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ナノライト  作者: かざぐるま
第七章 Only Two Remain.
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第五十八話 絶望へと

 



 『 Only Two Remain. 』




 ---




 ヒシさんがまた行方を眩ませた。

 昨日の深夜には大勢の仲間達と一緒に訓練会をしてたらしいけど、それからは一度も街に帰って来てないらしい。私に話をしてくれたベイドさんも呆れてた。ほんとに、顔を見たいって思ったらすぐ居なくなるし…。仕方が無いからオミナスを呼び出すことにした。


「ヒシさんがどこにいるか教えて?」

「開口一番位置情報を求めるとは、恐れ入ります!」

「そういうのいいから、どうせ場所知ってるでしょ?」

「えぇ知ってますとも。けれど…あまり意味は無いかと。」

「『"目"の協力の代わりに求めた人間の居場所を教える』そういう契約でしょ。」

「ふふっ、強かになりましたね。良いでしょう――」


 彼女が死人のように白い瞳を閉じると、空中に映像が映し出された。この視点は…木の上かな。恐らく視界の提供者はリスなどの小動物だろう。リアルタイムで動いているであろう映像に描かれるのは、…口に出すのも憚られる程に悲惨な光景だった。見る限り真っ赤に染まった廃村の中を、ヒシとリフィがゆっくり歩いている。…燃えるような胃液が込み上げて来るのを堪え、私はオミナスに問い掛ける。


「…これ、どこの映像?」

「大陸の右端、滅ぼされた獣人の村ですね。」

「…オミナス、ヒシさんと繋がってるでしょ。」

「あら、どうしてそう思われたのですか?」

「"転"じゃないとそんな長距離の移動無理だもん。」

「ご明察です! 彼は今私の依頼を遂行中なんですよ。」

「場所を知っても意味が無いって、そうゆうことか…。」


 私が瞬間移動能力や超人的速度を持っているのならばいざ知らず。キュペ以外の眷属も居ない小娘が、今から彼の場所に往くのは不可能だ。例えばこれが『隣の街に出掛けているだけ』とかなら追い掛けたかも知れないけど、流石に諦めるか。…ならいっそのこと、オミナスに相談してみるのもアリなのかな。


「…客観的で正当な意見を求めて訊くんだけどさ。」

「そんなに釘を刺さなくても、相談くらいは普通に聞きますよ?」

「過去の行いを振り返りなよ…。まぁそれは良くて、」


 懐から丁寧に丸められた依頼書を取り出し、オミナスに見せる。流すように眼を通したオミナスは、書かれている内容が余程意外だったのか、感嘆の声を洩らした。この話自体を知らないということは、本当にずっとヒシに夢中だったのだろう。


「フィルド迷宮攻略隊への加入依頼、ですか。」

「そう、新しく見付かった迷宮らしくて。『癒』が評価されたみたい。」

邪人(ダーク)戦ではかなり注目を浴びてましたし、順当な勧誘ではありますねぇ。」

「ちょっとずつ認められてる、ってのは嬉しいんだけどねー…。」


 私の決断を鈍らせているのは、やはりあのエヴィル迷宮での大敗北だ。あれだけの実力者が揃った遠征隊で起こった悲劇だ、防ぎ様は無かったと考えられている。今回の迷宮も、当然のことながら攻略難度は未知数。次に屍となるのは私かもしれない。


「こちらの『廃街 ダストアグの調査』という記述は関係無いのですか?」

「あぁ、フィルド迷宮の近くにそういう街があるらしいよ?…って知ってるか。」

「成程。ついでだからそっちも調べて置こう、そういう算段ですか。」

「うん、変な妖力の動きがあるとかでねー。私はあんまり関係無いかな。」


 古くに放棄された人間の街は化物の巣窟にされることが多い。少し特殊だが、封の精霊ドロプが住み着いたシセルケトも類似例だろう。そういった事態を未然に防止する為、游蕩士には街から定期的に廃街調査の依頼が与えられる。とは云えそういった依頼で大規模な戦闘が起こるケースは稀なので、割かれる人員は基本的に少なめだ。


「まぁ、依頼を受けるかはお好きにされてはどうですか?」

「絶対そう言うと思った。――じゃあ鍵使うね。()()()()()()()()


