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ナノライト  作者: かざぐるま
第三章 The flame is here.
24/57

徒話 怒れる者




 スイレンは唯一の従弟だ。

 繋がりとしては、それぞれの母親が姉妹で。

 同じリソルディアに住んでいたからか、従兄弟にしては元からかなり交流が深い方だったとは思う。


 幼少期の印象としては、『背伸びした赤ちゃん』だった。

 泣き虫で人見知り。迷子になりがち。

 弟の面倒を見たがるけど、世話をするのは下手。

 いつも母親にべたべただし、変な奴だなとは思っていた。


 あいつの父親は一般的な大工で、母親は専業主婦だった。

 泣き虫で好奇心旺盛な長男と、生まれたばかりの赤子。

 経済的にも精神的にも大変な育児生活だっただろう。


 …けれど、あの家族はいつ見ても幸せそうだった。

 それなりに裕福な家庭で比較的淡泊な両親に育てられた俺が、子供ながらに小さな嫉妬心を抱くほどに。

 "家族愛"という言葉を具現化したような暖かい家族に見えた。



 スイレンが泣き虫をやめたのは、彼の父が死んだとき。



 正確には、()()()()()()()()()()()()()()



 その事件については未だに詳細が分かっていない。

 スイレンが沈黙を貫き通しているからだ。


 現場で見つかったのは、腹を刺された中年男性の死体。

 一切の思考能力を奪われ横たわる婦人と小児の体。


 そして、包丁を握る当時まだ九歳の無垢な少年だけ。



 結局その事件は『家族に凶行を働いた男性が息子による抵抗の末に死亡』と足早に纏められた。…"壊死病"が流行し、街が混乱に陥っていた影響もあるだろう。

 また、スイレンと彼の母,弟は俺の家族に引き取られ、共に生活を送ることになった。


 それからスイレンは、『良い子』になった。

 挨拶をし、家事を手伝い、よく話しよく笑う子。

 きっと家を追い出されない為なのだろう。

 追い出されれば野垂れ死ぬだけなのだから。

 …自分が、ではない。母と弟の命を守るため。


 転機は我が家の経済環境が低迷したときだった。

 俺の両親が珍しく口喧嘩をしていて、

 スイレンの大切な家族のことを…"人形"と罵り、

 それをスイレンが偶然にも聞いてしまったからだ。


 ――彼は『良い子』をやめた。


 俺の両親をこれでもかと蔑み嘲り貶め。

 自身の家族を抱えて家を飛び出していった。


 その判断は正しかったと思う。

 俺ですらあの両親には心底失望したのだから。


 だからその時心配だったのはスイレンのことだけだ。

 まだ十五歳の子供がこれから先どうやって二人の家族を養っていくのかと。


 彼は言った。

 游蕩士になると。


 まだ子供の自分が稼げる仕事はそう多くないから。

 游蕩士なら充分な金を手に入れられる。

 どんな危険な仕事でも良いから引き受けて。

 俺が一生この二人を守り抜いていくのだと。


 …馬鹿なことを言うと、そう思った。

 確かに理論上巨万の富を築くことは可能だ。

 けれどそれは自分の命を度外視した場合だけ。

 化物との戦闘では死の可能性が常に付き纏う。


 自ら死地へ飛び込もうとする従弟を、放ってはおけなかった。


 俺達が游蕩士になったのは三年前。

 十五歳と十八歳の凸凹コンビだった。


 結局助けられているのは俺の方なのだが…。




 ---




 游蕩士になってすぐ、ベイドに声を掛けられた。

 俺にはそれなりに戦闘の才能があって、新人にしてはそこそこの成果もあげていたからだろう。


 ギルドに入るメリットは大きい。

 無所属では得られない知識を得られ、有名人との繋がりが作られ、ギルド経由で大きめの依頼を受けることも出来る。

