第十五話 再び
「じゃあリエルちゃんは来たくも無いのに
こんな危険な旅に連れてこられたってこと?」
「ざっくらばんに言っちゃうとだけどねー。」
「私も同じ!うちのリーダーに首根っこを掴まれて…、」
「シャオレ?」
「……素晴らしい任務を受けさせていただいて…、」
『聞こえているぞ』という警告を込めて名前を呼ぶと、
シャオレは委縮した小動物のように体を小さく縮めた。
全く、人のことをパワハラ上司か何かのように話すのは止めてもらわなければ。垂柳はクリーンでアットホームな職場なのだから。
それにしても、彼女らは随分と仲が深まったようだ。
元々年齢も二歳差とそこまで離れていない。
性格的に、周りの人物に振り回されがちな二人だ。
心が通じ合うのは、ある意味必然だったかもしれない。
◇
褐礫から十八人。
紺糸から八人。
垂柳から十五人。
姫萩から一人。
無所属が九人。
総勢五十一人で構成された地の精霊討伐隊。
私達がメーセナリアを出発してから三日が経過していた。
また、およそ三分の一は非戦闘員として同行している。
その為、実際に化物と戦うのは三十人程度だ。
移動手段は徒歩。所要時間は往復二週間。
地の精霊に手間取れば旅の期間は更に伸びるだろう。
相当な長旅だ、強靭な精神力が要求される。
まぁ、手練れの游蕩士ならば問題はないか。
…と、旅が始まるまでは楽観的に考えていたのだが。
◇
「――でさー、そん時のあいつの顔が…、」
「――お前は三万フルク何に使う?」
「――みてみて! トカゲ!」
「………ふむ、弛んでますねぇ。」
徐々に、不安要素が目に付くようになってきた。
戦闘員三十人。別に人数について不満がある訳では無い。
ただ…、少し弱すぎる。
戦力的に殆どの戦闘員よりもクリモの方がまだ動ける。
私とシャオレを除く、垂柳から招集された游蕩士達。
彼らも大体が二流かそれ以下というメンバーだ。
紺糸でさえ、過半数は新人の游蕩士。
はっきり言えば、居ても居なくても変わらない戦力だ。
敢えて精鋭を避けたかのようなメンバー。
わざわざ高い報酬を用意して招集するほどでもない。
極論、リーダー,サブリーダー格だけで事足りるレベル。
私には、ベイドの人選の意図が読めなかった。
「本当に死地に行くという自覚があるのでしょうか。」
「え? 死地? リーダーが守ってくれるって…。」
「えぇ、守れたら守りますよ。」
「それ守る気無い時に使うやつだよね?」
「善処はします。」
「尽力してよ。」
「それは無理ですねぇ。」
「帰っていい?」
「帰らせませんよ?」
「……多分二人が一番弛んでるよ?」
「そうですよシャオレ、気を引き締めなさい。」
「ねぇ私が悪いの?」
悲痛な声で問いかけをするシャオレ。
当然誰からも回答は無く、その質問は宙に舞い消えた。
「とは言え、暇なのも困りものですねぇ。」
「長閑な感じで私は嬉しいけどねー。」
「リーダーもヒシ君達と行けばよかったじゃん。」
「貴方達を守る人は必要でしょう?」
「確かに、絶対行っちゃダメだよ。約束ね。」
自らの過ちに気付いたのか、即行で撤回したシャオレ。
保身の速度だけは一流だ。本当にサブリーダーか?
