第二十五話 極寒
「あ、ヒシ。」
会議室からぞろぞろと人が出ていく中、
不意にベイドから呼びかけられる。
「游蕩団事務所でお前の口座に報酬分のお金振り込んどいたから、確認しといて。」
「…あー、エフ森林での?」
「そうそう、遅くなって悪かったな。」
「いえ、あとで確認しときます。」
「ヒシ君、」
すかさずニュートから声がかかる。
「例の妖石が売れたようなので、
君の取り分を振り込んでおきました。」
「はい、ちなみにいくらくらいでした?」
「ふふっ、それは見てからのお楽しみです。」
「ヒシ。」
次はシロンから。
「星影は気に入ってくれたか?」
「えぇ、素晴らしい剣でした。」
「ふふっ、あれは私の中でも最高傑作だからな。
あと私も報酬を払った。確かめといてくれ。」
「ありがとうございます。」
一気に大金持ちになった気分だ。
後で金額の確認しないとな。
---
足首あたりまで積もっている雪の上を馬車で進んでいく。
目的地はユルドース。チフリズ湖に最も近い街で、今日はそこに一泊する予定らしい。
馬車に同乗するのはロットとミドルと紺糸数名。
メーセナリアを出てから今までの間、この馬車の喋り声は絶えることがなかった。
それは何故か――至極単純。
ミドルが一人で喋り続けているからである。
「――知ってっか? 雄黄の鼓吹。」
「きいたことはある。」
「六・七年前だしな、ロットはまだ十歳とかか? メーセナリアで暮らしてたんだったらそりゃ中々会う機会ねーよな! でもあのギルドは凄かったんだぜ? 当時あった他のギルドなんか比にならないくらいの強さでよ。メンバーは60人居るか居ないかだったが、色んな人材が集まってたな。」
「特にリーダーがヤバくてよ、『ヒューガ』っつぅ獣みたいな男だったんだよ。例えるなら獅子だな。金色の長ぇ髪で、身長は俺より余裕で十数センチくらい高かったな。あんなのに睨まれたら流石のロットでも泣いて許しを乞うだろうな! っははははは!」
「…その人、つよかったの?」
「強いとかいう次元じゃないな。俺も一回だけ戦い見たことあるが、ありゃバケモンだ。素手と石だけで化物を仕留めるんだぜ? 人間同士の喧嘩でアレに勝てる奴なんざいねぇわな。…あーそうだな、分かりやすいエピソードあるぜ。十年前、性格が荒れてた頃のニュートを叩きのめした挙句弟子に加えてる。」
「!」
十年前というと、俺がニュートを始めて見た日だ。
あのヤンキーを手懐けたというのか。
「んでよぉ、その雄黄の鼓吹でサブリーダーを務めてたのが、『ハノン』――俺の親友だったやつよ! あぁ、普通に男だからな? そいつがこれまたオモレー奴で、俺の数倍くらいとち狂ってやがんだよ。まぁ俺の数倍頭も良かったけどな! 確かA組に所属してたはずなんだが、"妖具製作"だけに目向けりゃ余裕でS組くらい行けたんじゃねぇかな。本人はその肩書きに対して興味無さそうだったけどな!」
「その雄黄の鼓吹ってさ、
おれが紺糸立てたときはなかったよね。」
「…おうよ、六年前に解散しちまったからな。
……まぁ、その話はまた今度してやるぜ!」
紺糸の惑溺が立ち上がったのは四年前。
ロットが史上最年少の12歳でリーダーとなった。
ロットのように情報に疎い者は知らないのだろう。
それが悪いことだとは言わない。
当時、俺も爺ちゃんから伝え聞いた時は衝撃だった。
一つだけ言えるのは、
恐らくミドルの言う"今度"が訪れることは無い。
…彼の口からそれが語られることは無いだろう。
「あ! そういえばよぉ~――」
ミドルが切り出した新たな話題で再び馬車に活気が戻る。
メーセナリアとユルドースを隔てる大河。
パームネマ川に架けられた橋を渡る。
ここまでで折り返しくらいだろうか。
雪の中でも一定のスピードで進み続けるこの馬はかなり優秀なようで、陽が落ちる前にはユルドースに辿り着けそうだった。
―――…………。
翌日、朝。
宿で朝食を食べてから、
旅の装備を整える為に一人で街に繰り出す。
出発は昼前だと聞いたから、時間はまだまだ余裕がある。
ユルドースは研究業が盛んな街なだけあり、質の良い妖具や医薬品などが安価で手に入る。
逆に食料などは他の街から仕入れている物が多い為、少し値段が張ったり…。
