第二十四話 異常気象
『 Rise and Fall. 』
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風音一つしない静かな木陰に二つの人影がある。
一人は華奢な体躯の少女。
ヒトリは少し背の高い女性。
「――珍しいね、呼び出しなんて。」
「ふふっ、偶には楽しくお喋りでも。」
「そんなのが目的じゃないでしょ? オミナス。」
「あら、私の目的は本当にそれですよ?」
白髪の女性――オミナスはクスクスと笑う。
それを見たリエルの表情はより一層険しさが増した。
「ヒシさんとの関係に進展はありましたか?」
「…特に、最近は大変そうだしね。」
「あぁ、彼の祖父がご逝去になったんでしたね。
正直、私からすると意外な最期ではありました。」
「やっぱりそれも見てるんじゃん。」
「重要人物でしたから。」
「……そう。」
「それにしても、ヒシさんも酷いですね。
せっかく貴方が恋を打ち明けたというのに。
まさか四ヶ月近くも放置するなんて!」
「…うるさいなぁ…。」
「そう怒らないでくださいよ。」
「まぁ忙しいというのも分かりますけどね?
度重なる戦闘で、疲労も溜まってるでしょうし。
知ってますか、リエルさん?
彼と光の精霊の激闘を!」
「え、知らない。」
「それはもう大迫力でしたよ?
最後の『肉を切らせて骨を断つ』的猛攻!
からの誰もが予想しなかったどんでん返し!
流石の私も見入ってしまいました。」
「…へぇ、そうなんだ。」
「あれ? そんなに興味無いですか?
一応戦闘の様子も記録しておいたので、
もしリエルさんが必要なら見せようかと…。
まぁ、余計なお世話でしたかね?」
「…いくつ?」
「あははっ、そうですね。三本くらいですかね?」
「……あとで貰う。」
「熱愛ですね。」
「………うるさい!」
「彼も数奇な運命を辿りますね。
…それも、可哀想なくらいに。」
「彼って、ヒシさんのこと言ってる?
なに? 何かあったの? 無事だよね?」
「そう心配しなくても、今は無事ですよ?
ヒシさんが死ぬようなことがあれば、
恐らく人類は滅んでいるでしょうしね?」
「…そうやって意味ありげなことばっか…。」
「どう捉えるかは貴方次第ですよ。」
「最近は冷えますね。
そろそろ雪でも降るんじゃないですか?」
「…なに言ってるの、まだ」
「かの極寒の地――チフリズ湖が原因ですかね?
確かにあそこに住まう精霊ならば可能ですが。」
「――はぁ、回りくどいのはいいよ。
結局、私に何をして欲しいの? 」
「ふふふっ、『チフリズ湖』はご存じですか?
あの場所の調査をお願いしたくて。」
「…分かって言ってるでしょ。
私はユルドースには行かないよ。」
「あぁ、ご安心を。
彼らはまだメーセナリアに滞在してます。
あと一週間はユルドースに戻らないですよ。」
「…ならまぁ、いいけど。…報酬は?」
「鍵1つ&ヒシさんの動画で。」
「素直に四本って言えばいいのに…。」
「こちらの方がやる気が出るでしょう?」
「……うっさい。」
ふと、オミナスが空を見上げる。
彼女が手の平を空に向けると、
その上に一つの小さな結晶がゆらゆらと着地した。
「――ふふっ、始まりましたね。」
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「――ぅおら!!」
「おぉ! これで完成ですか?」
兄ちゃんの前に立つのは一体の雪だるま。
胴の球体は七段あり、たった今八段目が乗せられた。
「いや、あと五段は積むぞ!」
「無茶言わないでください。」
ただでさえそよ風でグラグラと揺れているのだ。
これ以上積めば間違いなく崩壊する。
「やっぱやめた! ダルマ落とししようぜ!」
「先攻は譲りますよ。」
「っしゃいくぞ!」
兄ちゃんは深空を雪だるまに叩きつける。
その瞬間、雪だるま全体に衝撃が走り抜け、あれだけ苦労して積み上げた雪の球体は全て細かい粒となって自然に還っていった。
「ダルマ落とし、知ってます?」
「ん、知らねぇ。」
「なんで提案したんですか。」
「うるせぇ! これでも食らえ!」
兄ちゃんの投げた雪の塊が頬を掠める。
当たれば頭部が爆発四散していただろう。
そう、あの雪だるまのように…。
