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ナノライト  作者: かざぐるま
第二章 Reasons to fight.
14/57

第十四話 招集

 



 やぁ!


 …ん?

 どうしたんだい!

 今日はなんだか元気が無いね!

 …眠たい?

 そんなこと言わないで少しだけ話し相手になってよ!

 君が居ないと僕もちょっぴり退屈なんだ!


 さて、どこまで話したっけ!

 えーっと、妖力、妖術、化物、精霊!

 あれ、もう大体話しちゃったね!

 じゃあ今日はこの『星』について喋ろうかな!


 "彼"がこの星に辿り着いてから800年とちょっと!

 今まで話してきた事象が出てきたのもそのときだね!

 ただ、この星自体はもっとずっと前から在ったんだ!

 その時のことを知ってるのは僕と彼女くらいかな!


 真っ黄色に染まった空!

 植物も動物も全部死んじゃってさ!

 ふふっ、君には想像することも出来ないかもね!


 彼が来てからこの星はやっと綺麗になったんだよね!

 空も海も大地も、全てが鮮やかに輝いてる!

 こんな場所からだとほとんど見えないけどね!


 まったく、永遠ってものがこんなに辛いとはね!

 毎日が退屈で退屈で仕方が無いよ!

 君が来てくれて大分マシにはなってたんだけどね!



 ……あーあ、また暇になっちゃうな。




 おやすみ、小さな人間。




 どうか、安らかに。




 ---




 一度の野営を越え、大きな波乱も無くリソルディアに帰ることが出来た。


 垂柳(すいりゅう)本部に戻って早々、ニュートはサラサラと手紙を書き始めた。彼は二分と掛からず書き終わったその手紙をクリモに持たせ、ファイに乗ってユルドースに行くことを命じていた。


「ユルドース随一の知識と技術を持つ医者への手紙です。

 その腕が治るまで、向こうでゆっくりとしてきなさい。」

「―――、――――。」


 さて、不思議と既視感がある。

 一か月前にもこんなことがあったはずだ。

 あの時はベリーとヴァンがユルドースに行ったんだっけ。

 …俺と一緒に旅した人大体ユルドース送りになってない?

 例え疫病神呼ばわりされたとしても文句は言えない。


 ファイが飛び立つのを見送り、ひと段落だ。

 俺も『ではここら辺で』と帰還,もとい逃亡を試みる。

 ――が、見事ニュートに捕らえられてしまった。


「謝ります! 暴言吐いてすみません!

 許してください、どうか命だけは…、命だけは…!」

「そのことじゃないですよ。」

「……へ…?」


 他に何の用があるというのだろう。

 そう思いながらニュートを見ていると、彼は懐から一通の手紙を取り出した。さっき垂柳(すいりゅう)本部前の郵便箱から取り出していた物だ。


「…手紙に良い思い出ないんですよね。」

「ほう、何か嫌な思い出でも?」

「えぇ、ちょうど三週間前くらいに。」

「それは災難でしたねぇ。」

「…でしたねぇ。」

「今回は良い知らせですよ。」

「差出人は?」

「ベイドです。」

「もう嫌な予感しかしないんですよね。」

「――これは、招集ですねぇ。」

「ニュートさんに対してですか?」


 ニュートは笑いながら手紙の一部分を指差した。

 そこには『ニュート様、ヒシ様。』とある。



 ……終わった。




 ---




「よく来てくれた。」


 二日後、俺とニュートはメーセナリアに到着した。

 帰還早々フヅキにより褐礫(あかれき)本部へと連行された訳だが。


 案内されたのは長方形の広めな部屋。

 正面には書類がどっさりと積まれた木製のデスク。

 そして、椅子には俺達を呼び出した張本人であるベイドがにこやかに座っていた。


 俺から見て、左の壁にはミドルとフヅキの姿が。

 右の壁にはニュートと一人の見知らぬ女性の姿がある。


 …何故俺は被告人のような立ち位置にいるのだろうか。


「お疲れのところ呼び出して悪かったな、

 楽にしてくれ。――あ、お茶でもいる?」

「これだけ注目浴びる位置に立たされて『楽にしてくれ』は無理ですよ?」

「お誕生日席みたいなもんだよ。」

「余計居心地が悪いです…。」


 ちなみに剣は何故か扉の前で取り上げられた。

 俺が突然暴れ出すとでも思ってらっしゃる…?


