち帰らないのかと聞きはしたが、持って帰られたらどうしようとも思っていた。
(アイツにはまだ、働いて貰わないといけないし)
クインティーナは生きてライコア侯爵家から脱出した。だがこれで終わりではない。
教会が何を、どこまで把握しているのか不明だ。王家がどう出てくるかもわからない。上層部がどこまで無事なのか、アイソメトリア国がどうなるのかは、毒の煙が晴れなければ事態の把握ができない。
(熱心な奴らは命懸けで情報収集しているんだろうな)
本来貴族として、ペルデュラン男爵家もそうすべきだ。わかっているが、ミラノスはぎゅっと顔中に皺を寄せた。
(毒の煙には絶対近付きたくない)
当たり前だが、ミラノスが近付きたくないと思ったのは、命に関わるからではない。
あの煙が、死んだ魂を悉く天へ巻き上げていたからだ。
ミラノスの視界でも、天に昇った魂がそのまま神の御許へ辿り着いたのかわからない。そもそもミラノスは魂が天に昇る姿を見たことがない。見たことがあるのは、地を這う魂ばかりだ。
本来なら喜ばしい事だが……あの光景は、酷く悍ましく見えた。
『やばい馬車までご一緒しちゃった! 範囲外で弾かれちゃった! 馬車がすごいスピードだからあっという間だった!』
「学習しなよ」
限界まで弟に着いていったらしいアイヴィーが壁を突き抜けて戻って来た。ふわっと漂う穏やかな光は、暗くなってきた部屋の中を優しく照らしている。
『はー、久しぶりの弟、めちゃんこ可愛かった……とっても素直だったし……小さい頃を思い出した……ずっと私の後ろを付いてきた頃のペンタス。あの頃は弟を如何にして私の味方に育てるかとか考えちゃっていたなぁ。ほら、私が知らないだけで悪役令嬢の話だったら弟との関係が良好かどうかって重要じゃない? 実はかなり戦々恐々としてた。すぐにそんなの関係ねぇってレベルで可愛くなったけど』
「相変わらず何を言っているかわかんない」
『一度でも打算で見ちゃった姉の懺悔だと思って』
まったくよくわからないが、アイヴィーの態度に打算的なものは感じなかった。
それにあの弟だ。そんなもの少しでも感じたら、あそこまで懐かない。ニリスと弟対決するような男に育たないだろう。
「アンタが成仏するためなら何でも手伝うって言われたけど、その前に国だよね。国のためなら何でもするとはいわないの、すごくらしいと思ったよ」
数時間しか一緒にいないが、そう感じた。
アイヴィーは神妙に頷く。
『私が色々した所為もあって、ヴィニカリスって独立宣言いつでもできるくらい潤っているんだよね。足りないのは武力くらいだったけれど、ここに来て国が著しく衰退するならもしかして……ってところがある』
「うちじゃなくてそっちが新世界の王になりそうじゃんか」
しかも夢物語ではなく土台がしっかりしている。
『ペンタスの反応見たでしょう? やらないよ。万が一父が血迷っても、自力でぶん投げて止めると思うし』
「なんでどいつもこいつも肉体言語なの?」
オクトスと違ってペンタスはまず対話から入るが、それが通じなければ肉体言語も辞さないのが透けて見える。
『逞しく育ってくれて姉は大感激』
「はあ……」
止まらないため息を繰り返し、ミラノスはペンダントをテーブルに置き直した。自然とペンダントの上まで移動したアイヴィーは、ふとミラノスが真剣な顔でこちらを見ていることに気付く。
「ついでに俺も、アンタに聞きたいことがある」
『ミラノスも?』
ペンタスは正確に言えば「言いたいこと」だった。だがミラノスは「聞きたいこと」だ。
アイヴィーはちょっと困ったように首を傾げた。
『なんで他と違うのかとか、そういうのは私でもわからないよ? 聞かれても答えられないことがほとんど』
「だろうね。今まで嘘はついてなさそうだったし、それは仕方がない。本当におかしな奴だけど、そういうのもいるんだろうね。そういうのも」
『規格外って強調するのやめて』
やめてと言われても、そうなのだから仕方がない。
そして聞きたいのは、つついた結果どう反応するかわからず放置していた部分だ。
クインティーナの救助が終わった今だから聞けること。
「アンタはなんで、殺した相手を『旦那様』って呼び続けるの」
アイヴィーがきょとんと目を瞬かせる。
「殺されたのになんで、そんなに明るく笑えるの」
これが姉の死後二週間とか二ヶ月とかだったらとっても粘着質に縋っていたが、二年あったしその間ニリスに対して怨念燃やしていたので、姉に対しては救われていて欲しいという想いしかなかったペンタス。
忘れそうになるけど、アイヴィーは凄惨な目にあっている。




