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ナノライト  作者: かざぐるま
第五章 Wake up from sleep.
39/57

第三十七話 闇の精霊

 



 会議が終わり、参加者達は順に会議室から退出して行く。

 彼らの表情に笑顔は無かった。全員が暗い顔をしている。

 そんな中でも、腹を決めたような眼差しの者が一定数。

 ――三週間後に決戦を控える、防衛士/游蕩士達だ。


 私も、同じ気持ちだ。

 攻略隊の中で、生存の可能性があるのは二人。

 逆に云えば、その他のメンバーは死亡が確定済みだ。


『 ……!! ,Pyui…? 』

「…うぅん、何でもないよ。」


 キュペの頬を撫でると、彼は戸惑うように私を見た。

 …私は、強大な精霊と契約を交わした人間だ。

 手にしたこの能力は、正しく使わなければならない。

 もう護られるだけの人間では居られなくなった。


 次の戦いは最前線で闘うのだと、覚悟を決めて。

 キュペを両の手に抱えて歩み出そうとしたとき…


「悪い。リエル、ちょっといいか。」


 ――真剣な顔付きのベイドさんに呼び止められた。

 彼の脇には、ドロプを載せたミドルさんも立っている。


「よぉ、リエルは昨日ぶりだな!」


 他の游蕩士達とは違い、ミドルさんは微笑んでいる。

 場違いな声色だったが、私は緊張が解けるのを感じた。

 人に不快感を与えぬヘラヘラとした顔は、彼なりの細やかな気配りなのだろう。


「まず、チフリズ湖及びシセルケトの調査…

 ご苦労だった。リエルの同行は俺も意外だったが…。」


 ベイドさんは付け加えるようにそれを言及した。

 確かに、私は彼から依頼されて調査に赴いた訳じゃない。

 ユルドースで偶然出会ったヒシさんから、追行の許可を勝手に得ただけだ。


「ごめんなさい…。ちょっとした事情で。」

「いや、責める気は無い。むしろ感謝だ。」

「そうだぜベイド、あんな男塗れの集団、華が無ぇよ。

 リエルが居なかったら息苦しくて死んでただろうな!」


 …ベイドの"感謝"はそういう意味では無いだろうけど。

 ミドルは楽し気に笑っているのだから、まぁいいか。


「さて、本題だが。お前らが保有する精霊について。」

『 Pyui♪ 』『 uaaa? 』


 キュペとドロプが小さな身体を軽く揺らした。

 そういえば、二体とも人間の言葉は伝わるのか。

 ドロプは亡骸(ゾンビ)と暮らしていたから納得だが、キュペは何処で学んだのか…。


「俺が游蕩士全体に出した依頼は覚えてるか?」

「あ、"精霊の確保で五十万フルク"ってやつのこと?」

「多分それ。けど、ちょっと誤認してるかもな。」


 私の回答に、目を鋭く光らせたベイドさん。

 確かに内容をきちんと読み込んではいなかった。


「"対象の妖石を褐礫に納めると"…って条件だ。」

「それは、コイツらの保有権を譲れってことか?」


 …あぁ、成程。そうなるのか。

 私達は既にこの子達と契約を結んでしまっている。

 ベイドさんが求めているのは、主従契約の解消…及び精霊妖石の譲渡だ。


 そこまで行って、ようやく五十万フルクを支払われる…。


「…出来ないな。…うん、それは無理だよ。」

「あぁ俺もだ。お断りだぜ、誰が譲るかよ!」


 ケッとわざとらしく悪態を吐いて見せたミドルさん。

 キッパリと断った私達に、精霊達は安心したようだ。

 だが、ベイドさんは予想通りとばかりに言葉を紡いだ。


「勿論、そう言うと思ってた。俺も学んだからな…。

