第三十八話 夜更け前
清潔感と男らしさを混在させた、髭面の男。
名称、ミドル。彼は扉の前に一人佇んでいた。
「タドクー、いるかー?」
少し間抜けとも思える調子で、ミドルは問い掛けた。
部屋の中の人物は殻に閉じこもったままのはずだ。
外出中ということはまず無いだろうが…、返事はない。
「…また明日も来るからなー!」
出来る限りの明るい声を努めながら、ミドルは笑った。
寂しさと悲しさをひた隠しながら、廊下を去って行く。
拒絶を続ける青年は、彼の親切を知る由も無い。
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カツ、カツ…と。心地良い靴音が響き渡った。
女性特有の、底の厚い靴が奏でる美しい旋律だった。
演奏者である彼女の顔は、鬼のように険しかったが。
「…………。」
足音が、ピタリと止まる。
立ち止まった女性の瞳には、一振りの刀が映った。
刃毀れしながらも、尊厳と気位を示し続ける至宝だ。
最早戦場で用いられる代物では無いが、芸術品として充分な値打ちは在る。
「…やはり、ココに居たんだネ。」
重たい扉の軋む音と共に、男性的な声が響いた。
相手を気遣うような、優しさを滲ませた声色だ。
慈父が自らの子供を可愛がっている時の声にも似た…
…いや、実際二者の間にはそれだけの年齢差が在った。
「……ドリシェ。」
「やぁ、リーダー。気分はどうだい?」
「最高に昂っている。今なら神も殺せるな。」
「Umm、神の如き存在を降したYouが言ってもネ。」
「…あぁ、そうかもな。」
『 Syuu. 』
アグニの頭を撫でながら、シロンは浮かない顔で笑った。
ドリシェは同情するような顔で、彼女に歩み寄って行く。
「…もう、私達二人だけだな。」
「何を言ってるんだい。まだ仲間は沢山居るヨ。」
「あぁ。…だが、あの三人は特別だった、そうだろう?」
「……それを否定出来る程、ミーは薄情じゃないヨ。」
シロンが十六歳。…丁度、彼女の祖父が倒れた年。
"卯杖の探訪"は、小さなギルドとして設立された。
四年前の初期メンバーは、シロン,ドリシェ,ユメハ,ゼータ,エミャの五人だ。
「四年か。本当に、濃い時間だった。」
「止めなヨ、シロン。まだ何も終わっていないからネ。」
「――なぁ、ドリシェ。私はようやく、覚悟を決めたよ。」
そう呟きながら、彼女は美しい刀に手を伸ばした。
彼女の祖父が拾い、彼女が宝として受け継ぎ。
彼女が目標として眺め続けて来た刀を、掴み取ると…
――地面に投げ捨て、粉々に打ち砕いた。
「!? …良いのかい、御祖父様の遺産だろう。」
「もう良いんだ。コレは、私の"枷"だったから。
私は、この刀に近い物を作ろうと躍起になっていた。
…気付かぬ内に、この刀を最終目標にしていたんだ。」
そう言って散らばった破片を眺めるシロンは…
やはり、何処か悲しそうに眼を伏せながら苦笑していた。
鈍刀と云えど、コレは彼女が鍛冶師になるきっかけだ。
廃品と云えど、コレは彼女と祖父を繋げる架け橋だった。
「この刀を飾っている限り、私は成長出来ないんだ。
前に進めず、上にも登れない。そんな人間になるんだ。
だから、もう止めにするよ。私は、…鍛冶師を辞める。」
驚愕に満ちた表情を浮かべるドリシェ。
彼は、刀を打つシロンの姿をずっと見ていたから。
ドリシェは、旧褐礫のメンバーだった。
ベイドの父親とも、ゴウノアとも深い交流のある人物だ。
<罪の劫火>で半ば崩壊してしまった旧褐礫。
復興を試みるメンバーを横目に、ドリシェは退団した。
彼も自分の酒場を持つ、凄腕の経営者だったから。
キッパリと游蕩団に別れを告げ、本職へ移る気概だった。
――十数年後、若きシロンに探り当てられるまでは。
そこからは激動の日々だった。
遠征で幻妖を狩り、新たなギルドを設立させ、
掲げた信念へ吸い寄せられるように、メンバーが集まり…