 金が必要という動機で游蕩士になったから、将来的に見ても断る理由の無い勧誘だっただろう。


 けれど、その時の誘いは蹴った。


 無所属のコンビとして充分収入はあったし、

 ギルドという枠組みに囚われるのも面白くない。


 何より、ベイドが一度としてモズクの顔を視なかったことが気に食わなかった。


 結局あの人が求めるのは"使える人材"だけで。

 どこまでも排他的な人だと、そう思った。

 …今は褐礫に所属する理由があってそうしているだけ。

 リーダーに対する評価はさほど変わらない。


 多分、モズクは游蕩士として相当弱い。

 人を見る目だけはあるリーダーが目もくれなかったということは、伸びしろすら常人より乏しいということなのだろう。

 その上ちょっとしたことで落ち込むし、重要なところでどじを踏むし、二十歳を超えてもびびりだし…。


 言わば"使えない人材"筆頭だ。


 …俺はそれだけでモズクを語る奴が大嫌い。

 モズクが時間を守らなかったことはない。

 モズクが作る野外での飯はマジで美味い。

 モズクの応急手当ては超丁寧。

 モズクは寝てる俺に毛布を掛けてくれる。


 モズクが弱音を吐いている姿を見たことがない。

 辛そうな顔は度々見かける。さっきも見た。

 けどそれを口にすることは絶対ない。

 いつも自分の中で気持ちの整理をつけて、

 気づけばいつも通り立ち上がってる。


 どこまでも真面目な馬鹿。

 初めて会った時から全く変わっていない。


 この迷宮はモズクを欲しているらしい。

 まぁ、人を見る目だけはあるみたいだ。

 殺さずに気絶だけさせたのも後で必要だからだろう。


 けど、そう簡単に確保できると思うなよ。



『 KYAAAAAAAAA!!!!! 』

『 BOOMMOOWOOO!!!!! 』


 叫び声を共鳴させる二匹の化物。

 たちまち泥牛(バイソン)の双角が異常なまでの成長を始める。


 続いて、巨大な鈍器と化したそれらに『地』の妖力が溜まっていき、角の先端が鮮やかな茶色に輝きだした。


『 BOMMOWWO…, 』

「……発動まで五秒。」


 初めて使用される泥牛(バイソン)の妖術。

 その威力は予想がつかない。

 広範囲攻撃だった場合、全員を守りきるのは厳しい。


「大丈夫、ボクが止めるよ。

 スイレンちゃんとフヅキちゃんは攻撃準備。」


「りょーかい。」

「頼みました。」


 既に幻妖級にまで達したであろう泥牛(バイソン)の大技を一人で凌ぎきると豪語したユメハを信じ、弓に『水』を込めながら次の攻撃に備えることとする。


「ふふっ、本気でやっちゃおうかな。」


 ガラクタをゴミ山へ(ほう)るように。

 ユメハは秀麗な刀を何の躊躇いもなく投げ捨てた。

 更に、手に嵌めた多数のアクセサリーをも外し。

 軽くなった、と言わんばかりに手指の運動を始めた。


 …遂に、泥牛(バイソン)の高まりきった妖力が



『 BOMMOWWWWOOOOOO!!!!! 』



 解放される。



 二十メートル上空、魔女(ウィッチ)よりも更に上。

 天井スレスレの狭い空間に形成されたのは一つの禍々しい土塊だった。


 …広範囲に影響を与える妖術では無さそうだ。

 目を細め、どういった類の攻撃が繰り出されるのかと思考を巡らせていたとき。


『 KYAAAAAAA!!! 』


 嬌声に合わせ、土の塊は奇妙に変形した。

 荒く削られた表面の一部が音を立てながら動き、細長い筒のような突起を作り出したのだ。


 ――バン。鳴り響いた筒音。


 それをはっきりと目で捉えることは出来なかった。

 だが、もたらされた結果は嫌でも目に入ってくる。



 ユメハの左方、距離にして約20cm。