まぁ化物がここまで近づいてくることは少ないだろう。
そうなる前に隈なく狩り尽されているはずだから。
「全く、私の眷属なんですけどねぇ…。」
---
『 PAAOOOONNN!! 』
怒象が鳴き声を辺りに響かせた。
奴は俺との間にあった距離およそ二十メートルを一瞬にして詰め、その長く太い鼻を頭上から振り下ろして来る。
「…………。」
俺は、人差し指に嵌めた指輪に妖力を注いだ。
怒象の鼻が顔に到達する直前で『光』の壁を構築。
衝撃により砕け散る壁、…想像を絶する威力だ。
しかし攻撃を弾かれた怒象にも大きな隙が生じた。
『 !? PWWOOoo….』
小さな悲鳴をあげて少し仰け反った怒象。
隙を見せた奴の背中に、三本のナイフが刺さった。
…短剣が放つ光はそれぞれ黄、青、紫。
つまり、『雷』によって怒象の体が硬直し、
『水』によって体のおよそ四分の一が凍てつき、
『毒』によって継続的な身体異常を来すということだ。
それを成したロットは、俺に視線で合図を送った。
「……ん。」
「…了解です。」
俺は剣に『光』を込め怒象の鼻を斬りつけていく。
表面の皮が硬い、…あまり深い傷は与えられない。
それでも、奴には充分な苦痛と不快感が齎されたようだ。
怒象は鼻を大きく振り上げて俺の体を振り払った。
「あとはどうぞ。」
「―――うん。ありがと」
その間に怒象へ接近していたロット。
彼の小さな両手には二本の短剣が握られている。
込められている妖力は双方とも『風』。
先の三つの妖術で動きが相当鈍っている怒象。
ロットは二本の得物で奴の体に深い切り傷を与えていく。
『風』を使っているのは切れ味の向上を狙っている為か。
奴の硬い皮膚は短剣により面白いように裂かれていった。
『 PPAWWWOOONNN…!!!!! 』
当然ただでやられる怒象では無い。
奴は鼻や四肢を活用し、猛り狂いながら激しく暴れた。
しかし、そのどれもが虚空を掻き分けるだけで終わる。
決死の猛攻。…ロットには大層愚鈍に視えたことだろう。
そう思わせるほど彼らの間には絶対的な実力差が在った。
そんな攻防が続くこと三十秒。
怒象がズシンと大きな音を立てて地面に倒れた。
華も呆気も無い結末。
血塗れの巨体だけが、静かに戦闘の終了を告げていた。
その死体の横には岩のような朱色の妖石が転がっている。
「………おもたっ。…んしょ、」
妖石に一筋の傷を付けたロット、朱色の光は失せていく。
彼は小さな両手で妖石を抱えて、俺の方へ歩いてきた。
「ないすー。」
「お疲れ様です。これで何体目でしたっけ。」
「じゅうに、かな。」
「俺が九なので、合計で十九体ですね。」
「いいぺーすじゃん。」
ロットは怒象の妖石を大きな鞄の中に詰め込んだ。
妖石は巨大だったが、鞄の空き容量にはまだ余裕がある。
「何か欲しい素材などは?」
「とくに、もやしちゃっていいよ。」
「了解です。」
俺は『光』の片手剣を怒象の死体に突き刺した。
熱エネルギーを一点に集中させ、加熱させていく。
しばらくすると焦げる匂いと共に小さな煙が立ち始め、
燃え広がった炎はやがて怒象を包み隠した。
死体が焼き尽くされたことをこの瞳でしっかり確認し。
数秒間…俺は、目を軽く閉じてこの灰の行く末を祈った。
「…行きましょうか。」
「毎回それするよね。」
「母の教えです。」
「ふーん、」
ロットはあまりピンと来ていない様子だった。
まぁ、一つの習慣のようなものだと思う。
『 Pii! 』
巨大な鞄を足に掛け、片翼を元気良く上げたファイ。
俺は彼女の背中に飛び乗り、再び妖力感知に集中した。
「――数km先に怒象と同程度の奴がいますね。」
「おっけー、れっつごー。」『 Piii!! 』
ファイは翼を大きく広げて上昇を始めた。
大量に妖石が詰め込まれた鞄は、既にかなりの重量に達しているだろうが、ファイがそれを持ち上げることに苦労している様子は無い。
ファイは、思わず欲しくなるほど有能だった。
運搬役,索敵役としてこれ以上無いくらい優秀な眷属で。
おまけに癒し役としても見事な活躍ぶりを見せている。
彼女を快く貸してくれたニュートには頭が上がらない。
◇
ベイド達一行に合流する頃には既に日が沈んでいた。
彼らはとっくの昔に夕食を済ませたようだ。
今は就寝前の談笑という雰囲気で、非常に和やかだった。
船を漕ぐように居眠りをしている人。
肩を抱き寄せながら小さく会話を交わしている男女。
焚き木を囲み暖を取っている幾つかのグループ。
彼らを横目に少し彷徨っていると、
一際大きな集団の中にリエルの姿を確認した。
「只今帰りました。」
「あ! おかえりー! 今日は遅かったね。」
「結構遠くまで行っていたので。」
「はい、晩御飯取っておいたよ。」
「助かります。」
俺はリエルからスープが入った皿を受け取る。
皿はまだ温かく、中からは湯気が出ていた。
…『火』で温めておいてくれたのだろう。
毎晩のことだ、彼女には感謝してもしきれない。
――貰ったご飯を食べながら、周りの様子を伺う。
「――全身真っ黒の鱗に覆われてて、でっけぇ爪生やしてんの! 体当たりで家の壁とか全部ぶち抜いて、俺の数メートル横をズババー!って通り過ぎてったんだよ! マジであとちょっとズレてたら俺死んでたからね、奇跡だよ奇跡!」
「えー私も見たかったなぁ。」
「いやいや、あんなの見ない方がいいぜ。
メルだったら絶対その場で漏らしてるからな。」
「自分も漏らしたくせによく言うわ。」
「タドクてめぇそれだけは言うなって…」
「え! ヒルズ漏らしたの!? だっさー!!」
「うっるせぇぇ!!!」
話していたのは同年代くらいの三人。
内容的に…龍人の話だろうか。
ヒルズと呼ばれた少年は褐礫を示す赤色のブローチを付けているし、タドクという少年は紺糸を示す青色のピアスを片耳に付けている。
所属するギルドは別々らしいが、仲はかなり良いようだ。
「あんな化物どうやって倒したんだろうな。」
「さぁ? ベイドさんは話してくれないし分かんねぇ。」
「ニュートさんは戦ってないんだっけ?」
「えぇ、恥ずかしながらあの場に居なかったもので。」
「タドクはロットさんに聞けねぇの?」
「無理だよ、あの人ほとんど本部に居ないから。」
「今向こうにいるじゃんか。」
「あそこに聞きに行く勇気ある訳ないでしょ。」
ちなみにロットはベイド,フヅキ,ミドルと話していた。
二つのギルドのトップ陣が焚き木を囲んでいる場所だ。
そんな所に飛び込んでいく勇気は俺にすらない。
…というよりも何故ニュートは当たり前のようにこっちにいるのだろうか。あなたもギルドのトップでしたよね…?
