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ナノライト  作者: かざぐるま
第六章 Are you a werewolf.
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第四十二話 血の里

 



 深く、深く。抗うことも叶わず沈んで行く。

 果てしない塩辛さにより、全感覚が麻痺を始めた。

 魚の群れに頭を小突かれた所で、ようやく目が冴える。


 …どうやら、今の俺は海の中に居るようだ。


 やってくれたな。心の中で小さな怒りが育った。

 確かに転移の許可は出したが、まさか大陸の外だとは。

 こんな形で初めて海水に触れるとは思っても無かった。


 取り敢えず、海面まで浮かび上がるべきだろう。


 横で潮の流れに揉まれているリフィの身体を抱える。

 彼が泳げないのは意外だが、仕方の無い話でもある。

 そもそも、大陸に生きる者にとって水泳は必要無いのだ。

 俺も泳いだ経験は数回程度。それも、浅い川の中でだけ。

 母から授かった海の知識が無ければ、今頃はリフィと共に海底逝きだった。


 そんなことを考えている内に、酸素に有り付けた。


 素早く辺りを見回し、現在置かれている状況を把握する。

 左斜め数十メートル先に砂浜が在るようだ。なら安心だ。

 広大な大海原のど真ん中に放り出されている、という最悪の事態は免れた。


 ただ、海岸から沖へと押し戻すような流れを受けている。

 知識としては脳に刻まれていた。…名前は確か、離岸流。

 このまま闇雲に泳ぎ続けても、決して陸に辿り着けない。

 対処法は簡単で、向岸流を探して乗るだけだが…。ちょっと面倒くさいな。


 手間を惜しんだ俺は、水中で『光』を発動した。


 踏台を作り、段差を造り、足場を創り…。

 キラキラ輝く水面を見下ろしながら、海上を駆け抜ける。

 やはり、非常時に於いて光壁ほど使い勝手の良い妖術は存在しないと思う。


「さて…。」


 大地の有難さを噛み締めつつ、俺は砂浜を踏んだ。

 ちょうどその時、腕に抱いていたリフィが目を覚ました。

 化物でも群を抜いて聡い彼は、気絶していた理由を瞬時に理解したようだ。


 申し訳無さそうに俺を見つめるリフィに微笑む。

 背中を撫でながら、その身体を砂上に降ろしてやった。

 無事に上陸したのは良いが、ここからどうしようか?


 転移の許可を出したのは、はっきり言って愚策だった。

 これが長旅になるということは予想出来てたはずなのだ。

 ならば、少しくらいは準備時間を設けて貰うべきだった。

 妖具も無しに旅を続けるということの過酷さは、誰よりも知っているのに…。


 因みに、転移直前に持ってた鞄は砂浜に落ちていた。

 濡れては支障が出るというオミナスなりの配慮だろう。

 ならば、俺達の身体も陸上に飛ばして欲しかったが…。

 いや、何を言っても無駄だ。どうせただの嫌がらせだし。


「現在地不明ってのが、どうしようも無いよね。」

『 Kyan. 』


 せめて地図でも在れば、…いや待て、有る。

 鞄から取り出したのは、大陸の地形を網羅した一枚の紙。

 鍵一つを対価にオミナスから受け取った忌々しい地図だ。

 正直これに頼るのは不服だが、背に腹は代えられない。


 俺達が飛ばされたのはこの楕円形の周上だろう。

 だが、具体的に何処に位置するのかは分からない。

 と考えたその時、俺の視線を引いたのは最東端の赤点。

 母の居場所を示す金点とは別にポツンと打たれているが、

 よくよく視てみればあまりにも不自然な位置である。

 あの女のことだ。この意味深な点が落書きである可能性は相当に低いであろう。


 それを裏付けるが如く、太陽は海洋側から差していた。

 これがもし街への帰還が目的ならば、話は簡単なのだが。

 今回はあくまでも何者かの救出と保護が目標だ。帰るだけでは意味が無い。


「…その保護対象が何処に居るかだね。」

『 ――!! Kyaun, 』

「ん。分かった、行こう。」


 何かに気付いた様子のリフィが、俺の袖を引っ張った。

 珍しく焦りを見せる彼から、俺も緊迫感を抱かされる。


 改めて言おう、依頼内容は、保護と救出。

 死に絶える…依頼者のオミナスはそう呟いていた。

 つまりは、事態はどうしようも無く差し迫っているのだ。

 未来に待ち受けるであろう苦難を想像し頭が痛くなるが、

 今はただ、白狐の背中を追うことしか出来なかった。



 ◇



 辿り着いた先は、俺が初めて目にする惨状だった。


 人の死を目の当たりにするのは邪神(ダーク)戦以来か。

 けれど不謹慎な話、或る意味で奴は()()()()()()()

