表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナノライト  作者: かざぐるま
第四章 Rise and Fall.
28/57

第二十六話 癒の精霊

 



『 GuooRRROOoooo!!! 』

「……!」


 雪猩(イエティ)が振り下ろした拳が目の前を通り過ぎる。

 やはり、情報通りだ。


 コイツは妖術を使わない。


 妖術に頼らない、純粋な身体能力。

 化物としては稀有。だが、決して弱くない。

 むしろ……、


『 GuoRRoo!! 』

「――くそっ…」


 かなり強い。


 俺が無様に逃げることしか出来なかったあの獅子(ダイバース)と良い勝負が出来るくらいの強さ。今の俺でも防戦一方。


 評価を誤った。

 相手の妖力量で力量を測るなとあれだけ言われたのに。

 なまじ妖力感知が出来るだけに付いた悪い癖だ。


 ……集中しろ。

 まだ気持ちが浮ついている。

 負ければリエルが死ぬ。

 これは命の取り合い。

 容赦も雑念も要らない。


 相手が拳で攻めてこようとやることは変わらない。

 無駄を削ぎ落とした最低限の防御だけでいい。


『 GuoRo!! 』

「……っ!」


 腰の入った雪猩(イエティ)の一撃。

 それを正面から、剣で受け止める。

 鳴り響く鈍い音。全身がビリビリと痺れた。


 既に雪猩(イエティ)は追撃の構えをとっている。


 ――OK、威力は掴んだ。

 それに匹敵するだけの妖力を指輪に注ぎ、


「……来いよ。」

『 GGuoRRRROOOOOooooo!!!!!! 』


 振り下ろされた奴の右拳を光壁で受け止める。

 その瞬間、光壁は軽い音を立てて砕けた。


 次。


 間髪入れず放たれた奴の鋭い蹴り。

 その太い脚が俺に到達するより早く光壁を形成。

 割り込むように創ったその壁もまた、蹴りが衝突した瞬間にパリンと音を立てて崩れていく。


 次。


 左拳。

 右拳。

 踵落とし。

 右蹴り。

 拳振り上げからの左蹴り。

 両拳の乱打。


 全身を使って雪猩(イエティ)が繰り出す攻撃。

 それら全てを矢継ぎ早に生み出す光壁で防いでいく。


 こっちは一撃でも食らえば即ダウンだ。

 洩らすことなく全て止めろ。

 そのうえで…、


『 ……!!! 』


 俺が放った超高温の光砲――《陽日(はるひ)》。

 それは雪猩(イエティ)の指を一本消し飛ばした。


「……足りない。」


 指一本程度の威力では弱すぎる。

 もっと集めろ。もっと増幅させろ。

 もっと凝縮しろ。まだ熱を上げられる。


 …あぁ、決めた。


 コイツを一撃で吹き飛ばす《陽日(はるひ)》。

 この戦いで目指すべき到達点はそこだ。




 ---




「――ぴゃぁぁぁ!」

『 GuooRROooo!! 』


 一人の奇声と一匹の咆哮が鳴り響く。

 この戦闘が始まってからかれこれ20分程。

 両者とも、未だに一切のダメージも無い。


 ミドルと対峙する雪猩(イエティ)にとって、それはまさしく未知であった。


 雪猩(イエティ)である自分が拳を振るえば、大概の生物は弾け飛ぶ。

 この広いチフリズ湖に生息する化物の中でも、それなりの上位に位置する種族であるという自負心があった。

 そも、チフリズ湖で雪猩(イエティ)が勝てない相手といえば、所謂"精霊"ぐらいだろう。あの二体を除けば、この湖にそこまでの強敵などいない。


 ……愚かな種族と言わざるを得ない。


「ミドル。ちぇんじ。」

「おぅよ! やっちまえ!」


 一人の少年がミドルの真横を走り抜けた。

 彼の目に映るのは大きな獲物ただ一つ。

 己が糧となるだけの雑魚をしっかり見据えている。


『 GuuooRRrrrooOOooo!!!!!』

「………。」


 ――――ふざけるな!!!

