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ナノライト  作者: かざぐるま
第三章 The flame is here.
19/57

第十九話 削ぎ落とし

 



 ガドの家から歩くこと数十分。

 パームネマ川に架けられた細い橋に辿り着いた。

 酷く不安定なその長い橋をぐらつきながら渡り、

 穏やかに働き続ける川に沿って下流へと歩いていく。


『まず、原理を知れ。

 俺達が持つ妖力を、生身だと思えばいい。

 その肉体を、薄い膜のような妖力で包む。

 感覚としては『服を着せる』が一番近い。

 そうすれば、素肌の大抵は隠れるだろう。分かるか?』


 ガドは振り返ることもせずそう話す。

 速足の彼に追い付く為に、俺も歩行のスピードを上げた。


「自分の妖力に自分の妖力を重ねるってことですか?」

『あぁ、外から被せるだけだ。』

「妖力の膜、というのがあまりピンと来てないです…。」

『だから、お前は未熟だと言っただろう。

 妖力の扱いが大雑把。己の妖力量に依存しすぎている。』


 …返す言葉も無い。

 道中、襲ってきた化物を数体撃退したが、

 今と同様のダメ出しに次から次へと心を突き刺された。

 曰く、一度の妖術に使用する妖力量が過剰なんだそうだ。


『これまで、一日を跨ぐ戦闘をしたことはあるか?

 三日三晩、水すら飲まず妖術を使い続けた経験は?

 実力が拮抗した敵との死闘は長期戦になるケースが多い。

 今は特に気にして無いだろうが、その戦い方ではいずれガタが来るぞ。』


 それは、天鯨(ヘブン)との戦いでも感じたことだ。

 慣れない環境で発動したその場凌ぎの新技とは言え、

 たった数分の《照葉(てりは)》でかなりの疲労感に襲われたから。

 ガドからすればあれも過剰な妖力だらけだったのだろう。


『1の攻撃に100の防御で返す必要は無い。

 瞬時に相手の技の威力を把握し、

 同じ威力の技で打ち消せるようになれ。

 ここは、それが出来ない奴から死んでいく世界だ。』


「はい。」


『妖力の量を偽装するのは

 その精密な妖力操作が出来てからだ。

 どれだけ時間が掛かるかはお前次第だがな。』


「…はい。」


 そこまで話して、ガドは不意に立ち止まる。


 周囲に広がるのは十数本の小高木。

 生い茂る緑が夏の訪れを鮮明に醸し出している。

 そよ風によって、樹木特有の優しい香りを感じられた。

 ――その時、枝木の上から小さなさえずりが聞こえた。


『 Pilili, pili 』


 小さな(くちばし)。丸っぽい腹。尖がった尾羽。

 黒っぽい体毛に対して顔は白く染まっており、

 冬夜に降りしきる雪のような、色合いの対比による印象深さを与えていた。


盲椋(イグノ)と呼ばれる化物だ。』


 数十匹の椋鳥達が、俺達を見下ろしている。

 肩に掛けていた大きな荷物を床に下ろしたガドは、

 地面にしゃがみ込むと、開いた右手を真下に伸ばした。


 …周囲の妖力が淡い緑色に輝き出す。

 ガドが『風』を発動させようとしていることの証だ。

 化物である彼は、己の身一つで妖術を使えるのだ。

 なのに何故、妖石製の刀を常備しているのだろうか?