「じゃあ、早速本題と行こうか。」

「何か問題でも起こったんですか?」

「いやいや、メーセナリアは至極平和だ。」


 手をひらひらさせておどけた様子のベイド。


「今回は、俺からの"依頼"だ。」

「わざわざ俺に声かけなくても。

 ベイドさんなら自分の力で解決しそうですけどね。」

「これがそう簡単な話でもないんだな~。」


 そう言いながら、ベイドは一本指を突き上げた。


「依頼内容は、ある化物の討伐だ。」

「それこそベイドさんなら簡単では?」

「はっきり言って相手が強すぎてな~。

 手助けしてくれる人員を探してるってワケ。

 勿論お前以外にも、実力者には声を掛けてるぜ。」


 通常の依頼ならば、游蕩団事務所の掲示板にでも貼り出せば勝手に誰かが解決してくれるだろう。それをせずに、わざわざあの多忙なベイドが一人ずつ人員を見繕うほどの依頼。その化物を討伐することにどれだけの力を入れているかが窺える。


「それで、その化物とは?」

「……………。」


 長い間を置いて、一言。



「――地の精霊。」




 ベイドは、戯言を言い放った。


「………冷やかしなら帰ります、」

「いや、本気だ。」

「…………。」


 一切瞳を動かすことなく、俺を見つめ続けるベイド。

 その真面目ぶった態度が余計に俺の神経を逆撫でした。


「――『俺はこの一件に関わらない』。

 少し前、これで話が付いたはずですよね。」

「状況が変わった。やっぱりお前の力が要る。」

「…また喧嘩でもしますか?」

「ははっ、それは勘弁したいな。」

「なら、関わらせようとしないでください。

 俺には彼女を殺す気が無い。充分伝えたでしょう?」


 ベイドは光の灯っていない眼で乾いた笑いを発した。

 まるで好青年のように、軽く口角を上げながら…



「一人、三万フルク出す。」

「は……?」



 彼は平然と、馬鹿げたことを明言した。

 俺の口からも思わず間抜けな声が零れる。


「参加者全員にだ。討伐に成功しようが失敗しようが。」

「…金で恩人を殺せと?」

「地の精霊が助けたのはベリーだ。

 お前にとって奴は恩人ではない、そうだろ?」

「大切な友人を助けてくれた。

 これは"恩"に含まれないって言いたいんですか。」

「あぁ、少なくとも俺はそう思ってる。」

「…………。」


 不快なまでに落ち着き払ったベイドの声音。

 出来る限り不興を隠しながら、俺は男に問いかけた。


「…一つ聞いても良いですか。

 この話をヴァンやベリーにしましたか?」

「いや、してねぇ。あいつらはまだ駆け出しだからな。」

「俺も駆け出しですが。」

「お前は違う、もうそこら辺の奴より強ぇ。」

「利用価値があると?」

「あぁ。」


 …この男は、自分の発言の意味を理解してるのか。


「報酬に不服なら上乗せも」

「……そういう話じゃないんです。

 金でなんでも解決出来ると思わないでください…。」


 もう、交渉相手の顔を見ることすら嫌だった。

 嫌悪感と忌避感だけが俺の心に何処までも募っていく。


「もうすぐ、父親になるって言ってましたよね。

 なんでこんな危険な任務を行おうとしてるんですか。」

「もうすぐ父親になるからだ。

 今このタイミングじゃないといけねぇ。」

「訳が分かりません…、」


 理解が出来ない。したくもない。

 話し合いすらまともに出来ていない気がした。

 水と油のように、磁石の同極のように。

 この人とは道を違える運命にあるのだと。そう思った。


「俺は参加しない、これを覆す気は無いです…!」

「お前が参加しなければ、俺達は負ける。

 俺も、ロットも、ニュートも。全員が死ぬぞ。」

「そもそもその理論が分かりません。

 俺が参加しても結果は同じかもしれない。」

「あぁ、全部可能性の話だからな。

 だが、お前の存在で勝率がグンと高くなるのは確実だ。」

「けど、貴方達が勝ったらガイアが死ぬんですよね?」

「そうだな。俺達か地の精霊の片方は確実に死ぬ。

 お前には、選択権があるんだ。……選べ。

 参加して俺達を生かすか。不参加で俺達を殺すか。」

「…っ……。」


 あぁ、頭が痛い。割れるような頭痛だ。

 求めてもない権利を持たされ、選択を迫られている。

 非道で自己中心的な、游蕩士の最高責任者に。