「俺も幻妖とか倒してみてーなぁ。」
「馬鹿かお前、今から精霊倒すんだろうが。」
「そうだけどさー、"精霊"ってのが本でしか見たことない奴だから、あんま実感湧かねーんだよな。幻妖だったら半端なく強えーって一目で分かるじゃん?」
「んー、私からしたら両方とも遠い存在だけどなぁ。」
「例えば死神とか! 一回見てみてぇよな!」
「なんで見たら死ぬって奴を見ようとしてんだよ。」
「えー、それなら私獣人とか見てみたい!」
気づけば、貰ったスープを完食していた。
自分では気づかない程にお腹が空いていたらしい。
「ご馳走様でした。」
「はい、お粗末様でした。」
「少し席を外しますね。」
「うん、気を付けてねー。」
俺はリエルの元から離れ、独り歩み出した。
「ゲホッ、…おいスイレン!お前これなんか入れただろ!」
「そこら辺で拾った木の実しか入れてないけど?
あ、でもちょっとだけ赤かったかもしれないなぁ!」
「拾った物なんでも入れんな!!」
「え? ちゃんと一番辛そうなの選んだけど。」
「余計ダメだわアホ!!」
別グループの焚き木を横切る時、激しい怒声が聞こえた。
怒鳴り散らす男性に『スイレン』と呼ばれた少年は、
心底楽しそうに腹を抱えてケラケラと笑っている。
彼らを見ながら、俺は林の奥へと足を進めた。
記憶が正しければ、この奥に小川があったはずだ。
そこで汗を流して、今日はもう寝よう。
◇
四日目。
ロットとの連携もかなり練度が上がってきた。
今日で、旅中の化物の討伐数は二十五を超えた。
不安な要素は多いが、今の所は順調と言ってもいい。
◇
五日目。
ここに来て課題が生まれた。
俺に足りていないのは"火力"だ。
今日遭遇したタコ型の化物は天敵だった。
手数で押され、粘液で刃すら通らなかった。
前々から感じていた課題だが、後回しにしていた。
向き合わなければいけない時間が来たということだろう。
改善しなければ。
◇
六日目。
明日、ついにエフ森林へ入る。
火力については、糸口を掴んだものの成功はしてない。
与えられた猶予は残り僅かだ、気を引き締めろ。
……俺は、結局どうしたいのだろうか。
ガイアを倒したいのか。いや、殺したくはない。
だが、俺が何をしようともうベイドを止まらない。
『好きにさせてもらう』と啖呵を切ったのはいい。
だが、未だ自分の中で整理がついていなかった。
力を付けようと六日間狩りをしたのはいい。
だが、未だその力の使い道に迷っていた。
例え妖術の火力をあげたところで。
俺はそれをガイアにぶつけることが出来るのだろうか?
頭に子葉を生やしたあの小さな化物に剣を向けられるか?
ベリーを救ってくれた彼らの日常をこの手で壊せるか?