 そう怒鳴るかのように雪猩(イエティ)は吠える。


 一撃でも当たれば、

 一度だけでもその小枝のような体を掴めれば。

 それだけでお前らなど容易く粉砕出来るのに。

 どうして当たらない。

 何故そんな素早く動ける。


「………。」


 やはり少年――ロットは動じない。

 自らより数倍大きい体を前にしても。

 冷静に、機敏に、拳を躱す。


『 GUuooooRRRrrrooOOooo!!!!!』


 雪猩(イエティ)がロットに向けて全力で振り下ろした拳が地面に激突する。

 辺りに居た紺糸(こんいと)メンバーが思わずぐらつく程の地震。ミドルなど、尻餅をついて転げ回っている。


 だが、ロットは危うげなくその拳を躱していた。

 それどころか雪猩(イエティ)の太い腕を駆け上がり、既に彼は巨大な化物の眼前にまで迫っていた。


『 !?!?!? 』


 ふざけるな、

 なんだこの生き物は。

 なんだその動きは。

 なんだその()()()()は。


 ロットは剣先を雪猩(イエティ)の顔面に向け、



「――《万喰(よろづぐい)》」



 相手の頭部を『闇』が喰らいつくした。



 パチパチと小さな拍手が鳴る。


「ロット、お前また強くなりやがったな!」

「べつに、あいてが弱い。」

「いぃや、あの雪猩(イエティ)は普通に強かったぞ! お前がそれより強かったってだけだ!」


 ミドルの拍手に続き、

 一人、また一人と賞賛の声が伝播していく。

 終いには一種のお祭りのような騒ぎにまでなった。


「…うざいからそれやめて。」

「「「 すんません… 」」」


 ロットの鶴の一声…、"鶴の一声"というにはあまりにも冷めたその一言で、全ての喝采がピタリと止む。

 騒がしいのが嫌いなロットの性格を考えればそれはそうなるだろうが、最も幼い少年に頭の上がらない大人達というのはなんとも頼りないものである。



「気になることあるから、ぜんいんついてきて。」

「「「 あいよ! 」」」



 ただ、お互いの信頼関係だけは確かなようだ。




 ---




『 GuoRROo!! 』

「……、………、……、」


 …右、左、上、正面、

 お互いに一歩も譲らぬ攻防戦。

 物理vs妖術の戦いは佳境を迎えていた。


 …でも。大丈夫、もう見切った。

 威力は掴んだし、こいつに切り札は無い。

 ここからの大番狂わせは起こさせない。

 次で確実に仕留めよう。


 頭を回せ。


 付け焼刃にも等しい《陽日(はるひ)》。

 今足りてないのはその威力。

 威力を上げるためにまず考えることは注ぐ妖力量。

 ただあの技に関しては既に充分すぎる妖力を使っている。

 つまり、入力に対して出力が釣り合っていない。

 今必要なのは変換効率の向上。


「………。」


 ふと、左手で輝く指輪に目が行く。

 絶え間なく光壁を発動し続けている指輪だ。

 ユエが擬態花(プラント)の妖石で作ってくれた物。

 《閃裂(せんれつ)》に始まり、最近は幅広く使っていた。

 『光』を空間に設置する点では最も優れた形状だから。

 でも多分、不向きなこともある。

 指向性を持つ妖術とかには、あんまり向いてない。

 妖術を束ねて真っ直ぐ飛ばすなら、もっと…、


「……そう。」


 例えば、先端を尖らせた妖石とか。

 剣よりも短い、手のひらサイズの。

 普段から持ち歩ける30cmくらいの。


 片手剣を鞘に仕舞い、

 空いた右手を左手の袖に伸ばす。


「………ノールさん、」


 ニュートが言っていたことを思い出す。

 ――技量次第でなまくらにも業物にもなる。

 ユエの父であり師匠であるノール。

