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ナノライト  作者: かざぐるま
第五章 Wake up from sleep.
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第三十八話 夜更け前

 



 清潔感と男らしさを混在させた、髭面の男。

 名称、ミドル。彼は扉の前に一人佇んでいた。


「タドクー、いるかー?」


 少し間抜けとも思える調子で、ミドルは問い掛けた。

 部屋の中の人物は殻に閉じこもったままのはずだ。

 外出中ということはまず無いだろうが…、返事はない。


「…また明日も来るからなー!」


 出来る限りの明るい声を努めながら、ミドルは笑った。

 寂しさと悲しさをひた隠しながら、廊下を去って行く。


 拒絶を続ける青年は、彼の親切を知る由も無い。



 ---



 カツ、カツ…と。心地良い靴音が響き渡った。

 女性特有の、底の厚い靴が奏でる美しい旋律だった。

 演奏者である彼女の顔は、鬼のように険しかったが。


「…………。」


 足音が、ピタリと止まる。

 立ち止まった女性の瞳には、一振りの刀が映った。

 刃毀れしながらも、尊厳と気位を示し続ける至宝だ。

 最早戦場で用いられる代物では無いが、芸術品として充分な値打ちは在る。


「…やはり、ココに居たんだネ。」


 重たい扉の軋む音と共に、男性的な声が響いた。

 相手を気遣うような、優しさを滲ませた声色だ。

 慈父が自らの子供を可愛がっている時の声にも似た…

 …いや、実際二者の間にはそれだけの年齢差が在った。


「……ドリシェ。」

「やぁ、リーダー。気分はどうだい?」

「最高に昂っている。今なら神も殺せるな。」

「Umm、神の如き存在を降したYouが言ってもネ。」

「…あぁ、そうかもな。」

『 Syuu. 』


 アグニの頭を撫でながら、シロンは浮かない顔で笑った。

 ドリシェは同情するような顔で、彼女に歩み寄って行く。


「…もう、私達二人だけだな。」

「何を言ってるんだい。まだ仲間は沢山居るヨ。」

「あぁ。…だが、あの三人は特別だった、そうだろう?」

「……それを否定出来る程、ミーは薄情じゃないヨ。」


 シロンが十六歳。…丁度、彼女の祖父が倒れた年。

 "卯杖の探訪"は、小さなギルドとして設立された。

 四年前の初期メンバーは、シロン,ドリシェ,ユメハ,ゼータ,エミャの五人だ。


「四年か。本当に、濃い時間だった。」

「止めなヨ、シロン。まだ何も終わっていないからネ。」

「――なぁ、ドリシェ。私はようやく、覚悟を決めたよ。」


 そう呟きながら、彼女は美しい刀に手を伸ばした。

 彼女の祖父が拾い、彼女が宝として受け継ぎ。

 彼女が目標として眺め続けて来た刀を、掴み取ると…



 ――地面に投げ捨て、粉々に打ち砕いた。



「!? …良いのかい、御祖父様の遺産だろう。」

「もう良いんだ。コレは、私の"枷"だったから。

 私は、この刀に近い物を作ろうと躍起になっていた。

 …気付かぬ内に、この刀を最終目標にしていたんだ。」


 そう言って散らばった破片を眺めるシロンは…

 やはり、何処か悲しそうに眼を伏せながら苦笑していた。

 鈍刀と云えど、コレは彼女が鍛冶師になるきっかけだ。

 廃品と云えど、コレは彼女と祖父を繋げる架け橋だった。


「この刀を飾っている限り、私は成長出来ないんだ。

 前に進めず、上にも登れない。そんな人間になるんだ。

 だから、もう止めにするよ。私は、…()()()()()()()。」


 驚愕に満ちた表情を浮かべるドリシェ。

 彼は、刀を打つシロンの姿をずっと見ていたから。


 ドリシェは、旧褐礫のメンバーだった。

 ベイドの父親とも、ゴウノアとも深い交流のある人物だ。


 <罪の劫火>で半ば崩壊してしまった旧褐礫。

 復興を試みるメンバーを横目に、ドリシェは退団した。

 彼も自分の酒場を持つ、凄腕の経営者だったから。

 キッパリと游蕩団に別れを告げ、本職へ移る気概だった。


 ――十数年後、若きシロンに探り当てられるまでは。


 そこからは激動の日々だった。

 遠征で幻妖を狩り、新たなギルドを設立させ、

 掲げた信念へ吸い寄せられるように、メンバーが集まり…



「『己が道の探求』…正に、その通りのギルドだ。」



 しみじみと、噛み締めるように呟いたシロン。

 見れば、彼女の顔からは一切の未練が消えていた。

 自身の覚悟を口にしたことで、改めて決心したのだろう。


「私には、頂点に昇るだけの覚悟が足りなかった。

 …次の一本が、私が創り上げる最後の一振りだ。」


 シロンは、空席となった刀掛け台に手を伸ばした。

