第十六話 集大成
「――行っちまったなー。よかったのか? モズク。お前の大事な大事なスイレンちゃんを追った方がいいじんじゃねぇか? はぁ、全く、保護者失格だぜ。きっと今頃泣いてるぜ、『モズク兄ちゃーん! 助けてー!』ってな! あーあ、可哀想にな。」
「俺はあいつの保護者じゃねェ。
兄ちゃんでもねェよ、ただの従兄だ。
あと、あんたまで傷をつつかないでくれ…。」
「ぎゃははっ、怪我する奴が悪ぃんだよ!
木の根に躓いたんだってな!ざまぁねぇぜ!」
「…誰から聞いた?」
「スイレンの奴が嬉しそうに話してくれたぜ!」
「あんのヤロー…。」
目の前に座る茶髪の男――『モズク』は拳をわなわなと震わせた。スイレンが帰ってくればまた怒号が飛ぶのだろうが、俺には関係の無い話である。
「フヅキちゃんもほんとは行きてぇんじゃねぇか?
俺らが残るから、別に行ってもいいんだぜ?」
「大丈夫です、足手纏いになるでしょうから。」
「んな訳ねぇだろ、なぁモズク!」
「なんで俺に同意を求めるんだよ。」
「そりゃ木の根でこける奴がフヅキちゃんよりも優秀な訳ないだろ。」
「事あるごとに引っ張り出してくんじゃねェ!」
「しばらく擦れるネタを提供してくれたスイレンに感謝だな!」
あいつには今度何か奢ってやろう。
いや、スイレンは人の金を湯水のように使う奴だ。
"奢る"など軽率に言おうものなら俺が破産しかねない。
夕飯でも作ってやろう、愛情をたっぷり込めてな。
その時、小さな呟きが聞こえた。
「俺、辞めよっかな…。」
発声源はヒルズだ、彼の瞼は少し腫れている。
散々泣いて、ようやく気持ちが落ち着いたらしい。
「え!? 辞めるの!? 勿体ない!!!
あんなに『俺は褐礫に入るんだー!』って意気込んでたじゃん!」
「そっちじゃねぇよ、游蕩士の方。」
「えぇ!? なんでー!? まだまだこれからじゃん!
ベイドさんになんか嫌なこと言われたんだとしても、游蕩士まで辞める必要なくない?」
ヒルズの説得を試みているのは『メル』という少女。
彼女はヒルズの決断に納得がいっていないようだ。
しかし、ヒルズの意思は既にがっちりと固まっていた。
「別に嫌なことは言われてねぇよ。
ベイドさんのことは嫌いじゃねぇし。」
「じゃあ、」
口を開きかけたメルを手で制したヒルズ。
「でも、俺じゃあの人の横に立てねぇ。
…あの人だけじゃないな、今出てったあの五人だ。」
「……?」
ヒルズはどこか憧憬を滲ませた顔で、首を横に振った。
「"目"がさ、違ぇんだよ。
多分あの人らが持ってる覚悟って、デカすぎんだ。
岩みてえな覚悟を、平然と背負って戦場に立ってる。
多分相当重いぞ。…俺と比べ物にならねぇくらいにな。」
「………。」
俯きながらぽつぽつと語ったヒルズは、こちらを見た。
正確には俺達の横。彼らのサブリーダーであるフヅキを。
「フヅキさん、すんません。勝手なこと言って。」
「…いえ、貴方がそれを選ぶなら何も言いません。
游蕩士という道が幸せだと、私は思いませんから。
ベイドには私から言っておきます。長い間、お疲れ様…」
「いや、大丈夫っす。自分の口で伝えます。」
「…そうですか。」
ヒルズの前向きな顔を一瞥したフヅキは微笑んだ。
小鳥の巣立ちを見守る親鳥のような眼差し。
或いは、海へ泳ぎ出した小魚に向ける羨望の眼差しで。
その時、頬を膨らませたメルが口を開いた。
「えー、ヒルズ辞めるなら私も辞めるー。」
「は? 何言ってんだ、メル。」
「ヒルズいないとつまんないしー、
ねぇ、その後は何するの!? お店とか?」
「まだ決めてねぇよ。」
「私花屋がいいなー! 一緒に花屋さん作らない!?」
「おいなんで一緒になんだよ、一人でやれよ。」
「報酬合わせて六万フルクでしょ? 貯金とか崩して、」