 彼は妖具師。鍛冶師ではなかった。


「使わせてもらいます。」


 取り出すのはノールに特注した針の暗器。

 最近はめっきり使う機会が減っていた。

 だが良い武器であるのは疑いようもない。

 俺が使いこなせていなかっただけだ。


 右手で長い針の末端を優しく掴む。

 暗器とは思えぬ持ち方、さながら杖のように。


 その杖に『光』を込めながら、指輪から妖力を回収。

 そんなことをすれば当然光壁は解除される訳で。


『 GuooRROoo!!! 』


 好機と見た雪猩(イエティ)が迫ってくる。


 狙うのは奴の心臓部。


 そこを杖の先端で真っ直ぐ指しながら。


 奴の拳が俺に触れるギリギリまで耐え、


 極限まで溜めた妖力を直線に放つイメージで、




「――《陽日(はるひ)》っ!!」




 圧縮した『光』が雪猩(イエティ)に触れ、

 奴の胴体に癒えることのない大穴を空けた。


 …白の大地にポトリと妖石が転がった。




 目標通りの威力。

 これなら胸を張って自分の妖術だと言える。

 アグニとシロンの戦闘を見に行って良かった。


「さて…、」


 妖力感知で周囲の様子を探る。

 雪猩(イエティ)の反応は大体消えている。

 残っているのは一匹…、―――!


「…マジか…!」


 残る一匹はかなりの距離を移動していた。

 想像以上の移動速度だ。

 あくまでも妖力感知。身体能力までは測れない。


 ただそいつの居場所がマズい。

 奴が居るのはリエルが逃げていった方向。

 これでは彼女と間違いなく鉢合わせるだろう。


「…いや、なんならもう……!」


 頭によぎるのは、『既に遭遇している』可能性。

 最も不運で、有り得るであろう可能性。


 どうか、無事で…!


 そう願いながら『光』で駆け出す。



 止んでいた雪が、少し強まった気がした。




 ---




「…ハァ、…ハァ…!」


 手の中の小さな命を抱えて、走る。

 当ては無い、行き先も決まってない。

 でも走らなければならない。


『 GUuooRROOoo!! 』


 あの化物から逃げる為に。


『 Pyuii! 』

「…ハァ…、ハァ…。――っ!!!」


 咄嗟の判断で前へ跳ぶ。

 直後に背後から巨大な破壊音が鳴った。

 どうやらあの化物が枯木を殴りつけたらしい。

 殴られた枯れ木は既に原形を留めていない。


 どうしてこんなことになったのか。

 ヒシさんの指示でキュペと逃げていたのに。

 突如崖の上から降ってきた化物に全て台無しにされた。


 厚い毛皮に覆われた巨体。

 間違いない、雪猩(イエティ)だろう。


 でも私の知る雪猩(イエティ)は四メートルそこらのはず。

 体長が六メートル近い雪猩(イエティ)など知らない。


 私の知る雪猩(イエティ)は腕が二本のはず。

 両腕合わせて四本もある雪猩(イエティ)など知らない。


 私の知る雪猩(イエティ)は眼が二つのはず。

 紅の瞳を四つも持った雪猩(イエティ)など知らない。


 特殊な環境条件で生じた突然変異か。

 その場合、今の状況は非常にマズい。


 尾が増える爬竜(リザード)から分かるように。

 化物の突然変異は、特定の器官が増えるという形で表れることが多い。

 異形の肉体を持つ化物ほど上位個体とも言えるだろう。


 ただでさえ危険性の高い種である雪猩(イエティ)

 それの上位個体が私に牙を向いている。

 普通個体すら狩れないような軟弱者に。


『 Pyuii…, 』


 キュペの震えが腕越しに伝わる。

 この子も怖いだろう。私も怖い。

 逃げ始めてからどれだけ経った?

 一分? 二分? 三分?