 正確には、台の横に仰々しく置かれた一つの中箱に。


 ――蓋を開けて現れたのは、赤丹色の美しい妖石だ。


 シロンの大きい掌にギリギリ乗っかる程度のサイズ。

 ガラスのように透き通っていて、今にも割れそうだ。

 だがそれは違う。流石は幻妖の妖石と云うべきか、相当な物理耐性が在った。


「…懐かしいネ。今でも思い出すヨ。」


 ドリシェは遠い日のことを思い出すように、笑った。

 …卯杖にとって、その妖石は非常に大きな意味を持つ。

 卯杖が卯杖として存在する為に、無くてはならない物だ。


「"実績"として幻妖狩りに出るのは、能天気だったな。」

「全くだヨ。それを成功させたんだから、大した物さ。」


 ギルド設立の条件は、"リーダー","活動方針","実績"。

 唯一実績を持たなかった彼らが行ったのが、幻妖討伐だ。

 たったの五人での幻妖戦。ただの自殺行為だが、…今となっては良い思い出か。


「…ドリシェ。この妖石、使っても良いか。」

「無論。天国の彼らも、きっと怒りはしないヨ。」


 一級の熱耐性を持つ妖石だが、シロンには関係無い。

 今の彼女は、この世界随一の火力を放てるのだから。



「――最後は、私が私の為に打つ刀で終わらせよう。」



 消えぬ闘志を燃やす職人は、頂点への昇進を始めた。



 ---



「…タドク。聞こえてるか。」


 一組の男女が、扉の前に並んで立っていた。

 少年の方は険しい顔で、少女の方は不安げな顔で。

 恐る恐るといった様子で、扉を軽く小突いている。


「……ね、ヒルズ。もうダメそうじゃない…?」

「……あぁ、かもしんねぇな。…しゃーないか。」


 彼らが声を掛け続けること、約十分。

 部屋の中からは、返事どころか物音すら無かった。

 寝ているのか。完全に息を殺した居留守なのか。

 推測を立てながらも、諦めを視野に入れ始めた二人に…


「――ヒルズと、メルか?」


 ――消え入りそうな返事が、投げ掛けられた。

 まるで、たった今気付いたかのような素っ頓狂な声。

 だが何にせよ、廊下に響く(しわが)れたその声は、間違いなくタドクの物であった。


「――! タドク、久しぶりだな。」

「本当に! 私達すっごい心配してたんだからね!」

「…あぁ、ごめん。――帰ってくんね?」


 陽気な少女――メルは、酷く衝撃を受けた顔をした。

 それはそうだろう。彼女は十分も待ち続けたのだ。

 ようやく帰って来た返事が帰宅を促す言葉だったなら、誰でも同じ反応を取る。


「っ、ちょっと! そんな言い方っ!」

「…メル。悪いけど、俺に話させてくれ。」


 だが、メルの隣に立つ少年――ヒルズは違った。

 彼は憤る少女の口を押えると、ゆっくり手を伸ばし…


「――よぉ、タドク。ひでぇ顔してんな。」


 …部屋の主に許可を取ることも無く、扉を開けた。


「…勝手に開けんなよ。帰れっつったろ。」

「顔も見ずに話すのは、あんま好きじゃねぇんだ。」

「俺はなんも話す気ねぇぞ。」


 トゲトゲとした言葉を受けながら、ヒルズは見回した。


 部屋の中は、意外と整理されていた。

 綺麗に(しわ)が伸ばされたベッドのシーツ。

 木目が際立った、備え付けの椅子と机。

 空っぽの棚。照明用の妖具に、水分補給用の妖具。


 ごく一般的な、安い宿屋の部屋だ。三食も付くらしい。

 全体的に少々質素だが、特に不便な点は無いだろう。

 大きめの窓からは充分な月明かりが差している。


「三ヶ月くらい会ってなかったよな。

 実際どうなんだよ、游蕩士としての日々は。」

「…お前、俺がどういう目に遭ったか知ってんだろ。」

「そういうしんみりした話をしたくて来た訳じゃねぇよ。

 純粋に、タドク元気してんのかなって気になったんだ。」

「あっそ。なら、俺は元気そうに見えるか?」


 座り込んだタドクの全身を一瞥するヒルズ。

 三ヶ月前に比べれば、彼はかなり筋肉が付いていた。

 身長も伸びて、大人っぽくなった印象を受ける。

 後は、黒く濁った瞳が少し怖いことくらいだろうか。


「――おう、元気なんじゃね?」

「アホなのは変わんねぇか。おまけに節穴だし。」


 確かに、傍目にはとても"元気"に見えない。

 それでも、ヒルズは淀むこと無く断言してみせた。


「俺な、メルと花屋始めたんだ。笑えるだろ?」

「あぁ、お前に似合わねぇよ。馬鹿らしいな。」

「だよなぁ。…タドクは、游蕩士似合ってたぞ。」


 既にタドクが游蕩士を辞めたことを知ってか知らずか。

 ヒルズは、敢えて過去形で言葉を投げ掛けていた。


「俺はその道から逃げたけどよ。結局、今は幸せだ。

 お前は、逃げねぇって自分で決めたんじゃねぇか。

 "逃げたら恥ずい"って、お前、言ってただろ?