「勝手に話進めんな!」
メルは元々ギルドに属してないはずだ。
游蕩士を辞めるという手続きもすぐに終わるだろう。
…だとしてもフットワークが軽すぎるが。
若者故の即断というやつだろう。俺が失った物だ。
「……若いっていいなぁ。」
「あんたもまだ二十九だろ。」
「二十九はおっさんなんだよこんちくしょーめ! 覚悟しろよ、お前もこの年になったら分かるようになるからな。初々しい青春なんて直視すら出来なくなるぜ!」
「ミドルさん、あんまり騒ぐとご老体に響きますよ。」
「そりゃねーぜフヅキちゃん…。」
毒がふんだんに塗りたくられたフヅキの一言。
真面目なトーンで老人扱いされると流石に心にくる。
「ったくよー、アラサーとかいう言葉がこの世に存在するのがよくねぇよな。俺はまだ二十代だっつってんだろ。そう思うよなタドク!」
「見苦しいっすよ。」
「あ!? 言うようになったじゃねぇか小僧がよー。
年上を敬いやがれ!…お前は游蕩士続けんのか?」
「当たり前すよ、ここで逃げたら恥ずいじゃないすか。」
「おぉ! よく言ったな、カッコいいぞ!
あぁ、瞼が腫れてなかったらもうちょっとかっこよかったんだけどな!」
「……一言余計っす。」
頭を乱暴に掻いてやると、タドクに即行で振り払われた。
全く、素直じゃない奴だ。タフさは褒めてやりたいが。
タドクが紺糸に残ることが、俺は純粋に嬉しい。
可愛い後輩が居なくなっちまうのは悲しいからな。
「今度"良い"バー連れてってやるよ!」
「結構っす。」
---
「作戦は?」
「地の精霊とは俺がやる。」
「にんぎょうは、やっていいんでしょ?」
「ふふっ、腕が鳴りますねぇ。」
「ヒシくんだっけ? 初めましてだね!」
「えぇ、スイレンさん。噂はかねがね。」
「え! もしかして俺有名人!? 照れちゃうな~。」
「悪名だろ。」「悪評ですねぇ。」
「ひどいな~。俺より善人なんていないよ。」
「…そういうとこ。」
長い道のりの果て、辿り着いた広場。
俺達は各々で武器を構え、横一列で並んだ。
『 ……Cue 』
数百メートル先には、ガイアの姿がある。
あの時と変わらず祭壇の上に腰を下ろし、こちらを眺めてきている。
「――ハァァ……。」
ベイドは両手で大剣を握り直し、息を吐き。
猛獣の如き鋭い眼光をガイアに投げ飛ばし。
湖畔の如き閑やかな落ち着きを以て。
「――お前ら、頼むぞ。」
全力で、駆け出した。
『 Cuuu. 』
直後、ベイドを囲むように土の人形が立ちはだかる。
ベイドよりも幾何か背の高い、『地』で作られた人形。
その数、三十。
「あれが人形ですか。」
「えぇ、見た目以上に手強いですよ。」
確かに、一体一体に込められた妖力は相当量だ。
それでもガイアにとっては小手調べ程度なのだろう。
「――もう見飽きたんだよね~。」
スイレンの持つ弓が鮮やかな水色に輝きだす。
彼は背中の矢筒から矢を取り出し、それを射た。
その矢が着地するよりも早く、スイレンは二本目を放ち。
目にも留まらぬ早業で、続けざまに三本目、四本目…
そうして彼が五本目の矢を放った時。
ようやく一本目の矢が土の人形へと届いた。
『 Ga……Gag?? 』
その矢が一体の人形に突き刺さると『水』の妖力が発動。
辺りに居た五,六匹の人形を巻き込みながら凍り付いた。
その様子に見惚れる間もなくすぐさま残りの矢が到達し、
たった五本の矢によって全ての人形が自由を奪われた。
『 Cuee…, 』
感心するようなガイアの鳴き声。
精霊から見ても、スイレンの妖術は見事だったのだろう。
「んじゃ、俺の仕事終わりってことで!」
「…あぁ。スイレン、よくやった。」
ベイドは彼の正面に立つ氷の彫像を剣で叩き割った。
