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ナノライト  作者: かざぐるま
第六章 Are you a werewolf.
46/57

第四十四話 石の精霊

 



 妖星歴元年に起こった大災害は、この惑星に多大な影響を与えたらしい。特に大きな変革となったのは、星そのものを管理する主が交代した事だろう。新たな星核となったソレは、壊れ掛かっていた惑星を次々と修復していった。細菌の排除、空気の浄化、地形の整地、重力の保守、海原の復元…。


 あらゆる環境問題を解決したソレは、満を持して化物の生成を始める。銀河中を彷徨い得た知見を活かし、異形としか言い表せぬ化物を生み。滅ぶ以前の惑星の記憶を読み取り、無垢な小動物にも似た化物を生み。のんびりと新たな世界を造り始めたソレは、…遂に"小石"と"機械"を見付けた。


 …最初は興味本位だったそうだ。


 既に意思が宿っている物体に、妖石を与えたらどうなるのか。二つの精神が融合するのか、上書きされるのか、喰い合うのか。そうして行った実験の結果は、片方が"共存"、片方が"支配"だったらしい。間も無くソレが寄せる関心の比重はとある知性体へと傾くこととなり、ほんの僅かな時間だけ、"小石"の存在はソレの思考から抜け落ちていた。


 "小石"――ビトラスが、巨大な峡谷を創り出すまでは。


 妖石を与えられた時点で、ビトラスは薄暗い地下に居た。

 かつてない程はっきりとした意識の中で、彼は陽の光を求めたのだ。どうか、もう一度。光が見たい。…その考えを、寄生ちゃんが汲み取った。ビトラスの身体はそのままに、頭上を遮る地盤をぶち抜くという方法で。細い一筋の穴はやがて谷となり、更に多くの光を取り込む為にと広がり続けたらしい。


 際限無く成長するその峡谷の存在を忌避したのが、

 着々と世界の支配を進めていた"機械"――オミナスだ。


 彼女は自身の手駒である力の精霊をビトラスの元に送り込み、遂には自らの手を汚してでも、峡谷の封じ込めに乗り出したのだ。結果ビトラスは不当な契約を飲まされ、一切の身動きを制限された。実に七百五十年間もの時を跨ぎ、今も尚、彼は求め続けている。放談を、喜劇を、自由を、英雄を、陽光を。




 石の精霊 ビトラス。性格―― 『渇望』。




 ---




「―――《閃裂(せんれつ)》」


 この技は元々、地の精霊戦で開発した起死回生の一手だった。親指大の『光』の小球を敵手の真隣に配置し、凹凸を持たせて膨張させる技。棘のような突起部で相手の身体を串刺しにし、動きを封じることが目的だった。光の精霊戦でも採用し、思い入れはある技なのだが…。如何せん使いづらい。集中力は要るし、命中率に欠けるし、汎用性に乏しいし、威力自体も並程度。そもそもコレは具現化させた『光』を移動させられ無かった時に考案した技だ。新たに生み出した他の必殺技と比べて遥かに見劣りしてしまうのは仕方が無い。


 とは云え、愛着は確かだ。捨て置くにも惜しい。

 だからこそベースはそのままに大幅な改良を加えてみた。

 目を閉じ、集中力を高め、体内の妖力を左手に集める。


「…ふぅー…。」


 ポーズは旧型の物を引き継ぎ、左手の親指と人差し指を立てる感じで。生み出す『光』の球の総数は妖力残量と要相談。今は取り敢えず五個。…数秒後、俺の人差し指――正確にはそこに嵌まる指輪を囲むようにして、ガラス玉にも似た半透明の球体が五つ出現し、ふよふよと宙を漂い始めた。


 ――目を見開き、それらを、解き放つ。


『…! ふふっ、なるほどねぇ!』


 直後、宙に浮かんでいた『石』の塊達が爆音と共に瓦解した。一秒にも満たない間の出来事だが、原因は言及するまでも無いだろう。俺の生み出した光球達は、今も鋭い風切り音を立てながら飛び回っていた。空中に点在する石塊達から、自身の領域を奪い返すかのように暴れながら。目覚ましい成果を上げ続ける光球群だが、――既に俺の意識下からは外れている。