「…これで最後です。――俺は()()()()()です。

 そんなに死にたいなら、勝手に死ねばいい…!」



 もう話すことは無い。

 多分、ベイドとは分かり合えない。

 そう思い、踵を返してドアノブに手を掛け、





「リエルは参加するそうだ。」





 気付けば、ベイドの額に針を突きつけていた。


 積まれた書類が風圧で飛び散り、机は軋む音を出す。


 ニュートの隣に立っていた女性が弱々しい悲鳴をあげた。


 そんな状況でも、ベイドは眉一つ動かさない。


「刃物の持ち込みは禁止したはずだが。」


「……脅しですか。」


「何がだ。俺はリエルが参加すると言っただけだ。」


「彼女を巻き込むな。」


「俺はリエルが必要だと思ったから声を掛けたんだ。

 ただの同期であるお前がとやかく言う必要はない。」


「ならなんで今その話をした。」


「深い意味は無ぇ、ただの気まぐれだ。」




「……クズが。」




 ---




「――いや、無理無理無理!

 なんでこんな修羅場に連れて来るの!?」

「どうですか、シャオレ。良い子だったでしょう。」

「どこが!? 聞いてた印象と違いすぎるじゃん!」


 私は、荒れた部屋を片付けながら喚き声を受け流した。

 隣で喚く女性――『シャオレ』は未だ涙目で訴えてくる。


「サブリーダーとしての威厳の欠片も無いですねぇ。」

「それもリーダーが勝手に決めたやつじゃん!

 私サブリーダーになりたいとか言ったことないし!」

「シャオレ、騒がしいですよ。」

「フヅキまでぇ…。」


 学生時代からの親友に見放されてしまったシャオレ。

 悲哀の表情を更に深める彼女に、ミドルは優しく囁いた。


「泣くなよシャオレちゃん、ほら、来い!」

「もうやだぁ…、変な人しかいないじゃん…。」


 胸を貸すつもりで両手を大きく広げていたミドル。

 彼はベイドを見て、楽しそうにケラケラと笑った。


「にしてもベイドよぉ、()()は無いぜ。」

「あれってなんだ?」

「ヒシの話だよ! 分かってる癖によ!」


 ミドルが言っているのは、ベイドの態度についてだろう。

 金をちらつかせ、か弱い少女を人質に取り、恐喝をし。

 私は見慣れた物だが、相変わらず強硬的な人間だ。


「…この計画に関して、俺は手を抜きたくないんだ。

 必要不可欠なピースを得るのに手段は選ばないさ。」


「――ったく、冷てぇ目してやがるな。

 お前んとこのメンバーがそれ見たら泣くぜ?」


 むしろ、ベイドはこっちが素の表情だろう。

 古き友人の私は、今の雰囲気に安心感を覚えてしまう。

 同時に…底知れぬ危うさも感じてしまうが。


「どうですかヒシ君は。

 大分良い動きをするようになったでしょう。」

「あぁ、申し分無いな。正直想像の遥か上を行っている。」

「ふふっ、師匠として誇らしいですねぇ。」


 教え子の成長を褒められて嬉しくない先生などいない。

 彼の早い成長に少しでも関われたのは、ある意味誇りだ。


「後は貴方の思い通りに行くかですねぇ。」

「あぁ、アイツは絶対に来るさ。」

「えぇ、私もそう思います。ただ…、」


 ベイドの危うさを暗に指摘するように。

 私は回りくどい言い方で、友人に忠告を与えた。


「与える刺激は選んだ方がいいかもしれない。

 膨らんだ風船に針を刺せばどうなるか…。

 その程度、分からない人ではないでしょう?」




 ---




 宿には居なかった。游蕩団の事務所にも。

 メーセナリアの中だとすれば、あとは…。


「――!」


 ようやく、目的の人物を見つけた。

 少女は孤児院の中と外を忙しなく行き来している。

 彼女は中から荷物を運び出しては、荷台に積んでいく。

 孤児院の前に停まっている馬車は数台。

 どうやら、結構な大仕事をしているようだ。


 依頼中だろうか、ならまた後で訪ね――


「あ、ヒシさん! どうしたの?」

「…ごめんなさい、仕事中でしたか?」

「ううん! ただのお手伝い!」

「なら、俺も手伝いますよ。」

「え、いいの? 何か用があったのかなって。」

「それはまた後で話しま、――っ!!」


 その時、背後から感じたのは()()

 俺は身を屈め、突然の襲撃を間一髪で躱した。

 頭上を通り過ぎた物体は、…爪?