 己の果て無き食欲に忠実に、強さに対して貪欲に。

 奴が他の生物を殺める背景には必ず『喰らう為』という目的が潜んでいたのだ。


 だが、この死体群を作り上げたソイツは違う。

 ソイツはきっと『殺す為』だけに人間を殺している。

 きっと、神聖な魂を穢すということに悦びを覚えている。

 だから、こんな惨いことを平気で成し遂げてしまうのだ。


 ――見渡す限り、肉と血のオブジェが立ち並んでいた。


 死体が幾重にも重なり、一本の巨塔が聳え立っていた。

 頭部だけを潰された人間達が輪になって寝そべっていた。

 数十の多種多様な内臓が、半壊した家屋を飾っていた。

 集められた四肢が、家畜の餌箱に纏めて入れられていた。


 口に出すのも躊躇われるが…、これが現実だ。

 犯人は確実に愉しんでいたのだと、それだけが伝わる。

 でなければ、何故ここまで彼らの尊厳を踏み(にじ)れようか。

 一つの村を滅ぼした猟奇的殺人鬼、ソイツには相応の裁きが与えられるべきだ。


「…リフィ、生存者の捜索。並行で彼らの弔いを。

 犯人らしき生物が居た場合は、即時排除を認める。」

『 Kyaun. 』


 直後、リフィは弾丸の如き速度で走り去って行った。

 彼が冠する称号は光の精霊――性格は『守護』。

 かの日、人間を護ることに生涯を賭すと誓った化物だ。

 この悲惨な現場には誰よりも怒りを感じているだろう。


「……………。」


 とは云え、怒り心頭に発するのは彼だけでは無い。

 沸々と、俺の腹から何か熱い物が込み上げて来るのだ。

 被害に遭ったのは、名前も知らない何処かの誰かだ。

 こんな辺境の村、今の今まで存在すら知らなかった。

 今後の人生でも、恐らく訪れることは無かっただろう。


 けれど、彼らはこの小さな村で確かに暮らしていた。

 家を建て、愛を育み、未来へ血を繋いでいたはずだ。

 だから、俺が抱くべき感情は彼らへの『哀悼』。そして…


 ……悪党をどう刈り取ってやろうかという『義憤』。


「――《陽日(はるひ)》」


 針型の暗器を杖のように使い、凝縮した『光』を放つ。

 眩い光線の束は死体群に触れ、その身体に火を付けた。

 焼け焦げた匂いと共に、空へと昇って行く灰色の煙。

 ユラユラと揺れるあの微粒子に彼らの魂も乗っていれば良いなと、そう思った。


 せめて安らかに旅立って欲しいと、そう思った。


 少し遠くの方でも、数本の煙が上がっている。

 リフィも、今出来る最善を精一杯やっているのだろう。

 俺と同じで火葬という結論に至るのは、間違い無く俺の母の影響だと思う。


 それからは、ひたすら弔いの儀式を続けた。

 何十、何百の死体を焼いたのか俺には分からない。

 既に原形を留めていない屍が幾つも見付かったからだ。

 けれども、この仕事は絶対に作業だと思ってはいけない。

 そう感じてしまった瞬間、俺はただの化物に成り下がる。

 彼らは最期まで立派に生きたのだと、強い敬意を払いながら死体を焼き続けた。


「……ぅ…、……ぁぁ…。」

「―――――――ッ!!!!!!」


 その啜り泣く声を捕捉したのは、本当に偶然だった。

 辺りに充満する灰の匂いで俺の鼻が利かなくなった頃、

 休憩がてらに辺りの森へふらりと入ってみたのだ。

 リフィの協力もあり、死体の埋葬は殆ど終わっていた。

 後は家屋等をこのまま放置するのは忍びないな…などと考えていたのだが。


 丸くなり座り込む少年を見付ければ、思考は切り替わる。


 巨大な何者かに踏み倒されたような木々の陰。

 幼い茶髪の子供の姿が在った。年齢は十歳程度か。

 一瞬、相手が虐殺の犯人である可能性が脳裏に過る。

 が、首を横に振り自らそれを否定する。相手の妖力量は正真正銘一般人の範疇。


 であれば、彼が村の生存者であるのは自明だ。


「君、怪我は無い?」

「…ぅぇ…、お兄ちゃん、だれ…?」

「大丈夫、味方だよ。俺はヒシ。」


 キョトンとした少年の瞳に、涙が溜まり始める。

 その人工ダムは、数秒としない内に大決壊を起こした。


「…き、きゅうに大きな人が、来てね。