『自動追尾型…、想像よりも厄介な妖術だねっ!』


 早くも核心を突いたビトラスに対し、心の中で賞賛の声を送る。そう。改良での変更点は、威力の向上、弾数の増加、そして操作の半自動化だ。そんなことが可能なのかと思うかもしれないが…結論から言おう、可能だった。というよりも、今から五カ月以上前にはこの妖術の基盤が出来上がっている。


 それこそが、ガドとの訓練――盲椋(イグノ)に苦渋を飲まされたあの日々の賜物だ。


 敵の妖力を即座に感知し、ほぼ無意識的に妖術を使用する技術。脊髄反射にも似た制御不能なその反応を、そのまま《閃裂(せんれつ)》に組み込んだのだ。あの『光』の小球達は、自身の付近に存在する妖力源へと無差別に飛び掛かる。勿論、リフィとライはその対象から外しているし、いざとなれば消去も出来る。使い勝手の良さは抜群。――そして、決して無視出来ぬレベルのメリットが……


「―――《月華(げっか)》」


 俺は俺で、何の縛りも無く動き回れるという点。


『えぇ!? そんなこと出来ちゃうの??』

「ビトラスさんも、同じような、物じゃないですかッ!」

『僕は口だけしか動かせないからね! セーフさ!』


 わざとらしく驚いた声を出すビトラスに、多少の怒りを込めながら返答する。小球五個にプラスして、俺自身の肉体。今までに比べれば相当に固い布陣の自負はあるのだが…、次々と生み出される『石』の塊は、俺達の攻撃を一矢乱れぬ動きで迎撃していく。その狂気染みた精度の防御を成功させているのは偏に寄生ちゃんの働きだが、正直、怪物だとしか言い様が無い。どれだけ高性能な思考能力を積んでるんだ?


『どうして君はそこまでして人間に拘るの?』


 …始まった、ビトラスの癖だ。彼は手持ち無沙汰になるとすぐに口を開く。寄生ちゃんに身体の支配権を盗られているとは云え、今は一応戦闘中だ。自分の命が掛かっているのに能天気なものだと、毎度のことながら思う。何だかんだ、毎回その与太話に付き合ってしまう俺も俺で良くないのだろうが。


「どうしてって、どういう、意味ですか。…っ!」

『前にも言ったけどね、彼らはビックリするほど醜いよ?』


 耳元ギリギリを掠めた『石』の弾丸に恐れながら、

 意図を掴み切れぬ問いに対して叫ぶように訊き返す。

 ビトラスはうーんと唸りながら、テンション低めに言葉を紡ぎ始めた。


『資源を食い潰し、仲間を切り捨て、挙句の果てには星外逃亡! 長いこと彼らを見て来た僕にしてみれば、彼らは完全な"悪"さ!』

「ビトラスさんは、人間がっ、嫌いですか!?」

『興味深い種族だとは思うけど、好きでは無いかもね!

 所詮は観察対象、暇潰しの糧ぐらいの種族で充分かな!』


 人権尊重の欠片すら感じられない思考を平然と披露するビトラス。少し前までの俺なら『なんてことを言うんだ』と糾弾していただろうが、それなりに長い時を共に過ごした仲として、もう一歩踏み込もうと思った。…頭上から降り注いだ『石』の矢を叩き落としながらの話し合いにはなるのだが。


「貴方がそこまで人間を嫌う理由が、俺は知りたいです!」

『…僕はね、こんな姿をしている割には交友関係が広いのさ。』


 ビトラスは先にも増してより一層声のトーンを落とした。これから、彼という存在の深淵に迫る為の身の上話が始まるのだと。誰に教えられずとも、鍛え上げて来た化物特有の本能的な勘がそう告げていた。


