第二十話 リベンジ
ガドの隠れ家へと帰宅した後、俺は丸一日眠り続けた。
訓練をやり遂げた安心感と、身体の再生による眠気と、
純粋な疲労による倦怠感などが同時に襲ってきた結果だ。
更にそこから十日間は、ひたすらガドから剣術を習った。
食事と睡眠の時間は絶対に確保するように命じられたが。
剣術自体は幼い頃に爺ちゃんから習っていたが、
ガドが俺に伝える剣術は、かなり方向性が違った。
剣の握り方や振り方を厳しく教え込むのが爺ちゃん、
化物の討伐に特化した実戦的な剣の扱い方を教えるのがガド、といった調子だ。
俺も日頃から自主練を行うようにしているが、
やはり、人から学ぶ機会というのは大きな意味を持つ。
剣を振る際に表れる微妙な癖、足運びのタイムロス…。
自分では中々気付けない細かい無駄を、相当数洗い出すことが出来た気がする。
元来の性格だろうか、ガドはあまり喋らなかった。
俺の悪い点などは一切容赦無く指摘してくれるが、
具体的にどう改善すべきなのかは自分で考えろと言う。
弟子の自主的な成長を促す師匠。…俺的には有難い話だ。
それに、雑談というものをあまり好まないようだ。
向こうから話しかけて来ることは一日に二,三回で、
こちらから話題を振っても、一言二言で終わらせるのだ。
そんな感じだから、この長い時間を共に過ごしても、
結局彼の生い立ちなどを詳しく知ることは出来なかった。
……意外にも甘党らしいということは知れたのだが。
ただ、俺自身沈黙が辛いと感じるタイプでは無いし、
彼との訓練漬けの生活は新鮮で楽しさすら感じていた。
総合的に見てもかなり濃厚で有意義な日々だったと思う。
――そんな生活にも、終わりは来る。
小さな木製の家の前で、俺はガドと向き合っている。
彼は腰に刀を差し、相変わらずの無愛想面で立っていた。
「ガドさんは何処へ?」
『仕事だ、しばらく戻らない。』
「そうですか…、なら今日でお別れですね。」
『あぁ、お前はそろそろ自分の家に戻れ。』
「はい。決着をつけたらそうします。」
「では、長い間お世話になりました。」
『…あぁ。』
◇
独り、草原を歩く。
場所は一か月前と同じ、エフ森林跡地。
俺が手も足も出ずに殺されかけた場所だ。
「……ふぅ…。」
一度大きく息を吐く。…勝てるだろうか。
たったの一か月と云われればそれまでだが、
その短い時間を最大限活用してきたつもりだ。
どれだけ差が縮まっているか、俺には想像もつかない。
あの精霊が力をどれだけ隠し持っているか分からない。
もしかしたら、また情けなく大敗するのかもしれない。
…その時はその時だ。
「――やるか。」
自分の身体全体を覆う、薄い妖力の膜を取り払う。
これで本来の妖力を再び世間に曝け出した訳だが…。
もっと確実性と可能性を高める為に、ダメ押しだ。
今までは、弱く見せる為に膜を張っていた。
だから、その逆。強く見せる為の、虚栄の布を。
身体中を均一に流れる妖力を、意識的に外側へ集める。
少しでも強者に見えるように。感知に引っ掛かるように。
『 Kyun. 』
気付けば、そいつは目の前に立っていた。
あの時と変わらない、微弱な妖力反応を装いながら。
…今ならその内に秘める莫大な妖力までをも感じ取れた。
見定めるように、見下すように。
光の精霊は俺のことを凝視していた。
触れれば千切れそうなほど張り詰めた緊張感が、
緩く流れる夏風と共に、穏やかな草原の上をひた走る。
長い沈黙だ。白毛の小狐はいつまで経っても動かない。
…気のせいかもしれないが、その様子には若干の迷いがあるように見えた。
その時、光の精霊がようやく動きを見せた。
奴が尻尾を振ると、空中に『光』の粒子が出現する。
それらは徐々に集合していき、短い文章を作り出した。
――『 What Are You, 』
紛れもなく、人間が使う言語での質問。
何処から、誰から学んだのか…。知能の高さが窺える。
…ただ、その内容自体は酷く不明瞭で不親切に思えた。
回答の選択肢が広過ぎる。濁し放題、誤魔化し放題だ。
だからこそ、正確に、確然と。最適の答えを返すべきだ。
『…俺は、化物。』
絶対に視線を外さないという意思を以て、睨み返す。
俺の瞳から、光の精霊は意図を汲み取ったようだ。
彼の頭上に浮かぶ文章が崩れ、新たな文字が作られる。