『………。』


 半径十メートル程度の円を描くような亀裂が現れた事で、

 幸運にも、俺の無知蒙昧な思考はすぐに断ち切られた。

 けれど、次の瞬間には別の疑問が頭に浮かんで来る。


「それで、一体何を、」


 ガドに声を掛けようとした時、


『 Piiiii, 』

「―――っ!」


 小さな物体が壮絶な速さで迫ってきた。


 咄嗟に左手の指輪で『光』を発動。

 着色されたガラスにも似た黄色の壁が宙に出現する。

 その壁に激突した高速の飛来物は、音を立てて砕けた。


「…っぶな…。」

『――全然ダメだ。』

「!!」


 俺は完全な不意討ちを無傷で防いで見せたのだ。

 数か月前の自分ならば、この反応速度は出せなかった。

 我ながら成長したなと感じられる『光』の扱い方だが…

 お気に召さぬ様子のガドは、低い声で問題点を指摘する。


『見ろ、お前の壁はほとんど傷ついていない。

 つまり、()()()()()()()()()()ということだ。

 幅も強度も過剰だ。もっと絞れ。――来るぞ。』


 背後から、先程と同様の妖力の気配を感じた。

 凶器が迫って来ていることを理解し、再び『光』を練る。

 …調整だ。さっきより少なく、小さく、必要最低限で…、


『 Piiii. 』


 空中の光壁に触れた飛来物は、容赦無くソレをぶち抜き…

 ――勢いを緩めること無く、俺の太腿へと突き刺さった。


「…っ!!!」


 痛みに悶えながらも、視線を落とし物体を観察する。

 灰色の棘とも針ともつかぬ長細い『石』の塊だ。

 それは、初撃のサイズに比べ二回りほど大きかった。


『…学べ。技の威力を瞬時に把握しろと言っただろう。

 妖力を絞り過ぎて防御に失敗すれば元も子も無い。』

「っ、はい…。」


 返事をしつつ、腿から石の針を引き抜く。

 赤い血が宙を舞い、再び強い痛みが脚に走った。

 傷口はそれなりに大きいが、…無視出来る範囲か。


『 Piii. 』


 続いて飛んできた三本目の棘。方向は俺の右斜め後方。

 前二回とは別個体…けれど、死角を的確に突いた攻撃だ。

 盲椋(イグノ)同士で独自の意思伝達体系でも築いているのか?


