163. さらわれた鉄太
一話執筆するのにどんだけかかってるんだと思われるでしょうが、これが兼業アマチュア作家の実情です。
「ハクション!」
ズキズキとする顔面の痛みと自身が発したくしゃみに、鉄太の意識は覚醒へと引き上げられた。
(……どこや、ここ?)
ゆっくり瞼を開くと、自分が薄暗い部屋にいることが判った。
石造りの冷たい床にじかに寝転がっている。
部屋に光源はなく暗闇が広がっているため、この部屋の全容はわからない。
判ることといえば、空気がジメジメと湿っていること、そして、どこからかチャパチャパと水音が聞こえてくることくらいだ。
ひとまず起き上がろうとしたが、両腕が動かない。背後で縛り上げられている。
面倒になったので鉄太は、横たわったままなぜ自分がこんな場所にいるのかを思い出した。
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さぁいよいよ二号店を開店させようかという時、ルーナが鉄太を呼んだ。どうやら裏口に役人が来ているらしいと。
このタイミングで来るなよとか、空気読めやとかのぐちを喉の奥に押し戻して、無理やり笑顔を作って役人に対応する。
役人たちいわく、営業許可に関する書類に記入ミスがあったらしい。
そこを訂正してほしいと言われたので「今は忙しい」とごねた鉄太だが、訂正しないと営業は許可しないと無体を言い出した。
しかし役人も心得たもので、役所まで足を運ばせるのは忍びないのでその書類を持参しているという。
まぁ時間がかからないならいいかと承諾した鉄太は、その書類はどこにあるのかと訪ねた。
帰ってきた答えは、「馬車の中だ」である。
開店時間までもうそんなに時間的な猶予はないこともあり、鉄太は早く済ませたい一心で素直についていった。
思えばこの時点で疑っていれば、捕まるような失態を犯すことはなかったかもしれないのだ。
馬車に近づいた時、ふと思いついて役人たちを【欲望観察】で見てみた。
彼らの”色”は青。しかし明度は低く、おまけに黒いモヤがまとわりついていた。これは他人に害を与えようとしているサインだ。
「……」
誰も答えない。
答えの代わりに、一人が拳で鉄太の顎へ、もう一人が鈍器のようなもので背中を殴りつけた。
この時は痛みなど感じなかった。その分、目がチカチカして思考が吹き飛んだ。
まだクラクラしている時、鉄太の首に背後から腕が巻き付けられた。チョークスリーパーだ。
気道を締め上げられ、「苦しい」とも言えず、そのまま鉄太の意識は闇に呑まれていった。
そして今に至る。
「もしかして俺、捕まったんやか……」
だとしたら、酷い失態だ。
どうにかして救援を呼ばないといけない。
そう考えた時、先日のゼフィーリア誘拐事件を思い出した。
あの時と同じようにスペリオール・ウォッチで……いやだめだ。
右手首に、あるはずのスペリオール・ウォッチの感触がない。
どういうわけか外されている。近くにもなさそうだ。
手は上がらないが、お手上げだ。もうこれ以上、鉄太にはなす術がない。
「まいった。……でもまぁ、なんとかなるか」
仲間を信じて待つ以外は。
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鉄太は攫われたとみて、まず間違いない。
鉄太ともあろう者が、新店舗オープンのタイミングで長時間自分の行方を暗ませるはずがないし、スペリオール・ウォッチにも応答がないからだ。
ユーゴはおのれの迂闊さを罵った。
ゼフィーリアやマルガレーテにばかり目が行っていたが、ベレッタを誘い出す餌として鉄太が狙われる可能性は十分あったのだ。
鉄太がレーナス家に世話になっていたことも、調べればたやすく判明することだ。そこからベレッタとの繋がりを推測するのは容易い。
「どったの、ユー君?」
裏口の外で難しい顔をしているユーゴに、ユーラウリアが声をかけた。宿でじっとしているのも暇なので、めいでぃっしゅ二号店に遊びに来たのだ。
「ユーラか。……そういえばお前、限定的だが神としての権能が使えるって言ってたな。鉄太が行方不明になったまま連絡が取れない。お前ならこの”世界”とやらにアクセスして、居場所が割り出せるんじゃないか?」
一縷の望みをかけてユーラウリアに問うたが、ユーラウリアは申し訳なさそうな顔をした。
「マジごめん。情報系権能でいま出来るのは、ウチの目で認識した存在や事象の情報を知ることだけなんだよね」
「そうか」