彼は一切足を休めることなく、…むしろ加速をしながら。
未だ安全圏で戦場を眺めるガイアに向かって走った。
――俺の真横に居たロットが、物凄い勢いで走り始めた。
「………ん。」
『 ……Cuue, 』
次にガイアが生み出したのは、一匹の土馬。
体高が五メートルほどあるその馬の人形は、
体躯からは想像出来ぬ軽快な走りでベイドに肉薄した。
急接近する両者の間へ割り込むように現れたのは、
一本の短剣を力強く握る小柄な少年だ。
彼が持つ短剣は、黒かった。
吸い込まれるような美しいまでの黒色。
この世の影を掻き集め、凝縮したかの如き漆黒だった。
俺はアレを知っている。実際に目にするのは二回目だ。
あの忌々しき幻妖が使っていたのと同種の妖術だろう。
「…………ん……。」
ロットは短剣の先端を馬型の人形に向けた。
直後、短剣から溢れ出るように『闇』が出現。
『 Ga…GGGGAAAGAGAGAGA――, 』
その液体とも気体ともつかない闇の中へ。
馬の人形は勢いを殺すことなく飛び込んだ。
「――《万喰》』
…気づけば、馬は消滅していた。
『 ……Cue…, 』
「……恐ろしい技を覚えたものですねぇ。」
文字通り、跡形もなく。
元から何も無かったのかと錯覚してしまう程。
『闇』は、人形をその存在ごと世界から消失させた。
「どう?」
「いい技だな。」
「でしょ。」
力尽きたように、地面へ倒れ込んだロット。
ベイドは不敵な笑みを浮かべながらその横を通過した。
『 Cue. 』
ここまで自身の妖術を完封されたにも関わらず。
ガイアには焦ることなく、一切の狼狽を見せない。
次に彼女が生み出したのは、人型の傀儡。
『 GAa,GAaaaaA…?? 』
「でっか!」
そいつの身長は、ぱっと見人間の十倍ほどはあった。
それに釣り合うだけの横幅も確保されている。
…超重量級の人形だということは、一目で分かった。
「ふふっ、潰されれば一溜まりも無いですねぇ。」
楽しそうに口角を上げたニュート。
『 GAaaa. 』
「「 ―――っ!! 」」
人形が一歩足を踏み出す度、地面が大きく揺れた。
…俺は真っ直ぐ立つことすら満足に出来なくなっていた。
しかし、ニュートにとってこの地震は少しの弊害にもならないらしい。
「私、弓が少し苦手なもので。」
そう言いながら鞄から矢を取り出したニュート。
その矢は、明らかに鞄に入りきる長さではない。
やはりニュートの鞄は規格外の容量を誇っているようだ。
彼が鏃に触れると、その矢は緑色に輝き始め。
背中の長弓を掴むと、その弓も鮮やかな緑を纏い始めた。
妖術の重ね掛け。高度な技術だということは理解できる。
『 GAaaA, 』
「……ニュート。」
ベイドへ向かって拳を振り上げた土の巨人。
ベイドはそれを視ながらも、回避行動を取らなかった。
ただ、己の旧友の名を呼んだだけだ。
「分かってますよ。」
矢を番え、綺麗な所作で長弓を引き絞ったニュート。
彼は水面の如き滑らかな動作で、…矢を放った。
「――的が大きくて助かります。」
挑発的な言葉と共に宙へ放たれた一筋の矢。
同時に、大気を引き裂くような鋭い音が響き渡った。
『 ………GAaa?? 』
ベイドに向かって拳を振り抜かんとしていた巨体。
奴は何かを感じ取ったかのように上体を起こし。
太い首を動かしながら、音の鳴る方へ節穴を向け。
――突風により、上半身を吹き飛ばされた。
終ぞ、そいつの拳がベイドに届くことは無く。
巨大な傀儡は単なる土埃となって大地に崩れていく。
『 ………Cuee…. 』
「…ニュート、でかした。」
ベイドは土の欠片を飛び越え、更に突き進む。
此処に来て、流石のガイアも小さな吃驚を示した。
…俺は見逃さなかったぞ。