 過ぎ去る時間を果てしなく長く感じる。

 一歩でも選択を誤れば、行き着くのは死。

 もっと遠くへ、早く逃げなければ。


「……っあ……」


 足を踏み外した。

 気付かぬ内に傾斜の大きい坂へ追い込まれていたらしい。

 そこで足を踏み外したということは即ち…、


『 Pyuuu…!! 』


 転げ落ちることを意味する。

 キュペの絶叫を聞きながら、雪を転がる。

 髪が白く染まり、指が凍えそうなほど冷えた。

 それでもなお、転がっていく。



 ◇



 ようやく辿り着いた坂の底。

 逃走劇の果て、クライマックス。


『 GuoRooo… 』


 逃げ場のない、処刑場。

 飛び降りてきた執行者が唸る。

 一方的な蹂躙、圧殺、遊猟。

 私達に勝ちの目などない。

 助けてくれる人もここには居ない。


『 …!! 』

「……キュペ、…大丈夫。」


 私用に作られた軽くて細い剣を引き抜く。

 私では傷一つ付けることも敵わないだろう。


『 Pyui…? 』

「……大丈夫、だからね。」


 それでも足掻こう。

 少しの時間稼ぎでもいい。

 そうすればキュペだけは助かるかもしれない。


 ……手が震える。

 寒さか、恐怖か。私には分からないけど。


「…大丈夫。」


 自分に言い聞かせる。

 ヒシさんはいつもこの恐怖と戦ってる。

 この恐怖の中、私を守ってくれてる。

 ならば私も守る為に動かなければ。


「……足止めで充分。」


 ならば使う妖術はこれだろう。

 剣の刀身に『水』の妖力を込める。



『 GuoOOooRRRrrOOOOoooo!!!!! 』



 迫りくる雪猩(イエティ)

 震える手を押さえつけ、妖術を発動させる。


 イメージは、相手を凍らせて、

 …あの子にその拳が届かないように。


「お願い…、止まって…!!!」




『 ――PYUIII!!! 』




 ---




 その精霊は最弱と言われていた。


 当時人々の目を引いたのは、『火』『水』『風』『雷』。

 自然の力を行使出来る派手な妖術に憧れ。

 結果的に注目を浴びるそれらの研究は進み、

 目立たないそれ以外の妖術はほぼ未開拓状態だった。


 未知は愚かなことだ。

 研究が進んでいないからといって、最弱とは限らない。

 500年前、『封』の精霊を眷属に持った男が

 スイサルデウス山脈をぶち抜いたように。

 どの妖術にも脚光を浴びる機会というのはあるものだ。


 遥か昔、一人の女性が提言をした。

 防衛士・游蕩士という概念の無い初期の社会。

 生存の為、老若男女問わず前線に立っていた頃。

 彼女は言った。――街を作ろう。

 村のような小さなコミュニティではなく。

 もっと大きな集団を作る必要があると。


 だが、当然問題も生じるだろう。

 その集団を護りきるだけの戦力を用意しなければ。

 格好の獲物として化物に狩られるだけだ。


 そこで、彼女はその精霊と契約を結んだ。

 『火』でもなく、『水』でもなく。

 『()』を扱う最強の人間として君臨したのだ。

 原初の防衛団団長、ひいては街長の誕生だった。


 さて、ここで矛盾が生じる。

 それを聞いて『癒』の潜在能力を疑うものはいない。

 皆がこぞって研究を始めることだろう。

 だが、現代に至るまでその研究は進んでいない。

 それどころか、彼女が『癒』を扱う人間だったという

 記録自体、どの文書にも残されていないのだ。

 もっと云えば、彼女の死以降、

 癒の精霊は誰の前にも姿を現していなかった。


 …理由は至極単純である。


 彼女が『癒』の周知を()()()()()()()()


