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ナノライト  作者: かざぐるま
第三章 The flame is here.
23/57

閑話 逃げる者




『 Krrurru…!! 』

「モズクちゃん、今。」

「あぁ……!!!」


 酸蛙(シャード)が吐き出した酸の雨。

 それを見事に防ぎきったユメハの合図に合わせ、炎を纏った剣を構える。


「…ハッ!」


 一振り目、酸蛙(シャード)は難なく回避。


「……っ!」


 二振り目、鞭のような前足で止められた。


「……ハァ!」


 三振り目、その渾身の一撃も酸蛙(シャード)の長く分厚い舌によって威力を完全に殺された。


『 Kruruuu!! 』


 それどころか、刀身に強く巻きついた舌は俺から剣を奪い取ろうとしているようだった。

 そうはさせまいと手の力を強めてみるが、剣は徐々に酸蛙(シャード)側へ引き寄せられていく。


 このままでは盗られるのも時間の問題だ。

 そう考え、思わず歯ぎしりしたとき、



 突如として酸蛙(シャード)が凍結した。



「!! …助かった。」

「感謝は金で!」

「じゃあ感謝しねェ。」

「あーあ! もう助けないから。」


 背後の大岩に乗って矢を番えながら、スイレンがそう軽口を叩く。

 彼の持つ短弓は鮮やかな水色に輝いていた。


「てか、モズク空振り過ぎでしょ(笑)」

「うるせェ。なんだ(笑)って。」

「褒める時に使うんだよ、知らない?」

「ぜってェ違うだろ。」


 ニヤニヤ笑いながらスイレンが放った矢は、遠くで妖術の発動を目論んでいた酸蛙(シャード)の額を正確に貫いた。

 標的となった酸蛙(シャード)はその傷口を起点として急激な凍結を始める。


 …相変わらず戦いに関してはずば抜けている。

 戦況をよく見てるし、弓の扱いも一級だ。

 それは素直に褒めたい長所だが…()()()()()()


「なぁスイレン。」

「はい、何か?」

「俺の剣まで凍ってるんだが。」


 俺の眼前に立つのは足先から頭先まで綺麗に凍り付いた酸蛙(シャード)

 当然その長い舌も凍っている訳で、巻き付かれた剣が無事であるはずも無く…、


「…ぁははははっ!

 かっこいい氷の剣出来たじゃん!」

「黙っとけ、つかこれじゃあ結局抜けねェよ!」

「ごめんごめん、俺弓下手くそでさ。」

「嘘つけ前も似たようなことあっただろ。」

「ん~、記憶に無いかな!」

「すっとぼけんな。早く妖術解除しろ。」

「ははっ、気が向いたらね~。」


「ふざけんじゃ……おい、敵来てるぞ、」

『 Krrrruu! 』


 身動きの取れない俺の姿を目ざとく捕捉したのか。

 一匹の酸蛙(シャード)が猛烈な勢いで迫ってくる。


「――っ早く! 溶かせ!! スイレン!!! 俺死ぬ!!!!」

「あはははっ!」


 必死の命乞いも虚しく、剣の氷が溶けることは無い。

 酸蛙(シャード)との距離は最早数メートル。

 こいつらにとっては射程圏内だろう。

 自分の目元に小さな雫が溜まっていることをようやく自覚し、自分の人生に終わりが訪れたことをようやく悟った頃――


『 K,rue…? 』


 酸蛙(シャード)が縦に()()()()()