 世の中何でも金で解決出来る訳じゃ無いってことをな。」


 バツが悪そうに頬を指先で掻いたベイドさん。

 そんな彼を、ミドルさんは見透かしたように哂っていた。


「だから、別の選択肢を用意済みだ。」


 ベイドさんは、二枚の紙――契約書を取り出した。

 それらは私とミドルさんに一枚ずつ手渡された。

 堅苦しい文書から、出来る限りの情報を読み取ってみる。


「…サインをすれば、依頼達成と見做す…?」

「つまり、"規約に同意すれば五十万フルク"ってことか?」

「その通り。署名をして、俺に手渡してくれれば良い。」

「なるほどなぁ~…ってお前これ詐欺の手口じゃねぇか!」


 悪徳商法…という言葉が脳裏に(よぎ)る。

 美味しい話には裏が在るとは、昔から云われる言葉だ。

 こんなあからさまな餌に食い付く程、馬鹿では無いが…。


「安心してくれ、今すぐに決断しろとは言わねぇ。

 そもそもこの提案を絶対に受ける義務は無いしな。

 内容をしっかり読み取って、ゆっくり考えてみてくれ。」


 話を終えたベイドさんは深く一息吐いた。

 それは、自店の品物を客に勧める営業マンみたいだった。

 …多分彼にとっては、己の生涯の全てが掛かった一大プロジェクトなのだろう。


「何か、質問は?」

「…うん、私は特に無いかなー。」

「あ! 全然関係無ぇ話だけどよ、お前さっきロットに…」

「心配すんな。それはアイツから持ち掛けて来た話だ、」


 私には理解の及ばないやりとりを行い始める二人。

 それを横目に、もう一度受け取った紙に目を通していく。


 基本的に、此方が得られるメリットは報酬だけのようで…

 長々と書き連ねられる文章は、殆どが向こうの要求だ。

 後は秘密保持やら支払方法やらで、無視して良い部分。

 …結局目を引くのは、この重々しい十文字だろう。



 ――『 ()()()()()()()()()()




 ---




 その精霊は、或る意味異質であった。


 楕円形に模られた美しい大陸の南東部。

 "ウィズダム園"と呼ばれる、化物達の楽園が在る。

 争いも殺しも存在しない、太古の精霊が遊びで創り上げた理想郷の名前だ。


 "熊"が目を醒ましたのは、楽園の中心地。

 永遠にも近い暇を持て余した、雷神の御前だった。

 安らかに生を享けた熊は、座した雷神を()()()()()()

 結果、熊は一瞬にして返り討ちに遭うのだが、雷神は熊の闘争心を高く買った。


 熊は、雷神の実子である"狼"の親友となった。

 それは雷神の命令だったが、…理由はもっと明快だ。

 ただ純粋に、狼と熊が意気投合しただけの話だろう。

 二匹は、揃って"死闘"という遊戯を強く好んでいたから。


 さて、二匹は遊びという名目で喧嘩を仕掛けまくった。

 当然、武士としての礼儀を弁えた申し込み試合だったが。

 楽園に住む化物達も、元は戦い好きな狂戦士だ。彼らが喧嘩を拒む理由は無い。


 そうして平穏な楽園にて"死闘"が大流行した。

 強者達による秩序と節度ある命の削り合い。

 程良い刺激はそこに住む化物達の欲を満たしていた。

 …しかし、それを広めた張本人である熊だけは別だ。


 ――熊の闘争欲は、遊戯では満たされなかった。


 熊は狼の父――雷神へ、願い出た。

 己を、この平和で退屈な楽園から追放してくれと。

 彼の親友である狼は、熊の希望を良しとしなかった。

 外界へ旅立つということはただの自殺行為であるから。


 …だから、熊は狼を力で()()()()()