そういった物価事情も街によって全然違うものだから、思わず色々な品物に目移りしてしまう。
と、大通りを歩いていると、
前を歩いていた人に軽く衝突してしまった。
「あ、すみません。」
「…いぇ…、……え?」
水色のフードを深く被った少女は小さな声をあげる。
同年代くらいか、…声に聞き覚えがあるような、
「………リエルさん?」
「――こっち!」
「っぅえ??」
唐突に、その少女――リエルに手を掴まれる。
そのまま反抗する間もなく路地裏に連れ込まれた。
「リエルさん、ですよね?」
「…うん、まさかこんなとこで会うとは…。」
彼女は頭からフードを外した。
透き通るような水色の髪と瞳。
二ヶ月ぶりに見る、相変わらずの可愛らしい姿がそこにはあった。
「どうしてユルドースに?」
「こっちの台詞だよー。奇遇だね!」
「どうしてフードを?」
「…うぅん、まぁ、色々あって…ね。」
狼狽えながらの返事。
あまり追及されたくない理由があるのだろう。
「逆にヒシさんはなんでここにいるの?」
「依頼で、『この異常気象をどうにかしろ』と。」
「もしかして、チフリズ湖に行くの?」
「はい、もう少しで出発します。」
リエルは少し思案するような仕草を取る。
「…私もチフリズ湖に行くんだけどさ、
ヒシさん達と一緒に行ってもいい?」
「!」
思いもしない提言。
「リエルさんはどういった用件ですか?」
「…依頼で、調査頼まれててさ。」
「なるほど…。」
正直、危険極まりない。
俺はまだチフリズ湖に足を踏み入れたことが無いが、ニュートやベイドから聞いた話からその危険性は重々承知だ。
どうしてもリエルの身を案じてしまう。
「…リエルさん、その依頼は
自分の意思で引き受けた物ですか?」
「…うん。」
ならば、俺に止める権利などない。
俺にある権利は"一緒に付いてくるか""否か"だけだ。
「…はい、一緒に行きましょうか。」
「…! ありがと、よろしくね!」
リエルは無邪気な笑みを浮かべた。
「…行こか。」
「「「 おー! 」」」
ロットがスタスタと先頭を歩き始め、
その後ろに30人弱の紺糸メンバーが続く。
列の最後尾は俺、リエル、ミドルだ。
「うぅ~! 寒ぃな!」
「ほんとにねー。」
「これだけ厚着してても足りないですね…。」
チフリズ湖までは徒歩で五日ほど。
つまり最低でも四回はテントで夜を過ごさなければならない訳で…。
「夜は凍死しかねないですね。」
「多分今はまだマシな寒さだぜ? チフリズ湖一番の死因は"凍死"だからな。この異常気象で、あそこの温度がどれだけ下がってるかわかんねぇしな。」
「この依頼、とんでもない難易度ですね…。」
凍えるほどの寒さを凌ぎながら、
水の精霊から自らの命を守れと。
しかもその後にもう一つ大事な任務が残っているのだ。
「まぁそんな心配すんなよ! そもそも水の精霊に原因がある可能性が一番高いってだけで、あくまで推測でしかねぇんだ。ベイドも命を賭けて依頼を達成することまでは求めてねぇ。『調査、上手くいけばいいなぁ。』くらいの心持ちでいぃんだよ!」
本当に、この男はよく他人のことを見ている。
紺糸の屋台骨とまでは言わないが、紺糸がギルドとして在る為に重要な役割を担っているのは疑いようもない。
「…ねー、ミドルさん。」
「ん? どした? 愛の告白なら喜ん」
「みんなどこ行ったの?」
え?
「…………。」
前方に目を向けると、十数の人影が眼に映った。
たったの十数人しか居なかった。
ほんの十数分前、今の二倍は居たはずなのに。
「なんならロット君も居ないけど…。」
「………………。」
「ぁはっはっは! 当たり前だろ!」
ミドルは心底楽しそうに笑う。
「紺糸が列なんざ組める訳がねぇ。」
「ベイドさーん? 多分人選ミスってますよー。」
空に問いかけるが、当然返事など返ってくる訳も無く。
ただ不安と後悔のみが心に残る。
四日目の夜になり、ようやく大半のメンバーが復帰した。
まぁ彼らには耳に付けた通信機があるから、逸れたとしても然したる問題にはならないのだろうが。
…それでも自由気ままが過ぎる。
一応俺の補佐のはずなんだけど!
気付けば消えてる助手とか嫌なんだけど!!