「『己が道の探求』…正に、その通りのギルドだ。」
しみじみと、噛み締めるように呟いたシロン。
見れば、彼女の顔からは一切の未練が消えていた。
自身の覚悟を口にしたことで、改めて決心したのだろう。
「私には、頂点に昇るだけの覚悟が足りなかった。
…次の一本が、私が創り上げる最後の一振りだ。」
シロンは、空席となった刀掛け台に手を伸ばした。
正確には、台の横に仰々しく置かれた一つの中箱に。
――蓋を開けて現れたのは、赤丹色の美しい妖石だ。
シロンの大きい掌にギリギリ乗っかる程度のサイズ。
ガラスのように透き通っていて、今にも割れそうだ。
だがそれは違う。流石は幻妖の妖石と云うべきか、相当な物理耐性が在った。
「…懐かしいネ。今でも思い出すヨ。」
ドリシェは遠い日のことを思い出すように、笑った。
…卯杖にとって、その妖石は非常に大きな意味を持つ。
卯杖が卯杖として存在する為に、無くてはならない物だ。
「"実績"として幻妖狩りに出るのは、能天気だったな。」
「全くだヨ。それを成功させたんだから、大した物さ。」
ギルド設立の条件は、"リーダー","活動方針","実績"。
唯一実績を持たなかった彼らが行ったのが、幻妖討伐だ。
たったの五人での幻妖戦。ただの自殺行為だが、…今となっては良い思い出か。
「…ドリシェ。この妖石、使っても良いか。」
「無論。天国の彼らも、きっと怒りはしないヨ。」
一級の熱耐性を持つ妖石だが、シロンには関係無い。
今の彼女は、この世界随一の火力を放てるのだから。
「――最後は、私が私の為に打つ刀で終わらせよう。」
消えぬ闘志を燃やす職人は、頂点への昇進を始めた。
---
「…タドク。聞こえてるか。」
一組の男女が、扉の前に並んで立っていた。
少年の方は険しい顔で、少女の方は不安げな顔で。
恐る恐るといった様子で、扉を軽く小突いている。
「……ね、ヒルズ。もうダメそうじゃない…?」
「……あぁ、かもしんねぇな。…しゃーないか。」
彼らが声を掛け続けること、約十分。
部屋の中からは、返事どころか物音すら無かった。
寝ているのか。完全に息を殺した居留守なのか。
推測を立てながらも、諦めを視野に入れ始めた二人に…
「――ヒルズと、メルか?」
――消え入りそうな返事が、投げ掛けられた。
まるで、たった今気付いたかのような素っ頓狂な声。
だが何にせよ、廊下に響く嗄れたその声は、間違いなくタドクの物であった。
「――! タドク、久しぶりだな。」
「本当に! 私達すっごい心配してたんだからね!」
「…あぁ、ごめん。――帰ってくんね?」
陽気な少女――メルは、酷く衝撃を受けた顔をした。
それはそうだろう。彼女は十分も待ち続けたのだ。
ようやく帰って来た返事が帰宅を促す言葉だったなら、誰でも同じ反応を取る。
「っ、ちょっと! そんな言い方っ!」
「…メル。悪いけど、俺に話させてくれ。」
だが、メルの隣に立つ少年――ヒルズは違った。
彼は憤る少女の口を押えると、ゆっくり手を伸ばし…
「――よぉ、タドク。ひでぇ顔してんな。」
…部屋の主に許可を取ることも無く、扉を開けた。
「…勝手に開けんなよ。帰れっつったろ。」
「顔も見ずに話すのは、あんま好きじゃねぇんだ。」
「俺はなんも話す気ねぇぞ。」
トゲトゲとした言葉を受けながら、ヒルズは見回した。
部屋の中は、意外と整理されていた。
綺麗に皺が伸ばされたベッドのシーツ。
木目が際立った、備え付けの椅子と机。
空っぽの棚。照明用の妖具に、水分補給用の妖具。
ごく一般的な、安い宿屋の部屋だ。三食も付くらしい。
全体的に少々質素だが、特に不便な点は無いだろう。
大きめの窓からは充分な月明かりが差している。
「三ヶ月くらい会ってなかったよな。
実際どうなんだよ、游蕩士としての日々は。」
「…お前、俺がどういう目に遭ったか知ってんだろ。」