ニュートの矢は巨人の心臓部を正確に射止めていた。
南風に大きく影響されるこの長距離で、ど真ん中を。
「……"苦手"とか大嘘じゃないですか。」
「今回は運が良かったみたいですねぇ。」
この人のメイン武器はこの長弓なんだろう。
サミット迷宮でクリモがニュートを睨んでいた理由が分かった。
冗談も程々に、ニュートは俺を一瞥した。
「さて、君の番です。」
「……ふぅ。」
大きく大きく、…深呼吸をして。
俺は、靴に『光』を込めて駆け出した。
ベイドとの距離はだいぶ離れているが、この程度ならば一瞬で追いつける。
「……………。」
…火力不足。その言葉が頭をよぎる。
相手が扱うのは『地』。
正直『光』との相性が良いとは言えない。
俺の手札で、最大火力を出せるのは《月華》。
しかし、あれも手数で押し切るタイプの技だ。
瞬間的な威力で云えば、ニュートらに大きく劣る。
この戦闘で求められるのは、爆発的な破壊力。
従来の『光』の妖術では、決して至れぬ領域だ。
『 Cuue. 』
ガイアが生み出したのは、"怪物"だった。
身長は先程の巨人よりもかなり高い。
頭には四本の角。目のような器官は六つ。
腕は八本、そこに付く指はそれぞれ九本ずつ。
最早人型とは呼べないような異形の存在。
そいつは、一切の躊躇なくベイドへ飛び掛かった。
俺はベイドの背後に立ち止まり、剣を地に突き刺して、
「――《照葉》」
ベイドを大きく覆うように、『光』のドームを展開した。
創ったのは、土の怪物の高さを優に超える巨大な光壁。
天鯨との戦闘で使った物よりも数倍の硬度。
例え隕石がぶつかろうと壊れぬほど、硬く強く厚く…
『 ――!! GGAAAaaaaAA???? 』
そんな障壁へ、怪物は次々と拳を叩き込んできた。
超強度のはずの壁が、パキパキと大きく軋み始める。
…どうやら、従前の人形達とは格が違うようだ。
「…長くは持たないぞ。」
「えぇ、分かってます。」
そう判断し、俺は片手剣から手を離した。
前へ大きく跳んだ俺が、ベイドの横を摺り抜けた時。
ちょうど《照葉》がボロボロと崩壊を始めた。
『 GGAAaaaaaAAAAA!!!!??? 』
「………ハッ!!!!!」
俺は左腕の袖から針剣を出し、瞬時に光壁を創り出した。
分厚い『光』の壁が、怪物の拳を正面から受け止める。
『 !!! ――GGGGAAAAaaaaAAA???? 』
拳を防がれた怪物、…しかし、諦めてはいないようだ。
怪物の連続的な殴撃が、俺の光壁にぶつかり続ける。
怪物の腕は自身の攻撃の反動により既にボロボロだ。
それでも、コイツは攻撃の手を緩めなかった。
だってこいつは人形だから。そこに痛みも苦しみも無い。
理性も持たずただ野性的に、拳を振るっていた。
「……………。」
拡張された時間軸の中で、俺は思考を巡らせた。
一秒が永遠のようにすら感じられる、――さぁ、考えろ。
コイツはたった今作られた巨大な人形だ。
内部もそこまで精巧な作りには出来ていないだろう。
だとすれば、体の中に幾つもの"隙間"があるはずだ。
『光』の壁は、空中に置くことが出来る。
妖石と光壁の間に空気が存在していても問題はない。
だから出来るだけ遠距離で光壁を作れるように練習した。
そうすれば遠く離れている味方でも守れるから。
空気は物質だ。質量がある。
空気が間にあっても問題が無いのならば、だ。
例えば、隔てるのが他の物質であっても同じだろう。
例えそれが水中だろうと、木の壁の向こうであろうと――
――『地』の人形に生じた、小さな隙間の中だろうと。
俺は左人差し指に嵌めた指輪に妖力を込める。
終わり無き防御に見切りをつけ、針を地面に投げ捨てた。
戦いに於いて、守勢を保っていた所で勝利は得られない。