 自らの行く手を阻む親友を、再起不能に追いやった熊。

 一部始終を観ていた雷神は、遂に熊の要求を受け入れる。

 餞別とばかりに、熊へ新たな名前を下賜して――。



 ―― 闇の精霊 ディン 性格:"好戦"。



 外界へ降りてからのディンは、満ち溢れていた。

 (しのぎ)を削るに値する強敵の存在は絶えることが無い。

 時に勝ち、時に負け、時に引き分け、時に逃げた。

 三途の川を視た回数は数えられないほどに多く。

 身体に残った、決して癒えぬ傷の数は百を超える。


 不老の命を費やし、死の縁を歩く生活を送る精霊。

 ウィズダム園での日々が嫌いだったとは云わない。

 だが、ディンにとっての生きるべき世界が違っただけだ。

 嬉々として自ら死地へ飛び込む姿はやはり異質で、最も化物らしくも在った。


 そんな怪物にも、戦闘に於ける自前の規定が在った。

 ポリシー、ルール、美学…。特別、表現は問わないが。

 己で絶対遵守を誓った、最低限の掟と言えば分かるか。


 ――騙し討ちは御法度。お互いの意思を以て開戦とする。


 要は、奇襲は無しにしましょうねというルールだ。

 無論、敵手が彼に不意討ちを行って来たら別だ。

 敵方にも戦闘の意思が有ると見做し、ディンは何の躊躇いも無く攻撃に出る。


 ――弱者、或いは降伏の意思を見せた者は襲わない。


 これは…説明不要だろう。

 ディンが求めるのは、より強い敵との殺し合いだ。

 闘いの最中であろうと、投降兵は見逃す主義だった。

 まぁ、降参よりも早く相手が絶命することは多いが…。


 また、ディンは弱者を襲わない。代表は"人類"だ。

 人間側から襲い掛かれば、容赦はされないだろうが…

 幸いにも、現在までディンを襲う人間は現れて無かった。


 …必然。ディンが行動を起こすのは基本的に夜中だ。

 おまけに、彼は常に己の莫大な妖力を隠して生きている。

 夜目の利かない人間風情に、彼は捉えられない。

 例え捕捉されたとて、闇の精霊に挑む人類など――



「おまえが、闇の精霊だよね。」



 ――ロット以外に、存在するはずも無い。


『 Kuruu…. 』

「…あってそう。」


 推定の正解を確認し、ロットはソイツの姿を観察した。


 夜闇に溶けだしてしまうような、黒色の丸い瞳。

 一度掴んだ獲物を決して逃がさぬ為の、鋭い爪。

 ふさふさとトゲトゲを混在させた、灰色の体毛。

 他生物から盗って付けたような、縞模様の長い尻尾。


 種族名,■■■(ラクーン)――アライグマ型の化物だ。


「はやく、たたかおう。」


 ディンの耳先がピクリと動いた。

 同時に、可愛らしかった瞳孔が敵意に満ちていく。

 (ようや)く、目の前の少年が対戦相手であると認めたようだ。


「せんとうちゅうの、コウサンはなし。

 まけたほうは、あいてのショユウブツね。」


 淡々と、とんでもないルールを口にしたロット。

 だが、その方式はディンが好んで採用している物だった。

 提案内容も、概ねディンの理念通りではあるようだ。


『 Kuruu. 』