「そういうしんみりした話をしたくて来た訳じゃねぇよ。
純粋に、タドク元気してんのかなって気になったんだ。」
「あっそ。なら、俺は元気そうに見えるか?」
座り込んだタドクの全身を一瞥するヒルズ。
三ヶ月前に比べれば、彼はかなり筋肉が付いていた。
身長も伸びて、大人っぽくなった印象を受ける。
後は、黒く濁った瞳が少し怖いことくらいだろうか。
「――おう、元気なんじゃね?」
「アホなのは変わんねぇか。おまけに節穴だし。」
確かに、傍目にはとても"元気"に見えない。
それでも、ヒルズは淀むこと無く断言してみせた。
「俺な、メルと花屋始めたんだ。笑えるだろ?」
「あぁ、お前に似合わねぇよ。馬鹿らしいな。」
「だよなぁ。…タドクは、游蕩士似合ってたぞ。」
既にタドクが游蕩士を辞めたことを知ってか知らずか。
ヒルズは、敢えて過去形で言葉を投げ掛けていた。
「俺はその道から逃げたけどよ。結局、今は幸せだ。
お前は、逃げねぇって自分で決めたんじゃねぇか。
"逃げたら恥ずい"って、お前、言ってただろ?
――やり遂げろよ、最期まで。お前なら、出来んだろ。」
明るく光る瞳が、鈍く沈んだ瞳に向けられている。
かつての親友から掛けられた言葉は、果たして響いたか。
それは、未だ暗い闇の中に在る青年にしか分からない。
「……行くぞ、メル。」
「え、もう良いの? もっと、なんか…。」
「大丈夫だろ。今度は花でも持って来ようぜ。」
満足したような声が、タドクの元から遠ざかって行く。
道を違えた相棒は、誰よりも彼の性格を理解していた。
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秋の冷たい夜風を受ける、五人の男達が在った。
神聖な鹿を侍らす、冷徹な茶髪の男。
黒色の熊を載せた、淡泊な紺髪の少年。
小型の鯨を撫でる、無口な緑髪の青年。
無邪気な霊に懐かれた、陽気な黒髪の男。
己の身一つで現れた、長身な千歳髪の男。
「すみませんねぇ。二人の特訓にお邪魔しちゃって。」
「だいじょぶ。さいきん、ヒシもこなかったし。」
「緩くやってる訓練会だから、好きなだけ居てくれ。」
メーセナリアの北で行われる、ベイドとロットの訓練。
殆ど毎晩のように模擬戦などを行っていた場所だが、
今日は一風変わった客達の姿が在った。これは珍しい。
「いやぁ、私も少し身体が鈍っているもので。
久しぶりに本気で打ち合えるのは助かりますねぇ。」
「…お前の本気に付いて行けるのロットぐらいだろ。」
柔軟体操を行うニュートに、苦笑してぼやくベイド。
その様子を、気まずそうに眺める者達が居た。
「俺達場違いだよなぁ。」
「―――、―――――。」
クリモとミドルだ。
確かに、彼らは一般人寄りの游蕩士。
この場にいる戦闘狂達とは、相容れないだろう。
彼ら二人を呼び出したのは、他でも無いニュートだった。
ニュートは思い出したように声を出す。
「時に、ミドル。シセルケトはどうでした?」
「お? どうもこうも、ひでぇ目に合わされて来たぜ?」
「あぁ、話は変わりますが。"波"って知ってますか?」
「キモイやり方せずに、さっさと本題入ってくれ!」
絶叫するように声を荒げたミドル。
ニュートの回りくどい手法は好まないのだろう。
まぁ、ニュートはそれを知った上で行ってるだろうが…。
「先人の知識というのは、計り知れぬ価値が在る。
それこそ失われるはずだった技術であれば、尚更です。」
「へへっ、今の俺は宝庫人間ってことか?」
「えぇ! その通り。なので、その宝達を渡しなさい。」
「はっ! そう簡単に俺が宝を手渡すと思うなよ~?」
「勿論正当な報酬は与えるつもりでしたが…。」
「このハンサム男に任せとけ。"波"の何を知りてぇんだ?」
即行で手の平を返したミドルに、軽蔑を向けるロット。
とは言え、ミドルがオオラモから得た知識は貴重だ。