そんなことを口に出すつもりなど毛頭無いけど。
全員、俺より経験も知識もあるような游蕩士。
いざ戦闘になれば、一片の油断も無い目つきになる人達だと知っているから。
五日目。
特に大きな問題も無く、目的地に辿り着いた。
チフリズ湖と聞けば、見渡しの良い美しい湖を想像する人も居るかもしれない。
少なくとも、巨大な山々がそびえ立つ雪と氷の大地を想像する人は居ないだろう。
息すら凍るような極寒の大地を想像する人は何処にも居ないだろう。
しかし、それが現実。
眼に映るのは湖の面影など一片も無い、純白の世界。
これを見て幻想的だと思うだろうか。
はたまた美しいと感じるだろうか。
俺は恐ろしいと感じた。
---
現在チフリズ湖と呼ばれている場所には、
端から端を確認出来ないほど大きなクレーターがあった。
その窪んだ大地には、
『ディプバーレ』という人間の街があったらしい。
四季のある穏やかで暖かな大地で、
沢山の人々が平和な生活を営んでいたらしい。
400年と少し前。
ガイアが地の精霊となるよりも前の話。
数万人の人が住むディプバーレが、水底に沈んだ。
比喩無し、誇張無し。文字通りだ。
誰にも知覚出来ぬ間に窪地が水で満たされた。
通称、<霜の矜持>事件。生存者は零。
つまり、今俺が歩いている場所は凍った湖の上で、
この数百メートル下には一つの廃街が広がっているのだ。
その惨状を作り出した化物は今もこの地に君臨していて、
チフリズ湖に足を踏み入れた時点で命の保証は潰えた。
いつ氷漬けにされてもおかしくない、そんな状況。
「壮観だねー!」
それでも、横を楽しそうに歩く少女だけは。
命に代えても護りきる義務がある。
「そこ滑るので、」
「あ、ごめんね。ありがと。」
俺が差し出した手を握り返したリエルが、
たどたどしい足取りで氷の上を歩く。
激しかった吹雪はほとんど収まっている。
このままずっと穏やかな天候であると助かるが…。
地図を見れば分かるが、チフリズ湖はかなり広大だ。
それこそエフ森林やボルカラノ帯に匹敵する。
そんな場所を30人近くで回ろうとすれば何日かかるか想像もつかない。
効率を考えて二人一組で動くことになり、
俺がペアを組んだのがリエルだった。
ちなみに、人数が奇数な気付いたロットは
『じゃ、おれひとりで。』と速攻名乗り出た。
純粋に一人で動きたかったのだろう。
「――――。」
気がかりなのは、巨大な妖力の気配。
そう遠くない場所に1つ、遠い場所に4つ。
それぞれ準幻妖クラス。
出来ることなら遭遇は避けたい。
未だ居場所を掴めていない水の精霊を警戒する必要がある。
現段階での妖力消費は好ましくない。
「…ん? ヒシさん、あの子。」
リエルが指差す先に居るのは、一匹の化物。
背中の体毛は黒く、お腹辺りは灰色っぽい。
少し尖ったクチバシ、体長は膝より少し大きいくらい。
短い手足を持つその化物は、
『 Pyui, Pyuui, Pyuii! 』
可愛らしい声で歌っていた。
思わず相手が化物であるということを忘れてしまう。
…化物にしては妖力量がかなり少ない方だ。
危険性は少なそうだが、
「ストップです、リエルさん。」
横で身を屈めるリエルを手で制止する。
「……だめ?」
「はい、やめときましょう。」
近づきたくなる気持ちは勿論分かる。
だが、俺達が居るのはチフリズ湖。
凶暴な化物が跋扈する危険地帯。
例えどれだけ無害に見える相手でも油断は許されない。
『 Pyuii, Pyui! 』
「………だめ??」
「んっ…、…いや、だめ、です。」
よちよち歩くその後ろ姿はまるで赤子のようで。
楽し気に口ずさむその声はまるで天使のようで。
思わず心が揺さぶられる。
「…………だめ???」
「…だめです! 罠かもしれないです!」
「でも、あんなに小さくて
ふわふわしてて可愛いよ?
