165. 二人の行方
完全にやられた。
ユーゴは悔しさのあまり、歯噛みした。
壁に八つ当たりしそうになったが、それをなんとか踏みとどまる。
ゼフィーリアから話を聞いて、ユーゴは【千里眼】を駆使して街中をくまなく探したが、ベレッタを見つけ出すことは叶わなかった。
何時間も、日が暮れるまで捜索したにも拘わらずだ。
ベレッタは敵の手に落ちたと考えるのが妥当だろう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
王都の繁華街は闇に包まれてもなお、至る所で光が灯り、眠りに抗っていた。
その中にあって、めいでぃっしゅ二号店は看板の光を落とし、自身の中にいる者たちの悲しみを無言で代弁していた。
店内のホールには十数人がいくつかのテーブルに分かれ、沈鬱な面持ちで座っていた。
顔ぶれはユーゴを始め、昨夜この店に集まったメンバーに加え、めいでぃっしゅ二号店のメンバーとロイたちである。
ただし、ベレッタとシュン、そして鉄太の姿はない。
「鉄太はほぼ間違いなく攫われた。シュンもベレッタの巻き添えという形で攫われたとみて間違いないだろうな」
ユーゴから鉄太たちが攫われた可能性が高いことを聞かされたキラリとゼフィーリア。彼女たちは悲痛な表情で彼らの身を案じていた。
特にゼフィーリアは泣きながら親友の名を呼んでいて、マルガレーテに両肩を包むように抱かれながら慰められている。
「なんでよ……。勇悟、大丈夫って言ってたじゃない!」
ゼフィーリアに責められ、ユーゴは静かに目を閉じる。
「そうだな。確かにこれは俺の責任だ」
素直に己の失態を認めるユーゴ。
ロイがゼフィーリアに便乗する形で彼を責めたが、カイトがそれをたしなめた。
目の前で友人がヒートアップし、険悪な雰囲気になっている。そんな光景に、ゼフィーリアは逆に冷静になってきた。
───違う。勇悟は悪くない。
ゼフィーリアは考えを改めた。
「やめて、ロイ! 勇悟は悪くないわ。もともとベレッタのことは勇悟には関係ないのに、よくしてくれているもの。私もマールも助けてくれた。それなのに、私が責めたのが間違いだったわ」
「いや、俺が悪い。だから俺が責任をもってあいつらを見つける……と言いたいが、さすがの俺も手詰まりだ。だから、お前たちの力を借りたい。頼めるか?」
ユーゴはフィールエルたち旅の同行者たちに顔を向けて言った。
「うん、もちろんだ。昨日も言ったと思うけど、水臭いのはやめてほしいな」
フィールエルは腕組みしながら頷き、
「はい、ユーゴさんがそう仰ってくださるのを待っていました」
「まぁアタシにできることなんて限られてるけど、仕方ないわね。協力してあげるわ」
「お三方が拐かされたとなれば、旦那様に任じられていた私の責任。なんなりとお申し付けください」
ネル、パレア、雪もフィールエルに続いた。
「それで、ユーゴは鉄太のスペリオール・ウォッチを持っていた男を尋問したらしいけど、何も情報は得られなかったということか?」
「ああ、もう一度行ってみたが、今度はそいつもいなくなっていた。ベレッタ達に関しても千里眼で虱潰しに探したが、見つけられなかった」
フィールエルに答えたユーゴに、今度はユーラウリアがヒントを与える。
「ユー君の千里眼で探せなかったとすると、”何らかの神秘的な力”で隠蔽されてる可能性が高いかなー」
「そういう風に隠されてる感じはなかったな」
千里眼は半径五百キロメートル以内ならば屋内屋外問わず見通すことができる超絶能力だが、何事にも例外はある。透視できない場所というのも存在するのだ。
一つは女性のプライベート空間など、ユーラウリアの検閲に引っかかったセンシティブな場所。
そしてもう一つが神秘的な力が作用している場所である。
空間そのものが隔絶、もしくは神秘的な力で遮蔽されている場合、ユーゴには真っ黒に塗りつぶされているように見えるのだ。
だが、今回そのような場所は見当たらなかった。
「じゃあ偽装かな~。それじゃなかったら、そもそも探すべきフィールドが違ってるのかも」