彼は最強の『封』使いであったと同時に、最凶の"波"使いでもあったから…
「是非、"波"の全てをクリモ君に教えてあげて下さい。」
オオラモと同種の能力を秘めるクリモは、強くなれる。
「―――――!!!」
「ほーん、成程な。良いぜ!」
「…クリモ君、今日から彼が君の師匠です。」
「―――、―――――――。」
「俺は厳しいからな! 覚悟しとけよ!」
未だ眠ったままの少年は、言葉を発さず力強く頷いた。
「……つーか、何で俺が"波"使うって知ってんだ?」
「"波"の使い手は特有の手荒れを起こすんですよねぇ。」
「やっぱお前変態じゃねぇか!」
「おや、誉め言葉ですか。」
……嘲笑を浮かべる狂人は、静かに爪を研いでいる。
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「…居るんでしょ。女の子一人守れなかった腰抜け。」
ゾッとするほど冷ややかな声が静かな廊下に響いた。
込められたのは、明確な怒り。そして、悲しみだ。
我が子を殺された親のように、モファは悲哀に満ちた小さな声を絞り出した。
「…どんな気持ちなの? 一人で生きて帰って。
大事な人を目の前で殺されて、仇討ちも出来ずに。
温かいご飯を食べて、充分な睡眠も取ることが出来て。
独りで暗い部屋に閉じ籠ってるのは、どんな気持ち?」
それは、他者を拒み続けるタドクに向けた非難だ。
モファは、ツバナとタドクの関係をある程度認めていた。
タドクと居る時のツバナは、心底幸せそうだったから。
だからこそ、幸せを護れなかったタドクを責めた。
引き籠りと噂されるタドクの元まで自身の足を運び、
そのムカつく顔を一発ぶん殴ってやろうと思っていた。
「……返事くらい、しろよ。…意気地なし…。」
心優しき少女に、扉を開ける勇気は無かった。
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『…血狼の里の事か?』
『あぁ”、多分それだろうな”。』
『それなら、大陸を挟んだ丁度反対側だ。』
『助かるぜ”。久々のシャバだ”、楽しませてくれ”。』
『好きにしろ。…契約を破れば、ただでは済まんぞ。』
木々を薙ぎ倒しながら進むソイツは、立ち止まった。
残虐な笑みを浮かべ、地上の悪魔に吐き捨てる。
『あの犬っころを殺したら”、すぐに合流するぜ”。』
放たれた巨人は、復讐の旅へ歩み出した。
---
「タドク、」
舌足らずな少年の声が、宿の廊下に響いた。
扉の前に立つのは外套を纏ったままのロットだ。
彼は部屋主の返事が無いことを不審に思い、
「あけるね。」
何の躊躇いも無く、ドアを開けた。
とは言え、勝手に部屋に入ることはしない。
流石の無神経な少年と云えど、そこの礼儀はあった。
開いたドアの隙間から、部屋の中を見回したロット。
「…………。」
後輩を可愛がる最年少の先輩は、ゆっくり扉を閉めた。
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「…ごめんね。リエルちゃん。」
「うぅん、頑張る。…もう一回…、」
モファの持つ妖力が、急激に高まって行く。
彼女は驚いたような顔をしながらも、妖術を始めた。
『毒』の塊が、ゆっくりと宙に形成されていく。
…だが三分後、モファの体から妖力が退いて行った。
数時間の特訓で初めての成功体験はもう終わったようだ。
それでも、彼女ら二人は満足そうだったが。
「……ふー…、やっと、出来た…。」
「これが『癒』の力…、凄まじいわね。」
「うん、でも集中力が持たないかも…。」
「まだ初日だから、これから練習していきましょ。」
額の汗を拭った少女――リエルは頷いた。
彼女が練習を始めたのは、"妖力孔"の操作。
一度、シセルケトで習得を諦めた妖術だった。
では何故、今になって特訓を始めたのか?