 だから、彼は了承の意を伝える為に頷いてみせた。

 ロットは無表情に、ディンの動作を見流すと…



「おっけー。―――《虚空(こくう)》」



 …何の躊躇いも無く、己が最強の妖術を発動させた。


『 ―――!!!??? 』


 包み隠さず明かすならば、ディンは油断していた。

 多少の度胸は有れど、相手は所詮人間の子供。

 大した量の妖力も持たぬ、矮小な存在なのだと。


 ――夜空のカーテンを眼にするまでは、そう思っていた。


 彼は瞬時に理解した、この妖術は見せ掛けじゃ無いと。

 一柱の精霊を殺すだけの能力を秘めた技であるのだと。

 …対抗するには、同程度の『闇』をぶつけるしか無いと。


『 Kuru…!! 』


 …ディンは、妖術で創った"人形"を用いて戦う。

 スタイルとしては、地の精霊たるガイアに近いか。

 だが『地』で人形を造る彼女とは根本的に違う事がある。


 それは、妖術の構築難度。…そして、人形が持つ破壊力。


 『闇』は『光』と同じく抽象的な概念を扱う属性だ。

 故に、妖術の完成度に術者の想像力が大きく影響する。

 使用者が創り出したい物を明確にイメージ出来なければ、妖術も形を成さない。


 …その理論を当て嵌めるなら、ディンは()()だ。


『 ――GGUUWRRAAA?????? 』


 ――ディンが創り出したのは、巨大な骸骨の怪物だった。


 ロットの身体を縦に百個並べても届かぬ、超高身長。

 剥き出しになった肋骨、ポッカリと空いた眼球部。

 特徴は人間の骨に似ているが、全身は真っ黒だった。

 ガチャガチャと、不安定な骨の付け根が擦れ合う音が仰々しく鳴っている。


 [ガシャドクロ]…ディンが創れる中で最大の人形だ。


 『闇』を"影"として具現化させる技術。

 それが、ディンを闇の精霊まで登り詰めさせた。

 並大抵の化物では精神力も妖力も保てずに挫折するが、彼には関係の無い話だ。


「……でか…。」


 ロットは諦めたように天を見上げると…



 ――《虚空(こくう)》で[ガシャドクロ]を相殺した。



 《虚空(こくう)》は『闇』の薄膜を空に張る技だ。

 見た目は正にカーテン。黒のオーロラだと思って欲しい。

 生み出された膜はロットの意思により自由自在に動き…

 対象を丸ごと包み込み、飲み干したところで無事完結だ。


 …強力な技なだけあり、使用者への負担は相当な物だが。


「…しんど。」


 夜空を塗り替える膜と、地を踏み荒らす骸骨は消えた。

 リセットされた戦況に対し、ディンの対応は速い。

 幾万の死地を潜り抜けて来た化物は、"先手"の優位性を誰よりも知っていた。


『 Kururu. 』


 生み出されたのは、[ハンニャ]という人形だった。


 例に洩れず黒塗りにされた全身だが、特徴は分かる。

 中性的な体付きの、一般的な身長を持つ人形だ。

 纏わされた衣服は着物だろうか。右手に提げた刀との親和性が感じられる。


 だが、外見的特徴で最も目立つのはその顔だろう。

 口の上下から尖った牙が二本ずつ。額から角が二本。