仰向けになって雪の上に寝転がる。
「はぁぁ、遊んだなぁ。」
「体も大分冷えちゃいましたね。」
「…ところで弟よ。」
「はい。」
「今日の日付は?」
「妖星歴821年 7月22日。」
「夏じゃね?」
「夏ですね。」
「なんで雪なの?」
「知らないです。」
「ま、いっか!」
「えぇ、そんなこともありますよね。」
――――…………ぅわっぷ。
突如として、口の中に雪が入り込んでくる。
「よぉ、馬鹿兄弟。」
「んぁ? ベイドじゃん。」
上から覗き込んでくるのは茶髪の逞しい男。
俺の口に雪を詰め込んだ犯人だ。
「おいおいベイド、知ってっか? 雪を食うのはめっちゃ危険なんだぜ! 腹壊すこともあるし、何より体温が下がんだよ。ましてやおめぇ人に食わすなんて、流石に先輩游蕩士として諫めないといけねぇ事案だぞ!」
また、その犯人の隣ではミドルがいつも通りの饒舌ぶりを発揮している。
「俺に会うなり顔面に雪玉ぶつけやがったのは誰だ?」
「いやあれは誤解だぜ。俺が雪玉を投げた先に偶々お前が居ただけでな? むしろ俺の方が被害者だよな!」
「――OK。」
「おいその雪玉絶対中に異物入ってるだろ! お前が今『地』使ったの見えたからな!」
ベイドが握る直径20cm程の雪玉を指差しながら、
ミドルは奇怪な走り方で遠くの方へ逃げ去っていった。
「一つ聞きたいんですけど、」
「どうした?」
「俺に雪詰めたのって、八つ当たりですか?」
「っはは! そんな訳ねえよ!」
「目笑ってないですけど。」
ただの八つ当たりだったのだろう。
「あぁヒシ、丁度良いからお前も来い。」
「え? おいヒシは俺と遊んでんだぞ!
俺から弟を奪おうってのか!」
「悪いなテロスさん、緊急会議だ。」
「――らしいです兄ちゃん。」
「あぁヒシぃ! 行くなぁぁぁ……!」
座り込みながら右手を伸ばす兄ちゃん。
だが、それ以上追ってくる気配は見られない。
以前までなら間違いなく俺に付いてきていた。
「――テロスさんの容態は?」
「…足の痺れはだいぶ無くなったらしいです。」
龍人は兄ちゃんに多大な後遺症を残した。
最も目立つのはやはり左手の欠損だが、体の内部に目を向けるとあらゆる骨・臓器に致命的なダメージを受けていたらしい。
タラジャが『何故生きているのか』と零す程には。
「俺もあの人が街中を歩いてるのをよく見かける。」
中でも両足の損傷は酷いもので、完治は難しいとさえされていた。
<鱗片の影>の翌日、彼は病院から抜け出して我が家に帰ってきたが、今思えばあの行動自体かなりの無茶をしていたのだろう。
それでも兄ちゃんは立ち向かっている。
思う通りに動かない足を、一歩ずつ動かして。
その努力は間違いなく実を結んでいる。
医者すら驚く速度で回復の道を辿っている。
――だからこそ。
「……左腕は、難しいだろうと。」
兄ちゃんは報われない。
この世界には人の力が及ばない事象が多すぎる。
千切れた腕を戻す技術を今の人間は保有していない。
「唯一可能性があるとするなら『癒』か。」
「いや、『癒』でもダメでした。」
「……ぅぅむ………。」
ユルドースの学校には学力に応じたクラス分けがある。
B,C組は一般教養を培うレベル。
A組は自身で学問を進行させられるレベル。
S組は人間を代表するような天才達の集まりだ。
タラジャと彼の妻は共にS組に所属している。
そして彼の妻は妖術医学専攻であり、
謎が多いとされる『癒』の扱いにもかなり熟達している。
…その力を借りてなお、腕の復元は不可能だったのだ。
他の誰がそれを可能にするというのか。
左腕を失ってから兄ちゃんは変わった。
元来の明るさは失われていないが、もっと別の部分。
積極性や自尊心といった、大切な所が擦り減っている。
民の生活を守ることに対して一歩退いた態度を取るのだ。
幼い頃から夢見ていた防衛士という職を辞めようとしたように。
幼い頃から夢見ていた職を捨てる。
憧れていた背中を追うことを止める。
それが兄ちゃんにとってどれだけ辛いことか。
「…絶対に治してやらねえとな。」
「はい。いつか必ず。」
兄ちゃんは俺に責任が無いと言う。
腕を失ったのは自分が弱かったからだと。
俺がそれを背負う必要などどこにも無いのだと。
責任? 使命? 義務?