――『 OK. 』
直後、その『光』の粒子は鋭い刃へと形を変えた。
長い槍のようなソレは俺の心臓目掛けて超速度で接近し…
咄嗟に引き抜き、素早く振り上がった俺の剣と衝突した。
爆発的な摩擦により、激しい火花が地面へ舞い落ちる。
『 …Kyuun. 』
槍の消滅と同時に、俺の周囲に数十本の光剣が出現する。
即座に標的へ放たれたそれらの軌道は流星の如き直線で。
丁度終点に位置するであろう俺は、数秒後の未来を否が応にも理解させられた。
「――《照葉》」
…とは云え、それを黙って受け入れるつもりは無い。
突き立てた剣を中心点と見做し、半球状の光壁を形成。
残されたコンマ一秒の猶予を活かし、強度を高めていく。
直後、無数の剣達が嵐のように吹き荒れた。
鳴り響く金属音を聴きながら、俺は目を伏せた。
暗闇と轟音が支配する世界で、妖力感知に全神経を注ぐ。
…最後の光剣が光壁に突き刺さった時、《照葉》が限界を迎えて崩壊した。
一切の妖力損失が生じない、完璧な調整だった。
ガドの下で学んだことは決して無駄では無かったのだと、
誇らしい気持ちを胸に抱き、伏せていた瞼を押し上げる。
地面に突き立てた剣を引き抜き、両靴に妖力を込め…
『 ……! 』
遠くから眺めていた光の精霊へ肉薄する。
この一振りで仕留めるという意気で剣を振り下ろすが、
光の精霊が出現させた光剣によって容易く防がれた。
感電反応にも似た、反作用による強い衝撃が右手に走る。
俺の身体に生じた、ほんの一瞬の硬直。
精霊レベルの個体がそれを見逃してくれるはずも無く、
実に数百本にも迫るような『光』の剣が上空へ出現した。
「……多過ぎじゃん、」
思わず呟いた。『壮観』…この一言に尽きるだろう。
それらの矛先が俺にさえ向いてなければ良かったのだが。
…悠長に感想を語る暇は無い。喫緊の課題に向き合え。
例え《照葉》を使えど、あの規模を防ぐのは難しい。
全力で加速すれば、半分くらいは避けれるだろうか。
あれだけの数だ、一つ一つの威力はそこまで大きくない。
光の精霊にも隙が出来る。これはむしろ、チャンス。
「…やるか。」
靴に再び大量の『光』を注ぎ込む。
最初の光剣が届くまでの極僅かな間。
コンマ数秒の思考の末に、弾き出した答えは…
―――前進。
さながら、土砂降りの中心を走り抜けるかのように。
降り注ぐ『光』の刃達に向かって、俺の体は動き出した。
…走りつつ、避けるべき物と防ぐべき物を瞬時に判断。
猛烈な速度で襲い掛かる『光』の剣達を躱しながら、
或いは長剣で弾きながら、時には光壁で相殺しながら…。
死を産毛の先端で感じつつも、それでも尚、前に駆ける。
『 Kyan. 』
狐が鳴いたのと同時期、足元に妖力の流れを感じた。
幸運なことに、この類の妖術はガイア戦で経験済みだ。
己の直感を信じ、足に込めた『光』で空へと駆け登る。
「アタリ。…いや、微妙にハズレか。」
予想通り、三本の光剣が地面から突き出て来た。
それらは勢いを緩めることなく空へと上昇を始め、
数秒前に俺が創った『光』の床をも突き破り迫って来る。
…発射式だったのは予想外だが、然したる問題では無い。
空中で身を捩り一本目を回避。
指輪で生み出した光壁で二本目を相殺。
そこまで為した後に、靴へ『光』を込め…
少し遅れて到達した三本目を思いっきり蹴り飛ばした。
俺の狙い通り、光剣は向きを変えて降下を始めた。
その進行方向に立つのは、妖術を使用した化物本人だ。
敵に向けた攻撃が自身に牙を剥いたのだ。少しは焦るか…
『 Kyuun…, 』
光の精霊は冷静にその妖術を解除する。
まぁ、流石にこの程度で倒せるとは思っていない。
だからこそ、仕掛けたのだ。奴が絶対に気付かぬように。
光剣と全く同じ軌道で、同じ速さで、追随するように。
余裕そうに構えているアイツに、危機感を与える為に。
『 ―――!!!! 』
光の精霊の瞳に、一本の滑らかな刃が投影された。
同時に、奴の顔から強者としての落ち着きが消失する。
鉄で造られたその刃は、決して解除出来ないのだから。
銀色のソレからは、一切の妖力を感じられないのだから。
直後、俺が投げた片手剣が光の精霊に突き刺さる。
――――ように見えた。
「……逸らしたか。」
『 ……Kyuu…, 』
衝突の寸前、狐は光剣で片手剣の軌道をずらしていた。