 ――やり遂げろよ、最期まで。お前なら、出来んだろ。」


 明るく光る瞳が、鈍く沈んだ瞳に向けられている。

 かつての親友から掛けられた言葉は、果たして響いたか。

 それは、未だ暗い闇の中に在る青年にしか分からない。


「……行くぞ、メル。」

「え、もう良いの? もっと、なんか…。」

「大丈夫だろ。今度は花でも持って来ようぜ。」


 満足したような声が、タドクの元から遠ざかって行く。


 道を違えた相棒は、誰よりも彼の性格を理解していた。



 ---



 秋の冷たい夜風を受ける、五人の男達が在った。


 神聖な鹿を侍らす、冷徹な茶髪の男。

 黒色の熊を載せた、淡泊な紺髪の少年。

 小型の鯨を撫でる、無口な緑髪の青年。

 無邪気な霊に懐かれた、陽気な黒髪の男。


 己の身一つで現れた、長身な千歳髪の男。


「すみませんねぇ。二人の特訓にお邪魔しちゃって。」

「だいじょぶ。さいきん、ヒシもこなかったし。」

「緩くやってる訓練会だから、好きなだけ居てくれ。」


 メーセナリアの北で行われる、ベイドとロットの訓練。

 殆ど毎晩のように模擬戦などを行っていた場所だが、

 今日は一風変わった客達の姿が在った。これは珍しい。


「いやぁ、私も少し身体が鈍っているもので。

 久しぶりに本気で打ち合えるのは助かりますねぇ。」

「…お前の本気に付いて行けるのロットぐらいだろ。」


 柔軟体操を行うニュートに、苦笑してぼやくベイド。

 その様子を、気まずそうに眺める者達が居た。


「俺達場違いだよなぁ。」

「―――、―――――。」


 クリモとミドルだ。

 確かに、彼らは一般人寄りの游蕩士。

 この場にいる戦闘狂達とは、相容れないだろう。

 彼ら二人を呼び出したのは、他でも無いニュートだった。


 ニュートは思い出したように声を出す。


「時に、ミドル。シセルケトはどうでした?」

「お? どうもこうも、ひでぇ目に合わされて来たぜ?」

「あぁ、話は変わりますが。"波"って知ってますか?」

「キモイやり方せずに、さっさと本題入ってくれ!」


 絶叫するように声を荒げたミドル。

 ニュートの回りくどい手法は好まないのだろう。

 まぁ、ニュートはそれを知った上で行ってるだろうが…。


「先人の知識というのは、計り知れぬ価値が在る。

 それこそ失われるはずだった技術であれば、尚更です。」

「へへっ、今の俺は宝庫人間ってことか?」

「えぇ! その通り。なので、その宝達を渡しなさい。」

「はっ! そう簡単に俺が宝を手渡すと思うなよ~?」

「勿論正当な報酬は与えるつもりでしたが…。」

「このハンサム男に任せとけ。"波"の何を知りてぇんだ?」


 即行で手の平を返したミドルに、軽蔑を向けるロット。

 とは言え、ミドルがオオラモから得た知識は貴重だ。

 彼は最強の『封』使いであったと同時に、最凶の"波"使いでもあったから…


「是非、"波"の全てをクリモ君に教えてあげて下さい。」


 オオラモと同種の能力を秘めるクリモは、強くなれる。


「―――――!!!」

「ほーん、成程な。良いぜ!」

「…クリモ君、今日から彼が君の師匠です。」

「―――、―――――――。」

「俺は厳しいからな! 覚悟しとけよ!」



 未だ眠ったままの少年は、言葉を発さず力強く頷いた。



「……つーか、何で俺が"波"使うって知ってんだ?」

「"波"の使い手は特有の手荒れを起こすんですよねぇ。」

「やっぱお前変態じゃねぇか!」

「おや、誉め言葉ですか。」


 ……嘲笑を浮かべる狂人は、静かに爪を研いでいる。



 ---



「…居るんでしょ。女の子一人守れなかった腰抜け。」


 ゾッとするほど冷ややかな声が静かな廊下に響いた。

 込められたのは、明確な怒り。そして、悲しみだ。

 我が子を殺された親のように、モファは悲哀に満ちた小さな声を絞り出した。


「…どんな気持ちなの? 一人で生きて帰って。

 大事な人を目の前で殺されて、仇討ちも出来ずに。

 温かいご飯を食べて、充分な睡眠も取ることが出来て。

 独りで暗い部屋に閉じ籠ってるのは、どんな気持ち?」


 それは、他者を拒み続けるタドクに向けた非難だ。

 モファは、ツバナとタドクの関係をある程度認めていた。

 タドクと居る時のツバナは、心底幸せそうだったから。


 だからこそ、幸せを護れなかったタドクを責めた。

 引き籠りと噂されるタドクの元まで自身の足を運び、

 そのムカつく顔を一発ぶん殴ってやろうと思っていた。


「……返事くらい、しろよ。…意気地なし…。」


