第三十話 トラウマ
シセルケトの中心部。
広い街の中でも特段大きなこの広場には、
全游蕩士と全亡骸達が一堂に会していた。
紺糸メンバーの中にはやつれた顔をした者がちらほらと。
きっとこの二週間の修行で地獄を見させられたのだろう。
まぁ、稽古の相手は体力が無尽蔵の亡骸達だ。
相当なスパルタ訓練を強いられた人も一定数いるとは聞いていた。
『――全員居るかぁ?』
中央に設置された演説台の上に乗っているのは、
相変わらずのほほんとした空気を纏うオオラモだった。
『数ぇられなぃから、居るってことにするなぁ。
今日が決戦当日。過酷な修行の日々は終わりだぁ。
後は二週間の成果を出すだけ…、簡単だよなぁ?』
オオラモは圧を掛けるようにニヤリと笑った。
ちなみに、彼の弟子となったミドルも魂が抜けたような表情をしている。壮絶な二週間を体験してきたのだろう。そこらの亡骸よりも亡骸らしい有り様だった。。
『そんなお前達に、一つ朗報があるんだぁ。
今日襲撃に来る幻妖三種が確定してなぁ。』
あぁそうか、候補は四体だったから…。
この前聞いた幻妖の内、一体は襲撃に来ない訳だ。
とは言っても、どの幻妖が来たとて大きく戦力図が変わることは無いだろうが。
『まず南門、来るのは朱雀だなぁ。
コイツは、……俺とロットの二人でやろぅかぁ。』
「ん、ふたりだけ? べつにいいけど。」
『保険で数十体の亡骸に控ぇてもらぅなぁ。』
不安を見せることなく淡々と話を進めるオオラモ。
彼の中には確実な勝算があるのだろう。
『次、西門。――あぁ、白虎か。
ここはそぅだなぁ、…ヒシ、クロスに頼むなぁ?』
「!」
『了解だ。』
『…クロス、保険は必要かぁ?』
『いや、問題無い。』
クロスははっきりとそう告げた。
それを見て満足そうに頷いたオオラモ、きっと聞く前からクロスの返答を予想していたのだろう。
…けど、俺達も二人だけか。
となると、残ったメンバー達は…?
『北門は、玄武が来るなぁ。
討伐は、残った二十八人全員で。頼むなぁ。
手の空いた亡骸もここの援護でなぁ?』
やっぱり、そうなるのか。
正直過剰戦力な気もするが…、果たして。
『以上幻妖三体、余ったのは麒麟。
…最も望んでぃた展開、これ以上無ぃ幸運だなぁ。』
オオラモの言葉に頷くことで応じる亡骸達。
彼らの緊張感が少し緩み、静かな安堵が広がっていく。
聞こえた言葉は、『最悪は免れた』『勝ち目が出た』。
…つまり、麒麟は一体で戦況を大きく変えてしまうような幻妖ってことか。
『まぁ、強敵でぁることに変わりは無ぃ。
こちとら、三百年の恨み持ちだぁ。
リベンジ戦、気引き締めて行こぅなぁ?』
オオラモはそう言葉を括り、演説台から降りた。
代わるように台へ昇ったのは、ミドルとロット。
「よーし、ちょっとだけ喋る時間貰ったから手短に話させてもらうぜー。まぁ簡単な士気上げって奴だな!」
手慣れた様子でべらべらと話し始めるミドル。
先程の死体のような姿から一転、平静を取り戻していた。
…経験豊富なお調子者のムードメーカー。
普段は様々な人間から疎まれているミドルだが、こういった鼓舞が必要な場面に彼ほど適した人物はいないだろう。
「いやぁ、緊張するな~。こんな大勢の前で喋ることなんか中々無ぇからよぉ。数人の仲間内でくだらねぇこと喋るのは得意なんだが、それとは訳が違ぇんだよな。だって、今のお前らは俺の話に耳傾けてるだろ? 普段は適当な相槌で聞き流してる癖によぉ! 都合の良い男共だな! どうせてめぇらは裏で俺のことを"お喋り顎鬚雑魚ジジイ"とでも呼んでんだろ?? あぁ、俺ゃ全部知ってるぜ! 游蕩団事務所のお姉さんが俺のことをブラックリストに登録してることも、お前らが寝てる俺の顔に落書きしてケタケタ笑ってたことも、紺糸本部に置いてあった俺のプリンを盗んだ真犯人も!! ふざけやがって! そういう嫌がらせは全部告発文として記録してあるからな! 遺書にしてロットに託してあるから、俺が死んだときがオメェらの最期だ!! 覚悟しと」