「スイレンちゃん、ふざけすぎだよ。」

「ちょっとしたジョークじゃんねー、モズク!」

「…ユメハ、マジで助かった。」

「…モズクちゃんは苦労人気質だねぇ。」


 ユメハは俺の剣に纏わりついた氷塊を『火』で溶かしながら同情するような視線を向けてくる。


「あと、お前は覚悟しとけよ?」

「『21歳一般男性、涙目で命乞い』!」

「ぶっとばすぞ。」


 スイレンを睨みつけるが、本人は全く懲りてない様子だ。相変わらずの煽り口調でどこか別の場所に走り去っていった。



「この層も片付いたかな?」

「あぁ、さっきのが最後らしいな。」

「じゃあちょっと休憩して、…そうだね、出発は二十分後にしようか。」

「了解。」

「ボクはフヅキちゃんと打ち合わせしてこようかな。」


 ユメハはそう言い残して歩いていった。

 それを見届けながら、大岩を背もたれにしてぺたりと地面に座り込む。


「……ふぅー…。」



 『クゥレイ迷宮』は四角錐型の迷宮だ。

 場所はメーセナリアの近郊。

 その為、出現から発見までにそう多くの時間は要されなかった。


 当然早期の攻略が望まれ、メーセナリアの街長であるザウロスは各ギルドに攻略隊結成の依頼を発行した。


 褐礫リーダーのベイドは傷の療養中。

 垂柳リーダーのニュートは理由すら述べず拒否。

 紺糸リーダーのロットは『つまらなそう。』と一蹴。

 卯杖リーダーのシロンは傷の療養中(という建前で火の精霊と何かを企んでいるらしい)。

 姫萩リーダーのモファは全ての業務をメンバーに委託した上で失踪していた。


 結果として『現状、ギルドのリーダーを動かすのは至難』という結論に至ったようで。

 褐礫サブリーダーのフヅキ、卯杖サブリーダーのユメハを中心とする総勢三十余名の攻略隊が結成された。


 ここはそのクゥレイ迷宮の三階層目。

 岩肌が剥き出しになった洞窟のような階で、湿度が非常に高い。

 酸蛙(シャード)が戦いやすいように設計されていたのだろう。

 一時間ほど前に突破した一,二階層も、それぞれ出現する化物に合わせた環境に作られていた。


 また、壁や天井などに囲まれた密閉空間ではあるが、下層と同様に内部全体がぼんやりとした光に包まれており、視界が悪いという事態に陥ることは無かった。


 外から見たクゥレイ迷宮の全貌と、一層ずつの天井の高さから見積もってみると、恐らくこの迷宮は十層程度から構成されているはずだ。


 つまり、攻略まであと七階層。


 迷宮というのは、親玉の部屋に近くなればなるほど化物が強化される傾向にある。

 …三階層の酸蛙(シャード)程度で手古摺っている時点で、俺が戦力外なのは明らかだ。



「……っつめた…!?」


 などと物思いにふけっていると、何故か冷水が降ってきた。

 髪の毛を伝った水滴が滴り落ちる。


「――ぷぷぷっ。」


 上を見上げると、そこには必死に笑いを堪えているスイレンの姿。


「…今どんな気分だ?」

「う~ん、快晴!」

「そんなに〆られてェか???」

「あははっ。――よいしょっ」


 大岩から軽々と飛び降りたスイレンが手を差し出して来る。


「ぼーっとしてたでしょ。もう出発するってさ。」

「あぁ、わりい。聞こえてなかった。」


 手を掴むと、スイレンが引き上げてくれた。

 その体からは想像もできない程強い力で。


「…お前、こんな力強かったか?」

「えぇ? モズクが貧弱過ぎるんじゃない??」

「……………。」

「いやごめんごめんごめん!

 流石に謝るからグリグリするのやめてよ!」


 憂さ晴らしにスイレンを悶えさせながら。

 四階層へ至る為の階段に向けて歩みを進める。




『 汝、未だ弱し。 』




 ---




 七階層。

 地形は鬱蒼とした森林。

 迷宮の内部とはとても思えぬほど、自然的な世界が広がっていた。


 そこで出現した化物は噛鰐(リゲター)と呼ばれる強靭な(わに)だった。


『 BOOW!!!! 』

「…くっ…!」


 地面に転がりながら辛うじて噛鰐(リゲター)の飛びつき攻撃を回避する。

 口を大きく開き、勢いのまま付近の大木に激突する噛鰐(リゲター)


『 …Booww…, 』

「………!!!」


 そいつが木の幹から離れると、ゾッとするほど大きく抉れた樹幹の様子が眼に飛び込んで来た。

 下手をすれば、あそこに立っていたのは自分かもしれない。…考えるだけで身の毛がよだつ。


「――相変わらず良い誘導すんね!」

「…っ、あぁそりゃどうも!」


 スイレンの声を合図に、その場から飛び退く。

 当然噛鰐(リゲター)は追撃の構えを見せるが、その試みは一歩遅く、頭上から降り注いだ『水』の矢によって下半身を凍結させられた。


「んじゃ、あとヨロ!」

「はいよ。」


 茂みから現れたユメハが刀を構える。

 見た所、その刀身は輝いていない。



「――ふっ。」



 軽く息を吐いたユメハ。

 同時に何かが空を切る音だけが聞こえた。



「…あの人、バケモンだね。」

「…? 何がバケモ」



 ――噛鰐(リゲター)が血を吹き出しながら倒れていく。



「……ぇ……?」


 成し遂げたのは、ユメハか?