 整えられていた石畳に、半径二メートルは優に超えるであろう巨大な穴が空いていた。

 …恐らく下の階層にまで貫通しているだろう。



「ぅあははっ! 随分と殺意が高いねぇ。」



 穴を挟んだ、ユメハの立つ位置の逆側。

 そこには投げ捨てられた彼の刀が転がっていた。

 これが意味するのは彼が若干移動しているという事実。


 彼が妖術を見切った上で回避してみせた、という事実。


 そんな動き、どう考えても人間業ではない。


『 KYAAAAAAA!!!! 』


 再び宙に浮かぶ土塊が突起を作り始める。


 それを嘲笑うかのように伸ばされたユメハの右手。




『――《削除(さくじょ)》』




 天へ掲げられた掌が右から左に動かされると、


 空間に蓋をしていた天井が、土塊諸共()()()()


「…デタラメだろ…。」


 一人の男から漏れた戸惑いの声。


 それはこの場にいる全員の気持ちを代弁していた。


 腕一振りで物体を消滅させるなど、無茶苦茶だ。



『 …!!! KYAA…!!! 』

「ん、避けたのかぁ。」


 恐れを含んだような嘆き声を発する魔女(ウィッチ)

 どうやらユメハの妖術を間一髪で回避したらしい。



 よく見ると、空けられた天井の外には純白の空が広がっていた。


 恐らく迷宮が使用している妖術だ。

 この階層を広げる作用でもあるのかな。



「ま、いっか。」

『 ――BOMOWWOO!! 』


 さっさとこの牛を潰そう。


「サブリーダー! 準備はー?」

「いつでも、そちらに合わせます。」

「おっけー!」


『 BOMMOWWO!!! 』


 順々にあらゆる部位が巨大化した結果、泥牛(バイソン)の全身は原形を保ちながら数倍にまで膨れ上がっていた。


 前脚の巨大化だけで俺の氷塊を砕いたのだ。

 今のパワーは以前と比にならないほど大きいだろう。


 それを仕留めるには…。


「…あーあ、使うか。」


 矢筒から一本の矢を選んで取り出した。



 弓使いが扱う妖術には幾つか種類がある。


 スタンダードなのは弓本体に妖力を込めるタイプ。

 利点は用いる妖石が最小限で済むこと。

 妖術発動の予備動作が短い為、多少の鍛錬で連射による妖術の連続発動も出来るようになる。

 欠点は一回ごとの威力が落ちることだろうか。


 次点で主流なのは矢本体に妖力を込めるタイプ。

 この場合、(やじり)に妖石が使われていることが多い。

 一撃ごとの威力は上がるが、準備時間は長くなる。

 また、妖石の使用量が増え費用も馬鹿にならない。

 弓技術、資金の両方に富んだ上級者向け戦闘法だ。



 最後、それら二つを複合したタイプ。


「……ふー。」


 要は弓にも鏃にも妖力を込める訳だ。

 得られる威力は前者二つの倍以上。


 垂柳リーダーのニュートはこれを愛用している。

 …というか、俺はあの人からこれを教わった。


 正直この妖術は好きではない。

 使用する妖力量も莫大だし。

 しかも消耗品である矢に妖石を使うとか…、一撃数千フルクの技を連発するほど金持ちでもないし。


「…しょうがないかぁ~。」


 今が使いどころだろうから。

 多少の出費は致し方ない。

 経費としてリーダーに打診しよ。


『 BOMMOWWWOO!!! 』

「あ、ごめんごめん。待たせちゃった?」


 水色に輝かせた弓に、同じく光り輝く矢を番える。


「すぐに美味しい牛料理にしてやるからな~。」


『 BOOMMMOOWWWOOO!!!!! 』


 汚い咆哮で迫りくる泥牛(バイソン)に狙いを定め、


 矢を放つ。


 直後、(やじり)の妖術を発動させ…



「――《垂氷(たるひ)》、」


『 !!! BOO,…BOMMOWWWO…!!!