 ――三本の長い爪のような武器だった。

 銀色の刃の先端は、少しだけ紫色に輝いている。

 つまり込められている妖力は『毒』、触れればアウトだ。


 それを見て確信した。

 この襲撃者は確実に俺を殺しに来ている。


 恨みを買った覚えは無いが、街中で暗殺を目論むような輩の考えていることなど分かるはずも無い。俺を殺すことで相手方には何かしらの利益が生じるのだろう。


 何にせよ危険人物には変わりない。

 とりあえず、殺るか。話はそれからだ。


 俺は剣を引き抜き、『光』を込めた。

 体を低く保ったまま、即座に等身大の壁を構築。

 敵の二撃目が壁に激突し、甲高い金属音が辺りに響いた。


「! ―――ん、」


 相手が少し驚いたような声を上げたのが聞こえた。

 しかし、そいつはすぐに体勢を整え追撃の姿勢を取った。


 洗練された動きだ。相当な手練れと見るべき。

 中途半端な対応をすれば、一瞬で命を刈られるだろう。

 ならば、こちらも本気で――


「すとっぷ! ストップ!」

「え?」


 突然、リエルが戦闘へ介入してきた。

 どうしたのかと声を掛けようと、そちらを振り向いた時、


 ――襲撃者の刃が俺の首元を掠めた。


「っぶな…!」


 一秒でも反応が遅れていたら即刻首が飛んでいた場面だ。

 やっぱり油断は出来ない。ここで殺しておかなければ…


「モファさん! お願い止まって!」

「何言ってるのリエルちゃん!早くこのハエを殺さないと」

「……モファ?」


 その名前には聞き覚えがあった。

 確か、リエルが所属する姫萩の寵栄(ひめはぎのちょうえい)の…


姫萩(ひめはぎ)のリーダーですか?」

「うるさい、早く死ね。リエルちゃんに近寄るな。」

「…………。」


 萩色のウェーブがかった綺麗な髪。潤いに満ちた肌。

 ぱっちりとした目に長いまつ毛。枝のように細い四肢。


 誰が見ても"可愛い"と称すであろうその女性。

 スタイル抜群な姫萩の寵栄(ひめはぎのちょうえい)リーダー『モファ』。

 俺に向かって発した最初の一言目は"早く死ね"だったが。


 まぁ、噂通りというかなんというか…。


「とりあえず、話し合いません?」

「話すことなんて無いわ、死ね。」

「俺が何か気に障るようなことでもしました?」

「リエルちゃんに擦り寄るゴミが。」

「…………。」


 一文毎に暴言を織り交ぜるモファ。綺麗な声が台無しだ。


「モファさん…、別にヒシさんは悪い人じゃないよ?」

「いいやダメよ。こういう草食風な男は一番ダメ。

 表面だけ繕って、大抵が下心しかないクズなんだから。」

「クズ……。」


 害虫を見るような表情のモファ。綺麗な顔が台無しだ。


「でも、手出された訳じゃないし…。」

「そうやって好感度稼いでから本性を見せるの!