 ―――()()()()()()


「…よし、ボクは他の加勢をしてくるよ。」

「……あ、あぁ。」

「二人は体を休めてなね。」


 彼は草根を掻き分けながら走り行く。



「モズクは見えた?」

「…全くだ。いつやったのかすらわかんねェ。」

「だよね。あれはもう桁が違う。」

「…多分、フヅキに近ェ強さだよな。」


 遠くの方で一匹の噛鰐(リゲター)()()()()したフヅキに目を向ける。

 あいつはあいつで桁違いの強さを持ってる。

 戦闘だけで言えばベイドを優に上回るだろう。


「…ぁははっ、何言ってんのモズク。」

「…なんかおかしいか?」

「勿論サブリーダーも凄いんだけどさ、」



「ユメハ、()()使()()()()()()?」



 …つくづく、嫌になる。


 自分が重ねた鍛錬の甘さに。

 自分が持っている才能の小ささに。


 どれだけ努力しても、

 追いつけない背中というのは存在する。

 例えば、フヅキであったり。ユメハであったり。ベイドであったり。…スイレンであったり。


 俺の場合それが人より多いだけだ。

 別に大したことでは無い、分かりきってたこと。


「あの澄ました感じマジで腹立つなぁ~。」

「…ふっ…ははっ。」


 まぁ、この生意気な従弟を憎みきれることは一生訪れないだろう。




『 汝、力や欲しき? 』




 ……いらねェよ。




 ---




 八階層。

 地形は――()()

 まるでチフリズ湖の一部をそのまま切り取ってきたかのような、冷たい冬景色がここには在った。


 出現した化物は海牙(オドべ)

 その数はたったの三体。

 数だけで見れば俺達が圧倒的に有利だが、


『 DuoOOoooOOOoo!!!!! 』

「ぅ、うわあぁぁ!?!?」

「何してんだ! はやく掴まれ!」


 件の化物は、全長八メートルを誇る巨大肉食獣だった。

 体色は明黄褐色。口元から一メートルを優に超えるような牙を覗かせている。


 レベルで言えば準々幻妖級。

 確かに強敵だが、游蕩士が数人もいれば然したる問題も無く対処できる相手のはずだ。


 問題はここが氷上であるということ。

 紛うことなく海牙(オドべ)の土俵――否、"狩り場"だ。


「――っ!?!? マズぃっ…」

『 DOOOooooo!!!!! 』


 極度に摩擦係数の低い足場。

 それに足を取られた一人の青年が、海牙(オドべ)の初撃から逃げ遅れる。

海牙(オドべ)は鈍間な獲物をみすみす逃がすような甘い化物では無い。



 ――ただ、背後から自身を狙う一本の矢には気が付けなかったようだ。



『 Duo…,…o… 』

「ス、スイレン…、」


 青年に鋭い牙が突き刺さる直前。

 海牙(オドべ)の全身は呆気なく凍り付き、巨大な化物はただの氷像と化した。


「…ありが」

「まだ終わってないよ?」


 無情にも鳴り響く破壊音。

 海牙(オドべ)を包む氷は何の前触れもなく砕け落ち、


『 …ooOOOOoooOOO!!! 』

「ひっ!?!?!?」


 再び戦況が動く。


 恐怖からか、大きく前方に身を投げ出した青年。

 その行動が功を奏し、多少の擦り傷は負いながらも海牙(オドべ)の下敷きになるという事態は免れたようだ。


 かなりの勢いで地面に激突した海牙(オドべ)

 だがその程度で怯む化物では無い。


『 DuuUOOOooooOOOoo!!!! 』

「…ぁ、…やめ…」


 すぐに体勢を立て直した海牙(オドべ)

 そして、腰が抜けて動けなくなったらしい青年。



 …その両者の間に割り込んだフヅキ。

 握った長剣は美しい翡翠色に輝いている。



「――《紙散(しさん)》」



 瞬きの後には海牙(オドべ)が絶命していた。

 なんてことは無い。ただ体が()()()されただけだ。


 まさに達人技。

 宝石のような才能を極限まで磨いて得られる一太刀だ。




『 な憂へそ。な泣きそ。 』


「……うるせェんだよ。」




 アレは、俺では辿り着けない領域。




「おい、無事か。」

「お、俺、生き、てる?」

「あぁ、生きてるぞ。」

「…ぁ、ぁぁぁ。もう、死ぬかと…、」

「大丈夫だ。あとはなんとかしてくれる。

 …歩けるか? そこでゆっくり休んでろ。」

「……ありがとう、モズクさん…、」

「……………。」


 ありがとう?