 私の指に挟まれていた一本の鍵が崩壊を始めた。その様子を見たオミナスは、心底意外そうに私を眺めて来る。使用したのは『チフリズ湖調査依頼』で得た鍵だ、ようやく使い所が来た。さて、鍵を対価に質問をした事で、オミナスは回答をはぐらかす事が出来なくなった。世界の全てを、或いは未来すらも見通すことが可能なオミナスの意見を聞ける。この特権は、致死的な危険が蠢くこの惑星において何よりもの優位性と為る。


「――えぇ、参加すべきです。」


 片目を瞑ったオミナスが、口角を少し吊り上げてそう告げた。全智の知性体が、私の未来を確かに保証する旨を口にしたのだ。であればそれに従わないという選択肢が残る筈も無い。


「貴方の生涯に於いて、最大の転換期になるでしょう。」

「そっか。なら、今日はオミナスを信じてみるよ。」

「あぁそれと。貴方のご両親がそろそろユルドースを発たれますよ。」

「…そ。どうせ明日には出発するから、大丈夫かな。」


 オミナスから付け加えられた情報により、一層決意が固まった。ヒシさんも居ないし、わざわざメーセナリアに留まる必要も無い。受けよう、街からの依頼を。地味に、私はこれが初めての迷宮攻略だ。




 ---




 濃密な妖力の気配に釣られ、二匹の幻妖はその街へ辿り着いた。底冷えするような殺意、微かに漂う死の匂い。未だ外壁を隔てた地点ではあるが、彼らは一つの確信を持って前方を見据えた。灰塵の街『ダストアグ』――此処には自分達と志を同じくする幻妖が住み着いていると。そう、大陸中を徘徊する二匹の怪物達が欲していたのは、人類を滅ぼす為の同胞だ。


麒麟(ザスター)、本気で良い。…消し飛ばせ。』

『 FUSSSYUUUuuuuuu…. 』


 鼠色の濁った仮面を嵌める魔人(デビル)が、自らの配下に命令を降した。曰く、『辺り一帯を更地にするつもりで妖術を放て』と。無論、ダストアグの内部に(たむろ)する化物達も巻き込むつもりだろう。勘違いしてはいけないが、マグラが求めているのはあくまでも呉越同舟である。つまり、仲良し小好しなどという陳腐な馴れ合いには微塵も興味が無かった。麒麟(ザスター)の一撃を耐え凌ぐ程度の、確かな実力を誇る個々。それが、臨時的な共闘関係を結ぶ上での前提条件であった。


 命令を聞き遂げた麒麟(ザスター)は、己が主の要望を忠実に叶えようとしている。二匹の間で契約は結ばれていない。けれども、力による徹底的な主従関係が在った。麒麟(ザスター)魔人(デビル)に従う理由など、『惚れ込み』という単語だけで簡単に説明出来てしまう。それとは逆に、マグラが麒麟(ザスター)を気に入った理由も或る意味で同様の物であった。


 麒麟(ザスター)の双角に脅威的なまでの電荷が蓄積されていく。ともすれば雷の精霊をも超越し兼ねない程の、正に災害と呼ぶべき『雷』。かつて歴戦の猛者達を一人残らず葬った殺人的な妖術が、再び世に顕現し…



「歓迎します、世界の最先端を征く物達よ。」



 ――歩み寄って来る一人の男によって中断された。


 どちらかと云えば大柄な方、どちらかと云えば筋肉質な方。祭服とでも呼ぶべき丈の長い衣装を微塵の違和感も与えずに着こなし、このような煤けた廃墟に凡そ似合わぬ明るい笑みを顔面に貼り付けている。雑多な大衆の中を歩いていれば特に目立つこと無く見逃してしまうような紳士風の男。けれども、その男を前にしたマグラは緊張の糸を身体に張り巡らせていた。


『貴様、何者だ?』


 見た目はただの人間。纏う気配も凡夫のそれ。だというのに、マグラの警戒心は高まるばかりであった。遂には自身の主武器である斧を創り出し、麒麟(ザスター)にも妖術を構えさせる始末だ。少しでも妙な動きを見せたとマグラが判断すれば、祭服の男は一瞬にして消し炭になることだろう。にも拘わらず、正体不明のその男は恐怖を(おくび)にも出さずニコニコと笑っていた。