 よく居るゲス野郎の手法だから!騙されちゃダメよ!」

「ゲス野郎……?」


 弾幕のように張り巡らされた誹謗中傷の嵐。

 時代が時代なら大問題に発展するような差別意識だった。


 ほら、だから言ったんだ、関わりたくないって。

 噂から碌なことにならないって予想はついてたんだ。

 そんな予想を遥かに上回るとんでもない人だったけど。


「リエルちゃん、何かあったのかい?」

「あ、ティーラさん。ちょっとゴタゴタしてて…。」


 孤児院から大きな箱を抱えて出てきたのは院長さん。

 パワフルな女性で名前を『ティーラ』というらしい。


「おや! モファちゃん、着いてたんだね。」

「うん、ついさっきね。子供達見に行ってもいい?」

「もちろん、みんな会うのを楽しみにしてたよ。」


「…リエルちゃんと、一メートル以上距離開けろ。」

「…………………。」


 最後に脅迫じみたセリフを残して、モファは孤児院の中に入って行った。従わないと何をされるか分からないので、リエルから二,三歩後退って距離を置く。


「ヒシ君はお久しぶりだね。」

「はい、…お引越しですか?」

「あぁ、姫萩(ひめはぎ)の方にね。」

「…なるほど。」


 姫萩(ひめはぎ)の本部は巨大な家のような物で、ギルドメンバーだけでなく預かった孤児などもそこで一緒に暮らしているという話を聞いたことがある。

 基本リソルディアから出てこないらしいモファがわざわざこの街にやってきたのも、今日が『お迎え』の日だからだろう。


「にしても、どうして?」

「安全策、ってとこかな。メーセナリアが特別危険って訳じゃないけど、一大ギルドの庇護下がより安全なのは言うまでもないだろう?」

「そうですね。」

「それに、向こうにはもっと多くの子供達が居るからね。この窮屈な孤児院にあの子達を閉じ込めてしまうってのは、前々から変えたいなって思ってたことなんだよ。」


 同じ場所で同じ人と同じことをしていれば、いずれ腐る。

 適度な運動に適度な刺激。生物には不可欠なものだ。


 ティーラはリエルのような游蕩士に依頼を出し、孤児達を外に連れ出してもらうことで子供達のストレスを解消していたようだが、それに限界を感じたのだろう。


 確かに姫萩(ひめはぎ)ならば御誂え向きだ。

 伸び伸びと成長させてあげることができるだろう。


「そういうことよ、

 私も家族が増えるのは大歓迎だからね。」


 モファが孤児院から出てきた。

 手には小さな少女――テンを抱えている。


「あ! おにぃちゃんだ!」

「テンちゃん、久しぶり。」


 リエルと一緒に孤児院の依頼を受けてから一か月ちょっとしか経っていないが、あの時に比べてテンの背は少し大きくなっている。子供の成長は早いものだ。


「――こんな小さい子まで狙ってるのね…。

 最低ね、この外道。ロリコンここに極まれり。」


 分かった。この人、男子が女子と喋るとキレるんだ。

 踏まない方が難しい程のあまりにもデカすぎる地雷…!



 約束通り、黙々と積み荷作業を手伝った。

 荷物の量はかなり多い、男手が無いと大変だっただろう。


「うん、大体こんなもんかな。」


 ティーラは腰に手を当て、小さく息を吐いた。


 孤児院の内部はすっかり綺麗になっていて、後はティーラや子供達自身が移動するだけで引っ越しが完了するだろうという段階だった。

 最初の雑多でごちゃごちゃとしていた部屋部屋を思い出すと、今の風景には少し寂しさを感じてしまう。


「あ、それでヒシさんの用は?」

「……発言の許可を求めます。」

「ねぇこれ絶対モファさんのせいだよ!

 ヒシさんがおかしくなっちゃった!どうしよ!」

「リエルちゃん、大丈夫。一生黙らせておきましょう。」

「ダメだって!」


 …許可が下りる気がしない。もう勝手に喋ることにした。


「リエルさん、ベイドさんに何か言われましたか。」

「あ、うん。依頼を受けて欲しいって…。」

「今すぐ辞退してください、危険すぎます。」

「私も受ける気は無かったんだけど…、」


 そう言ってリエルはちらりとモファの方を見た。

 視線を向けられたモファはふーっと溜息をつき、


「わたしが受けさせた、ってこと。」

「……正気ですか。」


 淡泊な声でそう明かした。

 俺の声には思わず怒気が籠ってしまう。

 モファほどの実力者ならばあの森の危険度を知らないはずが無いだろう。


 そもそも彼女はギルドメンバーを家族のように愛しているという性格で有名だ。むしろ率先して依頼の辞退を勧める側の人間だと思っていたが。


 モファを鋭く睨むと、彼女はもう一度溜息を吐いた。

 不愉快そうに、モファは渋々話を始めた。


「不本意よ、正直絶対に行かせたくない。」

「なら何故?」

「昔の貸しを使われたわ。」

「貸し…?」

「わたしがあいつに作った貸しよ。個人的なね。

 そんなものにリエルちゃんを巻き込んだのは本当に申し訳ないと思ってるわ。」

「私は別に大丈夫、戦う訳じゃないしね。」


 割って入るように口を挟んだリエル。

 けれど、その内容は俺に衝撃を与えるに充分だった。


「! 待ってください、

 リエルさんは何をして欲しいって頼まれたんですか。」

「『後方支援』って言われたよ?