到達時間が少し遅れ、到達地点が少し逸れただけだが、
あの精霊が回避を行うには充分過ぎる猶予だっただろう。
作戦の失敗を理解し、足元の『光』の床を解除する。
支えを失い自由落下運動を始めた俺の身体目掛けて、
地上から無数の光剣が放たれているのが確認出来た。
それらを軽く往なしながら、俺は再び地上へと降り立つ。
「……んっ。」
間髪入れず左手の袖から針を取り出し、
眼前に立つ小さな狐に向かって投げ飛ばす。
光の精霊は高く跳び上がり、その飛び道具を回避。
仕返しとばかりに俺の急所を正確に狙った光剣を飛ばす。
俺は地面に深く突き刺さった片手剣を抜き取り、
単調な軌道を描き続ける数本の光剣を斬り飛ばした。
大地を力強く蹴り、後退を試みていた宿敵に急接近。
斜め下から斬り上げるようにして片手剣を動かすが、
その斬撃は謎の硬い物体により阻まれることとなった。
『 Kyuu. 』
光の精霊が生み出したのは、やはり『光』の剣だ。
しかし、従来の物よりも二回りほど大きいように見える。
とは言え、籠っている妖力量は平凡の範疇に収まる程度。
斬撃は四方八方から来るのだ。あまりアレに気を取られ過ぎてはいけない。
その時、狐が白くふさふさとした尻尾を大きく振った。
それに伴い、『光』の大剣が加速を始める。…連動式か。
薙ぎ払われる光剣に対し、俺は高出力で光壁を形成する。
『光』の大剣は立ち塞がるように出現した光壁に激突し…
――それを粉々に打ち砕いた。
「――っ!!!」
俺は刹那の判断で片手剣を体の前に構える。
『光』の大剣はその細い刀身に容赦無くぶち当たり、
剣を支える貧弱な持ち主ごと、後方へと弾き飛ばした。
「…いっ、た……、」
手がビリビリと痺れる。
あんなもの生身で受けていれば即死だ。
完全に威力を見誤った。…いや、見誤らせられた。
光の精霊は、大剣にコーティングを施したのだろう。
妖力の薄膜を張ることで、大剣自体を弱く見せたのだ。
小細工だと詰れはしない。技の難易度は俺も知っている。
一回限りの騙し討ちだが、その効果は見ての通り絶大だ。
何にせよ、初見殺しは乗り越えた。
これでもう二度と、同じ手を食うことは無い。
慣れた動作で受け身を取り、即座に体勢を立て直す。
呼吸を整え、次の攻撃に備えようと前を向いた所で――
『 ………Kyu 』
「――ぁ、」
全身に妖力を纏った狐が、俺の腹に蹴りを入れて来た。
その小さな身体からはとても想像が付かない程の威力だ。
例えるならば、砲弾をもろに受けたような重い衝撃…。
確実に骨と内臓が逝っている。思わず蹲りたくなった。
だが、頭上から迫り来る『光』の大剣がそれを許さない。
「……あ"ぁ!!」
気持ちを持ち直し、真上に巨大な光壁を出現させる。
最早、妖力の残量を気にしている余裕など残っていない。
出し惜しみをすれば死ぬのだ。防御に神経を集中させろ。
超硬度を誇る一枚目の光壁、そのすぐ下に二枚目を。
素早く指輪を輝かせ、過剰防御にすら思える三枚目を。
矢継ぎ早に生み出した、天井の如し三枚の光壁。最低でも数十秒は持つはずだ。
そんな大盾に、狐の操る大剣が激突した。
天井からミシミシと不吉な音が聞こえたが、
幸いにも大剣の行く手を阻むことには成功したようだ。
ならば今対処すべきは、鉄砲玉と化して正面から迫って来る光の精霊本体。
左手の指輪で眼前に光壁を創り出す。その数、七枚。
本気の光壁だ。これの防御力は街の外壁にも匹敵する。
なのに、子狐はその七重の壁をいとも容易く打ち砕いた。
…コイツとの間に在る力量差を、改めて思い知らされる。
「……んッ…!」
だが、今更白旗を上げるつもりは毛ほども無い。
この死闘は、俺が俺の為に始めた戦いなのだから。
俺の眼前に迫った光の精霊に向け、剣先を突き出す。
直撃した。…そう思ったが、気付いた時には既に光の精霊の姿は無かった。
『 ………, 』
「――!」
瞬きすら許さぬ刹那の先、背後から鋭い殺気を感じた。
音をも超越する速度で、振り向きざまに剣を薙ぎ払うと、
俺の首筋を狙っていた狐の脚に剣先がぶつかり、激しい金属音が鳴り響いた。
普通ならば光の精霊の足を切り落とせている場面だ。
凡そ生物の脚部とは思えない硬さを誇っている事からも、
この狐が体全体を妖術で補強していることは確実だろう。