 オレのこと、なぐって、家も、こわして…、

 大人たちが戦ったけど、み、みんなころされて…、

 お父さんも戦って、お母さんは、オレのこと持って、

 け、けど、お母さんも、アイツに踏みつぶされてね、

 ぉ、…お母さん、も、ぉ父さんも、みんな、ぁぁ…。」


 気付けば俺は、泣き叫ぶ彼を抱き締めていた。

 慰めの言葉が見付からず、ただただ腕に力を込めた。

 齢十歳。本来視てはならない惨劇を、沢山視ただろう。

 感じるべきでない悲しみを、沢山感じさせられただろう。


 それまで普通だった物が、普通で無くなる瞬間。

 その一瞬がどれだけ辛い物なのか、俺は知っている。

 数少ない大切な家族を失うという事がどれだけ辛いかも。

 目の前で誰かの命が散るという事がどれだけ哀しいかも。

 己が無力に流す涙の味も、俺の心には刻み込まれている。


 けど、この少年はまだこんなに小さいんだぞ。

 人生の内で、最も繊細で、最も壊れやすい時期なんだぞ。

 そんな酷く繊細な子供に、こんな重たい経験をさせて…。

 その事実にすら快感を覚えていたであろう犯人に対し、

 堪え切れる筈も無い憎悪の念が心の中に力強く芽生えた。



 そんな俺の頬に、少年の萎れた()()が触れていた。




 ---




「…ごめん、お兄ちゃん。」

「謝らないで。…落ち着いた?」

「ぅ、うん、たぶん…っ。」


 しゃくり上げながらも、少年は何とか返事をした。

 見た所、彼の身体には擦り傷一つ無いようだった。

 何処かに姿を隠し、唯一襲撃を免れられたのだろう。


「自分の名前は分かる?」

「名前は、ライ。由来は、ご先祖様から、でっ…。」


 それから少しずつではあるがライから情報を聞き出した。

 まず、襲撃に遭ったあの村が出来たのは七百年以上前。

 村の成り立ちには一匹の獣人(ウルフ)が関わっているらしい。

 詳しい歴史についてはライもあまり知らないようだが、

 一般人間社会から隔絶された由緒ある集落だったのは間違い無いだろう。


 ライの狼を模した獣耳は生来の物らしい。

 稀にあの村の人間に現れる特異体質なんだとか。

 村では『そういうもの』として認められていたとの事。

 恐らく獣人(ウルフ)に起因する異形だとは思うが、ただの飾りと同じだと聞いた。


 獣耳が発言する割合としては十人に一人程度。

 亡くなった村人達の中にも本当は居たんだろうが…、

 頭部の変形や腐敗などで俺が発見するには至らなかった。

 取り敢えず、耳に関しては解決だ。であれば、次に目を惹く外見的特徴が…。


「首の横に埋まってる、青い石は?」


 俺はライの細い首元を指差した。

 大きさとしては、街で使われる金貨くらいか。

 宝石のように透き通った群青の物体が嵌まっている。

 色白の肌でしっかり固定されているその様は、融合と言った方が近いだろうか。


「それも生まれ付きの物?」

「ぅ、ううん。これは絶対にちがう!

 けど、何かはオレにも分かんないんだ…。

 ちょっと前まで、こんなもの無かったのに…。」


 であれば、後から無理矢理埋め込みでもしたのか?

 いや、にしても…。有り得ない。アレは、確実に()()だ。

 後付けだとすれば、拒絶反応を起こして死に至るはずだ。

 仮に上手く適合しても、意識を失い暴走するだけだと。

 ベイドかニュートか…出所は忘れたが、昔に誰かから聞いた覚えがある。


 その時、俺達の真横に弾丸が着地した。


「リフィ、どうだった。」

『 Kyuun…, 』


 ゆっくりと頭を振るリフィ。やはり、ダメか。

 半径三キロ以内に、人間或いは化物は存在しないらしい。

 それはつまりライ以外の生存者がゼロということであり、

 ライが語る『大きな人』なる化物も、既に此処を離れているということである。


 …思い出せ。転移の間際、オミナスの言葉を。

 再三言おう。今回の依頼内容は救出と保護である。

 対象は彼女の古い友人。別の呼び方で『あの子』だ。


 後半の呼称を鑑みるならば対象人物はライで確定だろう。

 だが、この少年がオミナスの古い友人に当て嵌まるのか?