「私の名前はジェゴク。或る宗教団体の十三代目教主をやっています。」


 深々と頭を下げ礼をする『ジェゴク』という名の男。

 隠そうともせず彼に嫌悪の視線を向けていたマグラは、暫くして不快感の正体を見抜いた。器は人間、心も人間。…けれど、この男は体内に無数の何かを()()()()()。珍しく戦慄を覚えるマグラだが、更なる情報を求めて男との対話を開始する。


『宗教か。お前等の信仰対象は何奴だ?』

「貴方様を含む、力在る次世代の生命体を。」

『…稀有な信仰だな。何を目的としている?』

「世界の是正――つまり、目指す場所は貴方様と同じだ。」


 当たり前のように、人間が居て、化物が居る。

 そんな世界を正すのが目的だと豪語するジェゴク。

 "正す"という行為は、前提として"悪い"部分が在ってこその活動である。そして、ここで云う修正すべき点は人類という種そのものの存在であると。つまりは、化物こそが正しい存在であると。彼らの教団『アクヘリード』、延いてはその熱心な信者達は、本気でそう考えていた。


「付いて来て下さい。我らが主の元へ案内しよう。」


 身を翻し、ジェゴクはダストアグの内部へと歩を進めて行く。

 その貫禄ある背中を眺めながら、マグラは独り静かに逡巡していた。

 ――未だ実力の底は知れないが、所詮は人間。コイツには勝てる。

 ――問題は街の中にこの男と手を組む幻妖が複数体居た場合だ。

 ――勧誘自体に罠の可能性がある以上、無暗に敵の支配下へ踏み入るのは軽率。

 ――単身ならば逃げ切れるだろうが、…こいつを連れるのはリスクが高すぎる。


『お前は他の幻妖を当たれ。此処は我独りで充分だ。』


 主から切り離された麒麟は、何処か物悲しそうにその背中を見送った。けれどもマグラが行ったのは決して戦力外通告では無い。むしろその逆。麒麟という駒の強さと価値を認めているからこそ、危険から遠ざけたのだ。マグラにとって、その破壊の化身は最終兵器だ。このような通過地点で失う訳にはいかない。


『…連れて行け。』


 マグラはジェゴクの後に続いた。

 誘われる先は、希望か絶望か、或いは破滅か。



 ◇



 ダストアグの内部は驚くほど閑散としていた。

 遥か昔に幻妖に滅ぼされ、それ以来殆ど人の手が入っていない建造物達。柱に巻き付くように生えた蔓や苔が、放棄されてからの歴史を物語っている。既に廃街と化しているが故に生活感は皆無だが…、不思議なことにちらほらと人影は在った。


『偶に見掛ける人間達はお前の信者仲間か?』

「その通りで御座います。…人間では無いけれど。」


 ぼそりと加えられた一言に、マグラは訝しむような表情を作った。疎らに佇む人間達は、例外無く似たような灰色の外套を纏っている。フードを被っており詳細な顔の情報は読み取れないが、外見は完全に人間だ。唯一人間らしく無い部分を挙げるのならば、感情を丸ごと消し去ってしまったかのように身体の動きを静止させていることだろうか。


 その時、マグラが自身の息を強制的に止めた。

 極限の集中力を以て、瞬時に『石』の妖術を発動させる。

 創り出したのはガラス製の斧。それを握り締め、全力で振り下ろした。


 傍から見れば滑稽な動作だっただろう。


 彼は、()()()()()()に斬撃を見舞ったのだから。


 けれど…。ジェゴクは彼に賞賛の拍手を送った。


「素晴らしいですね、よくぞ気付いた。」

『…姿を見せろ、でなければ殺す。』


 即座に二振り目の戦斧を振り被ったマグラ。

 彼の鋭い眼光が捉える一点が、霞が掛かるようにぼやけ出した。現れたのは陽炎の如く揺れる不定の生物だ。色も形も定まることは無い。顔も声も持たぬ不明瞭な実体だが、愉し気にせせら笑っていることだけは確実。ありとあらゆる気配を消して、新たに現れたお仲間のことをおちょくっていたら、存外にそいつがデキる奴だった。――ソレの心情としてはこんな所だろうか。


「彼は模倣者(アンノウン)。我々の教えの原点とも言うべきお方です。」

『ヨロ。』


 模倣者(アンノウン)と呼ばれたソレは、人間に化けた。握り拳を作り、未だ立ち尽くすマグラの仮面を軽く小突く。尊厳を貶められたマグラはそれでも決して逆らおうとしなかった。こいつと揉め事を起こせば碌なことにはならない。…そう悟ったから。