 怪我人の治療とか、炊事とかの仕事だってさ。

 料理なら私よりベリーの方が良いと思うんだけどねー。」

「―――そういうこと、か…。」


 言われてみれば、その通りだ。

 悪いが、リエルがヴァンよりも戦えるとは思わないし、

 悪いが、リエルがベリーより料理が出来るとは思わない。


 それでもベイドはリエルを選んだ。理由は一つ。


 ……リエルは、()だ。

 俺を釣る為だけに編成に加えられているんだ。

 俺が彼女の存在を無視できないと知った上で。

 俺が確実に討伐隊へ加わるように誘導しようとしている。


「…モファさんは呼ばれていますか。」

「参加しようとしたら断られたわ。

 『街を護る人間が必要だ』とかいう立派な理由付きでね。

 ――あー、あいつの顔思い出したらイライラしてきた。」


 ……俺を参加させるためだけにそこまでやるかよ。


 莫大な報酬を用意して、モファへの切り札まで切って、

 餌を見せつけて、絶対に逃げられない状況を作って。


 一体、何を期待しているというのだろう。

 何を根拠に俺が参加すれば勝てるなどと宣っているのか。


 無様に全滅するだけかもしれないのに。



 ◇



「旅には同行します、が金は要りません。」

「依頼を受ける訳では無いと?」

「えぇ、ただ付いていくだけです。

 命令は聞かない、俺は俺の好きにさせてもらいます。」


 褐礫(あかれき)に戻ると、既にニュート達の姿は無かった。

 ベイドのみが椅子に座り書面に目を通している。

 まるで、俺が帰着することを待っていたかのように。


「あぁ、それでいい。

 出発は一週間後だ、準備しておけ。」


 そう言って、ベイドは微笑んだ。

 その目は死んだように光を失っていた。



 ◇



「ユエさん、いますか。」

「……ヒシ?」


 カウンター奥にある工房からのそのそと出てきたのは、眠そうな目をした小柄な少女――『ユエ』。叔父であるノールの死後、ユエは彼が経営していた妖具店を継いだ。


「お久しぶりです。」

「ほんとに、すぐにどっか行くんだから。

 どうしたの? 何か欲しい妖具でもあった?」

「いえ、ちょっとだけ顔を見に来ただけです。」

「ただの冷やかし?」

「そんなところですね。」

「もうちょっと悪びれてよね?」


 ユエはコロコロと笑った。

 …思ったよりも元気そうだ、安心した。

 俺は床に転がる妖具達を棚に整理していく。

 相変わらず散らかし癖はあるようだ。…けれど。

 前に来た時に比べると店内の様子は幾分かマシだ。

 生活力皆無の彼女も、少しは自立が始まったのだろう。


「あ、そうだ。」

「よぃしょ…、…どうしました?」

「ちょっと待っててね?」


 突然呟いたユエは、工房の奥へ入って行った。

 ガサガサと何かを動かす音が数十秒間聞こえた後、彼女は再び売り場に戻ってくる。


「はい、これ。」

「…指輪?」

擬態花(プラント)のね。」


 以前擬態花(プラント)の妖石をこの店に買い取ってもらったことを思い出す。

 濁り気味だった妖石が、よくこんな綺麗になったものだ。

 ノールに劣らぬ、流石の技術。ユエも既に一流の職人だ。


「いくらですか?」

「? いらないよ?」

「え? でも…」

「元々売り物にする気で作ってないからね。」


 そうは言うが、指輪には精巧な掘りが入っていた。

 純粋な装飾品としても一級品だろう。


「ん、これ妖具じゃないですね。」

「刻印は入れてないよ。ただ妖石を指輪型に加工しただけ。

 ヒシの場合、そっちの方が使い勝手いいでしょ?」

「…えぇ、有難く頂きます。」


 左手の人差し指に貰った指輪を嵌めてみた。

 サイズはぴったりで、一瞬にして馴染んだ。

 俺が感謝を伝えると、ユエは鈴のように笑った。


「今後ともご贔屓に、ってね。」

「はい、こちらこそ。」

「…あと、時間があったら墓参りにも行って欲しいな…、」

「ついさっき、挨拶してきました。」

「…! そっか、」

「俺も、お世話になりましたから。」

「……そっか……。」


 ユエの瞳が少し潤んでいるように見えた。




 ---




「――悪くない話でしょ?」


『お前は、狂ってるな。』


「狂ってなんかないさ!

 でも、ちょっとだけ利己的かもね。」


『利己で同族全てを裏切るのか。』


「お前に付いた方が賢い選択だろ?」


『我は貴様ら人間を全員殺すぞ。例外は無い。』


「どうぞご自由に。

 俺達を最後にさえしてくれればね。」


『…契約成立だ、役に立たなければ即座に殺す。』


「怖いな~、仲良くしようぜ。」


『興味があるのはお前の情報だ。

 お前自身に関心は無いし、価値も無い。』


「精々役に立つように頑張るさ。

 じゃあ記念すべき一つ目の情報!」




「一週間後、主戦力が街を出る。

 メーセナリアは"がら空き"だよ。」




 ---




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