 そんな言葉を受け取る権利、無いだろ。

 テメェはなんもしてねェだろ。

 ただ遠くの方で震えて見てただけだ。

 後輩に化物を擦り付けただけの…


「ごめんね~、助けられなくて。」

「!」


 氷の上を転ばないようにトテトテと歩いてきたスイレンが、涙目の青年に向かって謝罪の言葉を投げかけた。


「スイレン、そんなことない。

 おれ、今日お前に救われてばっかで…。

 もう、ただの足手纏いでしか無くて…」

「ハイ! STOP!!!」

「…むぐぉ、むご…。」


 弱音を吐き始めた青年の口に、スイレンは拳大の雪玉を詰め込んだ。

 突然の奇行。…いつものことか?


「そういう自虐みたいなの、ナシ!

 俺そういうの一番嫌いなんだよね。」


 『それにさ、』と言葉を紡ぐスイレン。

 その視線は俺にも向けられていた。



『 汝、こはくなるべきぞ。 』


「それじゃ、迷宮(コイツ)の思うつぼでしょ。

 こんな奴の言うことなんか聞かなくていいよ。」



 ……!!!

 そう、その通りだ。

 弱気になるな。心を強く持て。


「…ふぅーーー。」


 両の手で頬を強く叩く。


「! はははっ、どしたのモズク?

 もしかして痛みに快感とか覚えるタイプ?」

「ぅるっせェな。気引き締めただけだ。」

「お、いいね~。ついでにお腹の肉も引き締めたら?」

「…………。」

「ぁはははっ!

 …あと二体海牙(オドべ)残ってるよ?」

「分かってる。行くぞ。」


 弱い奴は弱いなりに、戦い方があるんだわ。




『 我は力を持てり。 』


『 君にも分けむ。 』


『 いで、こなたにきたまへ。 』




 ---




 ここからはユメハに聞いた話だ。

 曰く、『迷宮には意思がある』らしい。


 それを聞かされたのはこのクゥレイ迷宮に侵入する直前。

 その時は「なんとも突飛なことを言うもんだ。」などと考えていたが、今はもう疑う余地すら無い。


 …迷宮の声が直に聴こえてくるのだから。



 話は『そもそも迷宮とは何か?』という所から始まる。

 迷宮攻略経験の浅い俺からすれば、"化物が大量に出てくるびっくりハウス"程度の知見しか無かったが、実際はもっと複雑で難解な物らしい。

 ただし、ある程度のルールは存在するようだ。


 その一つが、出現時期。

 過去の出現情報、攻略情報をデータ化し解析したところ、迷宮の出現にある法則性が見つかったとのことだ。


 『迷宮攻略の二十年後、新たな迷宮が出現する。』


 例えば今年の四月に出現したサミット迷宮。

 記録を遡ると、丁度その二十年前に一つの迷宮が攻略されていたようだ。


 例えば二十年前の七月。

 二つの迷宮がほぼ同時に攻略されている。

 その内の一つに対応するのが、このクゥレイ迷宮なのだろう。



 さて、少し話が飛ぶ。

 この出現時期だが、何も迷宮に限った話では無いらしい。


 ()()()()()に同じ法則が当てはまるというのだ。


 これに関してはユメハ独自の研究らしい。

 どうやってそんなものを調べたのか。

 そう聞くと、彼が眼を付けたのは『幻妖の発生時期』だと笑いながら答えてくれた。


「幻妖って滅多に出現するものじゃないでしょ?