 巨大なつららを真横から泥牛(バイソン)にぶつける。


 しかし、頑丈な双角に受け止められたらしい。


 徐々につららへヒビが走っていく。


 砕かれるのは時間の問題だ。…だから。


 泥牛(バイソン)に破壊されかけていたつららを敢えて崩壊させる。


 そのまま…、こいつを囲い込むように…。


 弓に込めていた妖力で、再び妖術を発動し…



「………《雪獄(せつごく)》――!」



 氷を変質させ作り出した雪で泥牛(バイソン)を固めた。


『 …BO…,WWOO…, 』


 出来上がったのは高さ約十メートルの雪像。

 足止め出来るのは恐らく十数秒。

 それだけあれば充分だろうから。


「後は任せてください。」

「ははっ、元からそのつもり!」


 一つの人影が雪像を駆け上がっていった。

 あの華奢な身体でどこからそのパワーが来るのか。

 知的な雰囲気を出している癖に、武闘派で。

 かと思えばしっかり頭も良かったりする。

 游蕩士随一の万能人。褐礫の屋台骨。


 泥牛(バイソン)の頭部に到達したフヅキが、剣を構えた。

 彼女の持つ剣は、『風』で光り輝いている。


 フヅキは滑らかな所作で剣を振り上げると、



「――《紙散(しさん)》」



 軽く振り下ろした。


 …少しずつ泥牛(バイソン)の頭部が()()()()()


「………っ……。」


 思わず息を呑んでしまう。


 フヅキによって切り離されたソレは、


 あまりにも綺麗な断面を見せる首から、


 ほぼ垂直に、地面へと落下した。



 ◇



『 …KYAAA……, 』


 残ったのは空高くを飛ぶ魔女(ウィッチ)のみ。

 さて、どう射止めてやろうか?


 その時、背後から呻き声が聞こえた。


「…ぅ…いってぇェ……。」

「! モズク! 怪我は?」

「見りゃ分かんだろ…、血ダラダラだ。」

「うぇっ! ヤバいじゃん、まだ休んでなよ。」

「…いや、もうイケる。」


 モズクはふらふらと立ち上がった。

 …本人はこう言うが、正直かなり怪我が酷い。

 少なくとも幻妖と戦うコンディションではない。


「…なぁ、スイレン。」

「ん? どしたの?」


 少し掠れた低い声で、モズクは問いかけてきた。



「お前の中で、俺は何番目の人間だ?」



 ……奇妙なことを聞いてくる。

 これは"大切な人ランキング"の話か?


 う~ん、何番目か…、何番目…。


「そーだなぁ。同列一位が二人だから、」

「あぁ、そこは揺るがねェな。」


 モズクはあくまでも従兄。

 どれだけ大切かって聞かれると…なぁ…?



「…まぁ、三番目かな!」



 この地位も決して揺るがない。


 それを聞いたモズクは小恥ずかしそうに笑うと、



「――さっさと攻略終わらすか。」

「…ふふふっ、おーけー!」




 ---




 良い寝起きだ。

 身体がかつてないくらい軽い。


「スイレン、頼む!!!」

「もう作ってあるよ~ん。」


 頭の無い巨大な牛の雪像を、一定間隔で突き刺さった氷の足場を頼りに駆け上がっていく。


 目標は宙に浮かぶ一匹の幻妖。

 余裕そうに見下して来るアイツに、剣を届かせるために。



『 汝、何故覚えを持てり。 』


 自信? そんなものを持っている訳が無い。

 有るのは他人への信頼だけだ。



『 汝、あなづられたり。 』


 んなの、最初から知ってんだよ。

 游蕩士になって何回"弱い"と言われたことか。

 けど、認めてくれる数人がいるから、大丈夫。



 足場を利用し無我夢中に上を目指していると、小さな呼び声が降りかかった。


「モズクさん、掴まってください。」

「! あぁ、助かる。」

「…投げ飛ばします。」

「……はい? ……っ!!!!」


 上から差し延ばされた柔らかな手を掴むと、次の瞬間には体が宙を舞っていた。

 成人男性一人を投げ飛ばすってなんだよ!