自分が行く未来が、どうしようもなく怖い。
たった一つの不安が、際限なく広がっていく。
…日記はここまで、今日はもう寝よう。
◇
七日目。
俺は再び、エフ森林に足を踏み入れた。
前に来たのはちょうど二ヶ月前だったか。
とてつもなく濃い二ヶ月、成長度合いが今日試される。
俺はベイドの横に並び列の先頭を歩いていた。
時たま交わされる会話は端的で、何処までも冷淡だった。
「ヒシ、ガイアまでどれくらいかかる。」
「直進すれば三時間程度で付きます。」
「道中で化物が出たら討伐は任せるぞ。」
「…命令は聞かないと言いましたが。」
「命令じゃない、懇願さ。俺達の仲だろ。」
「リエルさんの安全を保障するのならば。」
「ロットとニュートが居る。リエルに万が一は無いさ。」
「……こんな場所に連れ出しといてよく言えましたね。」
「俺達が全滅しない限り、非戦闘員は安全だからな。」
「『今から挑もうとしてる相手にはそれを出来るだけの力がある』ってことだけ忘れないでくださいね。」
「――勝つのは俺達だよ。」
「…警戒に集中しましょう。」
会話をしているようで、所々が嚙み合っていない。
そんな言葉のやりとりに嫌気が差してしまう。
…どうか勘違いであってほしい。
しかし、彼の話を聞く度にその懸念は強くなっていく。
どうしても俺には、こういう風にしか考えられなかった。
ベイドが"精霊"を舐めていると。
◇
エフ森林に入って二時間とちょっと。
昨日までは和気あいあいと雑談をしていた旅の一行。
それが今や、ほとんどのメンバーが沈黙を保っていた。
原因は恐らくこの森を統べる王者が放つ異様なオーラ。
それは、一般人ですら感じ取れる程の濃密な妖力だった。
葉や枝を踏む音が異常なまでに大きく聞こえてしまう。
いつガイアの攻撃が来るか分からない。
その緊張感は順調に俺達の精神を蝕んでいた。
殆ど迷い込むようにして踏み入れた前回とは状況が違う。
彼女を殺す為に、明確な殺意を抱いて侵入しているから。
今回は俺達がガイアの逆鱗に触れる可能性があった。
そして、平穏を脅かすものがどうなるか…想像は容易い。
今猶、その光景はこの眼にはっきりと焼き付いている。
…彼女の手で次に処されるのは、間違いなく俺達だ。
「――!」
妖力感知に、ガイア以外の化物が引っ掛かった。
俺は右手を広げてベイドを…列全体の進行を妨げる。
「、どうした、」
「近くに化物の気配があります、数は三つ。」
「…凄いな、俺は気づかなかった。」
「ベイドさん達はこのまま直進を、」
靴に『光』を込め、俺は左斜め前へと走り出した。
数秒もすれば、ベイド達の姿は見えなくなり。
もう数秒もすれば、方向感覚すら失った。
距離は一キロメートルくらいだろうか、
その化物達は確実にこちらへ向かってきている。
右も左も分からぬ世界で、それだけを頼りに進んだ。
大きな木の根を飛び越え。
道を塞ぐ枝を切り落とし。
生い茂った雑草を抜けた先。
『 Hokya? 』
『 kyakya! 』
その化物は、居た。
クルリとした丸っぽい瞳に、細い手足。
全身が濃い褐色の毛に包まれている三匹の化物達は、
長い尻尾で木の枝に掴まりながら俺を見下ろしていた。
――鳴猿と呼ばれる化物だった。
「……厄介な奴が…。」
思わず俺の口から呟きが零れる。
その小さな嘆きを全力で掻き消すように、
『 KYAAaaa!!! 』
『 HoKyaKyakya!!! 』
『 KYAkya!! 』
三匹が同時に鳴き出した。
広いエフ森林全体に響き渡るような金切り声で。
「………、……っ…!」
一刻でも早く鳴き声を止める為に駆け出す、…が。
鳴猿達は全身を駆使しながら器用に逃げ回った。
回避行動を取りながら、それでも尚叫喚は止まらない。
「……うる、さいっ!!!」
『 HoKyaa!?!? …Kyaa…, 』
…何秒、何分の時間が経っただろうか。
ようやく一匹目の喉を刃が引き裂いたとき。
俺は五十匹近い鳴猿に辺りを囲まれていた。
「………多いな……。」
俺からすれば全員同じ顔に見えるそいつらは、
軟弱な生物を見定めるように木の上から見下ろして来る。
残念ながら、こちらからの手出しは厳禁だ。
この猿達が待っているのはその瞬間だろうから。
俺が行動を起こした瞬間、袋叩きにする算段だ。
…先手は打たなくていい、痺れを切らすのを待ち続けろ。
そうした膠着状態が続くこと十数秒。
『 HOKYA. 』
一際体の大きい個体が、一言だけ鳴いた。
直後、俺の視界を鳴猿が埋め尽くす。
---
「よし、非戦闘員はここに拠点を構えてくれ。」
ベイドさんはそう言い、大きな鞄を地面に下ろした。
それを見て私達後ろを歩いていたメンバーも鞄を下ろす。
私達の役目は此処で戦いに出る人の援助をすること。
つまり、怪我人が出るまでは暫しの休憩時間だ。
数時間ぶりの安泰。文字通り、ようやく肩の荷が下りた。
人間、未知の土地を長時間歩き続ければ
本人が自覚しているよりも疲労が溜まってしまうらしい。
軽く座ると、滞っていた血が脳に流れていくのを感じた。
戦闘員は各々で道具の整備や最終確認を行っている。
私はきょろきょろと辺りを見渡して一人の人物を探した。
…しかし、何故か何処にも見当たらない。
私達と一緒に森に入ったのは確かなのだが。
「ニュートさん、ヒシさんは?」
「さぁ? 一番前を歩いてませんでしたか?」
「そのはずなんだけど…、」
迷子? いや、そんなはずはない。
彼がそんなドジをするはずがない。…ならどこに?