『まだ妖術が無い時代だけどね、所謂超能力という物は在ったんだよ。未来予知が出来る人間も居たし、触れずとも物を動かせる動物も居た。そんな世界だからさ、自我を獲得した小石が居たとしても変じゃないよね?』


 超能力――俺も詳しくは知らないが、特殊体質だと考えれば良いか。恐らく、クリモの予知能力や俺の超再生能力もコレに該当するのだと思う。何にせよ、今は話を聞こう。…『石』の大壁が俺を飲み込もうとしていた。


『今となっては記憶が曖昧なんだけど、その頃から僕は話せたのさ。動物と話し、植物と話し、人間とも話した。眼も口も無いのにね!それで人間達の悩みとか聞いてたら気付けば祭壇みたいな物に祀られてて。石を司る神様だとか、全智の御石様だとか、色々言われたりしたっけな。』


 話を聞く限り、少なくともその段階では人間と仲が良さそうだ。常に拠り所を求め続ける人類という種にとって、彼の存在は正にそれだったのだろう。…大壁を砕いた先に現れた『石』の弾幕を眺めながら、そんなことを思った。


『それでね、話は変わるんだけど、僕は無機物相手でも喋れるんだ。あぁ勿論、相手の自我がはっきり確立しているっていう前提付きでね。そうしてたら一石の友達が出来てさ! 僕は"惑星くん"って呼んでたんだけど。』


 彼の独り語りに割って入りそうになってしまうが、何とか堪える。いや、けど。惑星くん? 星そのものと友達になったって言いたいのか?…弾幕の軌道を予測し、被弾の可能性が有る物の悉くを『光』で相殺する。


『彼はとにかく良い奴でさ、自分の身に何が起こっても絶対に怒らないの。温暖化が進んでも気にしないし、山脈が消し飛んでもケラケラ笑ってたね。人間達に穴ぼこだらけにされても、貴重な鉱物を軒並み持ってかれても。自重の所為で体が崩壊を始めても、多くの人間達に見切りを付けられても。生命の気配が完全に消え失せた身体を眺めながらさ、彼は言ってたよ。『おれよりももっといい場所見つけて、幸せになって欲しいなぁ』って。奪われて、壊されて、捨てられてもね。彼は自分の子供達を愛してたのさ。』


 最早、俺の意識の殆どは耳を傾ける方に寄っていた。

 これが彼の陽動作戦ならば大した物だが、恐らく違う。

 本来チャンスである筈の、寄生ちゃんの動きが明らかに鈍っているのが証拠だ。


『それが、僕の聞いた彼の最期の言葉だった。馬鹿だなって思ったね…! 僕なんて、神殿に誰も来なくなった時点で人間に失望してたのにさ。彼は良い様に利用された後でさえも、人間を信じ、微笑んでたんだよ。そんな善良的な意思に対する仕打ちがアレさ。本当に、酷い話だよ…。…ここから先は君にも話した通り、惑星ちゃんが死んで、星核は交代した。』


 その瞬間、殺意を大いに含んだ『石』の塊が形成された。握り拳を模したような石塊は、俺の反応速度をも凌ぐ加速を始める。細かく震えるそれには、ビトラスの行き場の無い怒りもが籠っている気がした。


『話を戻そうか。僕が彼ら人間を好まない理由は、簡単だよ。彼らは、惑星くんという、僕の掛け替えの無い友達を殺したのさ。裏切り、騙し、謀る。彼らのことを、僕は末代まで許せない!!』


『…っ、《照葉(てりは)》…!!!!』


 直後、俺の生み出した『光』の壁に『石』の拳が激突した。千年にも達し得る、永い時間を掛けて練られた憎悪の拳はやはり重たい。けれど、俺にはやらなければいけないことが溢れ返る程に残っているから。まだ、ビトラスに訊かなければいけない問いを抱えたままだから。