…簡単な話、モファがリエルに頭を下げて頼んだからだ。
モファにとっては苦渋の決断だったが、彼女が闘う為には『癒』が必要だった。
「…三週間、出来るかな。」
「出来るわ。リエルちゃんは凄い子だもの。」
不安と期待を交わしながら、彼女らは手を重ねた。
…全く、何故二人だけでそれを為そうとしているのか。
『 ――Pyui♪ 』
『癒』の第一人者は、その小さな手を掲げて見せた。
---
「…なんすか。」
「おいおい! 顔合わせた第一声目がそれかよ!」
薄暗い部屋の中に、二人の男が居た。
部屋の壁に背中を預けて座る青年――タドク。
扉を閉め、ベッドに腰掛けた男性――ミドル。
「…誰も、座って良いなんて言ってないっすよ。」
「あ? 良いだろ別に、使ってねぇんだしよー。」
「………………。」
「ご飯食べてっか? 毎日宿の人が運んでくれるだろ?」
「……食欲がある訳、無いじゃないっすか。」
「飯はちゃんと食え! じゃねぇと元気も出ねぇだろ。」
「食うだけで元気出るなら、苦労しないっす。」
二者のテンションは正反対だった。
ケラケラ笑いながら近況報告をするミドルに、
大した興味を持つ様子も無く相槌を打つタドク。
タドクの邪険な態度が気になる人もいるかもしれない。
だが、今までの来訪者に比べれば、ミドルは比較的マシな扱いを受けていた。
「ったく、俺毎日来てんのに無視しやがってよー。」
「…たまたま、睡眠中にでも来てんじゃないすか。」
「へっ、だとしたらお前は相当な寝坊助野郎だな!」
「昔から、睡眠時間は長い方なんで。」
皮肉を零したミドルを、タドクは軽くあしらった。
冗談を言える程度には、精神が安定しているようだ。
「とりあえず、お前の顔が見れて安心したぜ!
これでもう明日から通い詰める必要は無ぇな!」
「……本当に毎日来てたんすね。」
「おぅよ! 良い先輩だろ?」
「じゃあ、これでサヨナラっすね。」
ミドルから視線を逸らし、冷たく言い放つタドク。
そんな彼のことを、ミドルは呆れたように制した。
「冷てぇ奴だな! おかげで本題を思い出したぜ?」
「…まだ居座る気すか。」
「まぁまぁ、ちょっとくらい聞いてけって。」
「忙しいんで、短めで。」
「おうよ、…ちょっとした昔話だ。」
そうしてミドルはゆっくりと語り始めた。
何処か、自嘲気味に微笑みながら。…寂しそうに。
「十年前とかの、游蕩士に成りたての話だな。
俺ぁ、気取った野郎だったんだよ、…黒歴史だぜ?