「ミドル、もうじかんない。」
「あ? まだ序章の序章なんだが!」
「はやくおわらせて。」
「ったく、しゃあねぇなぁ。」
「ちなみに、いしょはもやしたよ。」
「……ぅえぇ??」
「"おしゃべりあごひげじじい"ってあだなもガチ。」
「――よぉしよしよし。たった今、気が変わったぜ。…街に帰ったら即行で裁判だ、法の下にオメェら全員を豚箱送りにしてやる。
―――だからな? 全員で生きて帰るぞ。いいか、誰一人として欠けるな。じゃねぇと被告がいなくなっちまう。…こん中だと俺が一番先輩だからな、一つアドバイスだ。お前らが思ってるよりも、人はすぐ死ぬ。ちょっと眼を離した隙に、昨日までの親友が死体に成り果ててるんだ。想像するだけで背筋がゾクってするだろ? だが御伽噺じゃねぇ、現実で起こり得る話だ。これから相手にするのは幻妖、この中の誰かが死ぬ可能性だって充分過ぎる程にある。だから俺から伝えられるのは、"死ぬな"。本当にこれだけだ。――真剣に聞いてくれてありがとよ! 後はロット、―――うちのリーダーに引き継ぐぜ!!」
ミドルはロットに一礼をして、演説台を降りた。
自分よりも十歳以上若い少年に頭を下げる行為。
心の底からの尊敬と信頼が籠っているのだろう。
着飾らぬ、けれども堂々とした振る舞いで。
ロットは猫のような眼を大衆に向け、口を開いた。
…少し話は変わる。
防衛団の"後ろは視るな"という信条は、防衛士という職に就くもの総員に課せられた理念であった。
そして、対となる游蕩団に信条が存在しないということも、爺ちゃんから教わった記憶に新しい知識だ。
しかし、それはあくまで無所属の游蕩士に関してだ。
ギルドに所属する游蕩士には、各ギルドが掲げた活動方針に則して活動を行う義務がある。
姫萩の寵栄は『孤独な生き物の庇護』。
雄黄の鼓吹は『新たな街の創立』。
紺糸の惑溺は――
「――――『勝つ』、それだけ。」
「「「「 応!!!! 」」」」
たった一言。それに対する返事も、たったの一言。
何処までも貪欲に勝利のみを追い続けるギルド。
多分、ギルド内に上下関係が存在している訳じゃない。
ロットはそんなつまらない物を強いる人ではないだろう。
男達はただ、独りの小柄な少年に惹きつけられただけだ。
「……じゃあ、しゅつじん。」
直後、男達の力強い雄叫びがシセルケトに響き渡った。
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『良ぃチームだなぁ。』
「そう?」
『あぁ、ギルドって言ぅんだったなぁ。』
ロットとオオラモが横に並んで歩いている。
彼らが向かう先は南門。朱雀を迎え撃つ為だ。
『俺達の時は…、もっと殺伐としてたからなぁ。』
「ゆうとうしが?」
『この街はそうでも無かったけどなぁ。』
オオラモはしみじみと呟いた。
『昔は游蕩団と防衛団がいがみ合っててなぁ。
化物の討伐数で競ったり、街中で直接的な喧嘩が起こることもあったくらぃさ。
同じ人間なのに…、何でだろぅなぁ…?』
「ふーん、それはそれでいいんじゃない?」
『っはは、ロットは戦ぃたぃだけじゃなぃかぁ?』
「そうかもね。」
珍しくフッと微笑んだロット。
それほどオオラモとの会話が心地いいのだろう。
『そぅいえば、この二週間はどぅだった?」
「たのしかったよ、みんなつよかったし。」
『そりゃぁ良かった。勝率はどんなもんだぁ?』
「…ごぶ、かな。つよいひとには、まじでかてなかった。」
『五分なら充分じゃないかぁ?