 …いや、そんな推測は後回しにすべきだろう。

 重要なのは、宙の『光』の壁に『石』の棘が刺さり、

 鋭い棘だけがボロボロと崩壊してしまったという事実。


 ガドに叱られるまでも無く、分かっている。

 妖術として一度使用した妖力を回収するのは不可能で…

 つまりは、この残った『光』の分だけ、俺は自身の妖力をドブに捨てたのだと。


『理想は"相殺"だ。緻密な妖力操作が要求される技術だが…

 それすら出来ぬ奴に対し、俺から教えられる事は無い。』


 相殺――言うのは簡単だが、難易度は桁外れに高い。

 相手の妖術に合わせ、削ぎ落しすぎず、力み過ぎず…。

 加えて、妖力の調節に与えられた猶予はコンマ数秒だ。


『食料はこの中に、水場はすぐそこにある。

 食事時と睡眠時以外はこのサークルから出るな。

 今言ったことを出来るようになったら帰って来い。』


「! ガドさんは、」


『悪いが、俺は俺ですることがある。

 そうだな…、目標は一か月以内の修得だ。

 教えることは教えた。あとは自力で這い上がれ。』


 ガドはそう言い、何処かへ歩き去って行った。

 …突き放すような言い草だったが、見捨てられては無い。

 ゴール地点と道筋は教えてくれた。此処から先は自分の力で走るしかないのだ。




 ---




「――なぁ、俺まで行く必要あるか?」

「別にいいでしょ、どうせ暇なんだし。」

「暇な訳では無いんだが。」

「暇じゃない人はうちでバイトなんてしないわよ。」

「それも元はといえばお前が…、」

「雇ってくれたあいつに感謝しなさいよね。」

「…………。」


 無表情のベリーは、スタスタと足を進めて行く。

 その機敏な動きに『毒』の後遺症は一切感じられない。

 むしろ、擬態花(プラント)遭遇前よりも無遠慮になっていた。

 死に掛けた少女にこんなことを言うのも不謹慎だが、

 彼女の場合は少し弱っているぐらいが一番可愛げが在る。


「…かれこれ一カ月半くらい働いてたんだな。」


 ベリーの"あいつ"が指す人物とは、彼女の父親である。

 俺はベリーの両親が営む食堂にてアルバイトをしていた。

 一応依頼の一環なので、形式上は游蕩士として依頼をこなしていただけだが。


「…………。」


 ユルドースに滞在する理由は他にも在ったし、

 生活に困らないくらいの給料もちゃんと支払われていた。

 この一カ月半の生活に、然程大きな不満は抱いていない。

 …それでも幾つか、個人的に悩んでいた所はある。


 ――最も大きいのはベリーの両親の態度だ。


 ベリーの実家は食堂と家とが合わさったような構造で、

 従業員である俺も何故かその家で暮らす事になっていた。

 まぁ街中の宿を借りるのにもお金は掛かるので、

 宿代が浮くという意味では非常にありがたい話である。


 そんな生活で『家主の態度がちょっと…。』と言えば、

 聴いた人はまずどんな酷い目に遭ったかを考えるだろう。

 雑用を押し付けられた? 暴言/暴力を浴びせられた?


 だが、決してそのような苦痛は被っていない。

 四十路の気の良いおじさんと、優しく温かいおばさん。

 雇い主の彼らは非常に優しく、親切で、好意的だった。


 仕事で分からないことは手取り足取り教えてくれたし、

 "賄い"という名目で朝昼晩の食事を用意してくれた。

 食事中にはベリーの幼い頃の話を延々と語るし、

 夜が更けると俺をベリーの寝室に放り込んだりする。

 『死ぬ前に孫の顔が見れそうだ』と呟いていたりもした。


 …まぁ、盛大な勘違いをしているのだろう。

 俺達は断じてそういう関係では無いというのに。

 実際何度も弁明をしたが、まるで聞く耳を持たない。


 これは俺の予想だが、彼らは気付いているのだと思う。

 俺達がただの同僚であり、お互い恋心など無いことに。

 今後も、男女としての関係は発展しないということにも。

 全てを承知した上で、何とか俺達をくっつけようと画策しているように見える。


 という推測が的中していた場合、事は更に厄介だ。

 彼らの凶行を止める術が、俺から消え失せるのだから。

 幾ら誤解を解こうとしても、それが誤解で無いなら不毛。

 ゆっくりと、着実に。俺は彼らの家系図に取り込まれて行くのだろうか――。


 ――などと考えていた今朝、急遽ベリーに連れ出された。


 どうやら、彼女が所属するギルド卯杖の探訪(うづえのたんぼう)から…

 正確にはそこのリーダーから緊急招集が掛かったらしい。

 何故卯杖(うづえ)の会議に褐礫(あかれき)所属の俺が参加しなければならないのか…。


「いい加減飽きてたでしょ?

 あんなちんけな食堂の手伝いなんてね。」

「立派な店だろ。良い経験にはなった。」

「そんな良い子ちゃんだから変に気に入れられるのよ…。」


 ベリーはそう言いながら苦笑した。

 …成程。彼女がわざわざ付き添いを頼んで来たのは、

 純粋に俺の精神的健康を気遣っての事なのかもしれない。


「それで、なんでシロンさんに呼ばれたんだ?」

「さぁ? 大事な話とは書いてあったけど…。」


 具体的な内容までは知らされてないらしい。

 十数分間、他愛のない会話を繰り返していると、

 気付けば俺達は卯杖(うづえ)の本部へと辿り着いていた。

 奇妙なオブジェクトが乱雑に置かれた庭を横目に、

 見慣れた様子のベリーに続いて大きな入口を抜ける。


「――だーかーらー、センス無いって言ってんの!」

「はぁ!? 自分の作品に名前くらい付けるだろ!」

「作者の考えを押し付けてどうすんのってこと。

 何が込められているかを考えさせるのがいいんじゃん。」


「――この前Niceな種を見つけたんだが、どうだい?」

「……どうせ辛いやつだろ。」

「ご明察、ハバネロなんか比にならないヨ。」

「微塵も興味無えからさっさと捨ててこい。

 ……絶対客に出そうなんざ考えんじゃねえぞ。」


「――どうよ?」

「うん、悪くないわね。」

「だろ! ちと甘すぎるがな。」

「果実酒はそういうものでしょう?