「…ッう"あ"あ"ぁ"っ!!!!」



 ――その石拳を、跳ね退けることが出来た。



『…今までとは、覚悟が違うみたいだね!』

「っ、えぇ。言いましたよね、今日でお別れだって。」

『いいねいいね! 本気で掛かって来なよ! 今の君になら殺されても良いかも!』


 その瞬間、パキリと。俺の足元に蜘蛛の巣状のヒビが入った。今までに無かった攻撃の気配を察知し、瞬時に俺が身構えると…。意外にも、ビトラスが驚いたような声色で、内包するもう一つの意思へと語り掛け始めた。


『あれれ、寄生ちゃん! そんなに怒らなくて大丈夫だよ! ん? …あぁ、さっきのは冗談冗談! 小粋なジョークってやつさ! 僕は殺される気なんて毛頭無いよ!』

「随分と、寄生ちゃんと仲が良いんですね。」

『そりゃあ当然さ! 何せ八百年弱の付き合いなんだからね! お互いのことはホクロの位置まで把握しきってる間柄さ! 同じ体だけど!』

「そもそも石にホクロは無いですしね。」


 『HAHAHA、確かに!』…ビトラスは陽気な笑っている。

 そんな彼を軽くあしらいながらも俺は本題をぶち込んだ。


「寄生ちゃんは、どうして人間を谷底に引き摺り込むんですか?」


 すると、俺の足元に出現していた裂け目が一瞬の内に崩落した。宙に投げ出された状態で真下を観察すると、穴の底に『石』の棘が見える。古典的な落とし穴だ。今更こんな物に引っ掛かる訳が無いだろうと思い、靴で『光』の足場を生成した所、――真上からは『石』の拳が迫って来ていた。俺を穴の底に押し込めるつもりだろう。中々苛烈な企みをしてくれる。……さて、死の淵に立つ俺を気にも掛けず、ビトラスは喋り始める。


『彼女はね、惑星くんと同じぐらいの"お石好し"でね! 融合したての頃は、僕に同情して人間を強く憎んでたのさ! それこそ、何も行動を起こそうとしない僕の身体を乗っ取っては、真上の地上を歩いていた小さな男の子を殺そうとしちゃうくらいにはね! あまりに容赦が無いからさ、僕からも幾つか制約を掛ける事を提案したのさ!』


 天井を降下させ、対象を叩き落とす。奇しくも三日前と同じやり方だ。あの時はカルメル渓谷上層から最下層まで一気に弾かれてしまったが…、もし今ここでこの石拳に敗北すれば、俺は三日間何も成長していない事になる。それだけは避けねばならないと、奥歯を噛み締め爪を肉へと食い込ませた。…ビトラスは、やはり我関せずという態度を以て語りを続行していた。


『「危害を加えるのは敵対者、或いは自殺願望者のみとする」とか、「谷底に突き落とした後は極力手を出さないこととする」とかそんなことさ! こういう条件を守れるなら、基本的には僕の身体を預けるっていう話でね!』


 左手の指輪を掲げ、これでもかと『光』の天井を重ねていく。結果として『石』の拳は一時的に停止し、俺は体勢を立て直すことが出来た。落とし穴の縁と石拳との間に生じた僅かな隙間に素早く身を滑り込ませ、辛うじて脱出に成功。感嘆の声を洩らしたビトラス本体へと目線を送る。


「…つまり、ビトラスさんは合意の上で肉体を譲っていると?」

『そうそう! 古い契約だから、効果も薄れ掛けてるんだけどね!』

「確認ですけど、ビトラスさんは人間を好んでないんですよね。」

『うん! それはついさっき話した通りさ!』

「であれば、寄生ちゃんの殺戮を止める必要は無いのでは?」

『僕的には退屈凌ぎの喋り相手が欲しいのさ! だから彼らは好都合!』

「では、危害を加える対象をわざわざ限定する理由は?」

『…ふふっ、結局君は何を言いたいのかな?』


 息を吸い、大きく吐き、その言葉を口にする。


「―――貴方は本当に人間が嫌いなんですか?」


 ビトラスにしては珍しい、水を堰き止めたような長い沈黙が続いた。見た目が小石であるが故に感情は読み取れないが、…悩んでいるのか?普段はばっさりと自分の意見を言い放つ彼だからこそ、この静寂は印象的だ。だがそれも終わりを迎え、ビトラスはゆっくりと自身の心を打ち明ける。