「よっしゃ! 準備出来たぜ!」
「今日はちびんなよ?」
「うるせー! ちびんねぇよ!」
「二人とも頑張ってね~!」
「…俺の剣どこ隠しやがった。」
「え? 知らなーい! 忘れて来たんじゃない?」
「さっきまでそこ置いてあっただろ!!
お前しか犯人いねェよ!」
「まぁまぁ、俺の剣貸してあげるからさ。」
「それ俺の剣じゃねェかお前マジでぶっころ」
「いいですかシャオレ。
もし三十分で戻らなかったらすぐに森を出なさい。
有事の時は貴方がリーダーです、分かりましたか?」
「…なんで私にそういうの押し付けるの?」
「それは貴方がサブリーダーだからですよ。」
「私この任務終わったらサブリーダー辞めるね?」
「ダメです、認めませんよ。」
「いやダメとかじゃなくて。」
「実は私"退職願破り"という二つ名がありましてねぇ。」
「……もうやだこの人、」
「――よし、準備はいいか。…行くぞ。」
そうして彼らは出発した。その中に、ヒシさんは居ない。
---
「なんでうそついたの?」
「本当のことを言えば探しに行こうとするでしょう?
ヒシ君もその事態は望んでないでしょうからねぇ。」
「ふーん。」
ロットの疑問に対し、私は懇切丁寧に答えた。
彼が気にしていたのは、私がしたリエルへの返答だ。
実を言うと、私はヒシの行方を知っている。
先の行進中、ヒシの妖力反応が離れていったのを感じた。
彼が向かう先に、三つの中規模な妖力が在ったことも。
導き出されるのは"彼が単独討伐に向かった"という結論。
…そんなことをわざわざリエルに伝える意味は無い。
横を歩くロットは不機嫌そうな顔で嘆いた。
「なんかさー、よく分かんないよね。」
「何がですか?」
「べいどのこうどう。」
「詳しく言っていいですよ?」
逡巡している様子のロット。…珍しい。
しかし彼も心を決めたようで、ゆっくりと口を開いた。
「シロンとモファも、つれてくればよくない?」
…言葉を濁しているが、言いたいことは分かる。
彼の悩みも、私が感じていた物と同種だろう。
「…討伐隊に於ける致命的な戦力不足。」
「はっきりいうなら、そう。」
ロットは自身の細い指同士を絡ませながら頷いた。
私は敢えて反論の姿勢を示してみる。
「街に戦力を残しておかないとまずいでしょう?」
「なら、メーセナリアは?」
「君のお父さんが居るでしょう?」
「ほかのまちにも、ぼうえいしはいるじゃん。」
正論だ、彼が思慮深い性格をしているのが窺える。
「あと、ひしになにさせたいのか、わかんないし。」
「ガイアと戦って欲しいのでは?」
「だったら、ひしがいまいないのはおかしいじゃん。」
「しかし彼は今化物と戦ってますからねぇ。」
「わざわざヒシにいかせるひつよう、なくない?」
「きっと信頼を置いてるんでしょう。」
これに関してもロットの意見が正しい。
討伐隊の戦闘力を順位付けすれば、ヒシは確実に上位。
劣弱な化物の処理など、他の戦闘員にやらせればいい。
十数人に引き換えても、ヒシは残す価値がある人材だ。
「なんかさ、あんまりやる気ないんだよね。」
「ベイドがですか?」
「うん、」
「そんなことはないでしょう。
これは数カ月前から練っていた計画ですよ?」
「なんていうんだろうね、」
ロットはそれきり黙ってしまう。
感じた違和感を表現する言葉を探せていないのだろう。
ただ言いたいことは分かる。
私が持つ語彙で精一杯表現するとすれば、
現在のベイドはどこか達観している。
あいつは、独りで遠く先の方を見つめているようだ。
…そんな男が、私達の元へ歩いて来て言葉を発した。
「命令だ。―――、―――――――。」
「……………は????????」
「…遂に、気でも狂いましたか?」
――放電の如き口撃が、大気を静かに震わせた。
---
この一か月、厳しい修行の日々を乗り越えて来た。
ベイドさんの指示に従い、化物も沢山狩った。
時折、肝が冷える目に遭うこともあった。
怪我もした、筋肉痛になった回数など数えきれない。
けど確実に自分が強くなっているという自覚は得ていた。
少なくとも<鱗片の陰>よりも成長しているって。
半時間前までは、己の実力に自信を持っていた。
舐めていた。
「っ、ぅおら!!!」
俺は土の化物に剣を叩きつけた。