 そうねぇ、少し檸檬(レモン)を絞っても良いわね。」


 人生で初めて訪れる卯杖(うづえ)本部の中は、

 どちらかと言えば酒場のような雰囲気だった。

 広間に小さめのテーブルと椅子が幾つか設置されていて、

 料理や飲み物を囲みながら大勢の人々が団欒をしている。


 聞こえてくる会話の内容は何処か狂気染みていて、

 『流石卯杖(うづえ)のメンバー』と思わせるものばかりだったが。


「私達も座りましょ。」

「あぁ。」


 既に埋まっている机達の間を歩き抜け、

 空いていた席にベリーと向かい合うようにして座る。

 ほぅっと一息吐いた彼女は、何かを思い立ったようだ。


「飲み物いる?」

「水。」

「ん。…何か渡されそうになっても受け取っちゃダメよ。」


 彼女はそう言って席を立った。

 数秒後、ぽんぽんと肩を叩かれる。

 振り返ると、一人の男が立っていた。

 先程『Niceな種』について語っていた男性だ。

 男はコップに入った真っ赤な液体を手に持っている。


(あん)ちゃん、美味しいドリンクはいかが?」

「…結構っす。」

「遠慮せずに、グビっとイっちゃいなよ。」

「要らないっす。」

「Oh,no…」


 サングラスを掛けた見るからに怪しい男性は、

 分かりやすい仕草で肩を落として自分の席へ帰って行く。

 その時、ちょうどベリーが此方に戻ってくるのが見えた。


「なぁ、ここ治安悪くないか?」

「同意見、基本変人しかいないんだよね。」

「ヒシが"クレイジー"って言ってたが、正解だったな。」

「それっていつの話?」

「三カ月以上前。」

「…その時からずっとアンタと一緒に行動してるわね。」

「奇縁だな。」

「ほんとにね。」


 ベリーとは四人の同期の中で一番深い付き合いだ。

 趣味が合っている訳でも性格が近い訳でも無いのだが、

 その場の成り行きでコレなのだから不思議なものだ。


 ―――その時、扉がゆっくりと開かれた。


 広間に入ってきたのは一人の女性と一人の男性。

 残念ながら男性の方に見覚えは無かったが、

 朱色の髪を束ねた女性についてはよく知っている。


「――揃ってるか?」


 がやがやと騒がしかった広場がさらに湧き上がる。


「シロンさん! お疲れっす!」

「あぁ、相変わらず元気だな。」

「YOリーダー、喉渇いて無いかい?」

「今は結構だ。別の誰かに飲ませてやってくれ。」

「姐さん、後で俺の新作観てくれよ!」

「時間があるときにな。」


 曲者揃いなこのギルドを纏める実力者――シロンは、

 コツコツと靴を鳴らしながら奥の方へと歩いていく。


 端正な顔立ちの彼女はしばらくして立ち止まると、

 床へ乱雑に置かれていた木箱の一つに飛び乗り、

 見下ろすような形で俺達の方へと向きかえった。


「忙しい中集まってくれて感謝する。

 何人か来てない奴もいるが…、まぁ想定内だ。」


 一切の澱みを含まぬ声で、シロンが話し始める。

 …先程まで沸き立っていた空気は驚くほど静まり返った。


 ギルドとしての傾向だが、卯杖(うづえ)に所属する游蕩士は、

 何か一つ、特定の分野で飛び抜けて秀でている者が多い。

 ベリーの『料理』、シロンの『鍛冶』などが良い例だ。


 つまり、此の場に集うは第一線で活躍する職人達である。

 先人に学び、後人に継ぐことを生業とする仕事人である。