迂闊に触れない、或いは易々と近付かせないのが得策か。
――考察をしていたその時、頭上の壁が一枚破られた。
戦闘中、あのサイズの光壁を張り直すのは負担がでかい。
実質的な猶予はあと二枚分だ、それまでに決着をつけろ。
『 Kyuu…, 』
奇襲を防がれた光の精霊は一瞬動きを止めたが、
流石の対応力で身を立て直し、すぐに加速を再開する。
…まるで流水のようなその身の熟しを目にしただけで、
コイツが今まで潜って来たであろう数々の修羅場を想像することが出来た。
狐の精霊は縦横無尽に俺の周囲を駆け回りながら、
未だに威力の衰えを見せぬ無数の光剣を投げつけてくる。
俺は全く同じ妖力量の光壁でそれらを打ち消しながら、
持ち前の機敏さで直接命を刈り取ろうとしてくる小狐の猛攻を捌き続けた。
こいつの戦闘スタイルは"妖術"と"格闘"の複合型。
かつての敵で表すと龍人に近しい戦法なのだが、
奴とは比べ物にならない程、その両方が洗練されていた。
近距離、中距離、遠距離…どこを取っても隙が無いのだ。
その怪物染みた能力に加え、俊敏性は俺の遥か上を行く。
同じ『光』を扱う化物のはずが、俺の方は少しでも気を抜けば即刻お陀仏だ。
――頭上で、二枚目の大盾が音を立てて崩れた。
あと一枚、…十秒持つか持たないか、怪しい所だ。
だが、この天井の破壊はあの壮絶な大剣の解放に直結し、
その惨事は、俺の生命に真っ黒い終止符を打つのだろう。
「……急げ…!」
今の俺に残された選択肢は、大まかに分けて二つ。
まず、残り数秒の内に光の精霊を仕留める選択。
または、『光』の大剣の操作可能範囲外にまで逃げてしまうという選択だ。
…現在の位置関係を、今一度整理しておこう。
俺と光の精霊が近接戦を行っているのは地上だ。
その十メートル上には、俺が張った『光』の天井が在る。
そして、それを叩き割らんとしているのが更に上空を飛ぶ『光』の大剣である。
だが周知の事実、俺に"無限"を創り出す能力は無い。
言い換えると…『光』の天井には切れ端が存在するのだ。
それもそう遠く無い所、一キロも進めば見つかるだろう。
つまり、『光』の大剣を地上に降ろしたいのならば、
わざわざ天井を破ろうとせずに回り込ませれば済む話だ。
だが、コイツはその道を選ばなかった。選べなかった。
その理由が、妖術の射程的問題以外に存在するだろうか?
最低でも一キロだ。それだけ離れれば、少なくとも大剣の脅威は忘れられる。
『 Kyuun. 』
…というのが、俺の思い浮かべた最善の対処法なのだが。
この高尚な狐が、そんな甘い考えを許すのかという話だ。
ダラダラと結論を先延ばしにしても時間と思考の無駄か。
「…っ、まぁ、無理だよね…。」
重ねて言おう。――無理だった。
足に大量の『光』を込め、地面を強く蹴り飛ばす。
超常的な推進力が生み出され、俺の体が前進を始め――
すかさず俺の目の前に現れた弾丸の如き光の精霊が、
俺を本来在るべきに押し戻すかのように、牽制代わりの蹴りを叩き込んで来た。
狐の不意を突いた脱出劇。その失敗を理解する。
…これで三回目だ。それも、直近五秒間の話である。
並大抵の化物ならば反応すら出来ない速度のはずだが、
光の精霊は俺の企みを読み切った上で、正確に策略の妨害を遂行して来る。
『光』の大剣は、コイツにとっての切り札なのだろう。
――この術を活かして、お前を絶対に仕留めきってやる。
そんな執念のような物を、光の精霊の瞳から感じる。
…もしかしたら、俺が死の間際に生み出したただの妄想なのかもしれないが。
「……集中しろ。」
馬鹿げた考えは無しだ。執行猶予はもう短い。
命の灯が消える前に、何かしらの策を講じなければ。
その時、光の精霊が動きを止めた。
奴は自身の極端に短い四肢を地面に付けると、
しゃがみ込むように、伏せるように、身を低く屈める。
「!」
…足元から感じる、澄んだ妖力の気配。
咄嗟に、敵が発動させようとしている妖術を悟る。
初見ならば未だしも、二番煎じの妖術が通じるとでも…。
案の定と言うべきだろうか。
地面から突き出てきた数本の光剣達は、
素早く回避行動に移った俺を掠めることもしなかった。
……生温い違和感に、首筋を舐められた気がした。
二番煎じ――そんな甘ったれたことを、コイツがするか?