 心優しき少女に、扉を開ける勇気は無かった。



 ---



『…血狼(ウルフ)の里の事か?』

『あぁ”、多分それだろうな”。』

『それなら、大陸を挟んだ丁度反対側だ。』

『助かるぜ”。久々のシャバだ”、楽しませてくれ”。』

『好きにしろ。…契約を破れば、ただでは済まんぞ。』


 木々を薙ぎ倒しながら進むソイツは、立ち止まった。

 残虐な笑みを浮かべ、地上の悪魔に吐き捨てる。


『あの犬っころを殺したら”、すぐに合流するぜ”。』


 放たれた巨人(ギガース)は、復讐の旅へ歩み出した。



 ---



「タドク、」


 舌足らずな少年の声が、宿の廊下に響いた。

 扉の前に立つのは外套を纏ったままのロットだ。

 彼は部屋主の返事が無いことを不審に思い、


「あけるね。」


 何の躊躇いも無く、ドアを開けた。

 とは言え、勝手に部屋に入ることはしない。

 流石の無神経な少年と云えど、そこの礼儀はあった。

 開いたドアの隙間から、部屋の中を見回したロット。


「…………。」


 後輩を可愛がる最年少の先輩は、ゆっくり扉を閉めた。



 ---



「…ごめんね。リエルちゃん。」

「うぅん、頑張る。…もう一回…、」


 モファの持つ妖力が、急激に高まって行く。

 彼女は驚いたような顔をしながらも、妖術を始めた。

 『毒』の塊が、ゆっくりと宙に形成されていく。

 …だが三分後、モファの体から妖力が退いて行った。

 数時間の特訓で初めての成功体験はもう終わったようだ。


 それでも、彼女ら二人は満足そうだったが。


「……ふー…、やっと、出来た…。」

「これが『癒』の力…、凄まじいわね。」

「うん、でも集中力が持たないかも…。」

「まだ初日だから、これから練習していきましょ。」


 額の汗を拭った少女――リエルは頷いた。

 彼女が練習を始めたのは、"妖力孔"の操作。

 一度、シセルケトで習得を諦めた妖術だった。


 では何故、今になって特訓を始めたのか?

 …簡単な話、モファがリエルに()()()()()頼んだからだ。

 モファにとっては苦渋の決断だったが、彼女が闘う為には『癒』が必要だった。


「…三週間、出来るかな。」

「出来るわ。リエルちゃんは凄い子だもの。」


 不安と期待を交わしながら、彼女らは手を重ねた。

 …全く、何故二人だけでそれを為そうとしているのか。


『 ――Pyui♪ 』


 『癒』の第一人者は、その小さな手を掲げて見せた。



 ---



「…なんすか。」

「おいおい! 顔合わせた第一声目がそれかよ!」


 薄暗い部屋の中に、二人の男が居た。

 部屋の壁に背中を預けて座る青年――タドク。

 扉を閉め、ベッドに腰掛けた男性――ミドル。


「…誰も、座って良いなんて言ってないっすよ。」

「あ? 良いだろ別に、使ってねぇんだしよー。」

「………………。」

「ご飯食べてっか? 毎日宿の人が運んでくれるだろ?」

「……食欲がある訳、無いじゃないっすか。」

「飯はちゃんと食え! じゃねぇと元気も出ねぇだろ。」

「食うだけで元気出るなら、苦労しないっす。」


 二者のテンションは正反対だった。

 ケラケラ笑いながら近況報告をするミドルに、

 大した興味を持つ様子も無く相槌を打つタドク。


 タドクの邪険な態度が気になる人もいるかもしれない。

 だが、今までの来訪者に比べれば、ミドルは比較的マシな扱いを受けていた。


「ったく、俺毎日来てんのに無視しやがってよー。」

「…たまたま、睡眠中にでも来てんじゃないすか。」

「へっ、だとしたらお前は相当な寝坊助野郎だな!」

「昔から、睡眠時間は長い方なんで。」


 皮肉を零したミドルを、タドクは軽くあしらった。

 冗談を言える程度には、精神が安定しているようだ。


「とりあえず、お前の顔が見れて安心したぜ!

 これでもう明日から通い詰める必要は無ぇな!」

「……本当に毎日来てたんすね。」

「おぅよ! 良い先輩だろ?」

「じゃあ、これでサヨナラっすね。」


 ミドルから視線を逸らし、冷たく言い放つタドク。

 そんな彼のことを、ミドルは呆れたように制した。


「冷てぇ奴だな! おかげで本題を思い出したぜ?」

「…まだ居座る気すか。」

「まぁまぁ、ちょっとくらい聞いてけって。」

「忙しいんで、短めで。」

「おうよ、…ちょっとした昔話だ。」


 そうしてミドルはゆっくりと語り始めた。

 何処か、自嘲気味に微笑みながら。…寂しそうに。



「十年前とかの、游蕩士に成りたての話だな。

 俺ぁ、気取った野郎だったんだよ、…黒歴史だぜ?