 人の話を聞き漏らすなどという素人同然のヘマはしない。


 水を打ったように静まった者達の顔を一瞥し、

 極めて平凡な提議を行うかのように、シロンは口を開く。


「さっそく本題から入らせてもらうが、

 火の精霊討伐隊を組みたいと考えている。

 加入希望の者は、今この場で名乗り出て欲しい。」


「「「 ……………。 」」」


 尤も、彼女の発言は奇想天外も好いところだったのだが。

 ジャブだと思っていたら、アッパーカットが来たような。

 挨拶も告白も逢瀬も吹っ飛ばして、求婚されたような。

 予想を遥かに上回る用件を告げられたことにより、一瞬にして空気が凍り付く。


 ベイドがガイアの討伐を成功させたことは耳にしている。

 その後、大規模な精霊討伐依頼が発布されたという事も。

 何故か俺は徴兵されなかったが、ガイア戦は死者ゼロの圧勝に終わったそうだ。


 だからと言って、精霊の格が下がったという訳では無い。

 依然として彼らはこの世界に君臨する絶対王者であり、

 そこらの人間では一目拝むことすら許されない存在だ。


 …当然、今招集されている強者達もそれを理解している。

 "精霊に挑む"という事の重大さを誰一人軽視していない。

 故に、己がギルドリーダーへの返答は"沈黙"であった。


「今回はボクも同行するから、命の心配は無用さ。」


 凝り固まった空気を砕いたのは、一人の青年だ。

 シロンと共に広間に入ってきた、かなり若い男だが…。

 さらりと言って退けたその一言には、揺るぎない傲慢な自負が込められていた。


「…あの人は?」

「ユメハさん、サブリーダーね。私も会うのは二回目。」


 正面に座るベリーは小さな声でそう答えてくれた。

 均整の取れた筋肉、爽やかな髪型、くっきりとした目元。

 こう言っては悪いが、身体のどこを切り取っても平凡だ。

 とても戦士としての威圧感や信頼感は見受けられないが、

 一ギルドのサブリーダーに任命されるということは、実力は確かなのだろう。


「リーダー、それは金目当てかい?」


 穏やかな、けれども冷ややかな声が上がった。

 声の主は数分前に俺へ激辛ドリンクを薦めてきた男性だ。

 上司に向けるにしてはあまりに軽過ぎるその口調は、

 彼ら二人の間にある強く深い絆を窺わせるようだった。


「否だ、私は精霊の力が欲しい。」

「Hmm…、旅の期間は?」

「見積もりでは、一か月くらいだな。」

「ならば、ミーは降りさせてもらうよ。

 一か月も店を空けるのは色々問題があるのでネ。」

「そうか、残念だ。」


 男は椅子を立ち、出口へと歩き始める。

 シロンはニコリともせず、その背中を見つめていた。

 怒っているのか、悲しんでいるのか。…読み取れない。


「他に辞退する者がいれば帰ってもらって構わない。」


 鉄板のような酷く平坦な声でシロンがそう言い放つと、

 ざっと見で半数以上のメンバーが帰宅の支度を始めた。

 目を伏せたベリーも、悩むような素振りを見せている。


 シロンが持ち掛けたのは、命を賭けた大仕事だ。

 報酬もそれなりに出るだろうが、高いリスクも付き纏う。

 そもそも、卯杖(うづえ)所属の大多数は本業を別に持っており、

 游蕩士はあくまで副業として捉えている傾向が見られる。


 言い方を変えれば、"お遊び"、"息抜き"。

 ただの趣味に己が生命を賭す馬鹿が何処にいる?