 彼女の年齢が定かで無い以上断言は出来ないが、感覚的に受け入れづらい。


 しかし、ライ以外に目星き人物が居ないのも事実。

 今の所は彼を保護対象と仮定して行動するしか無いか。

 …いや、そもそも依頼がどうだとかを考えなくて良い。

 例え誰にも言われずとも俺はこの少年を見捨てられない。

 ライのことを助けたいから、再び幸せな人生を歩んで欲しいから、行動しよう。


 自己満足で結構だ。俺が、この子の守護者になろう。


「ライ、この地図の見方は分かる?」

「うん、…オレの村が、この赤いやつだよ。」

「分かった。俺達は、今からココを目指す。

 そこなら人間が一杯居るから、ライも安全。」


 最東端の赤点を差したライの指を、地図の中心にズラす。

 彼が人間の街という概念を知っているかは分からないが、

 俺の言葉に躊躇いながらも頷いたその顔は、歳に見合わず凛とした物だった。


「まず、このカルメル峡谷って所まで行く。

 そうしたら、後はそれに沿って歩くだけだから。

 多分、一ヶ月ぐらい歩くことになると思う。頑張れる?」


「……うん、大丈夫。やっぱちょっと怖いけど…。」


 まるで俺を安心させるように、ライは笑顔を繕った。

 つい数分前まで泣きじゃくっていたというのに…。

 自分の不安を押し隠して、人のことを気遣っているのだ。

 何処か危ういバランスで成り立っている少年の姿に、俺は昔の自分を重ねた。


「じゃあ村の皆にさようならして、行こっか。」

「…うん、オレ、ちゃんとバイバイしてくる。」


 再び瞳を潤ませるライ。あまりに健気だ。

 気丈で、勇気が有って、気遣いすら出来る。

 こんな少年が不幸のまま終わることなど、許されない。

 ヒシ、その緩み切った気を引き締めろ。絶対に守り抜け。



 ――そうして、俺の過酷な護衛任務が開始した。



 ◇



 旅をする上で絶対に確保すべき物は水だ。

 水を一滴も飲まず生きられる日数は、約三日。

 持続的に運動を行う旅中では、もっと短くなるだろう。

 化物である俺の場合は数週間耐えられるが、人間であるライはそうもいかない。


 ただし、ここで問題が一つ発生する。

 俺は妖術で飲み水を生み出すことが出来ないのだ。

 普段ならば妖具で補っているが、今回は事前準備ゼロ。

 となれば『光』で雨水などを煮沸するしか無いのだが…。

 如何せん、時間と手間が掛かりまくるという事態は容易に想像出来ると思う。


 さて、困ったなと独り唸っていたその時。

 何とライが『水』の妖術を扱えることが判明した。

 人間ならば全属性を発動出来るというのは当然だが、

 十歳の少年となると普通は使えずとも問題無いくらいだ。

 『水』以外は使えないと申し訳無さそうにしていたが、

 おかげで大幅な手間削減に成功したのだ。ライには感謝してもしきれない。


 旅に於いて、次点で求められる物は火だ。

 だが、こちらは『光』で簡単な火起こしが可能。

 その次が食料だが、…化物は腐るほど闊歩しているのだ。

 位置や方角などは、コンパスが無くとも自然の観測からある程度予想が出来る。


 つまり、だ。結果的に今回の旅は殆ど不備が無かった。


 ライの護衛は俺とリフィで過剰戦力なくらいで。

 ライ本人も、驚くほど不平や不満を洩らさなかった。