生きた年数も、踏んだ場数も違うからなぁ。』
「うん、くやしいけどね。」
『そぅ思ぇるなら、まだ強くなれるなぁ。』
オオラモはわしゃわしゃとロットの頭を撫でた。
子供か、孫か。幼子を愛でるような眼差しで。
「てかさ、オオラモたち、べつにばけものじゃないよね。」
『おぅ? どぅいぅ根拠の推測だぁ?』
「ふつうに。ようせきもってないでしょ?」
『…あぁ、『体の内部に妖石を保有してぃる存在』を化物って考ぇるなら、確かに違ぅかもなぁ。
けど、俺達はもぅ人間ですら無ぃだろぅ?
そんなら化物って言ったほぅが楽なんだよなぁ。』
「なら、べつにいっか。」
『っはは、人間に拘ってる訳じゃなぃしなぁ。
どんな生物でも、大切なのは"どう生きるか"だしなぁ。』
亡骸達は既に割り切っているのだろう。
二度目の生を享け、果てしなく長い時を生きてきたことも。
…自分達の魂がこの街に封じ込められていることも。
「――もう、ちかいね。」
『あぁ、向こぅから迎えてくれるみたぃだなぁ?」
オオラモとロットの視線の先。
崩れかけた南門の、最も高い場所。
――巨大な緋色の鳥が、降り立った。
『…三百年ぶりだなぁ? 朱雀。』
『 ――VVOOWWWRRRRAAAAA!!!!!! 』
鮮やかな朱色の羽毛に包まれた、美しい翼を広げ。
豪炎を纏った尾羽で、下界を火の海に変化させながら。
咆哮を上げる朱雀は、己の再来を世に知らしめた。
ある男は、そいつを第二の太陽と称した。
あぁ、それほどまでに奴の姿は巨大だったから。
ある男は、そいつを世界の終焉と称した。
あぁ、それほどまでに奴の炎は猛威を振るったから。
ある少年は、そいつを一目見るや否や
「…いいね。」
億すことも無く、そう呟いた。
少年が奴を討ち取れる根拠など、何処にもない。
少年と奴が持つ妖力量には、圧倒的な差があった。
少年は奴よりも数十,数百倍、小さな存在だった。
けれども、少年の顔から自信が消失することはなかった。
彼の眼には、これから墜とす鳥類の姿しか映っていない。
彼の耳には、不愉快な獣の呼吸音しか入ってこない。
……少年の五感が際限なく研ぎ澄まされていく。
『援護は俺がするからなぁ、――思ぅ存分暴れなぁ?』
その声を皮切りに、ロットは地上を捨てた。
◇
人間離れした身体能力で壁を駆け昇るロット。
左右の手に握った短剣を崖に打ち込み、それを支えとして自身の身体を更に上方へ運び上げ、
『 ……!!! 』
朱雀ですら目を見張るような速度で、ロットは壁上への到達を果たした。
しかし、眼前に躍り出た無防備な弱者を朱雀が見逃すはずも無い。
朱雀の羽毛が一枚、宙へ舞い落ちた。
朱色の羽は激しい熱を帯び始め、轟々と燃え上がり、
身動きを取れぬロットへと容赦無く襲い掛かった。
『――《壊変》』
しかし、羽の炎は一瞬にして鎮火される。
成し遂げたのは地上の亡骸――オオラモだった。
それを見ても、朱雀に焦りは生じない。
奴にとってその妖術は既知の物だったから。
"三百年の時を経ても相手の腕前は変わっていないか"。