 彼らがここで辞退するのは賢い選択だと言えるだろう。


 斯く言う俺も、今此処に居る理由はただの付き添いだ。

 要は、或る意味で雇い主でもあるベリーの意向次第…。

 彼女が"行く"と言うのであれば俺も従うし、"行かない"ならそれで終わりだ。


「――あぁ、ドリシェ。

 火の精霊が支配するボルカラノ帯だが、

 何処ぞの噂によるととある果物が採れるらしいぞ。」


 サングラスの男――『ドリシェ』はその場に静止した。


「『火を噴くほど辛い果実』…だったか。

 きっとお前のジュースに入れたら美味いだろうな。」

「なぬ。」


「『目を奪われるような深紅の鉱物』の噂もあったな。

 彫刻に使えばさぞかし素晴らしい作品が出来るだろう。」

「……へぇ。」


「あそこでは毎日のように噴火が起こっているが、

 その様子は『豪快』以外の何物でも無いらしい。

 ゼータ、お前ならきっと良い風景画が描けるだろうな。」

「――!?」


「ベリー。燃豚(ホグ)という化物も居るらしいな。

 『舌で溶けるような柔らかい肉』を持つと聞いたが。」

「…………。」


 その瞬間、ベリーの表情が一転する。

 先程までの迷いなど微塵も無い、覚悟の顔だ。

 視れば、広間の游蕩士達は皆一様に静止していた。


「――てめぇら…、」

「――あぁ、分かってる……。」



「「「 行くぞ!! ボルカラノ帯!!!!! 」」」



 鳴り響いた掛け声を聴いたシロンは顔を綻ばせた。

 彼女の横に立つユメハは呆れたように苦笑している。

 結局、この展開は彼ら二人のシナリオ通りなのだろう。


「……ヒシ。お前の意見、正しいぞ。」


 今もどこかで鍛錬しているであろう友人に語りかける。


「このギルドは、間違いなく"クレイジー"だ。」




 ---




 今、何日目だ。

 最早時間を数えることすら億劫になった。

 これだけ時間を費やしておきながら、進展はゼロだ。

 改めて自分の実力を思い知った。俺は自惚れてたんだ。


「………っ、下手くそが…、」


 腕に突き刺さった『石』の棘を乱暴に引き抜く。

 求められる能力は、常人を遥かに凌ぐ反応速度だ。

 攻撃を感知してからノータイムで壁を作らなければ。


 …頭では分かっているのに体が追いついていない。

 脳から放たれる信号が四肢に届く頃にはもう遅いのだ。

 意識と無意識の中間、意志的な脊髄反射…その類か。


 もっと、削ぎ落せ。


 寝る時間も、飯を食う時間も、水を飲む時間も無駄だ。

 リエルは俺のことを『化物では無い』と認めてくれた。

 けれどやっぱり、俺は自分自身を『化物である』と思う。

 つまらない意地と気位を引っ提げて、後先考えずに闘争へ溺れているのだから。


 もっと、精度を上げろ。


 この狭い世界に存在する光源は、夜空に輝く月輪のみ。

 針のように細い敵の攻撃を目で捉えるのは不可能に近い。

 だから無理です…などと諦めるつもりは端から無いが。


「……そういうことだろ。」


 生物は、足りない物を自らで補う能力が在るらしい。

 他人の考えが分からないから、想像力を働かせるように。

 生まれつきの身体が脆いから、注意力を伸ばしたように。

 金も権力も技術も持たないから、対話力を鍛えるように。


 では、新たに能力を発達させたければどうするか。

 簡単だ。自分の手元に有るカードを捨ててやればいい。

 そうすれば、生じた穴を埋めるようにして他が育つ。

 問題は、今の俺が何を捨てるかだが、…もう決めている。


 俺は普段から頼り過ぎなのだろう。――()()に。




 ---




 広間に残されたのはボクとシロンだけ。

 他のメンバーは意気揚々と出掛けて行った。

 きっと旅の荷物や仕事の整理をするためだろう。

 大なり小なり己の店を営んでいる者も多いだろうに…。

 自分の探求欲を優先するあたり、流石は卯杖(うづえ)所属の人間と云ったところだ。


 彼らが出て行った扉から視線を外し、広間へ振り返る。

 あの頃の木材を基調とした質素な内装は何処へやら。

 ギルド開設当初に比べ、随分と彩り豊かになったものだ。

 …実態は、大量の問題児による落書きと悪戯の跡が残されているだけなのだが。


 壁際に在るのは金貨数百の値が付く彫像であるし、

 雄大に描かれた天井絵は国宝級の出来を誇っている。

 これらを趣味の一環だと言い張る彼らはやはり異常だ。

 とは云え、このギルドの形を望んで創り上げたのはボクであり彼女であるが。


「………………。」


 遠くに、目を伏せて祈るように佇むシロンの姿があった。


 彼女が向く方向には、一本の刀が飾られている。

 刃が剥き出しのままで置かれた、尋常一様な刀だ。

 よく見ると刀身の一部が毀れているのが確認出来る。


「まだ大事にしてたんだね。」

「無論、この刀を超えなければ私は鍛冶師を名乗れない。」

「どこぞの廃街に落ちてたんだっけ?