 ありとあらゆる記録を拒み。

 自分が癒の精霊を保持していることを隠し通し。

 その精霊の存在自体、世に現れないよう懇請した。


 言ってしまえば、彼女の行き過ぎた庇護欲だ。

 その精霊を愛すが故の行動。

 その精霊が醜い人間に利用されない為に。



 純真無垢、清浄潔白。性格は"友好"。

 穢れを知らぬまま700年の眠りについた小さな精霊。




 癒の精霊――キュペ。




 ---




 幼い頃、母親が私に見せた景色。

 部屋を漂う桃色に輝く粒子。

 包み込むように痛みを和らげてくれるそれに、

 純粋な子供の目を輝かせていた覚えがある。


 だからその輝きが何なのかはすぐに分かった。

 だがその『癒』が引き起こした事象には理解が及ばない。


「――!! リエルさん!」


 坂の上から呼び声が聞こえた。

 声の主は躊躇うことなく坂を駆け降りて来る。

 そして、私の視線の先にある物を見て、言葉を失った。


 そこにあったのは雪猩(イエティ)の凍死体。

 巨大な氷の中に閉じ込められた異常個体。

 今にも動き出しそうなその姿から目を離せない。


「これは…、リエルさんが?」


 雪猩(イエティ)の死を確認したヒシさんが聞いてくる。


「ぅ、ううん。確かに『水』は使ったけど…。」


 私ではこんな威力を出すことは出来ない。

 恐らく先程の『癒』が影響を及ぼしたのだろう。

 だが、『癒』を使ったのは多分…、


「……キュペ?」

『 Pyuii…? 』


 不安そうにこちらを見つめるキュペ。


「キュペが、やったの?」

『 …Pyui…, 』


 ゆっくりと頷いた。

 親に叱られる子供のような顔だ。



 だから、キュペに近づき、その小さな体を抱きしめる。


「…ありがとう、キュペ。本当に、ありがとう!」


『 …Pyui? 』


「怒ってないよ、責めてない。

 ごめんね、私が守らないといけなかったのに。

 キュペのおかげだよ。あんなに、強いんだね。」


 抱きしめる力を更に強める。

 優しい温もり、小刻みな震えが伝わってきた。

 そして、キュペはぽろぽろと涙を零し始める。


『 …Pyui, Pyuii…! 』


「怖かったよね、私もずっと怖かった。

 もう死んじゃうかと思った…、

 キュペがいなかったら、今頃、ほんとに、

 ……生きてて、よかった。キュペ、ありがとぅ…。」


 気付けば涙が零れていた。

 声にならない声で、キュペに感謝を伝え続け…、



 ◇ 



「ごめんなさい、リエルさん。

 俺がちゃんとしてればこんなことには…。」

「ぜんぜんっ! ヒシさんは大丈夫だった?」

「俺の方は特に問題なく。」


 目元の涙を拭いながら答える。

 彼は彼で戦っていた。

 むしろ私を守るのは二の次だろう。

 それを責められるほど自惚れてはいない。


「これはリエルさんとその子の分ですね。」


 彼はそう言いながら雪猩(イエティ)の妖石を回収する。


「幻妖に届くか届かないかくらいなので、

 売れば結構な値段になると思いますよ。」


 そう笑いかけてくれた。

 彼はしゃがみ込み、キュペに目線を合わせる。


「キュペ。君は精霊?」

『 Pyuii♪ 』

「一個聞きたいんだけど、最近の吹雪に覚えはある?」

『 ………, 』


 キュペの表情が固まる。

 何かに気付いたかのように。

 『あ、やべ』みたいな顔で虚空を見つめている。


「……叱るつもりはないよ。」

『 Pyui… 』

「解除できる?」

『 …Pyui! 』


 元気よく挙がる短い右手。

 すると、空を覆っていた鉛色の雲が晴れていく。

 晴れるというより、縮小するかのように。

 肥大化していた雪雲が元の形を取り戻していく。


「…これで良し、ですかね?」


 これで最近の異常気象の原因解明、

 及びその解決を済ましたということだろう。


 『癒』の力で少しはしゃいでいただけで、

 キュペ自体に悪気は無さそうだった。


 情状酌量の余地はあるだろう。

 …いや、いざとなったら私が守ろう。

 命を救ってもらった恩を少しは返さなければ。


「じゃあ、ロットさん達と合流しましょうか。」

「うん! はい、キュペもおいで…? ……あ。」

『 Pyuii? 』


 失念していた。

 キュペはもう仲間で私と一緒に来るものだと。

 勝手に一人で思い込んでいた。


 まだ踏むべき手順を踏んでいない。


「キュペ、もしよかったらなんだけど、」