光の精霊は、間違いなく俺を本気で殺しに来ている。
なのに何故、この愚鈍で粗悪で無意味な妖術をこのタイミングで使うんだ?
思考を逆転させろ。…この光剣達に意味は有るのだ。
『最初から当てる気が無い』『避けられることが前提』。
あと少しで答えが得られそうな俺の事などお構い無しに、
大地を発射台として放たれた光剣達は空へ上昇していき…
――天を覆う『光』の大盾へと突き刺さった。
「そっちが狙いか…!」
金属音を響かせながら、天井に亀裂が走り始める。
本当は、もう数秒先に起こるはずだった未来なのだ。
加えられた衝撃が、容赦無く『光』の崩壊を促進させた。
…花弁のように、天井の残骸が大地へ舞い降りていく。
けれど、その幻想的な光景は俺の瞳を惹き付けなかった。
食い入るような俺の視線が捉えるのは、遂に解き放たれた『光』の大剣だけだ。
『 Kyaun. 』
新たに光の精霊が創造した光剣達は、
俺の身体ギリギリを掠めるようにして通り過ぎていく。
それらは、敢えて当てないように向けられた攻撃だった。
対象の急所を狙う攻撃よりも、技の難易度は高いはずだ。
わざわざそんな高等技術を用いる理由は分かりきってる。
…俺の行動範囲を制限する為だ。なぁ、そうなんだろ。
「……っ…、」
指先一つ動かす余地が無い程の、光剣の弾幕。
『無駄な抵抗は止めろ』…そう言われている気がした。
今の俺は、処刑器具に括り付けられた囚人みたいな物だ。
命を刈り取らんとする刃は、真上から迫り来る大剣か…
『 Kyu, 』
或いは、弾丸のように正面から接近する精霊本体か。
どちらかを食らえば敗北は避けられない。
が、両方を止めるだけの光壁は生み出せない。
戦闘中、俺は靴で『光』を使い続けていたのだ。
今から巨大な壁を二枚も張れば、妖力は底を突く。
さぁ、俺がすべき行動は、防御? 回避? 後退?
「……冗談じゃない。」
元より、これは生き残る為の戦いでは無かった。
俺はあの時、奥歯を噛み締める程に悔しかったのだ。
これは、プライドを懸けて、勝つ為に始めた戦いだ。
命惜しさに逃げる程度の覚悟じゃない。採るべき行動は…
「―――前進…!!!!」
一歩足を踏み出し、光の精霊との距離を詰める。
本来は当たらなかったはずの光剣達が俺に突き刺さった。
当然、皮が裂け肉が抉れ血が飛び散るが、…構うものか。
俺は右手に握っていた片手剣を、乱暴に地面へ投げ捨て…
光の精霊の前足を掴み取った。
『 ―――! 』
「…いっ……、」
精霊の前足が纏う『無』は砥ぎ立ての包丁のように鋭く、
それを掴み取った俺の右手からは紅い血飛沫が噴き出た。
激しい痛みに悶え、思わず手を放しそうになるが、
決して逃がさないと心に誓い、更に力強く握り込む。
ようやく捕らえた獲物。これは絶好のチャンスなのだ。
足に思い切り力を込め、体中の筋肉をフル稼働させて、
――その獲物を、空高くへと投げ飛ばす。
『 ――!? 』
打ち上げられた光の精霊の顔に驚愕の表情が見えた。
『何を血迷ったのか』…俺にそう問い掛けたいらしい。
だが、言わせて欲しい。俺は極めて冷静に、勝算を以てその戦法へ走ったのだ。
思い出せ。狐の投擲方向は、真上だ。
数秒前、俺の『光』の天井を壊したのは何だった?