――――違う。
そんなものに縛られるつもりはない。
ただやりたいからやるだけだ。
何処までも、自由に。
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ベイドと並んで褐礫の本部に入る。
中を進み、着いたのは広い会議室だった。
先に辿り着いていたらしいミドル。
寒そうにマフラーに顔を沈めるロット。
右手に酷い火傷痕が残るシロン。
彼女の手には随分小さくなったアグニが納まっている。
相変わらず不敵な笑みを浮かべているニュート。
その後ろに立つクリモが小さく手を振って見せた。
その他、多数の游蕩士が一堂に会している。
ほとんどが俺でも知っているような実力者ばかりで、
普段はメーセナリア以外の街で活動している者達も集まっているようだった。
「モファさんは?」
「あいつは別件で動いてる。」
ベイドが椅子に座りながら答えてくれた。
俺が座る椅子は無さそうなので、その斜め後ろ辺りに立つことにする。
そのタイミングで、会議室はしんと静まり返った。
ベイドはさっと視線を行き渡らせると、口を開く。
「――よし、会議を始める。
まずは各ギルドからの活動報告を。卯杖。」
「火の精霊の顛末について、
簡潔に報告させてもらおう――」
シロンがボルカラノ帯についての報告を始めた。
内容はかなり要約されていて分かりやすい。
「次、垂柳。」
「最近は特に目立った活動は無いですねぇ。
サミット迷宮の攻略についてとか、
エヴィル迷宮、トキシン迷宮の発見とか、
闇の精霊の住処を特定したこととか…、」
「お前は目立った活動しかねぇよ。
一個ずつ報告してくれ。」
ニュートはニヤニヤ笑いながら報告を始める。
「姫萩。」
「あ、リーダーが居ないので私から…。
……えぇーっと…、――――。」
同年代くらいの女子が報告を始める。
初めて見る顔だ。別の街で活動する游蕩士だろう。
メモ紙を見ながらたどたどしく話している。
「紺糸。」
「とくになし。」
「んな訳ねーだろ、はよ話せ。」
ロットは面倒くさそうな顔で話す。
…報告内容自体はしっかりしていた。
「――いじょう。」
「あぁ、ありがとな。――フヅキ。」
「記録しました、続きを。」
ベイドの隣でフヅキが報告内容を纏めている。
その姿はまさに仕事の出来る秘書そのものだった。
「その他、報告はないか。特に無所属の者。」
ベイドは俺に視線を飛ばす。
『なんか言う事あるだろ』と伝えるように。
…まぁ、無いことは無いけども。
どこまで話したものかということは考える。
いや、情報共有はすべきか。
ここにいる全員が関わる話だ。
軽く手を挙げる。
「頼んだ。」
「…無所属、ヒシです。」
「二か月前、光の精霊に遭遇しました。
場所はエフ森林跡地です。」
「情報が少ない精霊だ、詳細を。」
「色素の薄い狐です。
扱う妖力は攻撃特化の『光』でした。」
その言葉に名前を知らない一人の男が反応する。
「待ってくれ、君はその精霊と戦ったと?」
「えぇ、勝てはしませんでしたが。」
「君は游蕩士を始めてどれくらいだ?」
「九ヶ月くらいですかね。」
「…まだ新人と言ってもいいくらいだ。
精霊との戦闘なんて流石に信憑性が無くないか?」
まぁ客観的に見ればそうなのかもしれないが。
信じてもらえない限りは話を進められない。
「――心配しないでよ、おじさん。
ヒシくんは多分君より強いからさ!」
そう煽るように野次を飛ばしたのはスイレンだった。
その横に立つモズクが戒めるように彼を睨んだ。
「――ヒシ、か。
確か<鱗片の影>で戦ってた子だな?」
そう俺に問いかけてくるのは筋肉質な男性。
彼のことは流石の俺でも知っている。
ベイド、フヅキに続く褐礫のNo.3。
正しく実力者。名前は『ゴウノア』。
「少しだけですが。」
「なら心配無いさ! 信じよう!