 ギルドに所属せず、ぶらぶらと游蕩士やってたんだ。

 何でも、ソロで闘うのが格好良いとか抜かしてな。

 恥ずかしい野郎だったが、それなりに実力も有った。

 …言っちまえば、調子に乗ってたんだ。マジでな。」


「当時、最も強かったのが"雄黄(ゆうおう)鼓吹(こすい)"だ。

 お前くらいの年齢でも、それなりに知ってるだろ?

 俺も当時からそれなりに顔が広かったからよー、

 雄黄の中にも、何人か知り合いが居たりしたんだ。

 サブリーダーのハノンは、俺の親友だったしよ。

 ニュートなんかも雄黄経由で知り合ったんだよな。

 んで、『カエナ』っつー俺の恋人も、雄黄所属だった。」


「雄黄ってのは変なギルドでよ。

 『新たな街の創立』とかいう目標掲げてたんだ。

 バカげてるだろ? 六十人規模のギルドだぜ?

 けど、アイツらは間違いなく本気だった。

 大陸を見て回って、比較的安全な土地を探して。

 ギルド単位で金を貯めて、実行まで漕ぎ着けた。

 …けど、幻妖に襲われて、全滅しちまったんだ。」


「俺も、雄黄には何回か勧誘されてたんだ。

 才能を見込まれてな。けど、誘いは全部蹴ってた。

 んなデカい目標達成出来る訳ねーだろ、ってな。

 …バカは俺だったんだ。今でも後悔してんだ。

 素直に雄黄に入ってれば、カエナのことも護れたんじゃねぇか、ってな。」


「俺がその噂を聞いた頃には、全部終わってたんだ。

 親友も死んで、恋人も死んで、雄黄は崩壊して。

 仇のはずの幻妖も、ニュートに討伐され終わってた。

 恋人の死を看取ることも出来ず、復讐も許されず。

 …無力感だけが、気取ったバカな餓鬼に残されたんだ。」


「こういうこと言うと、お前はキレるかもだけどよ。

 タドク。…俺は、お前の立場が羨ましいんだ。

 お前はちゃんと敵に挑んだ上で敗北したんだろ?