その勢いを緩めること無く、真下に振り下ろされたのは?
―――『光』の大剣と小さな狐が急接近していく。
奴自身が創り出した大剣は、相当の速度を有している。
今からソレを方向転換させるのは至難の業のはずだ。
そして既に両者の距離は衝突不能なまでに縮まっていた。
流石の光の精霊と云えど、あの規模の大剣に激突すればただでは済まない。
現在のアイツに残された対処方法は二つ。
同程度の妖術を発動させて大剣の威力を殺すか、
『光』の大剣は諦めて、妖術を解除してしまうか。
『 ……Kyuu. 』
結果的に光の精霊が選んだのは後者だ。
妖力の消費を最小限に抑える、賢い選択だと思う。
それに、地力ではアイツの方が俺より遥かに上なのだ。
――焦って勝負を急ぐより、今は一度戦況を立て直そう。
……そんな合理的な魂胆が、透けて視えるようだった。
「ここで、決着にしよう。」
だからこそ、俺はその真逆の思考で動き出す。
宙に浮かぶ光の精霊、身体の自由は利いていない。
見誤るな、慢心するな。――間違いなく今が攻め時だ。
「……ふぅぅ…」
左手の人差し指に嵌められた指輪へ、妖力を注いでいく。
量は、俺が持ちうる全て。一滴すら残さず掬い上げろ。
どの道、この機会を逃がしてしまえば勝ちは無いんだ。
だから、未来の自分が後悔しないように。全力で行こう。
人差し指を光の精霊に向け、瞼で瞳を覆い隠して、
使う妖術を頭に思い浮かべ、小さく、力強く、呟く。
「――《閃裂》っ…!」
光の精霊の周囲に、突如として三つの球が出現する。
角状の突起を持つそれら『光』の小球は、眩く輝き始め…
『 ―――Kyuun……. 』
―――急速な膨張により、光の精霊を突き刺した。
三つの刺々しい塊が、空中で静止している。
暫くして、その隙間から一つの石が転がり落ちた。
少し角ばった球形の妖石は、承和色の光を放っている。
あぁ、俺は確実に光の精霊を仕留めた。
その証拠に、奴の妖石が目の前で結晶化されているのだ。
大丈夫、これまでの手続きに、何の問題も無いはずだ。
だとすれば、この違和感はなんだろうか。
この、異常なまでの手応えの無さはなんだろうか。
棘を模した決死の妖術を使って奴の体を貫いたのに、
肉体から一滴も血が飛び散らなかったのは、何故なんだ。
『 …………Kyaun………, 』
なぁ、誰でも良いから俺に教えてくれよ。
こんなバカでも理解出来るように、簡潔にさ。
論理的に、筋が通ってて、納得出来るように、頼む。
――落ちてくる妖石から、無傷の小狐が復活した理由を。
確かに、化物は妖石が傷つかない限り復活出来る。
だが、それは『肉体的な死』が無いという訳では無い。
彼らも最初は肉体を持った状態…"素体"で生まれるのだ。
そこで一度目の死を経験して、肉体から解き放たれた"眷属"になるはずなのだ。
俺は今、光の精霊の肉体を殺したのだと思っていた。
でも、違う。そうならばこんなにすぐ復活は出来ない。
少なくとも一度は"契約"という手続きを踏む必要がある。
…冷静になって考えてみれば、意外と答えが見えて来る。
俺が貫いたのはあくまで妖力で模られた偽物の肉体。
光の精霊は既に契約を終えているということで…。
―――この狐は、誰かの眷属だ。
主の正体までは流石に見当が付かない。
コイツが単身で化物狩りを行っている理由も。
曖昧と不明瞭が渦巻く脳内で、確かなことは一つだけ。
…俺は全力を振り絞って光の精霊を仕留め損なった。
『 …………. 』
凪いだ海のような静けさで、狐は大地へと降り立つ。
奴が一度尻尾を振ると、見慣れた光の粒子が出現した。
ぼんやりと輝くそれらは、希望にも絶望にも捉えられる。
ただし、現在の状況を鑑みてみれば、あの粒子は十中八九俺の処刑用だろう。
…上等だ、最後の最期まで足掻いてやる。
元は俺が仕掛けた喧嘩、途中で投げ出すのは御法度だ。
戦るなら徹底的に、削り合い、斬り合い、殺し合おう。
さて、空中の光の粒子は少しずつ集合していき…
――『 Draw.(引き分け) 』
俺が思いもしなかった、一つの単語を空中に描いた。
「………え…?」
『 Kyuu. 』
急展開。俺は梯子を外されたような気持ちに包まれた。