ちょっと撫でるだけだし、ね。」
「……まぁ、ちょっとだ、――――!!!」
突如鳴り響く轟音、音源は坂の上方。
目を向けると、川のように流れる雪が見えた。
「―――雪崩!!」
思考を巡らせる。
妖力の反応は無かった。
何者かの攻撃ではなく純粋な自然現象。
こちらに到達するまで恐らく五秒前後。
巻き込まれれば怪我は避けられない。
「っ、逃げましょ…」
横に居たリエルの手を引こうと手を伸ばすが、
それは虚しく空を切っただけで終わる。
…リエルが居ない。
いつから、どこに。
もう逃げた? いやそんな時間は無かった。
「―――あ、」
俺がそれに気づいた時、
彼女は既に小さな化物の体を抱きしめていた。
迫りくる雪の流れから庇うように、守るように。
…そうだ。
あの雪崩が真っ先に巻き込むのは俺達じゃない。
逃げることも抵抗も敵わないような。
まだ幼いであろう、小さな一匹のペンギンだ。
リエルは守りに行ったのだ。
自分の身を顧みることもなく。
――無謀だ。
それでは彼女も一緒に巻き込まれるだけで。
状況は何一つ良くなっていない。
『 Pyui! Pyuii! 』
「……違う。」
彼女が飛び出したから俺が気づけた。
無謀ではない、無駄にはさせない。
左手に『光』を込めながら、ひと飛び。
雪崩と天使達との間に割り込む。
シロンが編み出した《久遠》という技。
熱を凝縮してぶつけるというシンプルかつ斬新な技。
あれを見てから色々と試していたことがある。
その発想を『光』に持ち込めないかと。
だが光壁のような"粒子"として具現化させた『光』を凝縮させると言っても、全くイメージが湧かなかった。
イメージ出来ない限り、それを妖術で実現するのは不可能だ。
――囚われるな。拘るな。
《久遠》はもっと自由な妖術だった。
"粒子"である必要などどこにもない。
指輪が付いた人差し指を雪崩に向ける。
指鉄砲の形、《閃裂》と同じ構え。
ありのまま。
"波"としての『光』の線を。
幾千、幾万と束ねるイメージで。
「――《陽日》」
細い光線が雪崩の先端に触れる。
その瞬間、全ての雪が蒸発し、消滅した。
『 Pyuii…? 』
小さなペンギンはリエルの腕の中でゆっくり顔をあげる。
そして、既に脅威が過ぎ去ったことを理解し、
『 …Pyui! 』
安堵の表情を浮かべた。
リエルはそれを見て柔らかな笑みを浮かべる。
「リエルさん、怪我は無いですか。」
「…うん、ヒシさん、凄いね。」
「俺は、大して。凄いのはリエルさんです。」
「私こそなんもしてないよ。」
彼女は照れくさそうに笑った。
…脅威は去った。
しかし、脅威が一つとは限らない。
「リエルさん、今すぐここを離れてください。」
明確な殺意を感じ取りながら早口で告げる。
「勿論、その子も連れて。」
『 Pyuiii? 』
「…何かあるの?」
不安そうな顔のリエルが聞いてくる。
「少し危ないだけです。
大丈夫です、勝てる相手なので。」
「――分かった。…絶対死んじゃダメだよ!」
ペンギンの化物を抱きかかえ、走り去っていく。
大丈夫、その方向に化物は居ない。
俺がここで食い止めれば彼女達に危害は加わらない。
背後からドスンと鈍い音がした。
巨大なナニカが雪に着地した音。
『 GoooRRROOooo!!!! 』
振り返り、咆哮の主の姿を見上げる。
体長は目算で四メートル近く。
雪中での生活に適した分厚く長い白の体毛。
目元だけが妖しげな赤色に輝いている。
「……雪猩。」
チフリズ湖に生息する超危険化物。
先刻の雪崩、及び俺の妖術に引きつけられてやって来たのだろう。
俺が感知で捉えたのが五体。
残りの四体も獲物を探して歩き回っているはずだ。
なんにせよ、野放しには出来ない。
「…集中しろ。」
余計なことは考えなくていい。
妖力の節約も今は度外視だ。
そんなことを考えて勝てる相手ではない。
こいつは決して雑魚ではない。
今はただ目の前の化物に勝つことだけを。
---
『 GOooROOoo!!! 』
「きえぇぇえぇ!!!!」
「なに遊んでんスか、ミドルさん!」
「遊んでねぇよ!…どぅぉわああぁぁ!!!」
雪猩が振り下ろした拳をミドルが間一髪で避ける。
数秒の硬直、ベテラン游蕩士であるミドルがその隙を見逃すはずがない。
「隙だらけだぜえぇぇ!?」
片手剣で雪猩に斬りかかるミドル。
その刃は分厚い毛皮によって全て防がれている。
体の自由を取り戻した雪猩がミドルに蹴りを放つ。
が、またしてもミドルはそれをギリギリで回避。
続く殴撃・蹴撃の嵐をも、持ち前の身軽さを活かして避けていく。
「へいへーい! どこ狙ってんだぁ?」
調子に乗り始めるミドル。
遂には自身の剣をも地面に置いて、踊るような回避劇を見せていく。
「うおぉ!」
「よくアレ避けるなー。」
「いいぞミドル! その調子だ!」
いつの間にか集合している紺糸の面々。
彼らは一切加勢することなく、ミドルに賞賛の拍手を浴びせている。
「おらおら! 攻撃が甘ぇんじゃねぇか!?」
『 ……………… 』
ふと雪猩がしゃがみ込む。
再び立ち上がった時、その巨大な手には一本の片手剣が握られていた。
何を隠そう、ミドルの愛剣である。
「……いやちょっと待ってくれよ。な? 俺も悪かった。いや、俺が悪かった。だけどな、相手の剣奪うってのは戦士としてどうなのかって話じゃねぇか。お前にはその立派な拳があるだろ? そんな小さい剣に頼る必要なんかねぇよ。とりあえず一回それ返してくれよ、な。それ無いと俺に勝ち目ねぇからよ。対等に行こうぜ? …あ、待って、タンマ。構えるの一回やめ」
勿論、人間の言葉が雪猩に通じるはずなどない。
例え通じていたとしても、結果は変わらなかっただろうが。
『 GuooRRROOooooo!!!!!! 』
怒りの篭った方向と共に、
ミドルに刃が振り下ろされる。
「きぃええぇぇぇぇ!!!!」
「ミドルさん! 何遊んでんスか!」
「遊んでねぇよ!!!