 ……ボクにはガラクタにしか見えないけどねぇ。」

「確かに戦闘で使うには打ち直す必要があるな。

 だが、私がそれをすればこの美しさは失われる。

 刃毀れしていようが、今の形が最も整っているだろう。」

「ふふっ、シロンちゃんがこれを超える刀を

 生み出すその日を、楽しみに待つことにするよ。」


 きっとそう遠くない未来だろう。




 ---




 高く伸びた草を掻き分けて進む。

 帰って来るのに予想以上の時間がかかってしまった。

 本当はもう少しこまめに顔を出すつもりだったのだが。


 一つの大きな妖力の気配は在る。

 野垂れ死んでいるということは無いだろう。

 後はどれだけ成長しているか。…場合によっては延長だ。


 ――視界が開けた。


 バラバラと、無作為に地面へ散らばった『石』の針々。

 染み付いた鈍い赤色の血痕。中央に立つのは一人の少年。

 瞳に投影された光景は、凡そ想像通りのものだった。


『!』


 一つ、明らかに予想と違った物を挙げるならば…、

 静かに佇む黄髪の少年が目を閉じていることだろうか。

 現在進行形で、俺は妖力などの気配を完全に絶っている。

 彼の動きに一切の変化が見られないことからも、

 恐らくこちらには気付いていないだろうと推測を立てる。


『 Piiiii. 』


 その時、一匹の盲椋(イグノ)が『石』の針を飛ばした。

 糸のように細い針…。まだ幼い盲椋(イグノ)だったのだろう。

 ソレをただ弾き落とすだけならば造作も無いだろうが、

 俺があの少年に求めているのは『過不足の無い防御』だ。

 達成条件から考えれば、相手の妖術が微弱な程難易度が上がると言えるだろう。


 それに対し、少年の指輪が発光を始める。

 その輝きは一秒としない内に緩やかな減衰を辿り、

 代わりに少年の頭上付近へ極薄の『光』が出現した。

 直後、弱々しい石の針が空中の光壁へと衝突する。

 清々しい青空に響く軽快な破壊音。どうやら、矛も盾も共に砕け散ったようだ。


 この一連の流れで、彼の瞳は一度として開かれていない。


『…………、」


 人差し指を少年に向け、指先に妖力を集める。

 一瞬生じた躊躇いを心の中で潰し、『風』の刃を発射。

 狙いは彼の未成熟な喉元。もしも当たれば確実に殺せる。


 だが直後、『風』の進行方向に『光』が生まれた。

 先程のヒシが生成した物よりもかなり厚みのある光壁に、

 夜に浮かぶ三日月を模した鋭い風刃が食い込んでいく…。


 が、壁を真っ二つに断ち切った時点でその勢いは消失。

 殺傷性を失った刃は、そよ風として空に還っていった。

 異変を感じた様子の少年はその瞳をゆっくりと開かせる。


「やっぱり、ガドさんでしたか。」

『あぁ。正直、想定より遥かに成長している。

 たったの二週間でよくここまで辿り着いた。』

「もう二週間も経ったんですね。」

『…………?』


 ふと、ヒシの足元に置かれた鞄が目に入った。

 俺が二週間前に用意した、一ヵ月分の食料鞄だ。

 …その体積は、どう見ても二週間前と変わっていない。


『……いつから食べてないんだ。』

「…最初から。」

『睡眠は。』

「一度も。」

『…………。』


 淡々とした返答に、言葉を失ってしまう。

 食事と睡眠の時は円から出ても良いと指示したはずだ。

 つまり、こいつは一度もこの円から出ていないという事。

 実に三百時間、盲椋(イグノ)の攻撃に曝され続けたという事。

 二週間、飲まず食わず寝ずで修練し続けているという事。


『…死にたいのか。』


 意図せず自然と、言葉に怒気が籠ってしまった。

 俺はこいつを殺す為にこの課題を出した訳ではないのだ。

 命を顧みないようなやり方は、師匠を引き受けたからには止める義務がある。


「大丈夫です。死なないことは実証済みですから。」

『だがパフォーマンスは確実に落ちる。』

「休憩を取るくらいなら、練習を重ねた方が有意義では。」

『無理をするなと言っているんだ。

