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ナノライト  作者: かざぐるま
第五章 Wake up from sleep.
37/57

第三十五話 派遣員

 



「これより、緊急会議を始める。司会のベイドだ。」


 広い会議室に集まったのは錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。


 褐礫の約諾 リーダー, ベイド。

 紺糸の惑溺 リーダー, ロット。

 垂柳の寧静 リーダー, ニュート。

 卯杖の探訪 リーダー, シロン。

 姫萩の寵栄 リーダー, モファ。


 褐礫の約諾 サブリーダー, フヅキ。

 紺糸の惑溺 サブリーダー, ミドル。

 垂柳の寧静 サブリーダー, シャオレ。


 褐礫の約諾 主要メンバー, ヴァン/スイレン/モズク。

 垂柳の寧静 主要メンバー, クリモ。

 卯杖の探訪 主要メンバー, ベリー/ドリシェ。

 姫萩の寵栄 主要メンバー, リエル。


 メーセナリア 街長, シュック。

 リソルディア 街長, ダイダロ。

 ユルドース  街長, クランズ。


 防衛団 現役団長, マネド。

 防衛団 元防衛士, テロス。


 火の精霊, アグニ。

 地の精霊, ガイア。

 毒の精霊, イム。

 癒の精霊, キュペ。

 封の精霊, ドロプ。


 その他、人間社会を支える実力者達が揃っている。

 現人類が保有するあらゆる戦力が一堂に会していた。

 唯の無所属游蕩士の俺がこの場に居ても良いのだろうか。


「まず、全員の手元に在るであろう地図を見て欲しい。

 俺達が暮らす大陸を大雑把に書き記しただけの物だ。

 メーセナリアの南西、旧エフ森林も更に進んだ場所。

 …大陸の端の方に"エヴィル迷宮"が在るのが分かるか?」


 配布された資料に目を落とすと、確かにそれが見えた。

 距離的にエフ森林の三,四倍は遠い場所に位置している。

 とても軽い気持ちで行けるような迷宮では無かった。

 とは言っても、実は俺は一カ月前の会議でこの地図を見ているのだが。


 …その時に、どういった対策が取られたかも知っている。


「垂柳が発見したこの迷宮だが、既に手は打ってあった。

 褐礫(うち)のゴウノアを中心にした攻略隊が向かっていたんだ。

 そして、今日の早朝には攻略が完了する予定だった。」


 "だが"…そう続けたベイドの表情は暗かった。

 ゴウノアは旧褐礫からの古参メンバーだと聞いている。

 ベイドからしてみれば友人でもあり恩人でもあるだろう。

 …だから、それを口にするのは彼も辛かったはずだ。

 けれども、彼は司会として、ギルドリーダーとしての役目を全うした。


「…今日の昼過ぎ。彼らとの連絡が途絶えた。」


 その事実を改めて聞いても、やはり衝撃的だ。

 迷宮の攻略失敗など、何十年ぶりの事件だろうか。


「生き残りがいる可能性はゼロか?」


 感情を押し殺した声で、シロンが問いかけた。

 それに対し、ベイドは全員に端的な指示を出す。


「ページを捲ってくれ。…最後の通信内容が載っている。」


 会議室に紙が擦れる音が響いた。

 目を通した者達は一様に、目を見開き暗く俯いた。

 …その後数十秒は、呼吸すら躊躇われる程の沈黙だった。


 文字に起こされていたのは、一人の青年が伝えた情報だ。

 発信者の名は『紺糸所属 タドク』と書かれている。


 エヴィル迷宮の構造に始まり、出現した化物の特徴。

 そして、親玉の残忍性と凶暴性、身体能力と扱う妖術。

 その幻妖が街に到達するまでに要する概ねの時間まで。

 対策を立てるに当たって必要な情報が全て揃っていた。

 締め括りに、タドクの切実な願いが添えられて。


 注目すべきは、通信時点での生存者がたったの二名だったという事実。