「うん。やっぱこの人間同然の依代に合わせようとすると、能力の規模も人間がなんとか使えるくらいのものに収めざるを得ないっていうかさー。こうなると神の権能っていうより人間が使うスキルだよね。あはは~」
珍しく空虚な笑いを力なく浮かべた元女神。
その様子をしげしげと眺めたユーゴ。こいつも意外とこの世界に閉じ込められたことがこたえてるんだろうなと思った。
鉄太が攫われたのは、元よりユーゴの手落ち。ユーラウリアを責める気など毛頭ない。
「あ、でもスペリオール・ウォッチ同士なら、位置情報を検索できるよ」
「マジか⁉︎ そんな機能知らなかったぞ」
「まじまじ。言ってなかったっけ? ユー君たちがこの世界に来る前に全員のスペリオール・ウォッチはアップデートされてるから、それで追加された機能だよ。標準だと”サーチ可”になってるから、鉄太がそこをイジってなければ探せるはずだよ」
「なるほど。タイムリーな情報で助かるぜ。あ、この機能のことは他のやつらには言うなよ。特にネルとフィールエルには」
「あ、ごめん。もう手遅れ」
「……いつの間に。いや、昨日か。俺のいない時になんか話してたみたいだしな」
「いえすいえす」
「その件を追求するのは、とりあえず今は保留にしておいてやる。とりあえず鉄太のスペリオール・ウォッチがどこにあるのか、調べ方を教えてくれ」
ユーラウリアに教わりながら、ユーゴは自身のスペリオール・ウォッチを操作すると、そのディスプレイに色違いで二つの光点が映し出された。
中央にある赤い点はユーゴの位置を示すマーク。そして少し離れた場所にある青い点は、鉄太のものである。
ユーラウリアの説明では、本来はユーラウリア達の管轄する世界での使用を目的としているらしい。その場合はマップ情報が映されるらしいのだが、スペリオール・ウォッチはこの世界にアクセスできないので、映らないのだという。
辛うじてスペリオール・ウォッチは端末同士で位置を把握できるので、方向と彼我の距離は判明するのだ。
その光点を頼りに街中を走り回り、光点二つがほぼ重なり合う場所まで到達した。
ユーゴが険しく睨みつける先には、一軒の民家。
───ここに鉄太がいるのか?
様子を伺うため、ユーゴは【千里眼】を発動した。
室内には男が一人、椅子に腰掛けていた。鉄太ではない。
男は両足をテーブルの上に投げ出したまま、スペリオール・ウォッチを矯めつ眇めつしていた。ほぼ間違いなく鉄太のものだろう。
他に人影はない。
ユーゴは出入り口の扉のノブを回そうとしたが、錠がかけられている。
「しゃらくせえな」
人間が作る安物の錠ごとき、女神に授けられた神技【解錠】の前では、獅子を目の当たりにして腹を見せる子犬に等しい。
そして錠はその役目を放棄し、ひとりでに解錠した。いともあっさりと。
「だ、誰だ⁉︎」
男はあっさりと侵入してきた闖入者を見て泡を食って立ち上がったが、ユーゴの顔を認めてさらに面食らってしまった。
「なっ! お、お前はっ!?」
「どっかで見た顔だな、お前」
ユーゴの方もそこはかとなく見覚えがある。見たのはおそらく、そんなに前ではない。
「思い出した。ゼフィーリアをさらった奴の一人だな」
「く……!ぐああっ!!」
男は懐からナイフを突き出して構えたが、ユーゴに秒で叩き伏せられた。
次いで男の襟首を掴んだユーゴは、ぐいと顔を近づけた。
「で、鉄太……サクマ卿はどこだ?」
「し、知らな───ぎゃあああっ!!」
白を切ろうとした男の太ももに、ユーゴは男が持っていたナイフを突き立てた。
「悪いが、いまの俺にはおちゃらけるつもりは毛頭ない。早く喋った方が身のためだ」
「し、ししし知らないんだ、本当に……ぎゃああああああああああっ!!」
刺したままのナイフをぐりぐりと捻ると、男は絶叫を上げた。
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ゲートを潜り、ユーゴはめいでぃっしゅ二号店へと戻ってきた。
あれから少し尋問を続けたが、男は失神するまで吐かなかった。
これ以上は時間の無駄だと判断し、いちど戻ることにしたのだ。
「あれ? 勇悟、来ていたの?」
そこへ、ちょうど休憩に入るために事務室へと戻ってきたゼフィーリアと鉢合わせした。
「ああ、まぁな」
「そうなんだ。ところで勇悟、ベレッタを見なかった?」
「……なんだと?」
「ベレッタには営業時間中は事務室にいてもらうことになっていたのに、いないの。さっきまでは姿を見かけたんだけれど……」
ユーゴはゼフィーリアの言葉に、軽い目まいを覚えた。