ギルドに所属せず、ぶらぶらと游蕩士やってたんだ。
何でも、ソロで闘うのが格好良いとか抜かしてな。
恥ずかしい野郎だったが、それなりに実力も有った。
…言っちまえば、調子に乗ってたんだ。マジでな。」
「当時、最も強かったのが"雄黄の鼓吹"だ。
お前くらいの年齢でも、それなりに知ってるだろ?
俺も当時からそれなりに顔が広かったからよー、
雄黄の中にも、何人か知り合いが居たりしたんだ。
サブリーダーのハノンは、俺の親友だったしよ。
ニュートなんかも雄黄経由で知り合ったんだよな。
んで、『カエナ』っつー俺の恋人も、雄黄所属だった。」
「雄黄ってのは変なギルドでよ。
『新たな街の創立』とかいう目標掲げてたんだ。
バカげてるだろ? 六十人規模のギルドだぜ?
けど、アイツらは間違いなく本気だった。
大陸を見て回って、比較的安全な土地を探して。
ギルド単位で金を貯めて、実行まで漕ぎ着けた。
…けど、幻妖に襲われて、全滅しちまったんだ。」
「俺も、雄黄には何回か勧誘されてたんだ。
才能を見込まれてな。けど、誘いは全部蹴ってた。
んなデカい目標達成出来る訳ねーだろ、ってな。
…バカは俺だったんだ。今でも後悔してんだ。
素直に雄黄に入ってれば、カエナのことも護れたんじゃねぇか、ってな。」
「俺がその噂を聞いた頃には、全部終わってたんだ。
親友も死んで、恋人も死んで、雄黄は崩壊して。
仇のはずの幻妖も、ニュートに討伐され終わってた。
恋人の死を看取ることも出来ず、復讐も許されず。
…無力感だけが、気取ったバカな餓鬼に残されたんだ。」
「こういうこと言うと、お前はキレるかもだけどよ。
タドク。…俺は、お前の立場が羨ましいんだ。
お前はちゃんと敵に挑んだ上で敗北したんだろ?
お前には、まだツバナの仇敵が残ってんだろ?」
「…一回全部を失った、アホな男からの助言だ。
決めたことは、それが叶う内にやるべきだぞ。
全部が手遅れになる前に、何が何でも成し遂げろ。
俺は好まねぇが…、最悪、自分の命を賭けてもな。
未来で後悔するぐらいなら、今すぐにでも動けよ。」
「…っつー忠告をする為に、俺は毎日通ってたんだが…
意味無かったみてぇだな。もう話すことは何もねぇよ。」
「そっすね。俺には関係無い話っす。」
「…けっ、可愛くねぇ後輩だぜ!」
ミドルは、血と汗に塗れたタドクを見て笑った。
彼の鋭い瞳を見て、安堵したように溜息を吐いた。
自分の出る幕は無いのだと、悟ったようだった。
「あと一週間だぜ。…後は好きにしやがれ!」
巣立ちを見送った男は、少し寂しそうに微笑んだ。
---
土蜘蛛が張り巡らせた巣の上を、光が駆けた。
蜘蛛の巣と云うが、その様は正に異形だ。
まず、平面的では無く立体的に存在している。
使用される糸も粘性の物では無く『地』で創られた物。
そして、巣の全体は中規模の林に匹敵するほど巨大だ。
大人も子供も楽しめるアスレチックのような様相。
『 BRRYAAAAAA!!!!!! 』
…狩人たる、一匹の化物が居なければの話ではあるが。
泥のように濁った茶色の体表。
獲物を見損なわぬ為に付けられた六個の眼。
自身の戦闘法に合わせ発達したらしい八本の脚。
か弱い少女が見れば、泡を吹いて倒れるかもしれない。
何せ、ソイツの体長は十メートル近くあるのだから。
『 BRYAAA…!!! 』
土蜘蛛は身体から『地』の糸を吐いた。
丸太のように太いそれらは、湾曲しながら突き進み…
巣を駆ける少年――ヒシの頭部を正確に穿ってみせた。
「……ふー。」