宿敵の実力を推し量る為の小手調べでしかなかった。
――慢心が身を滅ぼすとも知らずに。
『―――!!!!』
朱雀の意識が地上から空中へと引き戻された。
目の前の人間が、既に無視のできない存在になっていたから。
先程、取るに足らない相手だと判断した小物。
そいつが何故か、莫大な妖力を手に入れている。
『 VVWOO…!!! 』
朱雀の唸り声に浮かぶ動揺。
奴にとってその変化は未知の物だったから。
生物が未知の現象に対して取る行動は二つ。
尻尾を巻いて逃げ出すか、……力を以て、圧し潰すか。
『 ――VVVOOOWWRRAAAA!!!!! 』
…不幸なことに、朱雀が選択したのは後者。
奴は体を前に押し出し、ロットを仕留めに掛かった。
『ロットぉ、全力でなぁ?』
「………とうぜん。」
右手に握られたロットの短剣が淡い青色に強く輝きだす。
彼は朱雀のプライドだけは高い鳥頭に狙いをつけ。
澄み渡った巨大な冷水の塊を乱暴に打っ掛けた。
◆ 十数分前
「ぶっちゃけさ、かちめあるの?」
『ぁれ? 珍しく弱気だなぁ。』
「まあね、ちょっとまえにいやなことあったから。」
『何があったんだぁ?』
「げんようとたたかって、ぼこられた。」
苦い顔をしながらオオラモと話すロット。
きっと彼が言っているのは<鱗片の影>の話だろう。
最終的に龍人を討ち取ることが出来たとはいえ、ロットは一度そいつに大敗北を喫している。
『ふぅむ、よくぁる話だなぁ。
一種のトラウマになってるんだろぅなぁ。』
「とらうま…ってほどでもないけど。」
『ロットはソイツ以外の幻妖と闘ったことはあるのかぁ?』
「めいきゅうは、なんかいかだけ。」
『じゃぁ質問を変ぇる。
ソイツの後に一回でも幻妖と闘ったかぁ?」
「…それは、ないかも。」
『だから、その時の敗北をまだ引っ張ってるんだろぉ?』
「…………。」
ロットにとって、その指摘は図星だった。
龍人に植え付けられた"負け"の記憶。
その種は彼の自尊心を正確に蝕み、今や破壊寸前にまで至っていた。
オオラモがロットの感情の機微な揺らぎを察知したのは幸運だっただろう。
『一個、気になってぃたことに合点がいった。
二週間前、"相手が強いか?"って俺に聞ぃてきたよなぁ
アレ、実はビビってたんじゃなぃのかぁ?』
「……うん、またまけるのいやだったから。」
『戦いが嫌ぃって訳じゃなぃんだよなぁ?』
「うん、たたかいたいってきもちはある。
地のせいれいとも、…たたかわせてもらえなくて、おこったぐらいだから。」
"けど"――そんな逆説の接続詞でロットは話す。
「げんようは、ちょっとちがうんだよね。
まえに立つと、かてないってかんじるっていうか。」
『話は分かった。解決策もなぁ。』
「…ほんと?」
『あぁ、簡単だよなぁ?
――今日、幻妖をぶっ倒せば済む話、だろ?』
事もなげに解決策を提言するオオラモ。
だが、それを聞いてもロットの表情は優れない。
「……おれ、かてるきがしないけど。」
『っはは、大丈夫。心配すんなぁ?