『…正直ね、分かんないんだ。好きか嫌いかも、憎んでいるのかも。心のどっかでは人間達を遠ざけてて、心のどっかでは近寄ろうとしてる。惑星くんが死んじゃってから、ずっとこんな感情さ。ずっと、ちぐはぐで…。』


『僕は精霊だからさ、"交信権"ってのを持ってるんだ。この権利を行使してね、新たな星核に成った子とよく話すんだよ。惑星くんは最後の最期まで人間の事を気に掛けてたとか、そんな事をね。人類ってのは、本当に惑星くんに愛されてた。彼にとっての宝物だった。だから、その宝物を僕が傷付けちゃダメだなって、考えたりもするんだ。』


『寄生ちゃんにはね、本当に嫌な役割を押し付けちゃってるんだ。彼女は僕が望んだことを出来る限りの方法で叶えようとしてくれる。カルメル峡谷が拡大するのはね、僕が陽を見たいと望むからさ。その気持ちを汲んだ寄生ちゃんが、光の入口を広げてくれてるんだ。まぁ、谷の底が深過ぎて本当にちょっとしか入ってこないんだけどね。』


『彼女が人間を谷底へ落とすのは、僕の復讐心を満たす為さ。人間を不幸にしてやりたい。…そんな気持ちを彼女は汲むんだ。寄生ちゃんに契約を結ばせたのは、結局僕自身を抑える為なんだよ。そうでもしないと、僕は多分無差別な殺戮を始めてしまうだろうから…。』


『オミナスちゃんが現れたのも、そういう理由だろうね。放っておけば僕が地上に進出してしまう。そう考えたのかな。だから、僕を力で降して、この峡谷に留まらせる為の契約を結んだんだ。』


「…俺達は、敵対者でも自殺願望者でも無かったですよね。」


『それでも寄生ちゃんは、君達をこの谷底に連れて来た。多分、僕のぐちゃぐちゃになった精神がそうさせたんだ。実際の所ね、人間を此処に連れて来るのは折衷案でもあるのさ。人間を恨む僕も、人間を愛す僕も、退屈に嫌気が差している僕も…。僕の心の色々な部分が納得できる妥協点が、こういう方法だったのさ。…一昨日の僕は、誰でも良いから引き摺り落とせって叫んでたんだろうね。』


 ビトラスに顔は無い。けれど、自嘲の表情を浮かべている気がした。人間を憎み、退屈に飽き、人間を愛し、世界に呆れ、人間を嫌い…。何遍も何遍も移り変わる感情で、彼は擦り減ってしまったのだろう。最早、元々自分が掲げていた意思がどれなのかも分からなくなるくらいに。


『長いこと誰かと喋って無いとね、自分を見失っちゃうんだ。真っ暗闇の中で、五感なんて物も無い身体で、独りぼっちだとね。記憶もどんどん消えて行って、意思なんて在って無いような物でさ。だから僕は、寄生ちゃんが突き落とした人間達と出来るだけ喋るんだ。自分のことを沢山言葉にして、何とか存在を世界に繋ぎ留めておくんだ。』


「ビトラスさん、貴方が渇望している物はなんですか?」


 石の精霊、性格は『渇望』。彼は何かを強く欲している。

 きっとそれは、彼一人で手に入れられない物なのだろう。

 だから俺は彼に渡してあげたい。少しでも力になりたい。

 …あぁ、ダメだな。もう完全に情を移してしまっている。


『僕が渇望するのはね、あの頃のような美しく澄んだ世界さ。こんな深淵でも、あんな崩壊寸前の惑星でも無い、あの頃の。真っ新で真っ白な心を持っていた、あの時の僕が見ていた大地を。全てを包み込むような、純朴の太陽光が注ぎ込むあの時間を、もう一度…。』


