第十二話 経験
◆ 十年前、リソルディアにて
「――悪いボウズ! 本当に助かった!」
「気をつけてくださいねー!」
民家の屋根から見下ろす男性に返事を飛ばす。
付近の石畳には、高所から落下して割れた屋根の破片と、
腰が抜けた様に座り込む同年代っぽい少女の姿が在った。
十歳くらい年上の青年が遠くから走って来るのが見える。
声を張り上げる彼の視線は正面の少女に向けられていた。
少女の保護者か何かだろう、後は任せても良さそうだ。
…そう考え、俺は静かにその場を離れた。
仕事が有るらしい爺ちゃんに連れられて来た此の街。
来る前は一体どんな所なのだろうと心を躍らせていたが、
いざ到着して見ると、何の変哲もない平和な街だった。
街に入って早々爺ちゃんとは別れた為、今は独りでぶらぶらと街中を散策している。自由に街を見てきなさいとのお達しで、一応それなりのお小遣いは貰っているが、これでも物欲はかなり薄い方だと自覚している。特段欲しい物がある訳でも無く、そもそもこの広いリソルディアの何処に何が売っているのかを把握している訳でも無い。友達でもいれば時間を潰せたのかもしれないが、初めて来た街にそんな存在がいるはずも無い。
言ってしまえば、退屈だ。暇を持て余している。
まぁ一人の命を救えたと考えれば来た甲斐も有ったか。
メーセナリアに籠っているだけでは得られない経験だ。
「―――ん?」
…何か、鈍い音が聞こえた。
聞き慣れない、ドスっという音。
音の出所を探りながら、少し移動する。
どうやら民家の裏、細い小道に音源が在るらしい。
何かが行われているのだろうかと考え、小道を進む。
…興味本位だった。七歳であるが故の純粋な好奇心。
けれど、ソレが視てはいけない物だったのは間違い無い。
小道を何度か曲がった先に居たのは五人の男。
倒れているのが三人。頭を掴まれて浮いているのが一人。
そして、片手で顔面を鷲掴みにしているのが少年が一人。
濃い緑色――千歳緑色の髪を揺らすツリ目の若い少年は、
冷ややかな視線と共に掴んでいる男の体を投げ飛ばした。
乱暴に投げ捨てられた男は少し呻いた後、動かなくなる。
バッと路地の壁に身を貼り付け、俺は姿を隠す。
この時、俺の中に潜む化物特有の本能が働いたのだ。
決して彼に近付いてはならないと、何が有っても彼に見付かってはならないと。
だって、まだ死にたくは無かったから。
---
「さて、今後の方針について話しておきましょうかねぇ。」
小さな器に入ったスープを啜りながら、耳を傾ける。
時刻は早朝、少し休むと言いながら一夜丸々眠りこけた。
「まず、私達に残された猶予は二週間です。」
「と言うと?」
「あと二週間で天鯨が解き放たれます。」
「…なるほど。」
「なので、君達二人にはその二週間で強くなってもらいます。」
「強くなる、とはまた抽象的な目標ですね。」
「それを具体的にするのが研究者の役割ですよ。」
ニュートはそう言ってスープを飲み干した。
「では行きましょうか。」
よく分からないが、付いていくのが吉だろう。
高度百メートル、昨日と同じく三人でファイの背中に乗って、草原上空を突き進んでいた。
地上には黄金色の植物と疎林が見渡す限りに広がっていて、動物の群れが餌を求めて大移動している様子なども目にすることが出来た。
「今はどこに向かってるんですか?」
「手頃な化物を探している、という表現が正しいですかねぇ。」
「手頃…?」
ニュートはニヤリと笑った。
「ではクイズです。
"強くなる"為には何をすればいいでしょうか。」
「…体を鍛える。」
「えぇ、正解です。
ただし、二週間以内に爆発的な成長は出来ませんねぇ。」
「――――。」
「ふむ、『妖術の練習』というのは近いです。
そこをもう少し深く考えてみましょうか。」
そう言ってニュートは鞄から妖石を一つ取り出した。
「ヒシ君のお爺さん――ザウロスさんが使う妖術。
アレは限りなく洗練された、究極の業として名高いですね。」
石包丁のような形のその妖石は水色に輝きだし、やがてその表面に薄い『水』の膜を張る。妖石と共に鞄の中から取り出した紙に対して撫でるように妖石を沿わせると、紙は音も無く真っ二つに裂かれた。
《時雨》、爺ちゃんが確立させた必殺技だ。
<罪の劫火>において地獄犬を仕留めた一撃。
彼の人生の集大成ともいえる技だろう。
「これを二週間で習得するのはまず無理です。
私ですら本物とは程遠い威力しか出すことが出来ません。」
実際にどれほどの差があるのか、素人には分からない。
ただ、その言葉が謙遜では無いと、ニュートの少し悔しそうな顔が語っている。
「妖術の威力に関わるのは、
『注いだ妖力の量』と『妖術の練度』です。
君達に鍛えてもらうのは前者ということになります。」
「妖力を多く注げるように鍛える?」
「―――――?」
ここまで言われてもあまりピンと来なかった。
クリモも俺と同じらしく、首を傾げている。
「さて、本題です。
突然ですがヒシ君。
君は今まで何回幻妖を倒しましたか?」