ロットが負けることは絶対に無ぃからなぁ。』
そう、オオラモが断言した通りだ。
例えば、攻撃が当たらなければ。
例えば、一方的に攻撃が出来れば。
例えば、妖力量を幻妖並に引き上げれば。
ロットが負ける未来など、万に一つも訪れない。
◆
全身に水を浴びせられ呻く朱雀。
尾羽で燃えていた炎はその勢いを著しく低下させていた。
『調子は?』
「ばつぐんに、いい。」
『なら、もっと叩き込みなぁ?』
直後、ロットの左手の短剣が強い緑色に発光しだした。
『 ――――!!!!!! 』
「………んっ。」
驚愕の表情を浮かべた朱雀の腹部に、巨大な『風』の刃が突き刺さる。……既にロットは、次の妖術の準備に取り掛かっていた。
"ありえない"――朱雀はそう感じただろう。
ロットが繰り出す妖術は、その一つ一つが凄まじい威力を誇っていた。
一撃目はまだ理解出来る。
矮小な人間が持ち得る妖力を振り絞り、全力を以て使用した妖術だと考えればそれまでだ。
だが、その直後に同威力の激烈な妖術を発動するのはどう考えても不可能だろう。
それを可能にするほどこの人間は強くないから。
…などと考えていた朱雀。
その全身に、粘性の毒物が容赦無くぶちまけられた。
『 ―――VVWORR……!!! 』
「…………ん……。」
右手の短剣から紫色の輝きが失せていく。
…しかし、次は左手の短剣が緋色に輝きだした。
確かに、ロットの保有可能妖力量は大して多くない。
朱雀の推測通り、大技単発で妖力が底を突く程度。
必殺技レベルの妖術を三連発など、正常ではない。
――妖力の回復速度が底上げされていなければ。
『封』による妖力孔の制御。
それは特に、術者本人のモノに限定される訳では無い。
様々な条件を掻い潜れば、他人の妖力孔であろうと精密な操作が可能になる。
…当然、"術者の卓越した技能"が必須な訳だが。
その点に於いてオオラモの右に出る者は存在しない。
結果として、ほぼ無尽蔵の妖力を手に入れたロットは、その恩恵に与り思うがままに妖術を振るっていた。
朱雀は悟る。
このまま戦闘が続けば、自分の体は耐えられないと。
確実に、命を落とすことになるのは自分の方だと。
だから奴は、『力』の刃を自ら受けに行った。
「! ……んっ…!」
ロットの顔が驚きで満ちた。
しかし、即座に平静を取り戻した彼は『力』の妖術を解放した。
『 !! …VVWWOo……!!! 』
朱雀の心臓に圧迫するような重圧が掛かった。
それでも、これまでの技に比べれば浅い。
"人間の妖力はまだ回復していない。"
この密着状態ならば、確実に攻撃が当たる。"
――朱雀の尾羽が再び燃え盛った。
蔓のように細長いソレは自由自在に宙を動き回り、矛先をロットに定めた状態で彼の四方八方へ取り囲むように配置される。
「………やば…。」
『 VVVVVOOOWWWRRRAAAA!!!!!!!! 』
ロットの呟きも虚しく超速で動き始めた尾羽達。
ソレらがロットに突き刺さる……寸前。
…世界が崩壊するかのような轟音が鳴り響いた。
同時に朱雀の巨体が上空へ弾き出される。
それを成し遂げた男――オオラモは、間一髪で窮地から逃れたロットの落下を両腕で受け止めた。
『 VVVOOWW……, 』
『大丈夫かぁ?』
「…うん、せーふ。」
『なら、もう一回行ってきなぁ。』
「……さっきのオオラモのやつ、はじめてみた。」
『アイツも学習する、これで手の内がバレたなぁ。』
特に困った様子もなくオオラモは笑って頭を掻いた。
…対し、ロットは意を決したように話を切り出す。
「もうちょい、ようりょくふやせる?」
『…出来ないことは無いけどなぁ。』