てか見てねぇでさっさと助けろよ!!!!」
観戦をする彼らはそれでも尚動かない。
むしろ晴れやかな顔をしていた。
日頃の鬱憤が晴れたような、そんな表情だ。
『 GuuoooRROoo!!! 』
「どぅおおぉぉわああぁぁぁぁ!?!?」
---
雪の上を少年が走り抜ける。
彼の背後から迫りくるのは一匹の雪猩。
二間の距離は徐々に縮まっている。
あと十数秒もあれば少年は追いつかれるだろう。
「………………。」
少年――ロットは、靴に『力』を込めた。
次の一歩、地面を蹴る瞬間。妖術を発動。
地面の雪が粉になって舞い散り、迫っていた雪猩の視界を塞ぐ。
『 GuoRoo! 』
雪猩が腕を大きく振る。
すると視界を塞いでいた粉雪が一瞬にして晴れた。
短すぎる時間稼ぎ。
それでも雪猩の眼前からロットの姿は消えていた。
『 ………Goooroo 』
足跡も先程の場所で途切れている。
そう逃げたのかは分からないが、まだ追える。
雪猩はそう思考し、歩み出した。
「――《万喰》」
そんな声が聞こえた。――何処から?
…上空、雪猩の頭上からだ。
『 GooROOooooo!!!! 』
雪猩は拳を振り上げながら上を向く。
そうすれば獲物に一発叩き込める。
防がれたとしても、相手は空中で無力な生物だ。
雪猩の勝利が揺らぐことは無い。
だが…、上を見上げた雪猩が見た物は、
自身の右手に触れようとしている短剣だった。
その刀身は純黒に染まっている。
雪猩が見たことの無い妖術。
彼はその危険性をまだ知らない。
何が何でも避けるべき妖術だとは知らない。
『 ………a 』
雪猩の指先が消失した。
そこに来てようやく気付いたのか。
雪猩は右手を引っ込めようとする。
しかし、上空から投げられた短剣の速度には及ばず、
雪猩の上半身が消失する結果に終わった。
「…………。」
着地したロットは仏頂面で短剣と妖石を回収する。
そこに高揚や興奮などは浮かんでいない。
まるで勝つのが当たり前であるというように。
反省や悔恨までをも浮かばせて。
『 ――GuRRRROooo 』
新たにやって来た獲物を、
どのようにして喰うか思考を回しながら。
---
これでも強くなったつもりだ。
モファさんやツバナと一緒に狩りも練習した。
でも、彼から見ればまだ足りなかったらしい。
それがとてつもなく悔しくて。
彼の凄さを改めて感じてしまって。
また思慕が強まってしまって。
『 Pyui? 』
「あ、ごめんね。」
無意識に腕の力を強めていたらしい。
小さなペンギンが不思議そうな声を出した。
…んー。
「君の名前は?」
『 ! Pyui 』
人間の言葉は分からないかもしれないと、
ダメ元で聞いてみたがその子は私の腕から飛び降りた。
短い腕を使って地面に文字を書き始める。
――K Y U P E .
「……キュペ?」
『 Pyui! 』
「キュペ。…うん、いい名前だね!」
『 Pyuii♪ 』
小さな頭を撫でると、キュペは嬉しそうに鳴いた。
――私はまだ知らなかった。
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