「………一回。」
「別に言い触らしません、正直に。」
「二回です。」
「一回目は龍人ですね?」
「はい、その後に爬竜を。」
ニュートは一度頷くと、俺にゆっくり告げてきた。
「例えば、君が龍人を撃破せずに爬竜と対峙していたとしましょう。もしそのパターンだったならば、君は間違いなく爬竜に負けていた。」
「……?」
「爬竜と戦っていた時、調子が良かったでしょう。
幻妖との二連戦で疲れ果てていてもおかしくないのに、君の妖力が尽きることは無く、むしろ普段よりも力を発揮できていたはずです。」
…思い当たる節はある。
ただその原因を解明しようとは考えなかった。
「化物との戦いで得られるのが妖石だけだと思ってませんか?」
この人は言った。
抽象的を具体的にするのが研究者の役割だと。
曖昧を明確に、分からないを分かるに。
彼らは世界の深層へと踏み込んでいく。
「化物を倒すと、一部の妖力を"奪い取れる"んですよ。」
つまり、戦えば戦うほど強くなるということ。
注ぐ妖力を増やす為には、妖力の保有量を増やすより他無い。
「二週間で経験を積みましょう。
より強い化物を狩る、経験を。」
ハイリスク・ハイリターン。
勝てば奪い、負ければ奪われる。
圧倒的実力主義。
それが化物が蔓延るこの世界の仕組みだ。
◇
「――とは言ったんですが、
『後は頑張れ』的なノリで行くと本当に死にます。
多分一時間後には内臓まき散らして死んでます。」
「まぁ想像は出来ますけど表現の問題ですよね。」
「なので、私が先生として君達を指導しようかなと!」
ニュートはそう言って眼鏡を上げた。
「……………。」
「露骨に嫌そうな顔しますねぇ…。」
「元ヤンが先生とか、どんな目に合わされるか…。」
「ん? なんか言いましたか?」
「いいえなんでもございません。」
「この二週間限定師匠ということで。ね!」
「まぁそれなら…。」
「ビシバシ鍛えますよ~。
あ、私のことは先生と呼ぶように!」
なんでこの人テンション上がってんだ?
その時、ファイの体が小さく揺れた。
『 Pii! 』
「お、見つけましたか。」
ファイは前進を止めて、高度を少しずつ落としていく。
…ようやく俺もその化物の気配を感じ取った。
「妖術の鍛錬を全くしないということではありません。
並行して、効率良く"強く"なっていきましょう。」
地上に見えるのは一匹の硬犀。
七メートルにも及ぶ体長に、額から生えた一本の角。
灰色の皮膚は非常に分厚く、半端な刃は通らないだろう。
その重厚な化物は、鋭く睨みつけて来た。
「剣を少し借りても?」
「え? あぁ、はい。」
「――――。」
俺は片手剣を、クリモは短剣を二本、ニュートに渡す。
彼は短剣を鞄の中にしまってから、徐に立ち上がり、
「手本…というほどでもないですが、
それなりに参考にはなると思います。
よく見ていてくださいね。」
ファイの背中、高度十数メートルから飛び降りた。
彼の着地点には既に硬犀が立っている。
着地の瞬間、最も大きな隙を刈り取る為だろう。
ニュートへ突き上げられた巨大な角。
その先端を避けるようにして、ニュートは硬犀の頭へと着地する。そのまま片手剣の先端で硬犀の頭を数回小突いてから、彼はようやく地上に降り立った。
明らかな挑発行為だが、勿論無意味ではない。
相手の意識を他の人に向けさせない、気持ちを揺さぶって判断力を鈍らせるなど、戦闘中の挑発というのは立派な戦術として用いられる。
…優越感に浸れるというメリットも、まぁ否定はしない。
『 BUOOoo!! 』
硬犀が振り向きざまに攻撃を仕掛けた。
その角がニュートに当たることは無かったが、数秒前までニュートが立っていた地面はクレーターのように大きく抉れ、辺りには激しい土埃が舞う。
アイツが使う妖術は『力』のみ。
単純な力技で敵を仕留めるタイプの戦い方だが、それ故に小細工などが通用しづらい。手数とスピードで勝負をするタイプの人間からすると相性は最悪だ。
ニュートは硬犀の攻撃を笑顔で躱しているが、彼からしても決して相性の良い相手とは言えないだろう。現状を打破出来るような妖具でも持っているのだろうか。
そう思いながら戦闘を目で追っていると、ニュートの動きに変化があった。
まず、鞄からクリモの短剣を取り出した。
刃は茶色に光り輝いている、……『地』か。
突進を目論む硬犀、ニュートはその数メートル先の地面へと短剣を投擲した。その瞬間に妖術が発動し、硬犀の眼前に幅二メートルほどの分厚い土の壁が出現する。
「ヒシ君、君に一つアドバイスを上げます。」
地上から、落ち着きのある声が聞こえた。
俺は聞く価値のある物だと判断し、耳を集中させる。
『 BUUOOooo!!! 』
その時硬犀が分厚い壁に激突し、勢いを全く緩めることなく壁をぶち抜いた。あんなものが人間の体に当たれば、と考えるだけでゾッとする。
ニュートは動揺を見せず、俺に向けて話を続けた。
「君は『光』を支援型の妖術だと思ってませんか?」
スピードを上げる為だけに使っていませんか?