「――ふふっ、頑張ってください。」



 宙を舞いながら、次の行動を思案する。

 …とりあえず着地しねェとな。


「ユメハ!!!」

「全く、人遣いが荒いんだからぁ。」


 ユメハがこちらに手を伸ばすのが見えた。

 直後、落下する俺を受け止めるように弾力のある大きな"雲"が出現した。


 靴に『力』を込め、落下の勢いを跳ね返すように。

 "雲"を使って再び宙へと飛び出す。



『 何故抗ふ。何故拒むや。 』


 こいつが何を言っているのか、正直分からない。

 こいつに抗った覚えも、拒んだ覚えもないから。

 俺はただ自分の弱さに気付いて、

 周りに支えられながら、何とか這い上がっただけだ。



『 KYAAA!!! 』

「…よう…、」


 魔女(ウィッチ)はもう目前。

 剣を伸ばせば届く距離。


 ――だから、手を伸ばして服の端を掴んでやった。



「一緒に落ちねェか?」


『 KYAA,KYAA…!!! 』



 嫌がる魔女(ウィッチ)の服をより一層強く握り、


 絶対的な安全圏から()()()()()()()()



 ◇



『 KYAA…,KYAAA…!! 』


 力無く地面に伏した魔女(ウィッチ)

 体が痛むのだろう、悲痛な泣き声をあげている。


「モズク、さっさと殺さないの?」

「少しだけ、気になることがある。」

「…んん? あんま甚振(いたぶ)るの可哀想だけど…。」

「甚振らねェよ…、そんな趣味じゃねェ…。」


 どんな非道だと思われてるのか。


「ユメハ。」

「どうしたんだい?」

「コイツを仕留めたら、迷宮本体も死ぬんだよな。」

「そうだね。すぐにでも崩壊するよ。」


 その言葉に頷き、剣を振り上げてみる。



『 待て。 』



 …来た。



『 交渉しせむ。 』


「いいぞ。内容を言え。」


『 汝、化物にならまほしや? 』


「化物に、成る…?」


『 望まば、能ふ。 』


「方法を教えろ。」


『 汝、妖石取り込むばかり。 』



「…モズクちゃん。」

「人間が化物になることなんてあるのか?」

「そうだねぇ、かなり稀ではあるけども。」

「妖石を取り込むだけで、か?」

「勿論、リスクは大きいけどさ。

 大抵は拒絶反応を起こして死に至るからね。」



『 案ずること勿れ。 』


「心配な要素しかねェよ。」


『 我、よしを知れり。 』


「……?」


『 汝と我、分かり合はれたり。 』


『 此の醜女より良き妖石を渡さむ。 』


『 然すればさだめて成功す。 』


『 我と汝ならば安穏なり。 』



()()()()()()()()()。 』



 ふざけたことを言っているようだが…、

 この確信に満ちた声色も少し気になる。



『 とく決断せ 』


「もー。いい加減にしなよ。」



 不満げに髪を弄り回すスイレン。

 バッと俺に飛びつき、頭を数回軽く叩いたかと思うと、



「お前みたいな外道に、モズクを渡す訳ないじゃん。」



 恥ずかしげもなく、威勢よく言い放った。



『 ………………。 』

「アレ? 聞こえなかった??

 お前程度じゃ釣り合わないって言ってんだけど!」


『 ………………。 』

「だんまりを決め込んでも意味無いよ~?

 今まで散々他人のこと貶めてたじゃん。

 自分が否定されるのには耐性無いのかな?