 だから調べやすいかな、って思ってね。」

「…へェ。結果は?」

「ビンゴさ。討伐後きっかり二十年。」

「めっちゃ時間かかりそうな研究だね!」

「まぁボクも暇な時間が多かったからねぇ。」

「………そっか!」

「けど、それは幻妖についてだけじゃねェか?」

「ふふっ、モズクちゃん。

 幻妖はボク達が勝手にカテゴライズしてるだけだよ。

 彼らも化物であることに変わりは無いのさ。」


 つまり、幻妖→化物に解釈を拡大出来るということだったのだろう。話は続く。


「でね、何者かがその法則に基づいて迷宮とか化物を発生させてる訳なんだけど。それなら"化物と迷宮は根本的に共通してる"ってことになると思うのさ。」

「……悪い、また分からなくなった。」

「ふふっ、少し難しい話になるんだけど…」

「ん、じゃあさ、迷宮と化物はどこで分類されるの?」

「…スイレンちゃんは頭がよくキレるね。」

「…あははっ、それはどうも!」


「――これはあんまり知られてないことなんだけど、迷宮にも核――妖石ってのは存在するのさ。」


「化物の妖石は、神経のように体内へ張り巡らされてる。…これは知ってるよね?

 もし化物が死んだときはそれが抽出・結晶化して体外に弾き出され、他の生命体と契約が結ばれた時にはその結晶を中心として新たな肉体が妖力で創り出されるのさ。

 ボクは、契約が結ばれる前の状態を"素体"、契約が結ばれた後の状態を"眷属"って呼んでるんだけど…。


 実は迷宮にも妖石が張り巡らされていてね。

 迷宮はそれを駆使して内部構造を変えたり、侵入者にちょっとした悪戯をしたりするのさ。

 それともう一つ。迷宮は自身の妖石を消費して化物を生み出すことも出来る。それも"素体"の状態でね。これが化物と迷宮にある明確な差だよ。」


「普通の化物は新しい化物を生み出せないのか?」


「うん、素体の状態ではね。生殖機能を持つ化物なら子孫を残すことが出来るけど、妖石を分け与えたりは出来ないから。生まれた子供はただの生物として生きていかなくちゃならない。…身体的異常能力を受け継ぐことは多々あるけどね。」


「迷宮については分かったけどさー、なんでそれが"意思がある"って話になるの? 仮にそうだとしてもそんなに大きな問題には思えないけどなー。」


「そうだね。ボクも確証は無かったんだ。

 だから、…一回、軽い実験をしてみた。」


「…実験って?」


「迷宮には親玉がいるでしょ? あれって迷宮全体の50%くらいの妖石を使って作られた幻妖なんだよね。

 勿論親玉には親玉の自我が宿ってる。

 迷宮の自我とは全く別物のね。

 迷宮が限界まで育つとその親玉が解き放たれるんだけど、そのときに親玉は迷宮全体の妖石・妖力を回収するのさ。

 要は50%の純粋な自我に、その他50%の雑多な自我が混ざっちゃうんだけれども。

 …そこで疑問に思ってさ。


 解き放たれた後の親玉って、()()()()()()()()()()?」


「ねぇ、ユメハ。――実験って何したの?」


「ふふっ、丁度手頃な迷宮があったからね。

 親玉を倒さずに、少しだけ親睦を深めて、数年間放置してみたのさ。…迷宮が育ちきるまで、親玉が解放されるまで、ね。

 結果から言っちゃうと、解放された親玉の肉体に宿っていたのは邪悪で狡猾な自我だけだったよ。

 元の子の自我は、…ぅははっ、どこに行っちゃったんだろうね?」


「……………。」


「もう一つ面白い習性があってね?

 親玉が"眷属"の迷宮がたまに見つかるんだ。

 その親玉について調べると、どうやら迷宮内部で作られた化物では無いようでね。

 外部からやってきた化物が迷宮と何かしらの契約を結んで親玉として君臨していたらしいのさ。

 その契約ってのは十中八九迷宮側が持ちかけたモノだろうね。

 本来の親玉が死んじゃったとかで、鞍替えでもしてたのかな。」


「…あ! あれクゥレイ迷宮っぽい!」


「お、もう見えて来たんだねぇ。

 じゃあそろそろ締めようか。

 まず前提として、迷宮は確実に意思を持ってる。

 そして、ソレは親玉のことを駒としか見ていない。


 最後に、ソレらの目的はほとんどが共通してる。


 ――迷宮の外に出て暴虐の限りを尽くすことさ。」




 ---




 九階層。

 地形は泥沼だらけの湿地。

 特筆すべきことがあるとすれば、十数本の氷柱が至る所にそびえ立っていることだろうか。


 出現した化物は一匹のみ。

 しかし、これまでの化物とは比にならぬほど強力で獰猛な個体であった。


 与えられた種族名は泥牛(バイソン)