勝ちたければ、何処かで必ず攻勢に出る必要がある。
…それが今だ。だから、次の一撃で確実に仕留めよう。
イメージは、膨張しきった"風船"。
内側から弾けさせるように、破裂させるように。
俺は人差し指を怪物に向け、妖術を発動させた――
「―――《閃裂》」
怪物の内部に創造されたのは、小さな"光の球"。
表面に凹凸状の突起を持つ、奇妙な造形の球だった。
時間が経つに連れ、その小球は巨大化していき…
土の怪物は光の棘によって内側から串刺しにされた。
『 GGG…,GGAaaaAAA…? 』
完全な破壊には至らなかったが、
少なくともこれであの怪物は再起不能になった。
及第点といったところだろう。
「…約束通りで。」
「あぁ、任せろ。俺は裏切らない。」
ベイドが俺の横を通り抜けて、ガイアの元に走って行く。
あとは、彼が決着をつけるのだ。
その結果がどうであれ、受け入れよう。
この世界で俺が干渉出来る事柄など、鮮少なのだから。
期待通りの結果が訪れなければ、その運命だっただけだ。
「……頼みました。」
…ただ、出来ることならハッピーエンドを。
誰も不幸にならない最善の結末を、心から願う。
---
真下の地面に妖力を感じ、俺は咄嗟の判断で左へ跳んだ。
『 Cue. 』
さっきまで俺の立っていた場所に、裂け目が現れ。
直後、裂け目から棘のような円錐が鋭く突き出た。
あんなのに突き刺されれば一撃で死ぬだろう。
「……!!!」
『 …Cuee…, 』
再び濃密な妖力が地面を這い始めた。
…不規則な妖力の流れ。妖術の発生位置が予測できない。
攪乱が狙いだろうか…、――ならば。
「……ハァっ!」
俺は地の精霊の周りを回るように走り続けた。
幾度となく進行方向を変え、蛇のような曲折を経ながら。
地の精霊のみならず、自分すらも騙すほどに。
変則的に、ひたすら地面からの攻撃を避け続けた。
『 Cue…, 』
◇
俺が地の精霊について持っていた情報は三つ。
まず、性格が非常に温厚であること。
森を管理する立場ではあるが、殆ど定位置を離れず。
余程のことが無い限り他生物に手を出さないらしい。
四百年間に亘って、この世界を静観し続けてきた王者だ。
次に、人間を殺めたことが無いということ。
ありとあらゆる記録を読み漁ったが、どれだけ過去を遡ってもこの地の精霊が人間に危害を加えたという記述が見られなかった。
ただ、これに関しては少し不確実だ。
記録を残させる間も無く殺戮を遂行した可能性。
他の化物を使役し、人間を襲わせている可能性。
こういった、不確定の推測は幾つか挙げられる。
それに、自身やこの森に危害を加える人間に対してはそれなりの裁きを下すという説も散見された。
実際、数人の游蕩士は重症を負わされている。
敵対的な人間に対しては適当な正当防衛を行うのだろう。
勝利を収めるためにはある程度の戦力が必須だった。
しかし、他の精霊に比べ危険性が極度に低いのは事実。
"精霊"という存在を知らせるには絶好の相手だった。
だから、篩に掛けるならば今日しか無かった。
数人は落ちたが…、好い人材――"種"を掘り出せたから。
早い内に蒔いて、水を与え、…芽吹かせよう。
…話が逸れた。最後の情報だ。
「――おらっ!」
『 ………! 』
近接戦闘が苦手であるということ。
◇
急な方向転換からの、鋭い突撃。
俺は『雷』の大剣で、地の精霊を殴りつけた。
『 Cue…, 』
"獲った"――確かにそう思った。
しかし、大剣の先端は土の壁に受け止められていた。
俺は『雷』を発動したが、電流は大地へと流されていく。
「…っ!!??」
『 ―――Cuee. 』
更に、地の精霊により土の壁の一部が素早く変形。
現れた橦木のような太い棒が俺の腹を打ち付けた。