 あははっ、なんか自尊心だけ無駄に高い餓鬼みた」

「…スイレン、その辺にしとけ。」


 身を乗り出して大声で煽り始めるスイレンの首根っこを掴み、無理矢理話を中断させる。



「…正直、俺も強くはなりてェが、

 化物に成ったらコイツの面倒も見れなくなるしな。


 悪いが、お前の要望には応えらんねェわ。」



 少しの静寂、その後に、



『 殺せ…!!!! 』

『 ――KYAAAA!!!!! 』



 魔女(ウィッチ)が七本の鋭い爪を振りかざした。

 研ぎ澄まされた先端が俺の眼に触れかけたとき、



「――《紙散(しさん)》」

「――《垂氷(たるひ)》!」

「――《朧雲(おぼろぐも)》っ」



 奴の全身が視界外へと弾き飛ばされた。

 同時に、迷宮の壁や床に亀裂が走り始める。


「崩壊するね、早く逃げようか。」

「皆さん、この穴から外に出てください。」


「あ、俺魔女(ウィッチ)の妖石取ってくる!」

「おい、もう崩れるぞ!!!」

「大丈夫だって! モズクは先行ってていいよ!!」


「モズクさんも早くこちらに。」

「っ、あぁ。…スイレン! さっさと戻って」


「! 崩れます!!!!」


 そうして、クゥレイ迷宮の攻略は慌ただしく幕を閉じた。




 ---




「――スイレン! お前また無茶しやがって!!」

「あははっ、そんな心配しなくても大丈夫だって。」

「じゃあ心配させるような行動はやめてくれ…。」

「それは無理かな!」

「この命知らずめ。」


「ほら、ちゃんと戦利品取って来たんだからね?」

「…ん、それが魔女(ウィッチ)の妖石かい?」

「そうそう! もう傷もつけてあるから安全だよ!」

「……ねぇ、スイレンちゃん。」

「どうしたの?」

「………いや、何でもないよ。」


「妖石は誰が受け取りますか?」

 私はモズクさんが持つべきと思いますが。」

「うん、それにはボクも賛成さ。」


「じゃあ、俺はスイレンに譲るわ。」

「え! いいの!?」

「お前が一番の功労者だしな。」

「やったー! ちゃんと高い値段で売るからね~。」

「あぁ、資金の足しにしてくれ。」



 ◆



「~~、~~~♪」

「やけにご機嫌だねぇ。」

「いつも通りだよ~ん……ちべたっ!」

「…? どした?」

「何か頬に当たった気がして…。


 ―――――――――――雪?」



 ◆



「ユメハ! 久しぶりだな!!!」

「ゴウノアちゃん、相変わらず声がでかいねぇ。」

「はっはっ、それだけが取り柄でな!」

「ボクも元気な子は好きさ。

 それで、どうしたんだい?」

「なに、アンタを攻略班に加えたくてな!

 疲れてるとは思うが、一緒に来ないか?」

「ふふっ、それならちょっと頑張ってみようかな。」

「感謝する! 共に行こうか、エヴィル迷宮へ!!」


「この後はどうする?」

「う~ん、一回リソルディアに帰ろっかな。」

「俺はこっちですることあるから、別行動だな。」

「りょーかい。」

「用あったら連絡入れるわ。」

「はいはい、頑張ってね。」

「……何をだ?」

「え、サブリーダー口説くんじゃないの?」

「口説かねェよ!!!」

「えー??」


「モズクさん、少しだけいいですか?」

「! あ、あぁ。どした?」


「ぁはははっ。じゃ、またね!」



 ◆



「――やぁやぁ。久しぶりだね。」


『何の用だ。』


「邪険にしないでよ!

 せっかく興味あるかなって思って持ってきたのに。」


 青年が取り出したのは一つの妖石。

 蘇芳色に光り輝く、拳大サイズの物だった。

 当然、()()()()()()()()()新品の状態で…。


「要らないなら言ってよ、売るだけだから。」


『ソレは、他の人間共に見られてないだろうな。』


「ははっ、そんなヘマする訳ないじゃん。

 ちゃんと別のゴミ妖石見せといたからね。

 …一人は気づいてたっぽいけどさ。」


『無能が。何故飄々としている。』


「弱みの握り合いってやつかな!