いや、化物ではない。こいつらは人形だ。
地の精霊が生み出した異形の存在。
背丈は俺よりも大分高い、二メートル強はある。
非対称な四本の手足。荒く削られた体表。
不規則な本数の指。縦に長く伸びた頭部。
シルエットだけを見れば、人間という種族に近いか。
しかしとても"人型"とは分類出来ないような人形だった。
そんな人形が、辺りに六十匹。
この戦いの終わりが全くもって見えない。
一体を破壊すれば、新しい個体が一体生み出された。
…いや、その段階に至ることすら困難だ。
俺なんて三十分掛けてまだ一体すら倒せていない。
"破壊すれば…"を考えられるほど、こいつらは弱くない。
さっきの攻撃も、人形の端の端を削り取れただけだ。
なぁ、教えろ。あと何百回剣を振るえば終わるんだ?
こいつらを全滅させられるまで、あと何日だ?
地の精霊を討伐するまで、あと何ヶ月掛かる?
街に帰還できるのは、何年後の話だ?
減らない人形、消耗される体力、擦り減る精神。
俺の衰弱もお構いなしに、人形は再び動き出した。
『 GaGa…, Gaa. 』
「…らぁ!!! ちくしょっ…、」
振り下ろされたのは、奴の硬い土の右腕。
…決して速い動きじゃない、高い威力じゃない。
なのに、今はこんなにも重たく感じてしまう。
俺が、この戦いの果てしなさに気が付いてしまったから。
戦うことを、"苦痛"だと感じてしまったから。
そこに"楽しみ"や"喜び"を見出せなくなったから。
『 GagAGa, …GaGA. 』
不定の感覚で土の腕を振り下ろし続ける眼前の人形。
俺は防御をするので精一杯で、…それすら間に合わず。
『 ―――Gaaa. 』
「………ちくしょお!!!」
俺の脳天が砕かれかけたその時、奴の頭部が吹き飛んだ。
比喩表現ではない、見たままを文字に起こしただけだ。
長い頭が、破片となって地面にパラパラと落ちていく。
「……はぁ…。」
「―――っ!!!!!」
それを成したのは、俺達褐礫を統べる実力者。
俺の憧れ、数ある職業の中から游蕩士を選んだ理由。
ヒルズという一人の少年の人生を変えた男。
「ベイドさん!! マジ助かりました!!」
クールな佇まいの男に向けて、俺は深い感謝を述べた。
ベイドさんは返事をしない、…冷徹な仕事人の顔だ。
それはそうだろう、この戦闘は彼の名誉が掛かっている。
本来は俺なんかを助ける時間すら惜しいはずだ。
それでも、彼は窮地に駆けつけてくれた。部下想いの…
「―――帰っていいぞ。」
……ベイドさんは、俺のことを見ることすらせずに。
俺という存在に興味を失ったように、そう言い放ち。
一切の感情を殺した顔で、走り去っていった。
彼の眼に、無能な味方の姿は映っていない。
彼の気を惹く権利があるのは、使える人材だけだ。
たった今、丁度この瞬間。
ヒルズという若者から、存在価値が消え失せた。
――心の堰が切れ、あらゆる感情が湧きあがる。
---
『 kyaa… 』
最後の鳴猿が地に伏した。
辺りには無数の死体と同じだけの妖石が転がっている。
「やっと終わった…、」
俺は妖石に目もくれず、意識を集中させた。
…やはり、ガイアの妖力が活発になっているようだ。
向こうでは既に戦闘が始まってしまったのだろう。
「…どうか、間に合って…、」
足に『光』を込め、俺は全力で大地を蹴った。
行き場の無い不安感を、少しでも放出させる為に。
苛立つ気持ちを、少しでも胸の内へ留める為に。
ここまで来てベイドらの戦闘を止める気などない。
俺の居ない間に、火蓋は切って落とされたのだ。
動き出した濁流を人の手で止められないように。
俺如きの脆弱な力では、彼らに終戦を齎せない。
…ただ、出来るだけ穏便な形で終わらせたかった。
色々考えて、得られた結論はただ一つ。
甘えた願望だが、俺は誰にも死んでほしくないだけだ。
誰も不幸にならない、そんな夢物語を俺は望んでいた。
ベイドに不信感はある。底知れぬ嫌悪感も。
彼がリエルを巻き込んだことにもまだ怒っている。
でも多分、何があろうと俺はこの旅に同行していた。
リエルが居なくても、多額の報酬など提示されなくても。
最終的には自分の意志で此処に来ていたことだろう。
――動悸は、ベイドの死を止める為。
ベイドは、無茶をする俺の体を会う度に案じてくれた。