 お前には、まだツバナの仇敵が残ってんだろ?」


「…一回全部を失った、アホな男からの助言だ。

 決めたことは、それが叶う内にやるべきだぞ。

 全部が手遅れになる前に、何が何でも成し遂げろ。

 俺は好まねぇが…、最悪、自分の命を賭けてもな。

 未来で後悔するぐらいなら、今すぐにでも動けよ。」



「…っつー忠告をする為に、俺は毎日通ってたんだが…

 意味無かったみてぇだな。もう話すことは何もねぇよ。」

「そっすね。俺には関係無い話っす。」

「…けっ、可愛くねぇ後輩だぜ!」


 ミドルは、血と汗に塗れたタドクを見て笑った。

 彼の鋭い瞳を見て、安堵したように溜息を吐いた。

 自分の出る幕は無いのだと、悟ったようだった。


「あと一週間だぜ。…後は好きにしやがれ!」


 巣立ちを見送った男は、少し寂しそうに微笑んだ。



 ---



 土蜘蛛(スパイド)が張り巡らせた巣の上を、光が駆けた。


 蜘蛛の巣と云うが、その様は正に異形だ。

 まず、平面的では無く立体的に存在している。

 使用される糸も粘性の物では無く『地』で創られた物。

 そして、巣の全体は中規模の林に匹敵するほど巨大だ。


 大人も子供も楽しめるアスレチックのような様相。


『 BRRYAAAAAA!!!!!! 』


 …狩人たる、一匹の化物が居なければの話ではあるが。


 泥のように濁った茶色の体表。

 獲物を見損なわぬ為に付けられた六個の眼。

 自身の戦闘法に合わせ発達したらしい八本の脚。

 か弱い少女が見れば、泡を吹いて倒れるかもしれない。


 何せ、ソイツの体長は十メートル近くあるのだから。


『 BRYAAA…!!! 』


 土蜘蛛(スパイド)は身体から『地』の糸を吐いた。

 丸太のように太いそれらは、湾曲しながら突き進み…

 巣を駆ける少年――ヒシの頭部を正確に穿ってみせた。


「……ふー。」


 いや。見ると、糸は『光』の壁に阻まれている。

 糸の威力を完璧に殺しきった光壁は、砕けて散って行く。

 一切の妖力ロスを起こさぬ、完璧で精確な防御。

 盲椋(イグノ)での経験は、未だ鈍っていないようだ。


『 ――Kyaun. 』

『 BRYUA…!!!??? 』


 ――直後、『地』の巣は完膚無きまでに崩壊した。


 例えるならば、微塵切りという言葉が近いだろうか。

 玉葱を切り刻むように、いとも容易く細切れになった巣。

 …説明不要。成し遂げたのは、全化物の頂点に立つ狐。


 光の精霊――リフィ。


『 Kyuu, 』

「…うん。」


 リフィは、重力に従って地面へ落ちていく。

 狐が視たのは、ヒシが宙を駆け上がって行く光景だ。

 瓦礫を避けながら、ヒシは眩く輝く剣を上段で構えると…



「――《月華(げっか)》」



 ――土蜘蛛(スパイド)の未来、()()()を斬り裂いた。



 ◇