「かはっ…!」
加重された砲撃の如き圧力。
肺の空気が全て押し出され、思わず苦痛の声が漏れた。
尋常ではない痛み、肋骨が何本か壊られている。
「……クソっ…。」
気付けば俺の体は上空に飛ばされていた。
飛びかけた意識を強引に引き戻し、思考を巡らす。
まずすべきは…体勢を正した上での、安全な着地。
「……よし…、…動け。」
着地と同時に靴で『力』を発動。
生み出した推進力で俺は再び地の精霊に走った。
『 Cuee…, 』
地の精霊は未だ祭壇から動かない。
奴は、奴自身と俺との間の地面を真っ二つにカチ割った。
生じたのは、幅八メートルはある大地の裂け目。
「―――問題ねぇ。」
俺は一切躊躇うことなく向こう岸目指して跳躍した。
この程度の距離ならば飛び越えられると踏んでの行動。
『 ! …Cuu 』
地の精霊はその無謀な行いに少しの動揺を見せたが…
すぐに冷静を取り戻し、容赦無く裂け目の幅を拡大した。
裂け目の横幅が、十メートル強にまで増大した。
宙を飛ぶ俺は、悟った。――届かない。
もう一度跳ばない限りは、絶対に届かない距離だと。
だから、その時点で恐らく最善であろう選択をした。
「…ヒシ!!!」
「分かってます、」
その時、あるはずの無い足場が空中に出現した。
片足だけしか乗れないような小さい『光』の足場。
だが、再度跳ぶだけならそれで充分事足りた。
「…ハァ!!」
空を突き進む俺の姿を見て、ガイアは――
『 …Cue…, 』
感嘆を洩らしながら、小さく頷いた。
割れ目を広げることは無意味だと判断したのだろう。
奴は地形破壊とは全く別系統の妖力を練り始めた。
『 Cuue…. 』
――地の精霊の周囲に四個の大きな土塊が出現する。
それぞれが一つの惑星かと見紛うほど、巨大な岩だった。
土塊は、向こう岸にようやく着地することが出来た俺を見据えて発射された。
…戦場に、不釣り合いなほど快活な掛け声が響き渡った。
「一人一個、横取りは無しね~!」
一つ目は、俺に辿り着く前に凍り付いて静止した。
二つ目は、中央を貫くような『風』によって崩壊。
三つ目は、光の壁にぶち当たって粉々に砕けた。
四つ目の土塊は徐々にその大きさを増しながら。
恐怖を覚える程の速度で俺に真っ直ぐ転がってくる。
「………フゥ…。」
俺は大剣を天上に掲げ、刃に有りっ丈の『地』を込めた。
妖術を発動、刃の周囲を包むように『地』で固めていく。
…そうして作り上げたのは土の巨大な剣。
宇宙に浮かぶ太陽へ届くかの如き刃長を誇り。
この星に勝るかの如き重量を誇る、極大の得物だった。
「……っ~~!!!」
その質量に、体中の筋肉が悲鳴をあげた。
――踏ん張れよ、意気地なし。何の為に鍛えてきた。
腑抜けの手前は、何の為に游蕩士になった。
生かされたこの命を尽くせ、誓っただろ。
俺は、天に掲げた『地』の剣を――振り下ろした。
今日ここで始まるのだ。この世から悲劇を消す計画が。
これが開始の合図だ。よく聞きやがれ、化物共。
『 …………!!! 』
地の精霊はようやく気付いたらしい。
俺の妖術が未だに完結していないことに。
大剣のサイズが止まることなく増加し続けていることに。
更に巨大化が進めば、自身も巻き込まれるということに。
「もう遅ぇよ。」
奴はようやく立ち上がった。
もう傍観者ではいられないと理解したのだろう。
……間に合うと思うなよ。俺の剣のほうが速ぇんだわ。
俺の覚悟のほうがデケぇんだ。
「――《砕界》っ!!!!」
遂に振り下ろされた天体の如き質量の巨塊。
それは、呑気に転がって来ていた土の大玉を砕き――
――地の精霊を押し潰した。
---
衝突の直後、巻き上がったのは大量の土埃。
俺は、嵐のようなそれらに視界の全てを奪われた。