龍人との戦いで兄ちゃんを救ってくれた。
ギルドメンバーでも無い俺に、惜しむことなく情報や技術を与えてくれた。
彼から受けた恩を数え始めればキリが無い。
それほど、俺の一生に欠かせない存在だ。
だから、死なせない。
リエルだけでなく、誰一人として。
ガイアも絶対に死なせたくない。
…あの心優しい小さな化物も、護り通そう。
血を流すのは、俺だけでいい。
「――!」
人の気配を感じ、俺は進行方向を変えた。
…近いな、非戦闘員の構える拠点だろうか。
いや、戦闘員らしき妖力も多数居在る。
ガイアの場所までにはまだ距離があるはずだ。
…戦いに決着が付いたか? だとすれば最悪の事態だ。
焦燥に駆られて、急いで草木を掻き分けて、
「――なにがしたいの?」
…声が聞こえた。よく知っている声だ。
まだ幼さが残る、舌足らずな少年の声。
ただ、その声には明確な怒りの感情が乗っていた。
「…………ロット。」
「こたえてよ、なにがもくてきなの?」
声を荒げてはない、怒鳴ってはない。
ただ、相手を静かに突き刺すような怒声だった。
ロットがここまで不機嫌なのは珍しい。
対象は恐らくベイド、…何があったのだろうか。
ようやく人の姿が見えた、――ニュートだ。
「おや、ヒシ君、無事で何よりです。」
「すみません遅くなりました、それで、これは…」
俺は、多様な感情が渦巻く拠点の様子を一瞥した。
まず、医療品を片手に怪我の治療に奔走する人達。
彼らの中にはリエルも含まれている。
次に、暗い顔で俯いている人達。
治療を受けている人は大半がこれだ。
そして、泣いている人達。
少数ではあるが、その凄まじい泣き様は一際目に付いた。
内訳は、ヒルズやタドクといった若い世代が多いようだ。
最後に、ベイドの胸倉を掴むロットとそれを眺める人達。
見たところ、彼らはほとんど負傷していないようだった。
…実力者は漏れなくこれに該当。流石と言うべきか。
全体を見ても、人数が減っている様子はない。
怪我人も、酷い者で骨折,打撲程度だろうか。
ガイアとの戦闘で大打撃を受けた訳ではなさそうだ。
「おれは、"こもり"にきょうみないよ。」
ロットの怒りはまだ収まらないようだ。…子守?
最年少のロットが子守という言葉を使うのは、どこか違和感があった。
「子守じゃない、アシスト…もしくはサポートだ。」
「おなじでしょ。ベイドのそういうとこ、きらい。」
冷たく言い放ったロット。
彼はサポート役としても第一級の役割を果たすはずだ。
龍人との戦いでもそうだった。
地に這いつくばりながらも、奴に一泡吹かせていた。
ロットの後援が在ってこその勝利だっただろう。
幾ら考えても分からない、俺はニュートに聞いた。
「…ニュートさん、これは一体?」
「戦闘の直前で命令がありまして。
――曰く、『お前達二人は手を出すな』と。」
「……ベイドさんがですか?」
「えぇ、間違いなく彼の口から。」
「それで、戦闘中ニュートさん達は何を?」
「ひたすら救助です。死に瀕した人を前線から離すのみ。」
「…支援係ですら、無いですね。」
「そうですねぇ…、唯の雑用係とでも言いましょうか。」
ニュートは、感情を表に出すことなくそう言った。
彼が抱くのは憤怒か悲哀か疑念か…俺には分からない。
ガイアは、この二人を後方に回して勝てる相手ではない。
――あぁ、だからロットはこんなにも立腹なのか。
龍人の時とはそもそもの状況が違うから。
ベイドに、勝とうとする意志が見られないから。
端から負けるつもりで戦いを始めているから。
勝利のみを求める少年にとって、それは屈辱でしか無い。
「つまんないこと、させないで。」
「……………。」
ロットが胸倉を握る力を一層強めた。
その様子を、見下ろすようにして眺めるベイド。
彼はロットの摑むと、握り潰すように圧を掛けた。
負けじとベイドの顔を睨みつけたロットに対し、彼は――
「――この旅の隊長は俺だ。」
「…だから何、ってきいてるんだけど。」
ベイドはそれに答えることなく、ロットの手を振り払う。
言外に示したのは、『俺に逆らうな』という威令。
森の新鮮な空気を大きく吸い込んだベイド。
彼は、この場の全員へ問うように言葉を切り出した。
「もう一度戦いに行く。付いてくる奴はいるか?」
静寂が流れた。