スイレンが言った通り、この子は強い!」
「…話を遮って悪かった、続けてくれ。」
ゴウノアの一言で先程までの不信感は薄れたようだ。
この一幕だけでも彼がどれだけ信頼されているかが分かる。
「あくまでも主観ですが、
あの精霊は他の精霊に比べても頭一つ抜けてます。
ただ、襲われる可能性はかなり低いと思います。
こちらから手出ししなければ基本は無害かと。」
「よし、ご苦労だっ」
「もう一つ、こっちが本命です。
魔人という化物――幻妖。
光の精霊と違ってこちらはかなり凶暴です。
人間に対して並々ならぬ執着があるみたいでした。
出会った際は厳重な注意を。
…いや、迷わずに逃げてください。」
「ヒシ君。」
ニュートが軽い口調で問いかけてくる。
その目はもう笑っていなかった。
「私でも勝てない相手ですか?」
「…五分。もしくは黒星かと。」
「なるほど。…魔人の詳細な情報を。」
促され、奴の容姿や妖術について口にする。
また、<悪の天誅>について教わったことも。
その間会議室には冷たく重い空気が流れていた。
それはきっと降りしきる雪の所為ではない。
「以上です。」
「ありがとな。他に知らせがある者は。」
返答は無い。
「なら、今後の方針を固めよう。」
「まず、魔人について。
これについては褐礫から各街長に通達しておく。
あとはギルド単位で調査をし、動向を探る。
ヒシも言っていたが、決して戦うな。
游蕩士一人で対処できる範囲を超えている。
遭遇した際は、自らの身を最優先。
追加情報などはすぐに報告すること。
異論・疑問などは?……無いみたいだな。」
「次、闇の精霊及び光の精霊。
現段階では放置・不干渉が最善だと思う。
両者ともに気性は穏やかなようだし、
手を出すリスクが高すぎる。」
「せいれい、集めてるんじゃないの?」
「あぁ、だから"現段階では"だ。
情報を集めて、準備を固めてから挑むぞ。」
「おーけー。そのときに声かけてね。」
「トキシン迷宮に対しては既に手を打ってある。
問題は、エヴィル迷宮。場所はここだ。」
ベイドが机上の地図に棒を当てる。
「攻略難度は未知数。
だが、早急に手を打つ必要がある。
悪いが俺はまだ動けねぇ。
シロンも…、まだ傷が癒えきってないな。
ロット、ミドルには別で頼みたい調査がある。
ニュートは行けるか?」
「すみません、私も外せない事情があります。」
珍しい、ニュートなら飛びつきそうな案件だが。
「俺が行こう!!」
「! ゴウノア、頼んだ。」
「あぁ、任された。タドク、行けるか?」
「俺もすか。」
「来るだろ?」
「…行きますよ。」
「よく言った!!」
「じゃあ目下の課題、この雪についてだ。
異常気象という言葉で片付けるには、
あまりにも例外的すぎる。
俺はなんらかの妖術が絡んでると考えてる。」
「雪自体に妖力は籠ってないですけどねぇ。」
「それも不可解な点だな。
ここからは俺の推測になるんだが、
水の精霊、奴の影響じゃねえのかと思う。
差し当たり、原因解明の為の調査が必要だ。
その調査を、ヒシ。お前に頼みたい。」
「! 指名の理由を。」
「まず水の精霊――サラキア。
街を一つ滅ぼした精霊だ、危険度が高すぎる。
再三言うが、目的はあくまで原因の解明。
機動力に長けた少数精鋭が好ましいと思う。」
「なるほど。」
戦う必要は無いから、様子だけ見てこいと。
それならば『光』を使う俺が適しているだろう。
「けど、一人は流石に限界があります。
満足の行く収穫を得られない可能性が。」
「そう、だからヒシの補佐として、
ロットとミドルを含む紺糸の力を借りたい。」
…そういうことか。
少数精鋭という点でこれ以上無い人選だ。
「水の精霊が支配するチフリズ湖。
あそこはボルカラノ帯と並ぶ危険地帯だ。
それなりの戦力が必要になる。
紺糸の通信機ならば即時の伝達も可能だ。」
「ベイド、一個いいか?」
「なんだ。」
「その、あれだ。過剰戦力じゃねぇか? 水の精霊を討伐してこいってんなら分かるが、戦闘が目的じゃねぇんだろ? 調査の護衛の為にわざわざ俺達まで動かす必要あるか? そんなことなら紺糸総員でエヴィル迷宮攻略に向かった方が良いよな?」
普段と変わらない軽い口調だが、
彼が言いたいのはこういうことだ。
――俺達はそんなに安くないぞ。
ヘラヘラとしている印象の強いミドルだが、
それはあくまで表面上の顔でしかない。
彼の考えは俺の想像の及ばない程深く、
仲間や友達を愛する心は紛れもなく本物なのだと。
芯をしっかりと持った立派な游蕩士なのだと、
こういうところで感じさせてくる。
「ミドル、心配すんな。
その後にもう一つデカい仕事が残ってる。」
「おいおい、さっさと言えよ~。
んで? その仕事ってのは?」
「封の精霊の居場所を掴んだ。
チフリズ湖よりも先、遥か昔の廃街だ。
そこで大量の妖力反応があった。
それも、一つ一つが爬竜に匹敵する。」
「…なるほどなぁ~…。」
「…だいたい、どんくらい?」
「ざっと、二百。」
「…ふーん、」
「ユルドースから紺糸に依頼だ。
死者の街――シセルケト。
そこに住まう大量の化物の排除。
並びに、俺からお前らへの依頼。
封の精霊の確保を頼む。」
ロットとミドルはにやりと笑う。
面白くなってきたと言わんばかりに。
「…いいよ。」
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