 『光』の速度を体感した時だけは、恐怖からか流石に涙目になっていたが。


「これが、カルメル峡谷…!」

「凄いね…。俺も初めて見た。」


 ライの村を出発し、真西に歩き続けること一週間。

 俺達は、第一目標地点であるカルメル峡谷を視ていた。

 勿論、安全に留意して少し遠くの丘からにはなるが。


 まず見て思ったが、コレに峡谷という名は温過ぎる。

 適当な名を与えるならば、()だ。それも、大陸規模の。

 横幅三十キロ、長さは大陸の半径に相当するらしい。

 リソルディアとユルドースを隔てるとはよく言われるが、

 この超サイズだ、実際に隔てている物を挙げ始めればキリが無いだろう。


「お兄ちゃん、向こう側見える?」

「流石に視えない。物理的な問題かも…。」


 目を輝かせて訊いて来るライ。珍しく興奮している。

 この星が球体である以上、どうしようも無いのだが…。

 対岸の影すら視えないというのは、俺にしても中々に衝撃的な体験だった。


「よし、じゃあ後は峡谷に沿って行くだけだね。」


 今後の動きを再確認する為、ライとリフィに言う。

 後一週間もあればリソルディアに到着出来るはずだ。

 ここが折り返し地点。そう考えるだけで気が楽になった。


「お兄ちゃん、あそこの建物とかはなに?」

「ん…。本当だ、こんな所に廃街あるんだね。」


 地理に関しては俺も然程自信がある訳では無い。

 特に大陸に点在する廃街ともなれば、殆どが未知だ。

 だからこそ、癪ではあるがこういう時にオミナスの地図が役に立ったりする。


「ナファブル…結構昔の街っぽい。」

「そうなの? きれいな風にみえたんだけどな。」

「襲撃で滅んだ訳では無いのかな…。行ってみる?」

「え、いいの? 行ってみたい!」


 その街――ナファブルは俺達の進行方向に在る。

 どの道横切る場所だ。少し寄り道しても大丈夫だろう。

 むしろ、ライの気分転換になるのならば進んでそうする。

 化物は居ない、リフィも肯定的。貴重な都市観光だ、俺も少し羽を伸ばそう。



 ◇



 街の建造物は驚くほどに綺麗なまま保たれていた。

 地盤は安定していて、腐敗も存外進んでいないようだ。

 石の壁面を這うように生えた植物も、味が出ていて良い。

 殆どの家屋が、多少の清掃を加えるだけで再利用可能なように感じられた。


「街ってこんな感じなのかー…。」

「ライが住む街はもっと綺麗で、人も居るよ。」

「じゃあ、何でここは誰もいなくなったの?」

「俺もまだその理由が分かんない。」


 ナファブルは、見れば見るほど好条件な廃街だった。

 近くには森林も在り、生活を支えられる程度の河も在る。

 峡谷によって化物が攻めて来る方向も限定されており、

 街の防衛性を考えても比較的優れている立地と言える。

 これほど街の内部が整っているのだ。幻妖の襲撃があったとは考えにくい。


「…いや。原因、分かったかもね。」

『 Kyaun…. 』「お兄ちゃん、ほんと?」


 俺と同等以上の視力を持つリフィも、警戒を強めた。

 真正面、大通りの先に広がるその光景に目を細める。

 俺達を怪訝そうに見ていたライは、十数秒後には絶句し、立ち止まっていた。



 ―――街の大部分が、カルメル峡谷に()()()()()()()