既に、延長戦の心積もりは済ませてしまったのだが…。
拍子の抜けた俺を慰めるように、文字が形を変えていく。
――『 Admire.(驚かされた) 』
――『 Nice Human.(良かったよ) 』
どうやら賞賛の言葉をくれているらしい。
ついさっきまで命を懸けて戦っていた相手から
ここまで素直に褒められると、複雑な感情が生じる。
移り変わる事態を飲み込めずにどぎまぎしていると…
――『 See You Around.(またね) 』
という文字が、俺の瞳に入り込んで来た。
その直後、光の精霊は一瞬にして姿を消す。
瞬間移動のような即時的な消失。だが、今なら分かる。
彼は『光』を使い、超高速で移動しているだけなのだと。
「……視えたところで、追いつけないけど…。」
引き分けと云うには、実力差がデカ過ぎだ。
一カ月前に比べれば多少マシにはなったと思うが、
それでもあの最速の精霊にはまだまだ届いていない。
まぁ、今は引き分けということにさせてもらおう。
彼は確かに『またね』と言った。きっと、再会出来る。
その時まで俺達の決着はお預けだ。―――次は、勝とう。
---
先程の戦いを脳内で振り返りながら歩く。
『リベンジ戦』という目的は果たし後は帰るだけだが、
その前にもう一度だけガドの家に寄りたくなったのだ。
どうせ、次ここに来るのはいつになるか分からない。
最後にフラりと立ち寄るくらいは許してくれるだろう。
…あぁ、ダメだ。やはり一番に悔しさが込み上げて来る。
相手は己の上位互換とも言える化物だ。善戦はした。
けれど、反省点を数え始めれば一向に終わりが見えない。
少し気を抜けば、顔が俯き出して、下手をしたら涙が出そうな程に、悔しい。
相手の妖術を打ち消すという訓練はしていたのだが、
正直、それを実戦で活かせたのかと訊かれれば微妙だ。
戦いの最中は、細々とした部分にまで気が回らなかった。
勿論、練習が完全に無駄になったという訳では無い筈だ。
まだまだ鍛錬次第で成長の余地は残されているのだから。
全力の光壁をあっさり突破されたことも、課題の一つだ。
もっと強度の高い光壁を出せるようにならなければ。
保有妖力が底を突いたというのは貴重な経験だった。
自分の力を余すことなく発揮出来たということでもあるし
精霊相手ではまだ妖力量が足りてないという事でもある。
ただ、妖力量を増やす為に何をすべきかは分かっている。
ニュート曰く、"経験"。今よりもっと積極的に化物の討伐をしていかないとな。
相手の動きから学べたことは多い。
彼は妖術の緩急をつけるのが非常に巧かった。
体を弾丸のように扱うことが出来るのもその賜物だろう。
あの超速度、現在の俺程度では制御することすら困難だ。
相手に動きを読まれにくく、自分は制御しやすいように…
口で言うのは簡単だが、相当な訓練が必要になるだろう。
実は、取っ掛かりは掴めているのだ。頑張れば、俺でも真似出来る気がする。
今特筆すべきは、あの『光』の剣達だろう。
そもそも、具現化した『光』を動かすという技術自体、
並大抵の人間では耐えきれぬ程の集中力が要求される。
俺もニュートやガドの下で長い間練習していたのだが、
結局実戦で使えるレベルには達することが出来なかった。
《閃裂》のように『光』を固定し膨張させるので限界だ。
ましてや創り出した光剣を数百本同時に操ることなど…。
『光』に造詣の深い彼だからこそ可能な高等妖術だろう。
課題は山積みだ。自分の無力さを改めて感じた。
だが同時に、かつてない程の圧倒的な高揚感が胸に在る。
努力次第で、光の精霊のようになれるかもしれない。
いや、絶対になってやろう。…本当に、心の底から強くなりたいと思った。
「―――――?」
ガドの家が見えてきたのだが…、ドアの前に人影がある。
恐らく男性だろうか?ボロボロの衣服を身に纏っている。
…妙だ。友人を訪ねるという温かい雰囲気には見えない。
近づいていくと、男性のもう少し詳細な容姿が見えた。
不透明な、ガラス…? 無機質な仮面で顔を隠している。
髪は鉛色。鞄や剣などは身に着けていないようだが…。
背中には漆黒の翼が生えている。…いや、左翼だけだ。