 怒りを抱いたように目を見開き、眉間に皺を寄せている。

 中性的だった胴体とは違い、嫉妬を滲ませる顔面は女性的な印象を与えていた。


 世に顕現した、恐ろしい容貌の人形は…


『 ――DIE. 』

「………ん。」


 ――死の宣告と共に、ロットへ刀を振り下ろした。


 あまりにも素早い移動。そして、流れるような抜刀。

 常軌を逸する斬撃に、ロットは完璧に反応して見せた。

 それを可能にしたのは若さか。生まれ持った才覚か。

 弛まぬ努力か豊富な経験か。――或いは、それら全てか。


「いいね。」


 [ハンニャ]の振り上げ攻撃…空振りだ。

 [ハンニャ]の薙ぎ払い攻撃…空振りだ。

 [ハンニャ]の不意打ち攻撃…空振りだ。


 [ハンニャ]の刀は、決してロットに届かない。

 奴の刀が纏っているのは、"捕食者"としての『闇』だ。

 物質を喰らい、妖力を喰らう。純粋不定の『闇』だった。

 仮にロットの肉体を穿てれば、触れた細胞は一切の抵抗無く消失するだろう。


 それも全て、[ハンニャ]がロットを斬ればの話。

 いや、最悪ロットが防御の構えを取ればそれで良かった。

 『闇』は肉だろうが鉄だろうが問題無く吸収出来るから。

 ロットが奴の刀を短剣で受け流そうとでもすれば、[ハンニャ]の勝利だった。


 なのに、未だロットは無傷を保っている。


「……ふふっ、」


 …天然の戦闘兵器は、欠陥だらけの人形を嗤った。


 無論、ロットは『闇』の使い手だ。

 その使いこなし方は、人類でもトップに位置する。

 『闇』の吸収性質など、嫌という程理解していた。

 『闇』の対処方法など、脳内で無限に試行していた。

 触れれば終わり。防御は厳禁。相手の武器は刀のみ。


 ――要は、武器も使わず躱し続ければ良いだけだろう。


 現に、ロットの身体能力はそれを可能としていた。


 『これが火事場の馬鹿力か』…そう思う人も居るだろう。

 …考えを改めるべきだ。この回避術は奇跡などではない。

 紛う事無く、厳しい訓練を経て身に付いた技術なのだ。

 血の滲むような鍛錬の末に手にした、努力の結晶なのだ。


 過程を無視し、必然を奇跡と謳う。…あぁ、愚の骨頂だ。


 ロットが何千回、シロンの刀に打たれたと思っている?

 ロットが何万個、痛々しい打撲痕を残したと思っている?


 それも全て、この世界最強の座へと昇り詰める為。

 それも全て、たった一つの勝利を強敵から捥ぎ取る為。

 それも全て、成長し続ける仲間達に振り落とされない為。


 ストイックさに於いて、ロットの右に出る者は居ない。


『 SHUT.UP. 』


 …たった今創られたばかりの人形が、敵う相手では無い。


 ロットは両手にそれぞれ短剣を構えた。

 彼は手始めに右の剣に『闇』を込め、…()()

 [ハンニャ]の頭部を正確に狙った一撃は、奴の刀によって容易く止められた。


 ――直後、短剣と刀は双方ともに消失する。


 まるで、共食いを行う蛇達のように。

 複雑に絡み合った『闇』は、お互いを喰らい合い消えた。

 妖術の相殺。…結果、優位に立ったのはどちらか?