鳴り響いた轟音で耳がビリビリと揺れている。
同時に襲ってきた風圧をその場でなんとか耐えた。
…どうなった。
ベイドが発動した巨大な妖術の影響か。
辺り一帯の妖力が激しく乱されている。
妖力の感知は壊れたコンパスのように狂っていた。
ありとあらゆる知覚が遮断されている状態だ。
周囲の状況が全く以て掴めない。…不安に苛まれる。
そうして焦燥を抱きながらその場で耐え忍ぶこと十数秒。
ようやく土埃が晴れ、脳の情報が最新状態に更新された。
まず、膝をついて荒い呼吸をするベイドの姿が見えた。
彼はサイズが平凡に戻った大剣を地面に突き立てていた。
彼程の妖術、術者にも惨い負荷がかかっているようだ。
次に見えたのは、数十メートルにも及ぶ巨大な土の壁。
大地を隔てるように存在するソレはベイドの技の残骸だ。
…ベイドはあのレベルの重量を支えていたのか。
それに着手する覚悟。それを成し遂げた実力。
安心した、ベイドは"本気"でこの戦いに挑んでいたのだ。
一切手を抜くこと無く正面からガイアにぶつかっていた。
それこそ、思惑も打算も忘れて。俺はそれが嬉しい。
最後に、注目すべきはその巨大な残骸の先端。
飛び散った石の破片は、祭壇の成れの果てだろう。
既に跡形も無く、元の形を思い出す方が難しかった。
――問題は、祭壇の主。且つ、森の王者
『 ……,……Cuu… 』
ガイアは、生きていた。
体の所々に傷を負い、赤い血を垂れ流しながらも。
彼女を象徴するかの如き角を、半ばで折られながらも。
ガイアは、震える足を用いてなんとか立ち上がった。
数分放っておけば勝手に死ぬような。
見るも無残な痛々しい姿。…だが、確かに生きていた。
「……フゥ…、…ふぅ…、」
ベイドは地面から剣を引き抜いた。
覚束無い足取りで、ゆっくりとガイアに歩み寄っていく。
『 ……,……Cue…. 』
ガイアはそんなベイドのことをじっくり眺めていた。
攻撃の素振りすら見せずに、ただ静かに。
自分を殺す存在の接近を、穏やかに見つめていた。
やがて、両者の距離が限界まで近づき…、
「……悪いな。」
そう口にし、ベイドは剣を振り上げ、
――地面から生えた触手によって吹き飛ばされた。
「――!!?? が、はっ…、」
「っ、ベイドさん!!!!」
吹き飛ばされたベイドを追うように、
地面から生えた数十本の触手は空へと伸びていく。
それらがベイドを捉えるかと思った時、
どこからか飛んできた『風』の矢が触手を貫いた。
その隙を見逃さず、俺は全速力で走った。
『光』で宙を駆けあがりベイドをキャッチ。
追撃を狙う触手を避けながら、俺達は地面へと着地した。
「…撤退だ、アレはやべぇ。」
「走れますか!」
「あぁ、退くぞ。」
ベイドは足のふらつきを押さえて走り出した。
俺はベイドに襲い掛かる触手達を『光』で遮り続ける。
目指すのは、ニュート達が居るであろう場所。
其処まで後退が叶えば、一先ずの安全は確保できる。
淡黄色の触手は地面から止め処なく現れた。
その殺意の標的はベイドだけのようだ。…何故。
いや、それを考えるのは安全圏に逃げてからだ。
今は魔の手からベイドを守り抜くことだけを考えろ。
「――あ、ひし。ちょっとへるぷ。」
…その時、足元から声を掛けられた。
発声したのは、地面に寝そべったまま動かないロットだ。
そんな状態ではいずれ触手の攻撃に巻き込まれるだろう。
「ロットさん!? 何やってるんですか!!!」
「おれいまうごけないから、せおって?」
「――絶対『闇』使った反動じゃないですか!!??」
後先考えずにそんな技使うんじゃありません!
ロットを背負い、俺は再び駆け出した。
正直重たいが…、動けなくなる程でもない。
肉体を鍛えた成果が出ているのだろうか?