 そのやり方はお前自身を滅ぼすことになる。』

「身を削ってやるのが鍛錬って物じゃないですか。」

『……………。』


 身も心も削ぎ落すような、短期間の集中訓練。

 きっと、彼にすればそのやり方が普通なのだろう。

 この若さでそれだけの実力を持っているのも納得だ。


 そのやり方を、真っ向から否定することは出来ない。

 無尽の再生能力を持つこいつには、確かに好適な手段だ。

 だが、余程の精神力が無ければ耐えられないはずだ。

 それを成すだけの柱が無ければすぐに折れてしまう。


『お前は何故、そこまでして強くなりたがる。』


 だから、直接訊いてみることにした。

 何がお前の原動力だ?誰がお前を突き動かす?

 無遠慮な問いに対し、間髪入れず返答が帰ってくる。



「負けたままは悔しいので。」



 迷いの無い澄んだ瞳。穢れの無い透明な声。

 未だ年若で不塾なこの少年には。俺が、俺達が…、

 あの日に失ってしまった、純粋な情熱が在るのだと。


『それは、リフィにか?』

「えぇ、一矢報いるために。」

『あいつは精霊だ。負けて当然の相手だろう。』

「どれだけ格上でも、悔しいものは悔しいです。」


 …そうだ。本来、戦闘は楽しい物であったはずだ。

 勝敗に一喜一憂して、新たな技の獲得に夢中になって。

 息抜きに玩具の剣を交える…俺はそれだけで良かった。

 それが出来なくなったのは、背負う物が重すぎるからだ。

 消えない罪の意識に、心を縛り付けられているからだ。


「唯一俺が誇れる『光』という分野での完封でしたしね。」

『少しだけ、納得出来た。…案外負けず嫌いだな。』

「そうかもしれないです。」


 ヒシはそう言って軽く笑った。


 その時、一本の針が彼の耳元を掠めた。

 …防御するべきか否かの判断も正確に下せている。

 無闇矢鱈に飛来物を叩き落としている訳では無いらしい。

 成長具合としては申し分ないだろう。…次に進めるか。


『仕上げをするぞ。集中しろ。』

「……ふぅ、………。」


 ヒシは再び目を伏せた。

 それが一番集中出来る姿勢なのだろう。

 奇しくも、俺と似たようなタイプらしい。


『自分の体内に流れる妖力を感じ取れ。

 きっと、濁流のように激しい妖力だろう。』

「……はい、」


『そこからほんの一握りだけ、切り離せ。

 …出来たか? その一欠片の妖力を延ばすんだ。』

「…………。」


『破けそうなほど薄く延ばした妖力(ソレ)を、

 お前の中に流れる莫大な妖力の上に被せろ。

 焦るな、ゆっくりで良い。丁寧に、包み込むようにだ。』

「……………。」



 数秒後、彼から溢れ出ていた妖力が鎮まった。



「……出来、た……?」


 ヒシは目を開き、自身の体を物珍しそうに眺める。

 怪奇現象でも見たかのような、呆けた顔をしていた。

 だがしかし、数秒後にはその表情が徐々に晴れていき――


「………出来た……!」


 年相応の無邪気さで、心底嬉しそうに声を上げた。


『 Piii, Piii 』

『 piii? pui 』

『 Pii!! pii! 』


 周りを取り囲むように生えた木々の上から、

 盲椋(イグノ)達の合唱の如きさえずりが鳴り始める。

 前までとは違う、リラックスしたような優しい音だった。


「これは…?」

盲椋(イグノ)は警戒心の強い化物だ。

 その名の通り、視力は極端に悪いが、

 相手の妖力保有量で外敵を判断している。

 …二週間続いた攻撃が、たった今止んだだろう。

 今のお前は外敵と見做されていないということだ。』


 正に"祝福"。新たな門出を祝う美しい聖歌だ。

 それを聴きながら、足元に落ちている鞄を拾い上げた。

 鞄に入った一切れのパンを彼に投げ渡し、後ろを振り返ることなく歩き始める。




『合格だ、帰るぞ。』 「―――はい!」




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