「おれたちのピアスは、せいのうがそんなによくない。

 たぶん、はんにちいじょうのラグがはっせいしてる。」


 相変わらずの無機質な声で述べたロット。

 彼が言いたいのは、通信が相当昔の物だという現実だ。

 半日以上が経過した今で、二人が生き残っている可能性…


「…生存確率は、限りなくゼロに近いでしょうねぇ。」


 一ミリたりとも口角を上げず、ニュートは提言した。

 その意見に反論する者は誰一人として現れない。

 この場の全員が論理的に同じ結論を導き出したのだろう。


「ベイド、――誰が死んだ?」


 問い質すようにダイダロが聞いた。

 彼以外誰もその質問が出来なかったのだ。

 聞きたくなかった、という言葉の方が正しい。

 けれど、いずれは知らなければならないこと。

 だからダイダロは恨まれかねないその役目を買って出た。


「次のページだ。…攻略隊メンバーの名簿がある。」


 司会のベイドはそれ以上の説明をしなかった。

 出席者は恐る恐るといった様子で紙を一枚捲る。

 攻略隊の名簿、もとい、死亡者リストを確認する為に。


 再び、会議室に重苦しい静寂が訪れた。

 俺も虚ろな気持ちで指と視線を動かす。

 名前、年齢、活動歴、所属ギルドなどが纏められた一面。

 連なっていたのは、殆どが聞いたことのある名前だった。


 ――その時、ガタリと椅子が倒れる音が鳴った。


 音源は俺の斜め前方、一人の女性が居る。

 どうやら彼女が木製の椅子を弾き飛ばした犯人らしい。


「…答えなさい、ベイド。」


 ただ、彼女――モファを責める気にはならない。

 驚愕と怒気に満ちた表情は、酷く痛々しく感じられた。

 今にも崩れてしまいそうな声色で、彼女は問う。


「……どうして、ツバナちゃんの名前が在るの?」


 俺の横に座っていたリエルが、両手で口を覆った。

 モファの指摘を聞き、ようやく気が付いたのだろう。

 …直接会ったことは無いが、俺もその少女は知っている。

 リエルが、姫萩に入って出来た親友だと嬉しそうに話していたから。


 モファは基本的に、姫萩のメンバーを愛している。

 恋愛対象としてでは無く、恐らく寵愛に近いだろう。

 弟や妹、子や孫を可愛がるような優しい愛情だと思う。


 だから彼女は、メンバーに加わる危害を決して許さない。

 降り掛かる火の粉から、メンバーを庇護し続けていた。


 姫萩の殉職率はこの五年間を通して0%だ。


「私、許可出してないわよね?」

「…あぁ、トキシン迷宮の攻略を頼んでいた。

 攻略隊が出発したのは、お前の帰還前だった。」

「ギルド設立時の借りはリエルちゃんの件で返した。

 今回、あなたにあの子を連れ出す権利は無かったわ。」

「…その通りだ。本当に、悪いことをした。」


 モファに向き直り、深々と頭を下げたベイド。

 その状態でも、モファは問い詰めることを止めなかった。


「参加したのは、ツバナちゃんの意思なの?」

「自ら隊長のゴウノアに打診したと聞いている。」

「私がギルドを空けていたのは、都合が良かった?」

「そんなつもりは全く無い。誓ってだ。」

「こうなることは、想定していたの?」

「…俺の落ち度だ。すまなかった。」


 目を伏せながらベイドは謝罪を続ける。

 そんな男の首筋に、鋭い『毒』の刃が突き立てられた。

 モファが妖術を発動すれば、ベイドは一瞬で毒死する。

 その様子を、モファの肩に乗る毒の精霊は静かに見つめていた。


「どうして、リーダー格を隊に含めなかったの…!?」


 モファは消え入るような声を発した。

 彼女の心の底から漏れ出た糾弾だということが分かる。

 …的を射た指摘だ。ベイドには反論の余地すら無い。


「…精霊集めをしたいのは分かるわよ。

 あんたにも、それなりの理由と目的があるんでしょ?