穴だらけの地面を無我夢中に走り続けていると…
ようやくニュートとスイレンが待つ安全圏に辿り着けた。
俺は『光』を使い、付近で一番高い木の枝へ昇る。
ロットを背から降ろした頃、遅れてベイドも登ってきた。
◇
「――それで、なんなのあれ。」
「擬態花の根に似てますが…、」
「えぇ、恐らく何らかの化物の根でしょうねぇ。
擬態花などとは、化物としての格が違いますが。」
「リーダーが怒らしちゃったんでしょ?」
「らしいな、俺のことしか狙ってこねぇ。」
「じゃあリーダーを差し出せば鎮まるんじゃない?」
「生贄じゃねぇか。」
「あははっ! 良い案だと思ったんだけどな~。」
見ると、根はガイアの周囲を固めている。
それらは彼女を守るかように、うねうねと動いていた。
「……あ…。」
「どうしました? ヒシ君。」
一つ、憶測が頭に浮かんだ。
現れたのはベイドがガイアにトドメを差そうとした瞬間。
敵対生物から、大切な家族を守るが如き姿勢で。
俺が知る限り、ガイアとその関係に在る化物は一匹だけ。
…あの子の体表は、淡い黄色じゃなかったか?
「なんか、いない?」
「え、俺見えない! ロット目良いね。」
「……ふむ。」
ニュートは鞄から双眼鏡を取り出し、
少し様子を観察した後に、意外そうな声を出した。
「……………。」
『光』を操る化物だからだろうか。
俺は一般の人間よりも大分視力が良い。
これくらいの距離ならば、肉眼で細部まで視えた。
在ったのは、トテトテとガイアの元に歩み寄り、
彼女の傷だらけの足に掴まって泣く一匹の化物の姿。
頭に二枚の子葉を生やした、淡黄色の小さな子供。
…あの時、ベリーを救ってくれた、心優しい化物。
その子が持つ妖力は、幻妖級だった。
「見た目によりませんねぇ。」
「ねぇ俺にも双眼鏡貸してよ。」
「ヒシ、あんな化物が居るなんて聞いてねぇぞ。」
「えぇ、言ってませんでしたから。
…俺も、あそこまでだと思いませんでしたが。」
「すけいると、おなじくらいのつよさだね。」
「とりあえず向こうの奴らに連絡だな。
いつでも撤退出来るようにさせとかねぇと。」
「おけ、いっとくね。」
右耳に付けたピアスに向けて喋り始めたロット。
あれを通して紺糸メンバーに状況を伝えているのだろう。
「ベイド、どうしますか。」
「…流石に、今相手にするのはしんどいよな。」
「それは同意せざるを得ないですねぇ。
私も精霊と幻妖を同時に相手どりたくはないですし。」
「…『片方なら行ける』ってことですか?」
「ふふっ、解釈次第ですよ。」
「スイレン、幾らならアレとやる?」
「えー? 五十万。」
「破談だな。」
緊張感の無い会話が繰り広げられている。
「――種族名は樹根でどうですか?」
「どっちかっていうと"死"だけどな。」
「あんなに見た目可愛いのにね!」
「攻撃がえげつなさすぎるんだよな。」
「…で、どうするの?」
報告を終えたらしいロットが会話に戻ってきた。
「多数決採るか。」
「命賭けた多数決とか重すぎません?」
洒落にならない解決策を提示したベイド。
俺の指摘も虚しく、ベイドはそれを強行した。
「戦いたい奴。」
「……ん。」
「ふふっ、流石はロットです。」
ロットとニュートが名乗りをあげた。
…まぁ、この二人はそうだろうな。
「戦いたくない奴。」
「はい。」
「おれもこっちー。」
手を挙げたのは俺とスイレン。
これで票数は同率。となると…?
「ベイド次第ですねぇ。」
「…俺は、戦る派だ。」
それを聞き、露骨に嫌そうな顔をするスイレン。
対照的に、ロットは嬉しそうに剣を抜いたが。
「――だが、必要ねぇかもな。」
ベイドはそう言ってガイアと樹根に目を向けた。
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