渋るような表情を見せるオオラモ。
彼が苦難の色を示している理由は明白だ。
妖力孔を狭め、妖力の放出を妨げるという荒業。
何のリスクも無しにメリットを享受出来るはずもない。
…生物が保有可能妖力量を超えた妖力をその身に宿した場合、その生物の生命活動に様々な悪影響が現れる。
第一段階――軽度の体調不良。
第二段階――肌の変色・変形。
第■段階――体に亀裂が発生。
最終段階――細胞の崩壊,灰化。……といった風に。
オオラモは当然そのリスクを把握している。
これ以上ロットの妖力回復速度を上昇させれば、間違いなく彼に副作用が現れるであろうということも。
――その時、朱雀が地上へ墜ちてきた。
苦しそうな呻き声を出す巨大な幻妖。
…ロットが使った『毒』が効いてきたのだろう。
仕留めるならば今が絶好のチャンスだった。
「だいじょぶ、いっしゅんでおわらせるから。」
『…! そこまで言ぅなら、やってみなぁ。』
オオラモの手に持つ妖石が灰色に輝きだす。
…するとロットの妖力量が徐々に増加しだした。
『はぃよ。』
「ありがと、――いってくる。」
ロットは二本の短剣をオオラモに預け、駆け出した。
彼が腰から引き抜いたのは、一本の美しい短剣。
刃に一切の錆は見られない。…未使用なのだろう。
『 VVWO…,…VVWWWOOORRRRAAAA…!!!!! 』
地に伏しながらも妖術を発動した朱雀。
「…オオラモ。」
『あぁ、――《壊変》』
しかし、奴が形成した溶岩の濁流は直ぐに妖力へ還った。
今の攻撃で朱雀の妖力も相当消費されている。
ロットと違い、奴はしばらく大技を放てないだろう。
…ロットの脚は止まることを知らない。
彼は一瞬にして朱雀へ肉薄し、――短剣を構えた。
「ロット、お前の刀が完成した。」
「ほんと? おもったよりはやいね。」
「あぁ、アグニのおかげだ。」
『 Syuu, 』
「それで、おかねは?」
「必要ない、私の趣味だからな。
むしろ練習させてくれたお礼を言わせてくれ。」
「れんしゅう? わかんないけど、わかった。」
「ふふっ、早速実物を見て欲しい。……これだ。」
「……! これ、れんしゅうなの?」
「あぁ、あの無銘の刀には一歩及ばなかった。
けれど、私の中では間違いなく最高傑作だ。」
「うん、おれもそうおもう。」
「龍人の妖石を使ってある。
お前の使う『闇』とも相性が良いはずだ。」
「…うん、たいせつにつかう。」
「そうしてくれ。その短剣の名は――」
「…『海月』。」
形貌に劣らぬ、秀麗な名を与えられた一振りの刃。
その刀身が柄から順に艶やかな漆黒へと染まっていく。
『闇』の使用は他の妖術に比べ絶大な妖力を必要とする。
放たれる技の威力もそれに足る物ではあるが、常人が『闇』を使った直後はその反動によりしばらくの間身動きを取ることすらままならなくなるのだとか。
そして、ロットが『闇』の反動に耐えられないことは地の精霊戦で既に証明済みだ。
ロットが構えている妖術は『闇』の必殺技。
万が一その技で仕留め損ねれば、一瞬にして劣勢となる。
それでも、彼は臆することなく剣を振り下ろした――
「――《万喰》」
『 ……VVVVooWWWRRRAAaaaa!!!!!! 』
宙へ生み出されたのは、質量を持った純黒の影。
万物を闇に葬り去るその影に対し、朱雀は自らの両翼を差し出した。
命を繋ぐ為の、土壇場での取捨選択だった。
結果として、翼を取り込むことで吸収可能物質量の限界を迎えた影塊は、己の役目は終えたとでも言うように妖力へと還っていった。
消えた両翼の付け根からぼたぼたと血を垂らす朱雀は、自らの傷すらも忘れて口角を吊り上げた。