 けどそれよりも、大切なことはあるじゃない…。

 もっと戦力を割くべき戦闘があったじゃない……!」


 激しくベイドを責め立てるような言い草だった。

 けれど、モファの言葉は己にも向いているのだろう。

 攻略隊に加わらなかったのは、彼女も同じなのだから。

 最重要局面でその場に在していなかったのは、彼女も含めてだから。


 刃を力無く地面に投げ捨て、項垂れたモファ。

 ベイドはゆっくり顔を上げ、再び謝罪を口にする。


「全て、俺の甘えに因る失敗だ。全責任が俺に有る。

 幻妖を,迷宮を、最近の俺は軽視し過ぎていた。

 游蕩士の死を、稀有な事例だと勘違いしていた。

 近頃は上手く事が運び過ぎて、調子に乗っていた。

 この大惨事を引き起こってしまったのは、俺の所為だ。」


 モファは言葉を返さない。

 その時、一人の女性が席を立った。


「ベイド、謝るな。本当の悪は私だ。」


 凛とした声を出すのは、卯杖のリーダー,シロン。

 彼女の美しい顔は、申し訳なさからか歪んでいた。


「この一か月、私は何をしていたと思う。

 ユメハ,ゼータ,エミャ。大切な仲間を死地へ送り、

 一人のうのうと街に残って、何をしていたと思う?