かつて、ネルがユーゴの巨大トレーラーハウスを神聖術で覆い隠したように、元の風景とは違う光景を上書きすることができる方法がある。”神秘的な力”によって。
高度な知識と技術を要するが、故にこのような手段を採られてはいかなる千里眼といえど見抜くこと能わず、である。
故に、ユーゴはまだ一縷の望みを手繰り寄せられそうな方に注意を向けた。
「フィールドが違う?……ああ、この町から出てるってことか。だが時間的にも、町の外への移動は不可能だと思うがな」
「ユー君はたぶん、家とか店舗とかの地上の建造物を対象に探したんじゃない? そうじゃなくて、船の中とかは探した?」
「言われてみれば確かに。この王都にもグラーニャの運河ほどでかくないが、いくつかの水路があるな」
ユーゴが顎に手を添えながら思案しだしたところに、ネルが話しかける。
「……ユーゴさん。ベレッタさんたちがいなくなった時ですが、目撃者は探しましたか?」
だが、その声がネルのものだとは一瞬、誰も思わなかった。ユーゴ達旅の仲間以外は。
いつもの温和な抑揚ではなく、感情を感じさせない平坦な口調だったからだ。
更に、彼女の目は鋭く細まり、怜悧な輝きを放っている。
外見は確かにネルであるが、中身はネル以外の誰かにすり替わったような印象を見る者に与えた。
その理由をユーゴと仲間たちは知っている。ネルは意識を”イリーナ”のそれへと切り替えたのだ。
「いや、探してない。千里眼に頼り切ってそこまで気が回らなかったな」
「……お二人が居た事務室から表口へはホールを通ってしか行けませんが、ホールでは誰もお二人を見ていないとのこと。でしたら、外へ出るには裏口からしかありません。ユーゴさんのような反則的な手段を使えば話は別ですが、そのような手段をお二人が持っているという情報はありませんし、主観的な推測としてもその可能性は低いでしょう。なので、裏路地からお二人、もしくは怪しい人物が出入りしていなかったか目撃者を探しましょう。それと支配人のスペリオール・ウォッチを持っていた男性ですが、ユーゴさんは以前見たことがあると仰っていましたね」
「あ、ああ。以前ゼフィーリアを攫ったやつの一人だ。【月影】という組織に属しているとかは吐かせたが……」
もう一つ、鉄太のスペリオール・ウォッチを奪った理由としてゼフィーリア誘拐時と同じ轍を踏まないようにしていたという情報も吐かせたのだが、ユーゴはそれに関して、この場では黙っていることにした。ゼフィーリアが気に病む可能性があったからだ。
ユーゴが放った【月影】という組織名に反応する者がいた。ロイだ。
「月影……だとしたら、以前君が捕まえた男と同じ、王家直轄諜報部の者だ」
「王家直轄ということは、ロイ、貴方なら何か情報を掴めるんじゃないの?」
ゼフィーリアが縋るような眼でロイを視たが、ロイは力なく首を左右に振った。
「いや、前回も探りを入れてみたけれど、何も得られなかった。しょせん僕は王家を出奔した身だからね。父上が一連に関与しているとは考えられないし、おそらく何も知らないだろう」
話が脱線しかけたところへ、ネルが話を戻す。
「……ユーゴさん。その男性がいたという場所へ私を連れて行ってください。私なら、ユーゴさんとは違う見方でなにか手がかりを掴めるかもしれません」
「アタシも行く! 呪怨術みたいに人間の思念を辿れるような術は使えないけど、灯り代わりくらいにはなれると思うわ」
パレアが手を挙げて加勢を申し出た。
彼女は事あるごとに陸では役立たずと卑下するが、それでも長く生きている経験からか、水辺以外でも有用な魔術を使いこなす。多種多様に。
ユーゴはそのあたり心得ていたので、拒否する理由はない。
「じゃあボクは聞き込みでもしようかな。シュンって人は黒髪のおさげで褐色の肌だというから、そんな特徴的な人なら目撃証言も得やすいだろうね。ボクも神聖術が使えれば、もっと役に立てたんだろうけど……」
肩を落とすフィールエルを見て、ユーゴはあることを思い出した。
「そういえばユーラ。この世界って魔法みたいなよく分からん力がないよな」
「え? あるよ?」
ユーラウリアはパチクリと瞬きしたあと、あっさりと答えた。




