166. 関数神秘術式
「この世界に、魔法みたいな不思議パワーがあるのか?」
ユーゴがユーラウリアに尋ねた。
「うん。ていうか、基本どこの世界にもそういうのあるよ。そういうのってゆーのは、その世界のシステムに干渉して事象を操作する方法ってことだけど。その世界にいる人間たちがその存在を知らなかったり使えなかったりしたら、それはただ忘れ去られてるだけだね~」
ユーゴはユーラウリアの答えに少し思案し、再度尋ねることにした。鉄太たちのことを蔑ろにしているわけではないが、この件は今すぐ掘り下げる必要があると思ったからだ。
「じゃあ、パレアと雪はよくわからん術が使えるのに、フィールエルとネルが使えないのはどうしてだ?」
「え? ちょっと待ってて……う~ん」
そういうと、ユーラウリアは己の瞳を虹色に輝かせて雪、パレア、フィールエル、ネルを順に見回した。
「ふむふむ、なるほろ。それはねー、この子たちが使ってる術式がそれぞれ違うからだね。まずその術式ごとに分類すると、人魚ちゃんが使ってるのが【魔術】で、雪ぴよが使っているのが【精霊術】、そんでちゃんふぃーたちが使ってるのが【神聖術】になるよ」
「どう違うんだよ、それが」
「それを説明する前に、基本的なことから説明した方がいいかなー。まずそーゆー”予め定められた手順を踏んで、世界を構成するシステムに干渉して事象を改変する方法”を【関数神秘術式】って言うんだけど、そのやり方も分類の仕方もまぁ~色々あるんだよね。その中でも重要なのが、その術式が世界のシステムのどの階層にアクセスするのかってことで、深層───どのシステムの根幹───に近づけば近づくほどできることの自由度が上がってくるし、異世界間の互換性が高くなる。そんかわし、どんどん習得の難易度が上がってくるよねー。逆に、浅い階層になるほど定型的なことしかできなくなってくるんだけど、そのぶん誰でも使えるようになるくらい簡単になってくるってカンジ。ちなみに、浅い階層の術式ってユニークな物が多いっていうか、その世界特有のものになるんだけど、これは浅い階層になるほどその世界の個性が反映されてるからで、ていうのも、”世界”ってのはそれこそ星の数ほどあるわけなんだけど、それを構成する土台ってのは大きく五種類しかないわけ。そこからいろんなシステムを組んでいくことでどんどん派生していって───」
「ちょ、ちょっと待てユーラ、ストップ。長くなりそうだから、術式の違いについてはもういい。また今度教えてくれ。質問を変えるが、いま本当に知りたいのは、神聖術をこの世界で使えるようにできないのかってことだ」
立て板に水どころか放流したダムのようにユーラウリアの説明が止まらなくなったため、ユーゴは慌てて止水栓を閉じた。
「神聖術は、ちゃんふぃー達がいた世界特有の術式なんだよね。ていうのも、”神聖術”ってのは、あの世界の主神の一柱であるミラールを介して、システムにアクセスして事象を改変するってやり方だから」
「なるほど。確かに主、ミラールへの祈りと祝詞や聖句さえ唱えれば、信徒ならば誰でも使える。だから浅層の術式ということなんですね。ではボクとネルはこの世界で神聖術を使えないのですね」
ユーラウリアの説明で自身が神聖術を使えないことを再自覚した。戦力が低下したままなのが不甲斐なく、また仲間たちにも申し訳がない。
落胆するフィールエルに、しかしユーラウリアは首を振って否定する。
「ううん、使えるよ。少なくとも、ちゃんふぃーは」
その言葉に、フィールエルは飛び上がらんばかりに驚き、ユーラウリアに詰め寄った。
「ほ、本当ですか、ユーラウリア様っ!?」
「う、うん。説明するからちょっと落ち着こ?」
ちょっと引き気味にフィールエルから離れるユーラウリア。
「正確には、”神聖術”じゃなくて”その世界にある【関数神秘術式】を使えるってことなんだけどね。つまりどーゆーことかってゆーと、ちゃんふぃーは多分、いままで勘違いしてたんだよ」
「勘違い……ボクが? 何をですか?」
「前の世界でちゃんふぃーは神聖術を使ってたつもりだろうけど、ホントは違くて、ちゃんふぃー固有の超能力【天使】の作用で、【関数神秘術式】を駆使して事象を改変させてたってわけ。それがあの世界ではたまたま神聖術だっただけで、やろうと思えばこの世界の術式を使って似たようなことが出来るよ」
「…………」
天使マリエルがボクの超能力?
いままで自身にしか存在しない【天使】について、考察をしなかったわけではない。しかし結論は出ず、その問題を横に置いたまま時間だけが過ぎていき、いつしか守護霊のような、それでいて双子のような姉妹のようなかけがえのない存在になっていた。
しかし、そう考えればいくつかの辻褄が合う。
【聖戦の聖女】などと称されていたが、実を言うとフィールエル自身は敬虔な信者ではない。
立場があるので仕事として布教はするし、人に仇なす魔族は見過ごせないので聖女としての任務はこなす。しかしそれだけだ。
ミラール教への熱量は歴代聖女の中で一番乏しい。それは彼女も自覚している。
それどころか頭の中はエッチな妄想でいっぱいだし、日々祈りを欠かさないネルに比べてサボることも多々あった。
そんな自分がなんの苦もなく最上級の神聖術まで扱えることや、誰もが不可能だった無詠唱での行使が出来るなど、我ながら妙だとは思っていたのだ。
しかし、これで少し腑に落ちた。
頭の中を整理するのでいっぱいいっぱいなフィールエルに代わり、ユーゴが続けて質問する。
「じゃあ、ネルは変わらず神聖術が使えないってことか」
「まぁそうなるよー。でもそんかわし───
ユーラウリアが答えようとしたところで、それを止めたものがいた。
「ちょっと待ってくれ。君たちが何を話しているのかさっぱり理解できないが、いまはそんな場合じゃないだろう」
ロイだった。表情からはかなりの憤りが窺える。
「たしかにその通りだな。ユーラ、続きはまた今度だ。ネルとパレアはついてこい。雪は引き続きここの守りを頼む」
「はい。その前にゼフィーリアさん、フィー。少しよいでしょうか?」
「……え? う、うん」
ネルに呼ばれ、フィールエルとゼフィーリアは皆とは少し離れた場所へ移動した。
そして彼女たちは小声で話しだしたのだが、聴力が高いユーゴには聞こえていた。その内容に彼は『なるほどな』と感心した。
「わかったわ。なんとかやってみる」
ネルの提案に、ゼフィーリアは神妙な面持ちで頷いた。
ゼフィーリア達との打ち合わせが終わったネルとパレアを引き連れて、ユーゴは今一度【幽世の渡航者】を発動した。