 …刀を打っていたんだ。暗い鍛冶場に閉じ籠ってな。」


 シロンは左手で自身の右手首を握り締めた。

 爪が肌に食い込み、切れた血管から血が垂れ始める。

 机に座るアグニがそれを鎮めるような仕草を取った。

 それでも、シロンは力を緩めない。自傷を止めない。

 計り知れない自責と後悔の一端を垣間見た気がした。


「モファ、ベイドを責めないでやってくれ。

 殴るなら私を殴れ、殺すなら私を殺せ。

 私にはその罰を課せられるだけの罪が有る。」


 そう言いながら、モファの側に歩み寄ったシロン。

 求めてもない権利を手にしたモファの身体は、動揺からか震えていた。


「――いいよ、そういうの。」


 淡々とした少年の声が会議室に反響した。

 聞く人によっては、空気が読めないと感じただろう。

 そう思わせるほど、彼の小さな声は底冷えしていたから。


 だが、それは違う。彼の心は他の者と同様に…


「はやく、げんようのころしかた、かんがえよう。」


 ――怒りと闘志に燃えていたから。


 紺糸は、他ギルドに比べ構成員がかなり少ない。

 理由は簡単。加入方法がロットの勧誘のみだから。

 ロットが気に入った游蕩士だけで作られたギルド。

 故に、少数精鋭の最強ギルドと謳われてきた。

 故に、ギルド内の結束は群を抜いて強かった。

 故に、ロットは全ての人員を仲間として認めていた。


 その括りには、比較的新人であるタドクも当然含まれる。


「だれがわるいとか、どうでもいいよ。

 もくてきはおなじ、…げんようのとうばつでしょ。」


 この場の誰よりも冷静に、好戦的に。

 幼い"戦闘狂"の言葉に、現人類の"最強"が反応した。


「同感ですねぇ。此処で争っても意味は無いですし。

 ――邪子(ダーク)は最大限の苦痛を味わって死ぬべきだ。」


 俺の背筋に、耐え難い悪寒が走った。

 普段はニヤニヤと他人を嘲笑っているニュート。

 そんな彼が、ニコリとも笑わずに怒っていた。

 十年前の不良時代を見ている俺だから分かる。

 あの時の物は見せ掛けで、今のコレが本気の殺気だと。


「………っ……。」


 地面を向いたままだったモファが顔を上げた。

 その瞳は水面のように揺らりと潤んでいる。

 しかし、彼女がその雫を外界に零すことは無かった。


「…絶対に、討ち取るわよ。」


「あぁ、俺達はもう二度と失敗しない。」


 ベイドの眼差しは大地のように固い意志を帯びていた。

 それを受け止めたモファは、捨てた武器を拾い席に戻る。


 共通の敵を倒すという目的が、この一幕で再確認された。


 目標を見つけたこの人達は、もう誰にも止められない。


「では、具体的な計画を練ろうか。」


 場が落ち着いたのを見て、マネドが初めて口を開いた。

 彼はシュックに代わり防衛団団長を受け継いだ人だ。

 まだ就任してそう時間は経っていないが、既に充分な風格が備わっていた。


「あぁ、そこで俺から一つ提案だ。」


 ベイドは覚悟を決めた顔で人差し指を立てた。


邪子(ダーク)は、出来るだけ街に引き付けたい。」


 真剣に話を切り出したベイドに、ニュートが問う。


「…ふむ、その意図は?」


「タドクの遺した情報からそれが最善だと判断した。

 ――邪子(ダーク)は人間の歩行速度程度で移動する。

 ならば、奴が此処に辿り着くのは今から三週間後だ。

 その三週間で、俺達は充分に迎撃態勢を取れるだろう。」


 まるで用意されていたかの如き、滑らかな回答。

 だが、恐らく違う。たった今考えた作戦だろう。

 それだけ頭が回る男で無ければ、指揮官は務まらない。


 ダイダロは眉を顰め、作戦の問題点を指摘する。


「メーセナリアに被害が出る可能性があるだろう。」


「勿論街民は避難した上です。物的被害は度外視で。

 迎撃隊が敗北すれば当然街に甚大な被害が出ますが…

 そうなった場合、そもそも人類ごと滅ぶでしょうから。」


 游蕩団,防衛団の総力を注いで大敗を喫すれば

 その時点で全ての人間が邪子(ダーク)の食料に成り下がる。

 現在の人類に二度目の敗北は最早許されていない。


 ならば、準備時間を確保するという作戦は正しい。

 街から遠かろうと近かろうと負ければ全てが終わるのだ。

 多少の被害を覚悟し、最終戦の勝率を上げるべきだろう。


「…異論が無ければ、この案を遂行しよう。」


 最後の確認を取るようにベイドが会議室中を見回した。

 集められた実力者,権力者達は皆力強く頷いている。


 …ただし、一人の少女だけは違ったようだ。