 逆に、何故今に至るまで気付けなかったのだろうか。

 いや、簡単だ。ソレは絶対有り得ないと思っていたから。

 そんなことが起こるなどと、露程も考えて無かったから。


 ナファブルの中心を真っ直ぐに分かつ大路地。

 その先端はハサミで切ったかのように絶たれている。

 道だけでは無い。横に広がる建物も含め、全てだ。

 本来家屋が沢山並んでいたであろうその部分は、今や巨大な穴が在るばかりだ。


 俺は、ナファブルという街を勘違いしていた。

 恐らく、この街は元々円状。今のような半円状では無い。

 長い時間を掛けて、街の半分が峡谷に飲み込まれたのだ。

 徐々に、徐々に。当時の住民が異変に気付く前も、気付いた後も、ゆっくり…。


「…リフィ、峡谷が自発的に広がることってある?」

――『 Don't Know.(分からない)』

「じゃあ、ここから離れるべきだと思う?」

――『 Absolutely Good.(大賛成)』


 リフィと意見は一致した、ならばすぐ行動に移そう。

 脊髄を這うような寒気は、本能が訴えている時の物だ。

 この峡谷は危険だと、鼓動が警鐘を鳴らし続けている。

 触らぬ神に祟り無し。…不確定は避けて通るのが、生きていく上でのコツだ。



 相手が手を差し伸べて来る性格の神ならば運の尽きだが。



「ぁ、ぉにぃちゃん…、たすけっ、」


 一歩前に佇んでいたライが、目の前から消失した。


「………は?」


 思考が止まる。息が詰まる。時間が遅れる。体が、沈む。


『 Kyuun…!!!!! 』


 リフィが覆い隠していた妖力を全開放する。

 彼は、まだ異変が及んでいない地面を蹴り飛ばすと、

 緩やかに転がり落ちるライの身体を咥え、持ち上げた。

 それを見て安心した俺は、改めて、足元へと眼を向ける。



 突如として()()と化した、奇妙な大路地を睨み付ける。



 険しい坂の頂上は、俺の数メートル後ろ。

 斜面を抜けた先に広がるのは、カルメル峡谷。

 これは俺達三人を狙い打ちにした、明確な殺害計画だ。

 俺達を底無しの穴へと誘う為に、何者かが何らかの手段で仕掛けた攻撃だ。


 犯人探しは後で良い、生存に専念しろ。

 必要なのは安定した土台。手前の得意分野だろ。

 急勾配の坂面を敢えて踏み、思い切り斜め前へと跳ぶ。

 生み出した数秒の猶予を確実に活かし、靴に妖力を注入。

 乱れの無い精神で『光』を発動し、人独りが余裕で乗れる程度の足場を創った。


 …俺の方はこれで問題無いだろう。

 後はライを救出したリフィが無事かどうか。

 そう考え、目線を上げた俺の瞳に映った物は…



 ――『石』の塊に吹っ飛ばされるリフィの姿だった。



『 Kyuu…!! 』

「リフィっ!!!!」


 衝撃により気絶したライがリフィの口元に居る。

 彼ら二人が向かう先は、やはりカルメル峡谷だった。

 奇襲を謀った不埒者は、どうしても俺達を谷の底に叩き落としたいらしい。


「―――《箱庭(はこにわ)》ッ!!!!」


 彼ら二人への追撃を試みる石塊を箱に閉じ込める。

 準備時間が極々僅かであった為、強度は見劣りするが…。

 それでも、落下していく二人を救出する時間は作れる。


「……んっ…!」


 安全な『光』の床を捨て、俺は大穴の上に飛び出した。

 既に気力が尽きた様子の二人を掴み、再び『光』を創造。

 推定高度数千メートルの上空で、半透明の床に着地した。

 高所恐怖症の者であれば泡を吹いて卒倒しかねない、死の淵ギリギリだ。


 それにしても、精霊であるリフィを一撃で鎮めるとは。

 相手は余程強烈な打撃技を持ち合わせているようだ。

 あの『石』の塊を抑えている間に、この崖っぷちを離れるのが最善だろう。



「…………えっ?」



 不意に、世界が暗闇に包まれた。

 現在の時刻は、昼を過ぎた少し後くらい。

 陽が沈むにしては流石に早過ぎじゃないのか?

 あぁ、そうだ。これは決して夜などでは無い。

 強く差し込んでいた太陽光が、完全に遮断されただけ。

 無辺際なカルメル峡谷に、蓋が為されたというだけだ。


 率直に述べよう。詰みだ。


 数秒の停止の内に、退路は完全に絶たれた。

 俺が抱えるのは一人の少年と一匹の子狐、両方気絶中。

 この絶望的な状況に対し、俺はたった一人で挑むのだ。

 …挑む? この『石』の天井相手に? どうやって?

 相手が俺よりも遥かに強い事は、どんな馬鹿でも分かる。

 だって、俺よりも強いはずのリフィを蹴散らしたんだぞ。

 挑んだ所で完膚無きまでに叩きのめされるがオチだ。


「……違う。役目を思い出せ。」


 そう、俺はライを安全に送り届けると誓ったんだ。

 彼が幸せを得られるよう、全力を尽くすって決めたんだ。

 こんな下らない峡谷に落ちて死ぬのが、ライの幸せか?

 んな訳が無い。何が何でも、生きて地上に戻らねば…!


 左袖から、金属製の杖を取り出す。

 天井を打ち破り、もう一度太陽を拝むこと。

 今の俺でも出来ることと言えば、そのくらいだ。

 左手で杖を握り、先端を上に向けて、『光』を込めて――



「――――《(はる)……くそが。」



 急降下を始めた天井により、俺の身体は圧し潰された。


 足場と屋根に挟まれ、いよいよ直立すら難しくなり…。


 軽快な破壊音を響かせながら、遂に『光』の床が砕けた。




 三つの身体が、際限の無い奈落へと散って逝く――。




 ---




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