 当然、既に左手の剣を掲げているロットだ。


 シロンから買い取った貴重な短剣を投げ出してでも、

 ロットは、長引いていた激戦を終わらせる為に動いた。

 『闇』の愛刀を失い、呆然と立ち尽くす[ハンニャ]を…


「じゃあね。――《万喰(よろづぐい)》」



 ――跡形も残さず、丸ごと消失させてしまった。



『 Kurruu…, 』


 激戦の終幕を見守っていたディンは、感嘆を漏らした。

 [ハンニャ]はディンが持つ中で最速の人形だった。

 [ハンニャ]を圧倒した生物はロット以外に存在しない。

 この時点で既にディンはロットに惚れ込んでいたと言っても過言では無かった。


 だが、ディンも闇の精霊としてのプライドが有る。


 わざと勝ちを譲ってやる気など、露ほども無かった。



『 ……Kuru……??? 』



 ――ディンが()()()()()に気付いたのは、少し後の事だ。



「……………。」


 それを為したのは、言うまでも無く一人の少年。

 [ハンニャ]を喰らった猛烈な勢いのまま、

 強力な必殺技の反動による硬直も完全に克服して、

 ロットは、本格的に一匹の精霊を仕留めに掛かった。


『 ――Kururu…!!! 』


 迫り来るロットに対し、ディンは[ヌリカベ]を創った。


 犬、或いは獅子のような姿をした、奇怪な人形だ。

 垂れ下がる耳。漆黒の厚皮。生物らしさを捨てた三つ目。

 脂肪のような組織により、全身が酷く肥大化している。

 ロットの侵攻を妨げるその様は、"壁"と呼ぶに相応しい。


「――《万喰(よろづぐい)》っ」


 ――だがやはり、ロットは一撃でソレを沈めた。


 他属性に比べ、妖力の消費量が甚大な『闇』の妖術。

 断言しよう。通常ならば、連発することなど不可能だ。

 闇の精霊たるディンは非常に稀有な例外なのだが…。

 では何故、普通の人類であるロットが幾度と無く『闇』を発動出来ているのか。


 …それは『闇』の特殊な特性に依拠する。


 不定な『闇』の性質は、対象を()()()こと。

 『闇』の術者は、あらゆる物質を吸収し、己が物とする。

 大抵の場合、飲み込んだ物質は新鮮な妖力に変換され術者に流れ込むのだ。


 『闇』に喰われた物質は、まるで消滅したように映る。


 だがそれは、物質を分解してしまう『封』とは違う。

 物質を空間ごと抉り取ってしまう『無』とは違う。

 『闇』を受けた物質は、貴重な養分として確かにこの世界へと残るのだから。


「……………。」


 実を云うと、ロットの妖力は最初に()()()()()

 《虚空(こくう)》は、彼の全力と引き換えの妖術だったのだ。

 ならば、何故ロットはハイリスクな技を選んだのか?


 ――無論、失った妖力を()()()()()からだ。


 《虚空(こくう)》分の妖力を[ガシャドクロ]から奪い、

 [ガシャドクロ]の妖力で[ハンニャ]を喰らい、

 [ハンニャ]の妖力で[ヌリカベ]を飲み干している。


 今日彼が使用した妖力の量は、ロット三人分だ。

 逆に言えば、ディンは同じ量をロットに奪われていて…

 大技使用後である現在のロットは、[ヌリカベ]分の妖力でフル充電済みだ。


『 Kuru…!!!!! 』


 ディンは覚悟を決めた。


 幾ら大気から妖力を拾い集められる精霊と云えども、

 周囲に高密度の妖力場が存在していなければ意味は無い。

 ディンは、既にここら一帯の妖力を使い果たしていた。

 戦いが長引けば、不利になるのは自分。…次で勝負を決めなければならないと。


 ――素晴らしい判断力を以て、[カマイタチ]を創った。


 異常なまでに発達した胴体。長く伸びた尻尾。

 短い双脚に、草刈り鎌にも似た形を模った双腕。

 体毛はやはり濃い黒色であり、殆ど夜闇と同化していた。


『 …Lusyuuuu!!! 』


 生み出された直後の[カマイタチ]は、機敏に動く。

 まず、己の主に死が迫っていることを瞬時に把握。

 それを為そうとしている敵手の姿をしっかりと視認。

 敵手の手強さを理解し、…標的の排除を決定した。


「――《(よろづ)…》…、…あちゃー。」


 『闇』を纏っていた短剣は、過剰なまでに切り裂かれた。


 それと同時に、ロットの身体に無数の切り傷が現れる。

 流石のロットも武器を失ってしまっては仕様が無い。

 彼はディンへのトドメを早々に諦めると、跳ねるように引き下がって行った。


「……………。」

『 Luusyuu…, 』


 ロットの眼に映るのは、主を護る[カマイタチ]の姿。

 長い胴を巻くように、ディンの四方八方を囲んでいる。

 生半可な攻撃は通さないという、強い意志が読み取れた。


 いや、それよりも重大な目下の課題が在る。


 ――ロットの妖力は、今や()()()()()()()


 [ヌリカベ]分の妖力は何処に行ったのか?