―――もう少し、視野を広げてみてください。」
俺の片手剣を構えたニュート。
込められている妖力は…『光』。
見慣れた淡い黄色が網膜を刺激した。
それでも硬犀は躊躇なく走り続け、
ついに奴の角がニュートが持つ剣の先端へと到達した。
普通ならば剣は粉々に砕かれ、剣を支えるニュートの体も無事では済まなかっただろう。
攻撃を仕掛けた側である硬犀が吹き飛ぶなど、誰もが予想すらしていなかった。
『 BUOoo…!?!? 』
「――!!」
よく見ると、真っ直ぐに向けられた剣の先端から、半透明な薄い黄色の壁が出現していた。硬犀の衝撃を受け止めたからだろうか、その壁はパキパキッという小気味良い音を立てて崩れていく。
役目を終えた片手剣からは徐々に輝きが失せていった。
その事実が示すのはただ一つ。
あの黄色の壁は『光』だということ。
知らない。
あんな形の『光』は初めて見た。
母ですら、あのような物を教えてくれなかった。
『 ――BOOOOOO!!!! 』
硬犀はすぐに意識を取り戻し、ニュートへの突進を再開した。しかし『光』の壁にはもう懲りたのか、ニュートの動きをかなり強く警戒しているようで。その突進に先程のような速度は乗っていなかった。
硬犀の変化に感づいた様子のニュートは、戦闘中とは思えぬほどゆっくりとした動作で片手剣を仕舞い、クリモを指差した。
「次にクリモ君。」
ニュートが握っているのはクリモの二本目の短剣だ。
それは白く光り輝いている。恐らく『無』だろう。
…正直どんな妖術を使うつもりなのか、検討すらつかない。
クリモを呼んだという事は彼のお手本になるような妖術なんだろうけど…。
「――言葉は要りませんねぇ。」
何も教えないということではない。
多分、行動で全てを伝えるということ。
"クリモ君ならばこれで伝わるでしょう?"――そんなニュートの思惑が込められているのだろう。
『 BBBOOOOO!!!!! 』
「……ふふふっ、」
「―――!」
ニュートは自ら硬犀に向かって駆け出した。
予想できる未来は生身の人間と化物との正面衝突。
そうなった場合、どう考えても不利なのはニュートだが。
…気づくと、両者の距離が限界まで近づいていた。
数秒後のニュートの姿を想像して、思わず目を薄める。
しかしそうなる直前、ニュートは空高くへと跳躍した。
硬犀の眼にはニュートが突如消失したように映ったのか。
奴はその場に足を止め、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
『無』の短剣を下に構えて落下していくニュート。
彼は着地と同時に硬犀の背中を突き刺した。
「……浅い。」
明らかに硬犀の分厚い皮に阻まれて刃が通っていない。深さで言えば、小指の第一関節程度。血すら出ないようなダメージだ。
現に硬犀は背中に乗った男を振り落とそうと、懸命に全身を大きく振り回して抵抗していた。
『 BBBOOOOOoooooo!!!! 』
膠着状態、むしろニュートが不利になっただけだ。
あそこからどうするというのだろう。
そう思いながら戦闘の経過を観察していると、
「―――《■■》」
硬犀が死んだ。
「は?」
「―――――。」
思わず間抜けな声が零れた。
そんな俺に対し、クリモは驚いたように一瞬目を開かせたものの、すぐに真剣な顔つきへと戻った。
…ニュートは何をした?