『じゃぁねぇ~。』


 張り合いの無い魔人(デビル)に飽きたのか、模倣者(アンノウン)はパラパラと手を振った。直後、人間を模したその姿が炎を纏う美しい霊獣――朱雀(モーダル)の物へと変質する。爆発的な咆哮を轟かせ、或いはオリジナルよりも威圧感を放つ火の鳥。マグラはそいつが持つ恐ろしい能力の片鱗を目にし、表情を強張らせた。


『では気を取り直して、主の元へ。』


 すたすたと先を行ってしまうジェゴクは、模倣者(アンノウン)が教団のトップでは無いという事実を暗に示した。あれが頭領で無いとしたら、本当のNo.1は一体どれほどの化物だと云うのか。藪を突いたら怪物が次々と顔を出してしまったと。予想を上回る展開に対しマグラは溜息を吐き掛けるが、それを何とか飲み込み祭服の男の後ろを歩き続ける。…とは云っても、目的地には数分と経たずに辿り着いたのだが。


『――誰ダ、そいつ。』


 数年は碌に手入れをしていないであろう、乱雑な灰髪が印象的な男だった。纏う衣服は一般信者と変わらぬ大きめの外套。フードは被っていない。筋肉を削ぎ落とした様な細い身体をしていて、見た目は非常に貧弱であった。だが、顔や腕や脚に走る地割れのような亀裂が薄い存在感を底上げしている。裂け目から絶えずに洩れ出ている瘴気が、それ自体の有害性を示していた。


「あの方が我らの主、灰人(アッシュ)様です。」

『…我は魔人(デビル)、マグラだ。』

『ソウカ、好きに過ごセ。』


 灰人(アッシュ)は何処までも淡泊に、マグラへ街への滞在許可を与えた。教団の長に受け入れられたことを認識しつつも、マグラは灰人(アッシュ)の観察を続ける。月を背にして瓦礫に腰掛けるその姿は、思わず目が眩む程に格好が付いている。俗世に一切の興味が無いかのように目を瞑り、遠くの何かに想いを馳せる青年。地上から彼を見上げるマグラは、確かにこう感じていた。――即ち、()()()()。コイツよりも模倣者(アンノウン)の方が遥かに手応えの在りそうな幻妖だ…そう考えている。


『同盟は結べた、そういう認識で良いな?』

「えぇ、マグラ様。これからも良き関係を。」


 とは云え、マグラがわざわざ争いを起こす理由は無い。

 彼が今回ダストアグを訪れたのは、人類を滅ぼす仲間を手に入れる為。向こう側から希望通りの申し入れがあった以上、これ以上の交渉は不要だった。ただ、抜かりの無いマグラは当然相手に裏切られた場合の想定も怠らない。ジェゴク、模倣者(アンノウン)灰人(アッシュ)…相手方の最高戦力三体が同時に襲って来たとて、引き分けくらいには持ち込めるか、と。虎視眈々と戦力分析を行っていた魔人(デビル)は、驕ること無くそう結論付けていた。


「それはそうとマグラ様、あの方はお友達ですかな?」


 訊き返さずとも、ジェゴクの言う所は理解していた。

 つまりは一週間前から尾行を続けている一匹の魔人(デビル)の処遇についてだ。放置で良いなら従うが、必要とあらば排除しよう、と。彼は告げていた。無論、マグラもそいつの存在には気付いていた。七体居る中でも、特に自分が嫌っている『橙』だということも特定済み。その上で、彼が下した判断は黙認であった。


