164. 二号店オープン当日
お久しぶりです。
日々に忙殺されながら、それでも諦めずに執筆してます。
我ながらしぶといな、と思っています。
時は少し遡る。
いよいよ”めいでぃっしゅ二号店”の新規オープン。その直前である。
ゼフィーリアはこの数日間の研修の成果を見せるときだと張り切っている。
対してマルガレーテは、ガチガチに緊張していた。無理もない。ゼフィーリアの周囲で一番の箱入り娘である上に責任感も強く、ついでに心配性なのだ。ど派手な外見からはなかなか想像されないが。
そんなマルガレーテにゼフィーリアが声をかけて緊張をほぐしていると、ルーナが鉄太に声をかけているのが目に入った。
鉄太は近くにいた雪に事情を説明し、「すぐに戻るっス」と言い残して店舗を出ていった。
もうすぐオープンなのに大丈夫なのかなとゼフィーリアは心配したが、他の古参のメイド達は「接客するのはメイドなのだから、オーナーがいなくても問題ない」と笑っていたので、ゼフィーリアは苦笑しつつも、(みんながそう言うんだったら……まぁ、良いのかな?)と自らを納得させた。
店前には、開店を今か今かと待ち侘びる長蛇の列。
そして扉の掛札が “close” から “open” に変わるなり、次々と来店客がなだれ込んできた。
「お帰りなさいませ、ご主人さまー!」
「こちらのお席へどうぞー!」
忙しさマックスで接客が始まり、ゼフィーリア達はロケットスタートで立ち回ることになった。
繁忙で目が回りそうになりながらも、先輩メイドたちのフォローに助けられ、なんとかつつがなく接客ができているゼフィーリアとマルガレーテ。
そんな二人を指名する五人組の客がいた。
「やぁゼフィ……じゃなかった、フーカ!」
ロイ、カイト、シュン、マロン、クリスのいつメンである。
ただし彼女たちを指名したのはロイとカイトで、シュンはルーナを、マロンとクリスはそれぞれ他のテーブルで古参メイドを指名していた。
彼らが他のメイドたちにデレていたのはゼフィーリア的にはちょっと面白くないが、男ってそんなものなのかなと達観することにした。
シュンに至ってはなぜか手慣れた様子で、 “美味しくなるおまじない” や “オムライスにハートマーク” 、それに “チェキ” をオーダーしていた。
いつもと変わらないクールな無表情でも浮かれているのがまるわかりで、それはとてもシュールな絵面だった。
シュンは隣国の王家の第七王子で、リクリス王国に留学している現在は重爵の爵位を与えられている。そのため、それなりに裕福である。
もしかしたらシュンは、グラーニャにあるめいでぃっしゅ本店に通っていたのかしらとゼフィーリアは疑惑を持った。
「そういえばフーカ。俺たちの大切な友人もここにいるんだろう?」
そんなシュンが、こっそりとゼフィーリアに尋ねた。
ベレッタのことだ───ゼフィーリアはすぐにピンときた。
おそらくマルガレーテから聞いたのだろう。
営業中、ベレッタには変装してもらった上でスタッフルームに隠れてもらっている。
休憩時間にはゼフィーリアやマルガレーテが相手をしにいくことになっているし、いくつかの書籍も用意している。
それでも退屈だろうが、少しの間は辛抱してもらうしかない。
「ええ、そうよ。事務室にいるわ」
「そうか。もし良かったら、俺たちも後で様子を見に行っても構わないか?」
シュンからの申し出に、ゼフィーリアは即答する。
「本当? あの子も寂しがっていると思うから、喜ぶと思うわ。男性が近くにいてくれたほうが、なにかあった時に安心だし」
そこでロイたちのテーブルに戻り、接客に戻った。
ゼフィーリアがオーダーを伝えにキッチンに行くと、雪が困惑した様子で周囲を見回していた。
「雪さん、どうしたの?」
ゼフィーリアと雪。両者間にあった険悪さは、この時はすでに消失している。