 …思い出して欲しい。つい数秒前、起こったことだ。

 ロットの全妖力が注ぎ込まれた短剣が、[カマイタチ]に破壊されたことを。


 さて、妖術という最高の対抗手段を失ったロットは…


「………はははっ、」


 …心底楽しそうに、笑顔を浮かべた。


 彼が脚の収納袋から引き抜いたのは、一本の短剣だ。

 朱雀(モーダル)を筆頭とし、様々な化物の血を吸った鋭い刀。

 『海月(うみづき)』…ロットがシロンから授かった逸品だった。


 彼は臆すること無く、全力疾走を始めた。

 彼の瞳が捉えているのは、闇の精霊ただ一匹。

 ただ、主に迫る危機を黙って眺めているような[カマイタチ]では無い。


『 Lussyuuu…!!! 』


 幾千もの『闇』の鎌が、夜空を流れた。


 大小様々なそれらは放物線を描きながら大気を裂き…

 "ロット"という一点目掛けて、一斉に振り落ちた。

 …奇妙な軌道だ。恐らく追尾機能が搭載されている。


 ――全弾を短剣で弾き落としたロットには無関係の話だ。


「……いい、いりょく。」

『 Lusssyyuuuu……!!!!! 』


 嬉しそうに呟くロット。歯軋りする[カマイタチ]。


 ロットは気付いていた。…序盤の序盤から。

 [カマイタチ]が放つ刃は、質量を持つ『闇』だと。

 物質を吸収する性質を持った『闇』では無いという事を。


 ――ロットの短剣が()()()()時点で、確定していた。


 もし[ハンニャ]の刀と同様の性質を持っていたなら、

 ロットの短剣は吸収され、跡形も無く消えていただろう。

 だが、実際は刀身が切り刻まれその場に残るに留まった。


 その事実は、妖力尽きたロットに勝機を生み出した。


 吸収性を持つ『闇』は、同性質の術で相殺するしかない。

 鉄の刃での防御を試めば、元素自体飲み込まれるからだ。

 ――ただ、"影"として具現化した『闇』は別だ。

 それは、触れることが出来て、吸収もされないから…


「……ん…!」


 例え妖力が無くとも、防衛は可能だった。


 差し向けられる影の刃を、(ことごと)く叩き落とすロット。

 言わずもがな、常人がその離れ業を行うのは不可能だ。

 風の如く速度で迫る刃など、視認すら出来ないだろう。

 超人的な動体視力と身体能力を持つロットだからこその回避術。称賛に値する。


 だが、流石のロットと云えども限界はある。

 現に、彼の身体には切り傷が増え続けていた。

 若々しい肌に刻まれる裂傷は酷く目立って見えて…

 中には骨が露わになる程の大怪我も含まれていた。


「………んっ……!!」


 それでもなお、ロットは前進を止めない。


 ボロボロの両脚を酷使して、擦り切れた両腕を掲げて。

 [カマイタチ]を軽く素通りしたロットは、…笑った。


『 …Kuruu, 』


 少年の眼差しが注がれるのは、やはりディンだ。


 二者の距離は数メートル。ディンは万策尽きている。

 自身の敗北が確定した闇の精霊は、…やはり笑った。


『 ――Kururu. 』

「おれの、かち…!」


 己が心臓に突き刺さった刃を悔し気に眺めながら…。

 己が生涯に打たれた美しい終止符に感謝しながら…。

 己がライバルに、最大で最高の祝福を送りながら…。



 かつて無い程の充足感に満ちた表情で、ディンは死んだ。




 ---




 街にヒシの通信が届いてから十時間後。

 輝くような朝日が表れてから五時間後。

 街の民の活動が始まってから二時間後。


 衰弱しきった一人の青年が、メーセナリアに到着した。


 栄養失調と脱水症状が確認されたその青年は

 しかしながら、幸運なことにも命に別状は無かった。

 …まず間違いなく、心的外傷を負っている様子だったが。


 ただし、派遣員として街を発ったはずの少年が居ない。

 共に街へ帰って来るべき人物が、行方不明になっていた。

 広がる動揺。ピりつく現場。――その時、通信が入った。


 発信者は、今まさに話題となっていた人物だ。

 内容は、非常に簡潔で明瞭で予想外の物だった。