『泳がせて置けば良い、害には成らん。』

「貴方様がそう仰るならば、手出しは止めよう。」

『邪魔立てする素振りを見せた時は容赦無く殺せ。』

「えぇ、承知致しました。」

『この街での用は済んだ。我は発つぞ。』

「ついでですから、もう一日だけ留まっては?」


 隻翼の男は、欠けた翼をガラスで復元し旅立ちの支度を始めた。

 そんなマグラの背中に、惜しむようなジェゴクの声が掛けられる。


「――そろそろ、人間の一団が到着されますよ。」


 内容は、マグラの興味を惹くに足る物だった。


「どうやら迷宮攻略隊と廃街調査隊が合同で遠征中のようで。」

『その組み合わせならば、主力は迷宮に集中するだろう。』

「えぇ、なので迷宮攻略組も此方へ誘導して頂くつもりだ。」

『…今、感知した。リーダー格が四人、精霊が三匹か。』

「丁度良い具合の戦力です。一網打尽にしてしまおう。」

『答えろ。模倣者(アンノウン)というのは全生物に成れるのか?』

「物質でも、或いは概念でも。可能であると本人から聞き及んでおります。」


 マグラの脳内を記憶と策略が駆け巡って行く。

 彼が内通者から受け取った情報には、人類側の主要戦力も含まれている。中でも手強いと認識した、"転"を自由自在に操る青年の情報は記憶に新しい。だが、その能力を模倣出来る化物が味方に付いているならば、利用しないという手は無い。捨てても良い駒、使い潰せる駒、放置で良い駒、確実に仕留めて置きたい駒…。残酷なまでの現実主義者であるマグラは、一切躊躇うこと無く取捨選択を行う。


『…良い考えがある。』

「それは是非お聞かせ願いたい。」


 人類の皆殺しという終着点だけは、決して揺るがないが。




 ---




 ダストアグ調査隊員、約十五名。

 若手游蕩士を中心にして組まれた一団が遠ざかって行く。

 そんな彼らに手を振りながら、私達も目的地へと向かう。


「明日の朝には到着する予定だ。気張って行こう。」


 対して、フィルド迷宮攻略隊は約六十名の游蕩士で構成されていた。正直、一つの迷宮を攻略するにしては過剰とも思われる程の人数だった。サミット迷宮のように、たったの三人で制圧を完了させてしまう前例もあるくらいなのだから。けれど、およそ四十名の戦死者が出たエヴィル迷宮の件を省みるのならば、ここまで大規模な遠征隊が組まれるのも納得の話だろう。


 隊を率いるのは、卯杖の探訪リーダー――シロンさんだ。


 邪神(ダーク)討伐作戦を経て、最も甚大な損害を被ったギルドは間違い無く卯杖であると云われている。何せギルド創設時のメンバー、つまり幹部クラスの人材を四人も喪ってしまったのだ。最早ギルドとしての役目を果たせぬ程に内部が崩壊していると、私も風の噂で聞いた。それでも尚、新たに編成される攻略隊の隊長として名乗りを挙げたのは、シロンさんの実直な性格が為す所なのだろう。


「リエル、疲れている様なら私が荷物を持ちましょうか?」


 息を切らし掛けている私を見兼ねたのか、褐礫の約諾サブリーダー――フヅキさんが丁寧な口調で訊いて来た。私は、この人のことをお世辞を抜きにして本物の超人だと思っている。十歳でユルドースの学校へ入学した後、たったの一カ月でB組へ昇格したという偉業は今でも語り草だ。褐礫に所属するなり序列二位と認められ、簿記に戦闘に雑務に商談にとあらゆる業務を完璧に遂行する彼女は、抜群に優れた容姿も相俟って全游蕩士から尊敬と憧憬の眼差しを集めていた。加えてこの気遣い能力…、俗っぽい言い方だが、モテない方が可笑しい。


「ううん、だいじょぶ。自分のことは自分でしないとね。」

「最近は益々あの人に似てきましたね。」

「うーん? あんまり自覚は無いけどねー。」


 フヅキが差すあの人とは、私の兄のことだ。


 驚くべきことに、フヅキが游蕩士という職業に就いたのは齢八歳のことである。早い内に社会経験を積んで置けば将来的に役立つと思ったから…だとか、理由を訊いた時に彼女は真顔で返答をしていたが、声を大にして言わして欲しい。八歳で人生設計を始めるって普通のことじゃないよ。天才児とかそういう褒め言葉通り越して、周りの大人とかも引いてたんじゃないかな。


 さて、そんな少女に目を付けられたのが私の兄である『アオタ』だったらしい。当時十六歳の彼は、街中で唐突に幼女から話し掛けられ、その子供が『私をパーティーに加えろ』と話す物だからそれはもう狼狽えに狼狽えたらしい。けれどそんな危なっかしい少女を放って置く訳にも行かず、保護という意味合いも含めて要求を飲んだようだ。そのエピソードを悪戯っ子のように笑いながら話すフヅキを見て、それまで恐いと思っていたこの女性に初めて親近感が湧いたことを覚えている。