 痛む腕を抑えながら、小さな妖石を拾い上げたヒシ。

 彼の元に、眷属たる狐の精霊が悠然と駆け寄って行く。


 ――『 Rest.(少し休もうか)』


「…いや、大丈夫。次行こう。」


 リフィの気遣いを、ヒシは微笑みながら断った。

 一分一秒も無駄にしないという強い意思が表れていた。

 当然、リフィも主の思いを汲み取れる優秀な従属だ。


 ――『 OK, Go.(分かった。出発ね)』


 生き急ぐ小さな化物は、己の弱さを(しか)と理解している。



 ---



『 pyaa, pyaa…, 』


 小さな兎が、漆黒の腕に掴まれながら泣き喚いていた。

 あまりに惨い無力感に苛まれながら、助けを求めている。


 とは言え、その兎は決して弱者じゃなかった。

 辺りに広がる焦げ果てた森林は、兎の抵抗が付けた跡だ。

 『雷』と『火』を操る、妖術特化の手強い化物だった。

 もしも相対したのが人間ならば、"幻妖"と呼んだだろう。


 だが、残念。兎が出会ってしまったのは化物だ。

 果てしない食欲を有した、残虐で残忍な邪悪の化身だ。


『 …pya!? ………. 』

『 ―――HaHaHaHa!!! 』


 肉と骨を噛み千切る、不快な音が焼け野原に響いた。

 何てこと無い。邪子(ダーク)が兎を喰い殺しただけだ。

 大陸の何処にでもあるような、弱肉強食の景色。

 …ただ、今回だけはその意味合いが少し違ったようだ。



 ―――バキバキと…醜い破壊音と共に、景色が変わった。



 幼児のような姿をしていた邪子(ダーク)が、割れた。

 揺れていた黒い頭も、下半身を覆っていた黒い卵殻も、

 不快な黒い両腕も、気色悪い黒い口腔も、…全て割れた。

 幼児としての身体も、一つの殻でしか無かったのだ。

 それを知らしめるように、大きな亀裂が入っていく。

 大地へ崩壊した肉体が、超常的な力によって合わさり…


 奇妙なまでに整ったソイツが、世界に顕現した。


 一言で表すならば、()()だ。

 二本の足で自重を支え、二本の手を軽く広げている。

 スラリとした体形で、八頭身くらいはあるだろうか。

 相変わらず眼も毛も耳も持たないが、不自然さは無い。

 全身が黒く染まっていて、影絵のようにも見えるからか?

 嬉しくて堪らないとばかりに歪んだ口元は、紳士的な風貌を少々損ねているが。


 特徴的なのはソイツの背中だ。

 大きな背中から漆黒の腕が幾つも生えている。

 腕の先端に付くのは揃って四本指で、酷く奇怪だった。

 遠目に見れば羽のようにも見えるが…、無理があるか。



『 ――KUHAHAHAHAHA!!!! 』



 人知れず進化を遂げた邪人(ダーク)は、激しく笑った。



 ―――人間達の夜更けまで、あと少し。




 ---




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