ユーラウリアとの話し合いで、共通の目的ができたからである。
「あ、ゼフィーリアさん。支配人をお見かけではないでしょうか?」
「サクマ卿……じゃなかった、支配人を?いいえ、見ていないわ。いないの?」
「開店前に、すぐ戻ると仰って出て行ったきり、お帰りにならなくて」
「そうなの? まぁ心配しなくても、すぐに戻ってくるんじゃないかしら」
「だと良いのですけど……」
なおも雪は顔を曇らせた。
巫女である雪には、ある種の霊感が備わっている。その力は時として予知のように雪に働きかけ、この時も感じ取って胸騒ぎがしていたのだ。
しかし “予知” や “霊視” などを専門とする巫女たちとは異なり、雪の巫女としての能力は “戦闘” に偏っている。【神威】を用いて神から予言を授からない限り、予知には自信がない。
そのため、この胸騒ぎをゼフィーリアに伝えられなかった。
雪にオーダーを通したゼフィーリアは、そのまましばらく接客を続けたあと休憩に入ることになった。
ロイたちを呼びに行くと、キャッシャー前には会計を終えたシュンだけが立っていた。
シュンが言うには、他の四人は用事があるため、今日はベレッタに会わずに帰ったらしい。
つまり、今日はシュン一人がベレッタに会うということらしい。ゼフィーリアはシュンに裏口に回るように伝えた。
シュンを伴ってスタッフルームに入ると、ベレッタが笑顔を浮かべた。
休憩時間はそのまま三人で過ごし、休憩が終わるとゼフィーリアは再びホールへと戻った。
ベレッタのことはシュンに任せたので、安心していいだろう。どうせあと少しなのだから。
しばらく経って、二度目の休憩となった。スタッフルームに入ると、ベレッタとシュンの姿が見当たらない。
さして広くない上に、二人して隠れられるような物陰もない。どこに行ったのだろう?
もしかして暇に耐えかねて、こっそりとホールに出てしまったとか?
可能性は限りなく低いが、皆無とも言い切れない。
確認のためスタッフルームを出ると、ユーゴとばったり遭遇した。
「あれ? 勇悟、来ていたの?」
「ああ、まぁな」
ゼフィーリアはユーゴの様子に違和感を覚えた。普段の飄々とした雰囲気が抜けて、張り詰めた空気を纏っている。
(ああ……そういえばこの人、昔はいつもこんな感じだったわ)
ゼフィーリアは昔のユーゴを思い出した。懐かしい感じだ。
同時に彼女の鼻腔は、ごく僅かだが、ユーゴから鉄っぽい匂いを感じ取った。
これは───血の匂い?
そう思ったゼフィーリアは、胸がざわついた。
この人、また危ないことをしてるんじゃないでしょうね。
思えば学生時代の高遠勇悟はトラブルメーカーだった。
同年代の子供は大人たちの前では猫をかぶるが、影でこそこそととイジメを行ったりする者がほとんどだった。
ところがこの男───高遠勇悟は、気に入らない者は直接殴る。誰の目も気にしない。
イジメをしている者がいれば鉄拳制裁を下すが、イジメの被害者を助けるためではない。弱者を多数で陰でなぶるという陰湿な手段とそれを行う小悪党が嫌いなだけで、加害者だけでなく被害者も殴る。
お前が弱いから悪い───と。流石に女には手をあげなかったが。
中学、高校と長じるに連れてケンカの頻度も規模も大きくなり、勇悟はいつも生傷と血の匂いが絶えなかった。
昔よりも多少は強くなったらしいが、常識が地球の尺度で測れない異世界では命の危険もあるかもしれない。
地球とは違うこの世界で、奇跡が起こるよりも低い確率で巡り会えたのに、もし勇悟が死んでしまったら……。
そんな不安を紛らわすように、ゼフィーリアは血の匂いには気づかなかったふりをして会話を続ける。
ベレッタがいないことをユーゴに伝えると、彼にしては珍しいことに唇を噛んだ。