 まず、邪卵(ダーク)と呼ばれていた化物の危険性について。

 事前の情報では卵型の幻妖だったが、姿が変わっている。

 子供のような風貌の為、邪子(ダーク)と種族名を改め、その戦闘能力も再考すべし。


 次に、光の精霊を保護したという旨の報告だ。

 発見から契約までの経緯を、発信者の少年は説明した。

 また、『光』の特訓に入る為、暫くは街には戻らないとも話していたようだ。



 『三週間後に、また。』…ヒシはそう締め括った。



 その通信から数時間後。一人の少年が帰還した。

 少年――ロットの肩には、一匹のアライグマが居る。

 精霊を伴って無事に生還した少年を、ベイドは称えた。


 メーセナリアに、何処か落ち着いた雰囲気が漂い始める。


 絶望的だとされた死地から、生存者が救出され。

 遥か遠くの地で、光の精霊が仲間に加わり。

 最強とも称される、闇の精霊が確保された。


 確かに、三週間後に決戦は控えている。

 しかし、逆に云えば三週間も時間が在るのだ。

 戦力も揃いつつある。流れは人類側に味方していた。


 油断だとは言わない。慢心だとは呼ばない。

 勝利の女神が人類に微笑んでいたのは確かだからだ。

 むしろ、士気を底上げする良い風向きだっただろう。



 ――女神に不信の瞳を向ける者が、此処に一人。



 ◇



「…タドク。辛いのは分かる。だが…」


 ベイドの正面に立ち塞がる扉が、激しく揺れた。

 同時に、ゴトっと何かが地面に落ちる音が響く。

 乱暴に投げられた小さな木箱が、部屋のドアに当たって床へ転がっただけだ。


 ベイドは辛そうに、それでも言葉を繋げる。


「……っ、…俺は、お前に"才能"を視た。

 ガイアとの戦いで、逆境で、お前は立ち上がった。

 それが出来るヤツを、俺はずっと探していたんだ。」


 再び、鈍い衝突音が宿の廊下に木霊する。

 扉にぶつかったのは、備え付けられた椅子だ。

 もし壊しでもすれば、弁償の義務が発生するだろう。


「…ツバナも、お前と同じ"才能"が在った。

 お前達は二人とも、無限の将来性を持っていた。

 …今回の迷宮で、それが開花すると、思っていた。」


 その時、扉の振動がピタリと止まった。

 相手が聞く耳を持ってくれたと思ったのか。

 ベイドは、自信を持ってゆっくりと説得に入った。


「迷宮での件は、お前の力不足じゃない。

 あまりにも親玉が強すぎた。それだけだ。

 大勢が死んだ。…でも、お前は生き残ってる。

 まだ、お前には、アイツを倒すチャンスが残って…」


「…さっきから、うるさいっすよ。」


 ようやく、部屋の中から返事が届いた。

 冷ややかなその声は、求められた物では無かったが。

 それでも懸命に、ベイドは扉越しの声を掛け続けた。


「もう一回言わせてくれ、タドク。お前は強くなる。

 妄言じゃない。お前には突出した能力が眠ってる。

 …だから、頼む。――俺達と一緒に、もう一度…!」


 力強い説得だったが、青年の心には響かなかった。

 冷え切った青年の瞳に、光が宿ることはなかった。


「…俺は、游蕩士辞めたんすよ。

 ベイドさん、アンタとはもう赤の他人っす。」


「……頼む。せめて、お前の顔が見たい。」


「あぁ、のこのこと帰って来た負け犬の面を嗤う為に?」


「違う。…俺は、今のお前が心配だ。」


「それはどうも。俺は元気なんで、…()()()()()()()。」


「――!」


「誰の死に様が聞きたいんすか?

 ゴウノア? ユメハ? …ツバナ?

 消えてくれるなら、幾らでも話しますけど。」


「…話さなくていい。…もう、大丈夫だ。」


「そっすか。じゃあもう二度と来ないで下さい。」


 それ以降、ベイドが青年の扉を叩くことは無かった。

 失意のどん底に落ちた青年は、誰にも心を開かない。

 全てを捨てた青年が、自らドアを開けることは無かった。



 ―――タドクの脳神経は、()()()()()()()()()()()()()




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