翼を捨て、急所を守るという賭けに勝ったのだ。
更に幸運なことに、獲物は眼前に立っている。
朱雀ならば、妖術を使わずとも尾羽を届かせて殺害することが可能な距離だった。
厄介な援護役の妖術が放たれるよりも早く、無力な餓鬼の心臓を一突きすれば終わる。…愚鈍な鳥はそう考え、笑っていた。
――ロットが再び『闇』を構えるまでは。
「……おれの、かち。」
『 ………!!!!!! 』
朱雀は見落としていた。
自らの推測が全て、"ロットが『闇』で行動不能になる"という前提の下で行われた物であるという事実を。
地の精霊との戦いから三ヶ月。
ロットは、寝る間も惜しみ爪を研いでいた。
強力な『闇』をノーリスクで使用する為に。
来たる幻妖戦で、次こそ完璧な勝利を収めるために。
強力な技の反動など既に克服した。
朱雀の一部を喰らい、妖力も満杯だ。
『 VVW…, ――VVVOOWWRRAAAaaaaAAAaa!!!! 』
朱雀の尾羽が到達するよりも数瞬早く。
ロットは短剣を振り上げ、…その妖術を、発動する。
「―――《虚空》っ…!」
…晴れた空を、漆黒の膜が覆った。
太陽も月もその他の星も見えぬ、純粋な夜そのもの。
ベールのような薄い膜は、少しずつ高度を落とすと…
抵抗する朱雀の全身を、ゆっくりと包み込んだ。
暫しの時を経て、太陽の灯りが再び世界を照らし出す。
刹那の夜がこの世界に与えた影響はたったの一つ。
朱雀という幻妖の抹消、それだけだった。
◇
『ロット、お疲れぃ。凄ぃ妖術だったなぁ。』
「うん、せいこうしてよかった。」
オオラモはロットの服汚れを払いながら嬉しそうに笑っている。この戦闘に於いて彼が残した功績はロットのそれに匹敵するはずだが、オオラモがそのことを主張する様子は見られない。あくまでロットを褒め称えるまでに留める、…それが、彼の性格を如実に表しているのだろう。
オオラモは地面に落ちていた朱雀の妖石を拾い上げると、少しも惜しみを見せずにロットへ差し出した。
『はぃ、これはロットの戦果だなぁ。』
「! いいの?」
『勿論、…俺にはもぅ必要も無ぃからなぁ。』
「……………。」
しみじみとそう呟くオオラモ。
そんな彼から、ロットは何かを感じ取ったようだ。
「…おねがい、あるんだけど。」
『おぉ? 何でも言ってみなぁ。』
ロットは決心したように口を開いた。
「さいごに、"しゅぎょう"してよ。」
『…っはは、そんなことかぁ。』
ロットが言う"修行"。
それは実戦訓練のことを指す。
つまり、オオラモに"俺と闘え"と頼んでいる訳だ。
『そうぃえば、二週間俺のとこには来なかったなぁ。』
「うん、かくじつにかてないってかんじたから。
オオラモは、げんようにちかいかんじがする。
けど、いまなら。…かてるきがするんだよね。」
『朱雀も喰ってるしなぁ。
妖力も万全の状態、ってことだろぅ?』
軽く頷いたロット。
彼も既に『闇』の効果を察しているのだろう。
それを見たオオラモは、懐から指輪を取り出した。
「……オオラモのぶきは?」
『俺はこれ。…これが一番、落ち着くからなぁ。』
「…そう。ようじゅつも、なんでもありね。」
『あぁ、殺す気で来なぁ? 俺もそぅする。』
…小さな指輪に、大量の妖力が注がれていく。
「紺糸の惑溺りーだー、ロット。」
『元防衛団団長。オオラモ。』
名乗りと共に、オオラモの妖力量が膨れ上がった。
『…予知、振動、封印。全部使ぅからなぁ?』
「うん、いいよ。――ほんきでやろう。」
―――闇が天上を覆い隠し、波が大地を震わせた。
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