『 ! Pyui♪ 』


 私が言い切るよりも早く、

 キュペが手を差し出して来る。

 その愛嬌のある姿に思わず笑みを零しながら、



「よろしくね!」

『 Pyui! 』



 小さな手を、握り返す。




 直後、柔らかな桃色の光が世界を包んだ。




 ---




「おいロット! お前どこまで行くつもりだよ!」


 山を越え谷を越え…、

 雪の上を歩くというのは想像以上に体力が要る。

 現役二十九歳のおじさんであるミドルにとってはかなりの重労働なのだろう。

 いや、彼に限らず、同行する紺糸(こんいと)メンバーの

 ほとんどが息も絶え絶えで雪中を行進している。


 ならば、三体の雪猩(イエティ)を狩った上で、

 涼しい顔をして歩くロットが異常なのかもしれない。


「いいから、だまってついてきて。」

「とは言うがよぉ。もう足が…。」

「ならべつに来なくてもいいよ。」


「あーあ! そんなこと言うんだな! 呆れたぜロット、今までお前の面倒見てやったのは誰だと思ってんだぁ? 俺がいなけりゃな、お前は今頃まともに飯も食わず道端で野垂れ死んでるぜ! 戦ってばっかでよ、たまには息抜きでもしろってんだ。この非行少年が! お前のおやっさんも寂しがってたぞ、ちょっとくらい家族の時間ってのも作るんだな! あの人も街長なんか押し付けられて大変だろうに、父親としての仕事にも悩まされてんだぞ。ちょっとは親孝行…」


「げんきじゃん、もっと歩いてよ。」


 ロットは後ろを見ることも無く先へ進む。

 ミドルは呆れ顔で笑いながらその後ろへ続いた。



「…でもリーダー。これどこ目指してんだ?」


 一人の屈強な男がロットに聞く。


 ロットは答えることも無く、

 すぐ近くにあった枯木の後ろに身を隠した。


 その行動を不審に思っている様子の男達。

 ミドルはそんな彼らの頭を押さえつけ、強制的にしゃがませた。


「! どうしたんすか、ミドルさ…」

「黙ってろ。絶対に気付かれるなよ。」


 ミドルのいつになく真剣な表情。

 游蕩士としての貫禄を滲ませるその声に、

 周囲のメンバーも只事ではないと悟る。



 彼らの正面にあるのは、平たい氷の大地だ。

 身を隠せるような障害物の無い、楕円形の土地。

 スケートリンクのような、広大な土地だ。


 それを見たメンバーは察する。

 恐らく、ここが本来のチフリズ湖なのだろうと。

 ここら一帯がチフリズ湖と名付けられた由縁なのだろうと。


 そして、彼らは釘付けとなる。

 その凍った湖の真ん中に寝そべるソレに。



 キラキラと輝いて見える純白の体毛。

 体長は三メートル程度、黒の目と鼻がよく目立つ。

 丸々とした体つきに見えるが、

 その種族の危険性を知らない者はいないだろう。


 いや、その種族というだけならまだよかった。

 問題は相手が化物であり、幻妖であり、

 人々を恐怖に陥れた精霊であるということだ。



 白熊のような外見をした、"■殺"の精霊。




 水の精霊――サラキア。




「あれが…。」


 一人が小さく呟く。その呟きは――疑念。

 聞いていた身体的特徴は持っている。

 だが、にしては妖力量が少ない。

 本当に伝承通りの実力があるのかと。

 そう言いたげな呟きだった。


『 …………。 』


 その時、水の精霊が眼を覚ました。




「……ひぁっ…!?!?」




 呟きを零していた青年が()()()()()



 遠く離れたその距離。

 青年の妖力感知精度は、平均より少し上程度。

 特別サラキアが威圧した訳ではない。



 にも関わらず、だ。

 サラキアの妖力に触れたその青年は腰を抜かした。

 殺意でも敵意でもない、純粋な妖力だけで。

 その底知れぬ恐怖は語れるものでは無いだろう。



 ロットとミドルはただ無言で立つ。

 しばらくの後、口を揃えてこう言った。



 「「 ()()()()()。 」」



 いっそ清々しいほどはっきりとした。

 戦う前からの()()()()



 ◆



「あ、居た。」

「おぉ久しぶりじゃねぇか! 見ない内に随分大きくなったなぁ!」

「そんな時間経ってないけどねー。」

「ん、ゆきの原因は?」

「解決しました、そっちはクリアです。」

「おっけー。じゃあ、いこうか。」



「――シセルケト、だっけ。」




 ---




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