 ようやく、ビトラスの心理の最下部にまで辿り着けた気がした。きっと今の吐露が、ずっとずっと、彼が独りで抱えていた想いだ。何て健全で純粋な願いだろうか。何て真っ直ぐで穢れの無い欲望だろうか。この程度のことを叶えられずして、俺が此処に存在する意義は無い。


「現在の地上には、それが在ります。貴方の求める世界が在るんです。緑の自然と、青の大空と、白の太陽と、穏やかな人類。全て揃ってます。ビトラスさん、俺と契約を結びましょう。そうすれば、オミナスさんに結ばされた契約も上書きで破棄出来ると思います。…俺の眷属として、一緒にこの峡谷を抜け出しましょう。一緒に、地上へ――。」



『――ヒシ君。適体は、眷属にはなれないのさ。』



「……それは、つまり…。」


 ピシりと、最後まで俺の心を支えていた希望の柱に、決して修復の叶わない亀裂が走った事が分かった。いや、最初からそんな支柱など存在していなかったのかもしれない。妄想で俺が創り出した、ただの幻影だったのだ。…俺は、この谷底を『石』の牢獄みたいだと、そう表していた。四方八方を固い石で囲まれた、閉塞感で息が詰まりそうな場所だと。今分かった、それは或る意味で核心を突いた比喩表現だったということを。


『僕は、どう足掻こうがこの峡谷から出られない。』


 曰く、石の牢獄。

 …あぁ確かに、石の精霊を閉じ込める為の檻だ。

 曰く、不動の精霊。

 …あぁそうだ、不動で居ることを強制された精霊だ。

 曰く、根源は"渇望"。

 …無慈悲だ。決して叶わないと、定められているのに。


 武力行使が効かないと判断した俺は、ビトラスの説得を狙っていた。彼を眷属として引き込み、最終的には大団円に持ち込んでやろうと。今までも出来たのだから、今回も出来ると。自分を信じて疑わなかった。甘い考えだったと批難をせざるを得ない。世界の法則上、不可能なのだ。結局、正面切ってビトラスと妖術を交えることしか選択肢が残されて無いのだ。



『…今日でお別れ、だったね。じゃあ終わらせようか!』



 何処か吹っ切れたようなビトラスの声が幾度と無く木霊した。見る見る内に、馬鹿げたサイズの『石』の拳が創造されて行く。それは、未だ放心状態から抜け出せぬ俺の身体を正確に殴り付け…。後方で眠りに付いていたライの元まで、俺のことを殴り飛ばして見せた。


「か、はっ…、…ぁ。」


 果実を摘まみ潰したかのように、俺の身体から赤の液体が噴き出る。普通に考えて致死量の出血だが、問題は横にライが寝ているという事実。数日前にリフィから聞いた、ライの抱える重大な問題点を思い出す。人間性を放棄した怪物化。自我を失い暴れ狂うその状態。トリガーは、血液。現状考え得る限り最悪の事態が、今まさに引き起こされようとしているのだ。


「……ん…、……ぅえ…」


 頼む。起きるな。

 …寝返りを打ったライに祈る。


「…ぇぅ……、……?」


 お願い。まだ寝てて。

 …彼の瞼が、ゆっくり持ち上げられて行く。


「…お兄ちゃん。どうし、た、の……?」


 っ、今日は何にも上手くいかないな。

 …思い虚しく、ライの眼は俺を捉え――



「…ぁ? ぁ、血、が、う"ぁ、あ"あ"あ"あ"あ"!!!』



 誰にも止められぬ、少年の発狂が始まった。


 ライの瞳が濁って行く。ライの獣耳が伸びて行く。

 ライの骨格が変わって行く。ライの精神が壊れて行く。

 ライの爪が尖って行く。ライの雄叫びが木霊して行く。


 ――ライの身体が、獣人(ウルフ)のものへと作り替えられて行く。


 その時、獲物の追撃を目論む『石』の拳が猛烈な速度で俺へと迫って来た。アレの威力は身を以て体感済みだ。もう一度受ければ、確実に耐え切れない。回避? いや、そうすればライに被害が及ぶ。何とかして受け止めるしかない。生じた迷いにより反応が遅れる。判断が鈍る。その刹那の空白を縫うように…


『あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!』


 鉄砲玉のように前へ跳び出したライが、『石』の拳を打ち砕いた。俺を守った? いや違う、化物としての本能か。闘争欲が増しているようだ。アレを止めるのは骨が折れるだろう。どう見ても幻妖級の戦闘力だ。少なくとも、ビトラスと同時に相手取るのはまず不可能に感じる。


 ――その時、俺の脳に最低最悪の考えが浮かんだ。


 …考え直せ。ライは非力な十歳の少年で、救出・保護対象だ。彼を無事に送り届けることが俺の使命。その筈だろ、分かってんだろ。いやしかし。どの道これは最終戦で、負ければ皆殺しに遭うだけなのだ。ビトラス、延いては寄生ちゃんに、手加減をするという思考は残っていない。使える手札は全て切らなければ、少しでも慢心を見せれば即死する戦い。覚悟を決めろ。万が一の時は死んで詫びよう。だから、今だけは…。



「リフィ、石の精霊を全力攻撃。ライは放置でいい!」



 獣人というジョーカーを最大限利用させてくれ。


『 …! Kyun. 』


 一瞬、リフィが俺の正気を疑うかのような視線を向けて来た。守護の精霊に対し、酷な命令をして行っているのは百も承知だ。けれど、そうでもしなければ勝てない相手だと云うのも周知の事実。最終的にリフィも俺の意志を汲むことにしたようで、彼はライの守護を辞めた。


「っ、ビトラスさん! 聞いてますか!!」


 ここが踏ん張り所だ。そうだろ、ビトラス。



 ◇



「聞こえてるなら返事をしてください!」


 返事は無い。代わりに飛んで来た『石』の弾丸が俺の太腿を貫いた。数え切れない回の戦闘で激しい損傷を見せるズボンに、また一つ穴が空く。同時に赤い血がジワリと滲み出すが、それを気にする必要は今や無かった。


「何故人間に拘るのか、まだ、答えてませんでしたっ!」


 無数に生み出された『石』の剣達が空中を舞っている。一発当たれば軽傷、二発当たれば重傷、三発当たれば致命傷。だが、それらの剣達は一本たりとも俺の元へ辿り着かなかった。リフィの生み出す『光』の剣達が、俺への攻撃を絶対に許さなかった。


「好きな子が、居るんです。人間の女の子です!

 その子が居るから、俺は人間であろうとしてます!

 醜いとか、穢れてるとか、俺はどうでも良いんです!

 例えその子が"悪"でも、俺の気持ちは変わりません!」


 殺気を感じ上へと視線を向けると、そこには『石』の脚が在った。人間が立てる建物程度ならば蹴り飛ばせるくらいの、巨大な足裏が視える。それは徐々に降下を始め、…数瞬後には小さな獣人(ウルフ)によって砕かれていた。聞いていた通り、ライは物凄い暴れっぷりだ。今は頼もしい事この上無い。


「ビトラスさん! 貴方はこの峡谷から抜け出したいんですよね! もう一度、生まれ変わった綺麗な地上の景色を見たいんですよね! なら、その欲を貫き通してください、中途半端に諦めないでください…!」


 いつまで経ってもビトラスの声が峡谷内に響くことは無い。代わりとばかりに寄生ちゃんの攻撃は徐々に激しさを増して行く。俺の声が彼の耳に届いてないということは絶対に有り得ないと思う。寄生ちゃんというのは、或る意味でビトラスの本心の代弁者だ。彼女の動きが活発になっているということは、彼の心が動いている証拠。半分妄想染みた推測だが、今はその不確定要素に頼るしか方法が無かった。