『 BOMMMOWWOOOO!!!! 』


 体長は約五メートル。

 二本の湾曲した角を持ち、全身に褐色の体毛を纏った獰猛な化物だ。

 クラスで言えば準幻妖級だろうか。

 本来ならば一般的游蕩士が十人単位で討伐に向かうような手練れだ。


 今その化物に相対するのは、ただ一人。


『 BOMOWOO!!!! 』

「…来いよ、こっちだ…!」


 ()()()()


 残りのメンバーは壁際に退避し、俺と泥牛(バイソン)の一騎打ちを傍観している。

 見世物にされてる訳では無い。自分から提案――頼み込んだ結果だ。



 「…正気ですか?」

 「あぁ、次の層は俺にやらせてくれ。」

 「ボクの経験から言うと、次は準幻妖級が待ち構えてるはずだよ。少し言い方は悪いけど、モズクちゃん一人じゃまず勝てない。」

 「スイレンに多少の援護は頼むつもりだ。それに、途中で危険だと判断したらすぐに止めてくれて構わねェ。」

 「一回だけやらせてあげてよ。どうせ二人が手を出したら速攻で終わっちゃうでしょ?」

 「…判断はユメハさんに任せます。」

 「ふむ。それなりに自信はあるようだしね。」

 「ならば私も信じましょう。」

 「…ありがてェ。」


 「確かにモズクは雑魚で阿呆だけどさ」

 「おい。」

 「気合と根性だけは買ってあげてよ!」



 大丈夫だ。

 思ったよりもイケる。


『 BMOOWWWOO!!! 』

「…………。」


 コイツの得意なのは直線での突進攻撃。

 小回りは利かないらしく、一度回避するだけでしばらくの時間は稼げる。


 靴に纏った『風』のおかげで、こちらの機動力も負けてはいない。相手の予備動作を見てからでも充分に回避は間に合った。


 …逃げろ。時間を稼げ。布石を打て。

 弱者が強者に勝つためにはそれしかない。


『 BOM…, 』

「スイレン! ()()だ!」

「おっけ~!」


 泥牛(バイソン)が助走を付け始めたのを捉え、スイレンに大声で指示を飛ばす。


『 BOMOOWWO!!! 』


 直後、再び猛烈な勢いで駆け出した泥牛(バイソン)

 俺は靴に『風』を流し込み…、


「―――ぅおらぁっ!!」


 前方斜め上に大ジャンプ。

 そのまま上空から垂れ下がっていた蔓のような植物を片手で掴み、自分の体をその場に固定する。


『 ! Bmowoo… 』


 泥牛(バイソン)の目には突如として標的が消失したように映っただろう。

 行き場を失った奴の運動エネルギーは、突如として出現された三本の()()に受け止められることとなった。


 巨大な衝突音が広い空間に木霊する。



 さて、このように天井に掴まり地面を見下ろすと、今の戦況がいとも簡単に見て取れた。


 中央に立たされたのは脳震盪に苦しむ泥牛(バイソン)

 そして、ソイツを円形に取り囲むように設置された二十本近くの氷柱。


 その在り方はまさに牢屋。

 もしくは…、処刑場。



「あははっ! これで王手だね!」

「あぁ! …スイレン、仕留めるぞ。」

「おーけー、やっちゃえ!」


 一本の氷柱に乗っかっていたスイレンが、弓を持参のケースに仕舞った。

 次に、彼は片靴に『水』の妖力を流し始める。

 丸眼鏡を掛けなおし、ニヤリと口角を上げ、


 タッと氷を蹴って、背中から宙に飛び出した。




「――《飛泉(ひせん)》!」




 ピキ、と。

 全ての氷柱に小さなヒビが入る。

 ヒビは静かに、素早く広がっていき。

 堰を切ったように全てが同時に砕け散った。


 空に飛び散る氷の破片達。

 それらは一瞬にして細かい水滴へと変化する。


 そのまま自由落下していくかと思われた雫は、

 まるで引き寄せられるかのように横移動を始め、泥牛(バイソン)へと向かって()()()()()()()()