不思議なことに、右の翼は濁ったガラスで出来ていた。
明らかに特異な身体的特徴、人間で無いことは確定だ。
だとすれば、化物であるガドの知り合いだと思うが。
妖力は一般人程度の微弱な物しか感じられない。
…もう騙されない。まず間違いなく偽装しているはずだ。
偽装技術を持つ程の実力者という考え方も出来るか。
「…………。」
佇む彼に、ガドの不在を伝えるべきだろうか。
仮にガドの客人だとすれば、伝えた方が良いのだが。
敵対的な化物の可能性は、常に片隅へ置いておくべきだ。
決して警戒を怠らないように。かと言って警戒心を相手に悟られないように…。
「………何か、御用ですか?」
『――誰だ。』
「ガドさんの弟子です。」
『…あいつが弟子を…。』
「彼は今仕事で出掛けていますよ。暫くは戻らないかと。」
『…………。』
少しの沈黙。
「…どうかされましたか?」
『貴様は、人間だな。』
「……俺は化物ですよ。」
『違う、貴様は化物に成りきれていない。』
「……あなたは、」
『お前の名前は。』
被せるような質問。
「………ヒシです。」
『…そうか、お前がか。』
………………。
『死ね。』
「―――っ!!!!!」
その一言を聞いた瞬間、全身が粟立った。
原因は分かっている。それは、圧倒的な恐怖。
男が解放した妖力は、今まで感じたどれよりも大きい。
俺が視て来たどれよりも刺々しく、どれよりも鋭く…、
どれよりも、憎悪が込められている。
空に浮かぶのはガラスで作られた巨大な斧だ。
本能が告げている。一刻も早くここから逃げろと。
その指示が実行されるよりも早く、斧は振り下ろされ、
――間に差し込まれた刀によって真っ二つに裂かれた。
刀を持つのは一人の男だ。白髪に、欠けた左角。
顔には、世にも恐ろしい形相の仮面が付いていて。
初めて見る仮面だが、それの装着者はよく知っている。
「――ガドさん!!」
『逃げろ。お前では敵わない。』
冷静な指令。
無情な言い方だったが、反論する気など起きない。
たった今何も出来ずに死にかけた自分が一番知ってる。
ガラスを司るこの幻妖に、今の俺では絶対に勝てないと。
『……ガド、久しいな。』
『やはり、生きていたか。』
『我は五十年間、待ち続けた。
貴様の妖術が解けるその日を、ずっと。』
『…何をしに来た。』
『唯一の弟に、挨拶をしにきただけだ。
そこの人間とは、数瞬前に偶然出会した。
生かす理由も無いからな。殺めておこうと思ったが…、
まさかお前の弟子だとはな。…或る意味、納得はした。』
『…手を出そうというなら、手加減はしないぞ。』
『やめておく。ここで貴様と殺り合うつもりなど無い。
五十年も経ったんだ。まだ力も満足に戻っていない。』
何もかもを見下げた態度でそう話した幻妖の男は、
空に出現させていた数十本の巨大な斧達を妖力に還した。
『また会おう。弟よ。』
『あぁ、マグラ。いずれ決着をつけよう。』
幻妖――『マグラ』は、両翼を広げる。
そいつは、一瞬にしてその場から姿を消した。
最後に、呆然と立ち尽くす俺に対して一言呟いて。
『――次は殺すぞ。』
---
「ガドさんはどうしてここに?」
『嫌な予感がした。――戻って来て正解だった。』
「…ガドさんが居なかったら、死んでました。」
『あぁ、そうだな。』
「あの男は?」
『……魔人だ。』
「! もしかして…、」
『堅牢の街――アータミン。
二百年間平和を保ち続けた鉄壁の街。
その街は五十年前、一夜にして滅んだ。
住民の八割が、一匹の幻妖に惨殺されてな。
今では<悪の天誅>と呼ばれる、凄惨な事件…。
――――それを引き起こしたのが、あいつだ。』
「………っ…。」
『奴はまだ、人間の絶滅という野望に執着している。
最初に言っただろう。戦いに巻き込むことになると。
お前は本当に、大切な物を失う覚悟が出来ているかと。
奴を倒さなければ、人類という種族に明日は無いぞ。』
「…………、」
『今一度、訊こう。覚悟は出来ているか。
お前は守られる人間ではない。守る化物だ。
俺と共に、あいつと戦う覚悟は出来ているか。』
…結局、俺の口からは何の言葉も吐き出されなかった。
---