「…あの、ごめんなさい。少しいいですか…?」


 俺の右隣、小さな眷属を両腕に抱いた少女。

 リエルだけは、恐縮しながらも声を上げた。

 数十,数百の視線が一斉に彼女へと注がれる。


 リエルは身動ぎながらも、己の希望をはっきりと述べた。


「あ…、…本当に、生存者って居ないんですかね。

 通信が途絶えただけで、まだ誰か生きてたり、って…。」


 それは既に過ぎ去った話題だった。

 悲しみと共に、それでも全員が受け入れた事実だった。

 もう一度掘り返すのは、むしろ酷なことだとも思う。


 だから、ニュートが代表するように返答をする。


「現実的に考えて、ほぼ有り得ない話ですねぇ。」

「…けど、ゼロパーセントともいいきれないよね。」


 それに反抗するような態度を見せたのはロットだ。

 彼は"現実的"や"合理的"という言葉が嫌いらしい。

 努力は報われる,奇跡は起こり得る。…そんな思想家だ。


「問題は、それを確認する術が無いことだ。」

「馬や眷属を使っても相当な時間が掛かるだろうな…。」


 少し苦しそうに、現状の問題点を差したシロンとベイド。

 その通り、移動するのは楕円形大陸の中心から端まで。

 例え生存者が居たとして、此方の救出に時間が掛かれば命の保証は付かない。


 リエルは問題を理解したのか、暗い顔を浮かべた。



「――俺が行きます。」



 殆ど反射的に、俺は席を立ち名乗りを上げていた。


 大勢の視線の対象がリエルから俺へと移り変わる。

 中には不審がるような、奇異の視線も混ざっていた。

 しかし同時に信頼の視線も幾らか感じ取ることが出来る。


 その中の一つ、ベイドの瞳には重圧が籠っている。


「……ヒシ、何日掛かる?」


 彼は試すように聞いてきた。

 俺は自身の唇に軽く手を当て、数秒考える。


 三カ月前、光の精霊との初遭遇時。

 俺は半日掛けてエフ森林跡地に辿り着くことが出来た。

 今回行くべき道は、その三倍以上の距離がある。

 オマケに幻妖と鉢合わせる可能性すら高いのだ。

 移動中、常に周囲の警戒が求められることだろう。

 妖力量、身体能力、精神力。それらを引っ括めて――


「―――()()()。片道でそれだけ頂ければ。」


 その言葉は、会議室の人間達にどう届いただろうか。

 虚言癖持ちの青年か、見栄を張りたがる年頃の餓鬼か。

 …徒歩で三週間掛かる道だ。そう思われても仕方ない。

 ただ、これだけは分かって欲しい。俺は本気だった。

 勇気を出して声を発したリエルに応えてあげたかった。

 護れる命が在るならば、あらゆる手段を使ってでも救い出したかった。


 ベイドは瞬きもせず、驚きもせず――



「分かった。…行ってこい、ヒシ。」



 ――ただ、一言。俺を信じて許可を下ろしてくれた。


 俺も笑みを浮かべることなく、感謝を込めて頷く。

 今はあくまでもスタートラインに立てただけだ。

 これで宣言した成果を出せなければ目も当てられない。


 誰かの光と成れるよう、この化物の身を捧げよう。



「決戦は今から三週間後! 確実に迎え討つぞ!!」



 ベイドの叱咤激励を以て、今回の会議は終決となった。




 ---




 邪子(ダーク)にとって、エヴィル迷宮は退屈だった。

 ゴツゴツとした己の椅子。然して強くも無い同胞達。

 毎日のようにつまらない教唆を行ってくる奇怪な声。

 その全てが、飽き性の邪子(ダーク)には陳腐に映った。

 奴が唯一気に入っていたのは、城全体が黒塗りにされていたことくらいだろう。


 その退屈が覆されたのは約十八時間程前の話だ。

 雑多な化物共を飲み干し、一つ残して前菜を平らげ、

 迷宮本体という熟々に腐りきったスープを空にした。

 勿論肉体の支配を求めた"意思"は体内で溶かされていた。

 邪子(ダーク)はそれを許容する程寛大な心を持っていない。

 邪魔な物は喰い散らす。…そういう主義の持ち主だろう。


 さて、晴れて自由の身となった邪子(ダーク)は浮かれていた。

 陸上の全生物、或いは大陸すらも奴には特大の餌だ。

 それを可能にするだけの圧倒的な能力が奴には有った。


『 HaHaHa!! 』


 森を,山を,川を自らの胃に収めながら、奴は進む。

 邪悪の化身,災厄の権化と呼ばれるだけのことはあった。

 奴の暴食に、他の生物の介入が行われることは無いから。


 それこそ、神にも等しい力を持つ生物で無ければ。



『 Kyuun. 』



 ――邪子(ダーク)の二本腕が()()()()()()()()