『 BOMWOO…!?!? 』


 全方位から流れ出した滝のような激流。

 それを果敢に受け止める泥牛(バイソン)だが、最早呼吸すらまともに行えていないように見えた。


 だが、その滝もいつかは止まる。

 水源は決して無限に成りえない。


「んじゃ、あとヨロ!」

「…あぁ、任せろ…!」


 だから、今ここで仕留めるのが俺の責務だ。



 …そういえば…。

 昔、スイレンに言われたな。


 「モズクはさ、戦うの下手なんだよね。」

 「相手の動き読むの下手だし、動きもトロいし。」

 「俺も何回命救ってあげたか分かんないもん!」

 「よくこの数年間生きて遊蕩士やれてたね!」

 「リーダーも多分びっくりしてたんじゃない?」

 「捨て駒のつもりが、意外としぶといな…ってさ!」


 「おい、言い過ぎじゃねェか?」


 「あははっ、ごめんって。」

 「でも実際、戦うのは下手だと思うよ。」

 「模擬戦で俺に勝てたこと一回も無いでしょ?」

 「弓使いに一騎打ちで負けるの屈辱じゃないの?」


 「…おめェに負けるのが屈辱だわアホ。」


 「けど、妖術に関しては使い方上手いんだよね。」

 「俺なんて『水』以外さっぱりだしさ!」

 「大体の属性使えるのは素直に凄いと思うよ?」


 「お前、他人のこと褒めれるんだな。」


 「失礼な! 褒めるくらいはするよ!」

 「コホン。だから、戦術を練ろうよ。」

 「そもそも一騎打ちってのが無謀なんだよね。」

 「モズクって割とすぐに逃げるじゃん、色々と。」


 「…なんか含みねェか?」


 「あははっ! 気にしないでいいよ!」

 「その逃げ足の速さで生き残って来たんじゃん。」

 「だから、戦いの中に"逃げる"って動作を入れない?」

 「…ぁははっ! だから深く考えすぎだってば!」

 「どうせ『逃げたら勝てねェ』とか考えてるでしょ。」

 「逃げりゃ良いんだって! 弱いんだからさ!」

 「逃げて、逃げまくって、」



 「最後に相手の喉元を掻っ切れば"勝ち"じゃん!」



 もう逃げるターンは終わった。


 蔓から手を離し、剣に妖力を込める。

 使うのは『雷』。勝つために必要な一手を。




「――《稲妻(いなづま)》!!!」




 泥牛(バイソン)を取り囲む滝にその雷光が触れた瞬間。

 耳をつんざくような破裂音が迷宮中に響き渡った。


 鼓膜と網膜が平静を取り戻した頃。

 響き渡ったのは割れんばかりの拍手と歓声。

 対象は間違いなく俺。


「…はっ、はは……!」


 ようやく実感が湧いてきた。

 今まで挑もうともしなかったレベルの相手。

 ソイツに俺は勝てたのだと。



『 …汝、よろし。 』


『 我、謝らばや。 』


『 汝、げにゆゆし。 』


『 欲し、欲し、欲し。 』


『 我に汝をたまへ。 』


『 とく、上に来…! 』



「モズクさん、お疲れ様です。」

「! あぁ、次はいつ出発する?」

「ユメハさんの予想では次が最終層とのことなので、少し時間を空けます。」

「了解、した。…俺も丁度休みてェ。」


 それを聞いたフヅキは、珍しくフッと微笑んだ。


「心労もあるでしょうから、ゆっくり休んでください。…ちゃんとカッコよかったですよ。」

「…あぁ、そうさせてもら……んぇ???」

「では。」


 いつも通りの真面目顔に戻ったフヅキは、すぐに立ち上がり歩いて行ってしまった。

 …………んぇぇ???????


「モズクうぅぅぅ!!!」

「ぼへぇぇ!! 殺す気か!!!」

「やっぱやれば出来んじゃん!」

「…まぁな、お前ありきの作戦だったが。」

「またまた謙遜しちゃって!」


「木の根に躓いて涙目になってた人と同一人物とは思えないね!」

「いい加減それ擦るのやめろ!!」




 ---




 十階層に到るまでの階段にて。


「よし、少しだけ話すとしようか。

 知っての通り、この先に待つのは幻妖だ。

 この中には幻妖を見たことが無い子もいるかもしれないね。

 その子達に向けて一つアドバイスをしておくよ。


 無理だと思ったらすぐ退くこと。いいね?」


「一言で幻妖って言っても、強さはピンキリでね。

 場合によっては、ボクやフヅキちゃんが瞬殺される可能性だってある。

 その時は総員即撤退だ。何が何でも逃げ切ろう。


 問題はボク達二人が戦闘中の時さ。

 幻妖と戦いながらだと、流石に君達全員を護りきる余裕までは無いかもしれない。

 だから自分の身は自分で守るんだ。

 防御でも逃走でも何でもいいから。

 君達は、絶対に生きて帰るんだよ。」


 ユメハは全員の顔を見回す。


「…うん、良い顔だねぇ!