募りに募った不信感が許容量を超えたかのように。
疑心が喉の支配権を主から奪い取ったかのように。
誰一人として、名乗りを上げる者は現れなかった。
――ベイドの胸を再びぶん殴った少年以外は。
「つぎはたたかってもいいんでしょ。」
不機嫌な顔でそう言い放つロット。
「あぁ、もう命令はしない。」
「…ほんきでやるって、やくそくする?」
「この命に誓って、次は確実に勝つ。」
「……ならいく。」
少年はそう言い、スタスタと歩き始めた。
不満を消化しきった訳では無いだろう、まだふくれ面だ。
…溜まりきった鬱憤は何処にぶつけられるのか。
少し不安になったが、今は考えないことにした。
――俺の横に立っていた男が歩みを進めた。
「では、私も。」
「あぁ、好きに暴れろ。」
「ふふっ、そんな野蛮なことはしません。」
自身の長弓を担いで歩き出したニュート。
彼はベイドと穏やかに言葉を交わしたが、俺には分かる。
ニュートの薄ら笑いは、"嘘"の証拠だと。
少なくとも、戦いが平和に終わることは無さそうだ。
「ははっ、結局お前ら戦いてぇだけじゃねぇか!」
ミドルが座ったまま野次を飛ばした。
そういう彼は特に行く気が無いらしい。
「ねー、報酬って増える?」
――一人の青年がベイドの前に歩み出た。
ぼさぼさとした真珠色の髪を揺らす、丸眼鏡の少年。
軽薄そうな褐礫の游蕩士、名前は確か『スイレン』。
「そうだな、元の金額の二倍でどうだ?」
「お! やる気でてきたかも~!」
短弓を左手で持ち、ウキウキで歩き出したスイレン。
そんな彼の後方から、男の渋い声が掛かった。
「スイレン、矢筒忘れてるぞ。」
「あ、ありがとね荷物持ち君!」
「ぶっとばすぞ。」
スイレンは男性から矢筒を受け取ると、その男の頬に出来た擦り傷をツンツンとつついてから走り出した。男はその背中に怒声を浴びせるが、罵倒された側は全く気にしてない様子。
「…一つだけ聞いてもいいですか。」
「あぁ、どうした。――ヒシ。」
――俺はベイドの正面に立ち、彼と目を合わせた。
数秒間の沈黙。ベイドの焦点は俺に合わされ、動じない。
…やっぱり、彼は狂乱状態にある訳では無いらしい。
至極正常な精神状態。ならば、まだ信用が出来る。
「ガイアをどうするつもりですか?」
「言っただろ、俺はあいつを殺す。」
「……その後の話です。」
ベイドの表情は変わらない…
――まるで、この指摘を待っていたかのように。
「エフ森林には沢山の化物がいますよね。
彼女が消えればそれらは一斉に放たれる。
倒して『はい終わり』で済む相手じゃないんです。
ベイドさん、貴方はどうするつもりなんですか?」
数秒間、永遠のように長い間。
俺達の潜り抜けるように、清涼な風が流れていった。
それすら吹き止み、静寂となり、…ベイドは口を開いた。
「――――、―――――――。」
「……分かりました、――俺も行きます。」
話の内容は、簡素な物だった。
そして、俺が静かに期待していた答えでもあった。
不平不満を挙げ始めれば止まることは無いだろう。
けれど、ここが俺達の"折り合い"だというのは分かった。
俺から視線を背けたベイド、その先にはフヅキ。
「フヅキ、お前は来るか?」
「…いえ、残ることにします。」
「そうか、ここは頼んだ。」
「はい、お気をつけて。」
そんな彼らを摺り抜けて、リエルが駆け寄って来た。
彼女は俺の手を握り、捲し立てるように言葉を放った。
「ヒシさん、頑張ってね。
怪我しないでね、死んじゃだめだよ。あと…、」
そんな彼女の頭に、俺は手の平を乗せた。
そのまま右腕を左右にゆっくりと揺らすと、
糸のように細い白藍の髪が俺の指先をくすぐった。
一瞬、困惑の表情を浮かべたリエル。
しかし、彼女はすぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「どうしたの?」
「……なんでもないです。」
この少女の笑顔がどうしようもなく愛おしい。
彼女についてもっと沢山のことが知りたい。
…行き場の無かった感情に、名前が付いた気がした。
「――いってきます。」
「うん、いってらっしゃい!」
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