いや。見ると、糸は『光』の壁に阻まれている。
糸の威力を完璧に殺しきった光壁は、砕けて散って行く。
一切の妖力ロスを起こさぬ、完璧で精確な防御。
盲椋での経験は、未だ鈍っていないようだ。
『 ――Kyaun. 』
『 BRYUA…!!!??? 』
――直後、『地』の巣は完膚無きまでに崩壊した。
例えるならば、微塵切りという言葉が近いだろうか。
玉葱を切り刻むように、いとも容易く細切れになった巣。
…説明不要。成し遂げたのは、全化物の頂点に立つ狐。
光の精霊――リフィ。
『 Kyuu, 』
「…うん。」
リフィは、重力に従って地面へ落ちていく。
狐が視たのは、ヒシが宙を駆け上がって行く光景だ。
瓦礫を避けながら、ヒシは眩く輝く剣を上段で構えると…
「――《月華》」
――土蜘蛛の未来、三秒先を斬り裂いた。
◇
痛む腕を抑えながら、小さな妖石を拾い上げたヒシ。
彼の元に、眷属たる狐の精霊が悠然と駆け寄って行く。
――『 Rest.(少し休もうか)』
「…いや、大丈夫。次行こう。」
リフィの気遣いを、ヒシは微笑みながら断った。
一分一秒も無駄にしないという強い意思が表れていた。
当然、リフィも主の思いを汲み取れる優秀な従属だ。
――『 OK, Go.(分かった。出発ね)』
生き急ぐ小さな化物は、己の弱さを確と理解している。
---
『 pyaa, pyaa…, 』
小さな兎が、漆黒の腕に掴まれながら泣き喚いていた。
あまりに惨い無力感に苛まれながら、助けを求めている。
とは言え、その兎は決して弱者じゃなかった。
辺りに広がる焦げ果てた森林は、兎の抵抗が付けた跡だ。
『雷』と『火』を操る、妖術特化の手強い化物だった。
もしも相対したのが人間ならば、"幻妖"と呼んだだろう。
だが、残念。兎が出会ってしまったのは化物だ。
果てしない食欲を有した、残虐で残忍な邪悪の化身だ。
『 …pya!? ………. 』
『 ―――HaHaHaHa!!! 』
肉と骨を噛み千切る、不快な音が焼け野原に響いた。
何てこと無い。邪子が兎を喰い殺しただけだ。
大陸の何処にでもあるような、弱肉強食の景色。
…ただ、今回だけはその意味合いが少し違ったようだ。
―――バキバキと…醜い破壊音と共に、景色が変わった。
幼児のような姿をしていた邪子が、割れた。
揺れていた黒い頭も、下半身を覆っていた黒い卵殻も、
不快な黒い両腕も、気色悪い黒い口腔も、…全て割れた。
幼児としての身体も、一つの殻でしか無かったのだ。
それを知らしめるように、大きな亀裂が入っていく。
大地へ崩壊した肉体が、超常的な力によって合わさり…
奇妙なまでに整ったソイツが、世界に顕現した。
一言で表すならば、人間だ。
二本の足で自重を支え、二本の手を軽く広げている。
スラリとした体形で、八頭身くらいはあるだろうか。
相変わらず眼も毛も耳も持たないが、不自然さは無い。
全身が黒く染まっていて、影絵のようにも見えるからか?
嬉しくて堪らないとばかりに歪んだ口元は、紳士的な風貌を少々損ねているが。
特徴的なのはソイツの背中だ。
大きな背中から漆黒の腕が幾つも生えている。
腕の先端に付くのは揃って四本指で、酷く奇怪だった。
遠目に見れば羽のようにも見えるが…、無理があるか。
『 ――KUHAHAHAHAHA!!!! 』
人知れず進化を遂げた邪人は、激しく笑った。
―――人間達の夜更けまで、あと少し。
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