 それじゃあ…、勝ちに行こうか。」


 ユメハは巨大な扉に手を掛けた。




『 いで、戦いを始めむ。 』




 十階層。

 地形は平坦な石床。

 これまでと違い、障害物などは一切無い。

 小細工ナシの真剣勝負でも仕掛けて来たか?


「……ふむ。」

「! またアイツ~?」


「…泥牛(バイソン)か。」


 中央に立っていたのは一匹の化物。

 なんの変哲もない泥牛(バイソン)だ。

 サイズなども…、特に変わりはない。


 …その時、何処からともなく声が鳴り響いた。



『 ――KYAA, KYAA…? 』



「…上だ。」



 見上げた先に居たのは奇妙な姿の女性。


 左右の指はそれぞれ七本ずつ。

 先端には異常に発達した赤色の爪が付いていた。

 美しいドレスを身に着けており、足よりも長く伸びた裾が風にゆらゆらと揺られている。

 また、鍔の広いとんがり帽子を被っているが…頭部と融合しているようだった。眼は隠れていて見えない。


 女性と形容したが、明らかに人間ではない。

 高度十数メートルを生身で浮かんでいるのだから。


 油断するな。アレは化物だ。



「…幻妖。あちらが親玉ですね。」

「うん。泥牛(バイソン)は囮かな?」


 ユメハとフヅキの冷静なやりとり。

 既に仕留めるべき敵を見定めたようだ。



「…魔女(ウィッチ)とでも呼ぼうか。」


『 ――KYAAA? 』



 魔女(ウィッチ)は天井付近でゆらゆらと揺れながら鳴き声をあげる。…飛び道具でなければ、攻撃を当てることすら困難な高さだ。


「ねぇ、なんかこの空間広くない?」

「だよな。高さだけでも九階層の三倍はあるぞ。」


 クゥレイ迷宮はピラミッド型のはずだ。

 上に行くほど各階層のサイズが小さくならなければ不自然だろう。


 何かしらの細工を迷宮側が施しているのだろう。

 空間を広げる妖術でもあるのだろうか?


「とりあえず泥牛(バイソン)を殺っちゃおうか。」

「えぇ、魔女(ウィッチ)はそのあとに」


『 ――KYAAAAAAAAAAAAA!!!!!! 』


「!」


 魔女(ウィッチ)の嬌声が空間を揺らした。

 不安を煽るような甲高い叫び声。

 それに共鳴するかのように、



『 ――BOMMMOOWWWOOOOO!!!!!!! 』



 泥牛(バイソン)も咆哮をあげる。


 直後、目を疑うような怪奇現象が起こった。


 全長四メートルしか無かったはずの泥牛(バイソン)――正確にはソイツの両前脚が、異常な膨張を始めたのだ。

 際限なく肥大化する前腕は、やがて元の体積の四倍にまで達し。急激な身体の変化に耐えきれなくなった泥牛(バイソン)から時折小さな血飛沫が噴き出すまでに至った。



 …急成長が、ようやく止まった。


 そこに立つ怪物が放つ威圧感は準幻妖のそれではない。


 既に俺が太刀打ち出来る相手ではなくなった。



『 …BOMOWOO…!! 』


「…………!」


「モズクちゃん!! 逃げて!!!」



 だというのに、ソイツは俺に視線を向け。

 憎悪の篭る駛走(しっそう)を始めた。


「っ! モズク!」


 スイレンが俺と泥牛(バイソン)を隔てるように氷塊を設置した。…が、今の泥牛(バイソン)にとってそんなものは紙屑同然らしい。



『 BOOMMMOWWWWOOOOOO!!!!!!!! 』



 いとも容易く氷を打ち砕いた泥牛(バイソン)


 進行を食い止めようと試みた数多の游蕩士すらも蹴散らしながら、眼前にまで迫ったその怪物は。



 一切の躊躇いなく俺を遥か後方へ吹き飛ばした。



『 汝、逆らうこと勿れ。すなはち終はらす。」



 意識を失う直前に聞いたのは煽るような迷宮の声と、



「…っ…あははっ、――()()。」



 久しく聞くことのなかった、スイレンの怒声だった。




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