「それにしても、よくモファが許可出したよな。アイツ、邪神の一件が終わった後もずっとピリピリしてたろ? ただでさえギルドのメンバーを我が子みてぇに可愛がる奴なのに、あんな形でツバナちゃんを失っちまったんだから仕方ねぇ話だけどよ。リエルの遠征参加なんか真っ先に反対すると思ってたぜ。」


 へらへらと笑いながら横から口を挟んで来たのは紺糸の惑溺サブリーダー――ミドルさん。彼の頭上にはしっかりとドロプの姿が在った。初登場時はあれだけ尖っていた封の精霊が今やすっかり手懐けられているのは、偏にミドルの人柄が在ってのことだろう。巷では女誑しだの何だと云われている彼だが、その実凄く一途な性格をしているということを私は知っている。


「お願いしたら、割とすぐに送り出してくれたよ?」

「まぁ俺は有り得ねぇくらい釘刺されたけどな!」

「ミドルさんは…、なんか、信用されてないよね。」

「全くだぜ。もっと年上を敬いやがれってんだ。俺とアイツ、十歳差だぞ? 十歳差! そんな大先輩に"ドブ鼠"とかいう暴言吐くとかいい度胸してんぜ。会う度に犯罪者見付けたみたいな視線向けて来やがって! 誰が『独身顎鬚三十路野郎』だよ尊敬の欠片も無ぇじゃねぇか。思い出すだけで腹立つな、フヅキちゃん今度飯行かね?」

「行かないです。」


 サラっとナンパを持ち掛けて容赦無く振られたミドルに、憐れむような視線が多数注がれる。因みに、フヅキさんは少し前から同じ褐礫所属游蕩士であるモズクさんと付き合い出したらしい。男の影が一切見られなかった彼女の熱愛報道は瞬く間に街中へと広まり、密かに恋心を抱いていた多くの男性達がハンカチを噛み締め涙を零したようだ。正直、その話を耳にした時は私もかなり驚いたのだが、元からモズクさんの人柄の良さは知っていたし、お似合いの二人だなと心の中で納得もした。是非幸せになって欲しいと思う。


「タドク~、お前だけが俺の拠り所だ~!」

「泣き付かれても困るんすけど。」


 偽物の涙を流しながらわざとらしく縋り付いて来る先輩に、慣れた様子で塩々とした対応をするのは、元紺糸所属游蕩士のタドクさんだ。現在は無所属として単独で伸び伸びと活動を行っている様だが、ギルド加入時の交流関係は健在らしい。とは云え、邪神(ダーク)討伐前の記憶は根こそぎ喪失してしまったらしいが…。それでも上手く世間に溶け込めているのは、彼の天才的な頭脳に依る所なのかなと思ったりしている。


「にしても、三十歳の大台に乗ったこの身体に一週間の徒歩遠征は流石に堪えるぜ。垂柳から眷属貸し出して貰えれば楽だったのによー。タドク、お前の妖術でパパっと迷宮まで飛ばせねぇのかよ?」

「何回その話するんすか。妖力の温存っすよ、後は負荷の問題もそうっすけど。大体、行ったことも無い場所に転移するのは座標指定的な要素も絡んで来て危険だし。そういう話はミドルさんもよく分かってるんじゃないんすか?」

「おーけーおーけー俺が悪かった。許してくれ!」


 タドクさんは自身の扱う"転"という妖術に対して或る程度の誇りを持っているらしく、ダル絡みをしてくるミドルさんに対しても手を抜かず正論を浴びせる。声を荒げるでも無く淡々と並べられるお叱りの言葉に、ミドルさんは情けない悲鳴を挙げて逃げ出した。確かに、彼のようなおちゃらけた人間にとって、事実と合理だけで固められた冷静な言葉は相当に効くだろう。私も参考にしようと思う。


「私は、気張って行こうと声を掛けた筈だがな…。」


 隊列の先頭でシロンさんが頭を掻いているのが視えた。

 けれども、本気で頭を悩ませている様には感じられない。

 呆れ半分微笑み半分、軽く吐いた溜息はそんな雰囲気だ。


 幻妖を単独で討伐出来る程の実力者が四名。

 随行するのは、火の精霊、封の精霊、癒の精霊。

 その他の游蕩士も、選りすぐりの者達が揃っていた。

 私達は、何事も無くこの遠征を完遂することが出来ると。



 ―――誰もが、疑うこと無くそう考えていた。




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