 俺の動き次第でアイツは街に居られなくなる。」


『…ならば、そいつの情報を教えろ。』


「うん。お前に処理してもらった方が楽に終わる。」


 眼鏡を指で押し上げた青年が、自身の前に立つ男を――否、世界全てを見下したような笑みを浮かべる。


「ねぇ、結局この妖石は要るの?」


『秘められた幻妖の質に依る。』


「う~ん…、じゃあ微妙かもね。

 そこまで強くない『癒』の幻妖だったよ。」


『…気が変わった。今すぐ寄越せ。』


「あ、ほんと?」


 明け渡しを求めるように手を開いた男。

 それを見た青年は悪戯児のように笑う。


「あははっ、タダで渡すのは無理かなぁ。」


『図に乗るな。今此処で死にたいのか?』


「至極真っ当な意見だよ?

 現状、俺から一方的に情報を流してるだけだしね。」


『記憶能力すら劣っているのか?

 自らの持ちかけた契約すら忘ずるとは。』


「こっちの台詞かもね!

 俺はお前に情報を渡す。

 お前は俺達の殺害を最後に回す。

 資源の無償提供なんて言った覚えは無いけどなぁ。」


『…小賢しい奴だ。本当に息の根を止めてやろうか。』


「脅しはいいってば。俺はまだ利用価値があるだろ?

 ここで感情のまま動くのは失策でしか無い。

 お前が一番分かってるはずだけどね。」


『戯言は聞き飽きたぞ。手短に要求を言え。』


「ふふっ、こういう契約にしない?」


 自身の思惑を語り始める青年。

 仏頂面でそれを聞き過ごすような男は、ふと小さく溜息を吐いた。


 …男の右手に密度の濃い妖力が籠っていく。

 直後に生み出されたのは小さなガラス片。

 加工も装飾もされていない粗雑な物だった。


『…交換だ。』


「話が早くて助かっちゃうなぁ!」


 両者が手に収まっていた小物を同時に投げた。

 それらは互いの足元にポトリと落下する。


「わ、これ尖ってるじゃん。怪我の元だよ!」


『知らん。自分で削り落とせ。』


「不親切極まりないね。

 それで、ほんとに効果はあるの?」


『化物が近づけばすぐに分かる。

 街付近に出現する雑魚相手だ。…造作もない。』


「…そ。まぁ信用してるよ!」


『つまらん嘘を吐くな。』



 ◆



「! ご無事で何よりです。」

「久しぶり。これ給料ね。」

「…はい。確かに受け取りました。」

「変化はあった?」

「……いえ、特に変わりなく。」

「分かった。それじゃ。」


 恭しく頭を下げる女性の横を歩き抜けた青年。

 玄関を上がり目指すのは、一つの木製ドア。


「…入るよ。」


 ノックをしても返事はない。いつものことだ。


 部屋の中には二つのベッドが置いてあった。

 片方のベッドには溢れんばかりの花々が。

 もう片方には横になった小さな人影が。


 …彼は少年が眠っているベッドに近づき、腰かけた。


「ただいま。()()()。」


 …返事はない。いつものことだ。



「中々帰ってこれなくてごめんね。

 良い子にしてたみたいで嬉しいよ。

 まだ夏なのに、外は雪が降ってるよ。

 プレアは雪が好きだったよね。

 起きたら、兄ちゃんと一緒に遊ぼうね。

 あぁ、プレアに渡したい御守りがあるんだった。

 もし危ない目にあったら、これが守ってくれるから。

 勿論、兄ちゃんも全力で駆けつけて守るよ。

 母さんもきっと見守ってくれてる。

 …ポケットに入れておくね、怪我しないように…。」



「今日は、俺も家に居るから。大丈夫、寂しくないよ。」



「…眠くなってきちゃった。

 ちょっとだけ、ここで寝させてね…。」



「…大丈夫。兄ちゃんが、守るから…。」



 六歳の少年を、優しく撫でながら。

 九年前から変わらない少年に、そっと触れながら。



 ―――スイレンは静かな眠りについた。




 ---




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