「もし俺が貴方を仕留めたら、絶対にやろうと思ってることが有るんです。」


「貴方の妖石を肌身離さず持って、この新しい大陸を一緒に回ることです。」


「その時には多分、ビトラスさんからは意識も記憶も消えてるんだと思います。」


「話が出来る小石では無く、何の変哲も無い小石になってるかもしれないです。」


「けど、断言します。こんな深淵に独りで居るよりも、絶対楽しい旅になる!」


「俺の仲間達にもビトラスさんのことを紹介するつもりです。」


「凄い良い人ばっかりなんですよ、きっと貴方も好きになると思います。」


「こんな素晴らしい種族を僕は嫌ってたのかって、そう感じさせてあげます。」


「惑星くんの守ろうとした物はこれなんだって、そう気付かされる筈です!」


「…約束です、契約でも良い。金輪際、俺はもう貴方を退屈させません!」


「例えそれが魂の抜け殻でも、俺は貴方の妖石に語り続けましょう。!」


「何処へ行くにも連れ添って、心沸き立つ体験を共有し続けましょう!」


「俺は、貴方の記憶も知識も苦悩も幸福も、聴いた範囲で全部覚えてます!」


「そして、生涯を通してそれら全部を絶対に忘れないという自信が有ります!」


「つまり、だ! 俺が生きている限り、貴方の存在はこの世に留まり続ける!」


「貴方の肉体も、貴方の精神も、俺がずっと護り続けます!」


「世界中の誰もがビトラスさんを忘れても、俺だけは覚えてる! だから…!」



「――どうか、俺を信じて下さい!!」



 ガラガラの声で、叫び続けた。何度も、何度も、何度も。彼にこの声が届いていることを信じて、何百、何千、何万回も。だって、救いが無さ過ぎるじゃないか。彼が報われないじゃないか。大好きな人類に、大好きな友達を殺されて。何を憎むべきかも見失って。一歩たりとも動くことが許されず、こんな薄暗い闇の奥底に封じ込められて。命が渇く程に望む物が有りながらも、入手が不可能なように縛り付けられて。自分の心を荒く削り落としながら、常に他の誰かのことを気に掛け続けて。この不幸で不自由な精霊にもう少しだけ救いの光が当たっても良いじゃないか。


「……あっ…、」


 気付けば俺は、死ぬ一歩手前の場所に我が身を置いていた。急激に速度を落とす世界、辺りを埋め尽くすのは『石』の弾幕だ。それらは既に放たれた後で、俺目掛けて一直線に向かって来ていた。思考時間が永遠にも感じられる程に引き延ばされる。『光』の影響か、或いは一種の走馬灯か…今となっては関係無いか。結局、最期までビトラスの返事は無かった。俺では、彼の心を開かせることは叶わなかった。…あぁ、ライとリフィにも謝らないとな。リエルにも、返事してあげられなかったな……。


 懺悔、後悔、沈痛、無念、自責、悲嘆、感傷。

 低速化した思考の中、様々な感情が俺の胸中に渦巻いた。



『――ふふっ。じゃあ、信じちゃおっかなっ!』



 だが、そんな負の感情達は強制的に断ち切られる。


 同時刻、空中の弾丸達が音を立てて一斉に崩壊した。


 パラパラと、弾丸の残骸は灰色の妖力として何処かへ還って行く。ライも、リフィも。彼らが懸命に対応していた『石』の妖術達も。全ての動きが止まった世界の中で、…俺だけが、ゆっくりと動いていた。一日数秒寄生ちゃんを無力化出来る…そんなビトラスの言葉を思い出す。つまりこれは、彼が悩みに悩んで作り出した数秒間。全ての想いと覚悟が詰まった数秒間。


 …俺にはその数秒だけで、充分だった。


 『光』を纏わぬ常人並みの速度で。

 『光』を纏わぬ平凡な片手剣だけを構えて。

 悠久の時を過ごした、堂々とした佇まいのビトラスを。

 俺への信頼だけを身に宿す、石の精霊を見据えて――。



「…おやすみなさい、ビトラスさん。」


『うん! あとはよろしくねー。」



 ―――地面に置かれたその妖石を、両断した。




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