『 …Haaaaa????? 』



 見事にしてやられたその幻妖は、怒りを露わにする。

 自らの旅路を遮られたことにキレているのだろうか。

 或いは、()()()()()()()()()()()ことに、だろうか。


 しかし、邪子(ダーク)は未だ焦らない。

 腕を構成するのは唯の妖力だ、本体にダメージは無い。

 焦らずに妖術で腕を創り直し、襲撃者を叩き潰し…


『 Kyun, 』


 …漆黒の腕は、再び何物かによって切り落とされていた。


『 ―――Haaa!!?? 』


 流石の邪子(ダーク)と云えど、今度は焦燥を抱いた。

 二撃目は奇襲では無かったのに、相手を捉えていたのに。

 それでも邪子(ダーク)は、スピード勝負で敗北したのだ。


『 ………Haa!!!! 』


 瞬考の末、邪子(ダーク)は後退を選んだ。

 このままでは自分が負けると本能的に理解したのだろう。

 その選択は正解だ。恥を忍んだことは称賛に値する。


 逃走を図る敵手を逃がす程、その狐は甘くなかったが。


『 Kyuu, 』


 数百本の『光』の刃が、夜空に創造された。

 少し昔に見せた技、しかしコレは一切の躊躇が無かった。

 情けを掛けるべき相手では無いと判断したのだろう。


 薄く透けた鋭い剣達が、邪子(ダーク)を突き刺した。


『 …………. 』


 全弾命中だ。邪子(ダーク)の姿すら視えない。

 無数の刃が突き刺さったその物体は、酷く滑稽だった。

 並大抵の生物ならば、為す術も無く死亡していただろう。

 実際邪子(ダーク)も、その場から一片たりとも動かなかった。


 だと言うのに、狐は『光』の大剣を創り出すと…


『 Kyuu…. 』


 ――棘の達磨に対し、全身全霊で振り下ろした。


 明らかに過剰殺傷。妖力の無駄遣いだ。


『 ――HaHa…. 』


 そんな批判の声は、甲高い笑い声に掻き消された。

 死したはずの化物が嬉しそうに笑っているのだから。

 人によっては、あまりの衝撃に気を失ったかもしれない。


 …尤も、その狐の心は至って冷静であったが。


 パキパキと、軽快な音が月夜に響く。

 煎餅を齧ったかのような、爽快感のある破壊音だった。

 …勿論比喩だが、現実はあながち間違いでも無いようだ。


『 HaHa…!!! 』


 巨大な光剣を()()した邪子(ダーク)が口角を歪めた。


 奴は笑いながら、己に突き刺さる剣を噛み砕いていく。

 黒色の衣服が太陽光を吸収し尽くしてしまうように。

 『光』の妖術はいとも容易く『闇』に飲まれていった。


『 …Haaa…. 』


 莫大な妖力を平らげた邪子(ダーク)は、狐に視線を向けた。

 ――次の飯をくれ。…無邪気に餌を求める幼鳥のようだ。


『 ……Kyuunn…, 』


 ここに来て、狐に微かな動揺が現れた。

 何せ、邪子(ダーク)の力量が爆増しているのだ。


 狐は最初の奇襲で敵を仕留め損ねたことを悔いていた。

 己が既に相手の土俵に立たされていることを察していた。

 大気中に立ち昇り始めた敗北の匂いを嗅ぎ取っていた。


 しかし、狐は戦闘の継続を選ぶように妖術を構築する。

 "守護"の精霊として、危険分子の排除を優先したのだ。



『 ――KuHaHaHa…!!!! 』

『 …kyuuu…,…Kyaun. 』



 光の精霊vs邪子(ダーク)――神話的戦闘が始まる。




 ---




「―――!!!!, なんだ、この妖力…。」


 メーセナリアを出発してから、約三時間後のこと。

 心臓を掴まれるような恐怖を感じ、思わず足が止まった。

 同じく怯えたらしい野鳥達が群れで空へ羽ばたいていく。


 それは俺が今まで感じたことの無い類の妖力だった。


 他者を慈しむような雰囲気を持つガイアの物とは違う。

 溢れんばかりの警戒心を孕んでいたアグニの物とも違う。

 心を閉ざし他生物を拒絶していたドロプの物とも違う。

 骨の髄から人間を憎みきっていたマグラの物とも違う。


 最も近い例を挙げるならば龍人(スケイル)だろうか。

 ただ、まだ奴の放つ気配の方が可愛げがあったと思う。

 少なくともアイツは俺達のことを敵として見ていたから。


 例えるならば、コレは俺達が食事の際に抱く感情だ。


 『美味しそう』,『早く食べたいな』。

 そんな無邪気な食欲が、妖力に滲み出ていた。

 殺意も嫌忌も含まれぬ、なのに酷く邪悪な気色を感じる。

 形容し難い不気味な感触が俺の背筋を這い上がって来た。


 …だが、それと同時に別の妖力が在ることに気付いた。

 湖畔のように静かで雄大な、深く洗練された妖力だ。

 二ヶ月,或いは三ヶ月前、俺はその妖力を肌で直接感じた覚えがある。


「…気にするな。」


 自らに与えられた任務を思い出し、再び駆け出す。

 俺が足を止めた数秒が、誰かの命に関わるかもしれない。

 大勢の希望がこの体に掛かっていることを自覚しろ。


 そうして俺は強大な化物達の存在を思考から消した。



 ◆



 街を発ってから、五時間は経っただろうか。

 俺の視界にキラキラと輝く美しい水面が映った。

 耳を澄ませば夏を感じさせるような小波の音が聞こえる。

 街中では嗅ぎ慣れない磯の香りが鼻を軽く刺激した。


 ――俺は、人生で初めて()を視た。


 景色を楽しむ暇は無い、即座に視線を外す。

 海が在るということは、大陸の端に来たということ。

 想定よりも一時間早い到着だ。上出来だろう。


 時折コンパスを確認しながら進んできた。

 迷宮までの道筋を大きく逸れたことは無いはずだ。

 後は辺り一帯を走り回って、迷宮の残骸でも在れば…


「!」


 その場で少し首を動かした時、それはすぐに見つかった。

 僅かに残った瓦礫山、そして大気へ霧散していく粒子達。

 間違いない、主を失い崩壊を始めたエヴィル迷宮だ。

 それは深い渓谷を挟んだ崖の向こう側に残っていた。

 多少遠回りをすれば、地続きを歩いて行けるが…


「…越えるか。」


 俺は『光』の床を駆使しながら、渓谷を自力で渡った。

 悠長に歩いている暇など無い。最短最速を求めた結果だ。


 だからこそ、その結論に至るのに時間は掛からない。


「……生体反応が、無い。」


 どれだけ妖力の感知を試みようが、誰も見つからない。

 この世界の生物は例外無く体内に妖力を保有している。

 戦闘経験が無い一般人だろうと、それは変わらない。

 迷宮の攻略隊は熟練の游蕩士達で組まれていたはずだ。

 誰かが生きているのならば、俺の妖力感知で当人の居場所までが判明する。


 生命の気配を探ることが出来ないとなると…。


「………………。」


 言葉にするのも嫌になり、思わず口を噤んでしまった。


 この時点で俺は『光』の使用を止めている。

 急ぐ理由も、目的も。…既に失われたと悟ったから。

 二本の重たい脚を動かし、ゆっくりと瓦礫へ向かう。

 心は鉛のように沈んでいたが、それでも俺は歩いた。

 せめて死体だけでも、彼らの遺品だけでも。この眼で確認するのが務めだ。


 ――しかし、坂を登った先で奇妙な物を目にする。


 そこはきっと庭園だったのだろう。

 禍々しい植物達が妖力に還って往く途中だった。

 半分程欠けた巨大な鉄格子が辺りに広く展開している。


 それらのすぐ近く。恐らく迷宮の入り口が在った場所。

 固い大地に、一本の細い片手剣が突き刺さっていた。

 遠目には十字架のようにも、墓標のようにも見える。

 想像すら出来ぬような深い物語の片鱗を見てしまったような気分だ。


 ただ、それよりも俺の視線を引いた物が在った。

 それは、辺り一面に散乱した数多の()()()()だ。


 一つ一つのサイズは掌に余裕を持って乗っかる程度。

 断面は職人が研いだ刃物のように滑らかであった。

 材質は石や土など様々で、何かを再利用したかのようだ。

 遺された片手剣の足元に集中したそれらは、神聖な供え物のようにも見えた。


 俺はその立方体達を踏まないようにしながら進む。

 迷宮の親玉が施した冒涜的な悪戯だったのだろうか?

 それにしては、丁重に扱われていたように感じたが。

 ――抱いた些細な疑問はすぐに消滅した。


「…………あ……。」


 消えゆく瓦礫の山の上に、一つの人影が在った。

 遠くからでも分かった、その体は血に塗れている。

 放置された人形のように、うつ伏せで転がる肉体。

 …期待するな。そもそもソレの妖力はゼロだ。

 哀れな被害者の遺体。せめて埋葬くらいしてあげろと訴える俺の脳は…


 ――突如、深刻なエラーを吐いた。


 それに伴い、俺の全身はピタリと硬直する。

 遂に脳ミソまで壊れたらしい。疲れているのだろうか。

 ピクリとも動かない人間の呼吸を検出することなど…


「―――ぅ――、―――すぅ―――。」


 その瞬間、俺は無意識に『光』を使っていた。

 超人的な速度以て、微かな寝息を立てる青年に近づく。

 青年の手首を掴み、自らの指を数本押し付けて、


「………!!!!!!!」


 ――正常な血液の運動を確認した。


 はち切れそうな感情を抑え、冷静に青年の身体を探る。

 深い負傷を負った様子は無い。衣服の汚れは返り血か。

 しかし、目立った外傷が無くとも内出血は見逃せない。

 とにかく一刻も早く医者に診せる必要があるだろう。


 俺は鞄から黄色の毛玉を取り出した。


「……ファイちゃん!」

『 ――pyuu,Pyui! 』


 それはニュートから借りた眷属。

 今の人類が保有する中で最大の機動力を誇る生物だ。

 彼女の出番は無いかと思っていたが、幸運にも訪れた。


 ファイは状況を理解すると、即座に巨大化を始めた。

 身を低く屈めた彼女の背に、力無く倒れた青年を載せる。

 次いで俺も柔らかい羽毛へ飛び乗り、…指示を出した。


「――メーセナリアまで、()()()()…!」


『 Pyuiiii…!!!! 』


 ファイは俺達を載せて飛び立った。

 初めて感じる彼女の本気。…『光』に匹敵しそうだ。

 冷たい夜の空を裂きながら、雛鳥は突き進んでいく。




 ……敢えて触れなかった、不可解な話がある。


 死に体で倒れていた青年の、付近に在った瓦礫や大地。


 それらには、"くり抜かれた"ような窪みが散見された。


 ()()()()()()がピッタリと嵌まってしまうような穴々が。



 ◆



「――エヴィル迷宮は崩壊済み。

 生存者は、タドクさんの一人だけでした。

 脈は安定していて、これといった外傷も無いです。

 予定通りメーセナリアまで送り届けます。…以上。」


 右手に握った妖具に通信を入れ、妖力を絶った。

 街から借り受けた、紺糸よりも高性能の通信器具だ。

 受信は出来ないが、送信機能に特化した優れもの。

 数十分もあれば街に設置された受信用妖具に俺の声が届くことだろう。


「………………。」


 夜風に吹かれながら、俺は考えを巡らせる。

 ファイの速度は確かに凄い。ただ、優しさも見えた。

 空気中の塵を退け、他化物の領域には決して入らず。

 未だ目を覚まさぬタドクを長い羽毛で覆っている。

 彼女は背中の俺達に極力負荷が掛からないよう、最大限気を遣ってくれていた。


 何処までも優秀な眷属だ。

 彼女ならば、一匹でタドクの護送を成し遂げるだろう。

 俺が付き添わなくても、きっと問題は無いのだろう。


「…ファイちゃん、()()()()。」


『 …………,―――Pyui! 』


 意図を理解したように、元気な返事をしたファイ。



 ――それを信じて、俺は彼女から()()()()()



 左人差し指の装飾品に妖力を流し込み、『光』を発動。

 宙に生み出した床を蹴りながら、夜空を駆け下りた。

 俺が向かう先には二つの巨大な妖力が駐在している。


 一つは、"明瞭"と呼ぶに相応しい太陽の如き輝き。

 一つは、"混沌"と呼ぶに相応しい深淵の如き暗がり。


 見事な対比を醸し出すそれらは、激戦を繰り広げている。

 どちらが正義でどちらが悪かを決議するかのように。

 どちらが化物界の覇権を握るのかを確定させる為に。


 数時間にも及ぶ戦闘は苛烈を極めているようだ。

 大気中の妖力が乱れ,荒れ果て,惑わされている。

 実際の戦闘を目にしていない俺でも、戦いの規模が災害級だと察せられた。


「……間に合うかな。」


 その戦いに手を出すつもりは毛頭ない。

 俺が横槍を入れられる次元では無い事は分かるから。

 ただ、彼らの戦闘の最後くらいは見届けたかった。

 強者同士の戦闘がどう転ぶのか、それを知りたかった。


 もし光が勝てば、世界に一先ずの安寧は齎される。

 あの精霊に、人間達を殺す趣味は無いだろうから。


 もし闇が勝てば、世界は何も変わらない。

 準備を整えた俺達が、代わりにソレを殺すだけだ。


 俺は、勝敗を見極め情報を得ることが必要だと考えた。

 それを街に控える人間に伝える義務があるのだと思った。


 …自分が観たいだけだろと非難されればそれまでだが。




 好奇心を抱きながら飛び出した俺の眼に映ったのは――



『 ……Kyuunn……, 』


『 ――HaHaHaHa!!!! 』



 ――――()()()()光の精霊の姿だった。




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