俺は、人より幾らか目が良いということを自負している。
ニュートが何かしたのを見逃したことは無いはずだ。
特筆すべきは、ニュートの小さな口の動き。
何を呟いたのかは風に揉み消されて聞こえなかった。
ならば、死因は間違いなく『無』の妖術。
あんな浅い攻撃が死に直結するレベルの妖術だ。
そこら辺の『毒』などとは格が違う。
クリモは原因を知っているらしいけど…、
「ヒシ君、深い詮索はお勧めしませんよ。」
「…分かってます。」
いつの間にかファイの背中に戻ってきていたニュートが、浅はかな推測を組み立てていた俺に釘を刺してきた。その手には三本の剣と硬犀の妖石が握られている。
「まぁ、知りたいならクリモ君の口から直接聞くべきです。」
喋れない人の口から聞けとは、中々鋭い皮肉だ。
この人はもう少し"気を遣う"ことを覚えた方がいい。
◇
「私はお手本という名目で妖術をお見せしましたが、」
硬犀との戦闘後、ファイは再び何処かを目指して飛行を始めた。
きっと俺達の為に新たな化物を探しているのだろう。
…愛くるしい見た目に反し、雛鳥というのは途轍もなく優秀な化物なのではないだろうか?
「君達二人が持つ潜在能力に比べればあんなのは塵屑にも等しい技です。」
そう言ってくれるのは嬉しいが、多少の不安はある。
俺が習得しなければいけないのは完全未知の技。
与えられた時間はたったの二週間、直後に本番だ。
あるのは緊張感と危機感、……それと少しの高揚感。
――その時、ニュートが俺達二人を蹴り飛ばした。
「「 ―――!?!? 」」
上空十数メートル、狭い背中の上。
弾かれた二つの小さな体は当然重力に従って落下した。
着地点が小さな茂みの上だったのは幸いだ。
怪我無く地面へ降り立った俺達を見下ろすニュート。
彼は師匠らしい毅然とした態度で、朗然と言い放った。
「己の能力を100%引き出せるようになりなさい。
――ここから先、君達はまだまだ強くなれる。」
正面からやって来るのは巨大な蛇だった。
蛇は図太い胴体を引きずりながらこちらへ向かってくる。
妖力の保有量は擬態花と同程度。
それは決して少量でない。強敵の部類に入るだろう。
だが、こんなところで負ける訳にはいかない。
目標の幻妖に比べれば大したことは無いのだから。
「二週間、死なないでくださいねぇ。」
当たり前だ。こんな所で死ねるか。
この程度の化物、速攻で首を落として…、
「あ、言い忘れてました。ヒシ君は攻撃禁止です。」
「……はい?」「――――!?!?!?」
「それは"死ね"と同義では、」
直後、蛇の化物が吐いた炎の息が視界を覆った。
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「よう、調子はどうだ?」
「! なんだ、みどるか。」
「"なんだ"ってなんだよ冷てぇな!
そんなこと言うヤツには昼メシもあげねぇからな!」
「いいよべつに、そんなお腹すいてないし。」
「アホかお前! 飯は命の源だぜ? 飯、息、水がありゃ大抵の人間は生きられんだ。だがな、娯楽も無ぇとダメだぜ、じゃないと人間腐っちまうからな。お前も十六歳だろ? そろそろ夜遊びの一つでも覚えろっつうことだな。おっと、ベイドとかと深夜に修行することは夜遊びに含まれねぇからな? ――そこでだロット。リソルディアに"良い"バーがあるんだが、ちっと値段が高くてよぉ。ギルドメンバーの健全を保つのも立派な仕事の一つだろ? 数人の新入りを連れて行ってやりてぇんだがよぉ。その費用とかって、経費として落とせたり……」
「クビでいいなら、いいけど。」
「…冗談だぜ冗談! ギルドの大事な金を風俗なんかに使っていいわけねぇよなぁ! 新入り共には副団長である俺から厳しく言っとくぜ、任せときな!」
ロットはため息を吐きながら小さなパンを食んでいる。
結局食べるらしい。しかも食事中も短剣を手放さない。
行儀の悪い奴だ…、わざわざ指摘する気も無いが。
「まぁあんまり根を詰めすぎんなって話だよ。無理したところで最終的に報われなければ悲しいだけだからな! 適度に肩の力を抜くのがいいぜ。あ、乗り気なら件のバーにも連れてってやるぜ? 勿論俺のポケットマネーからな! 興味あるなら言ってくれよな! このむっつり小」
「――みて。」
「……!!!」
…ロットの短剣が、奇妙な色に輝いていく。
黒漆でも塗りたくったかのような、純黒へと。
「ほら。…むくわれるまで、やればいい。」
「…オメェは本当に、天賦の戦闘狂だな。」
珍しく、嬉しさを滲ませた声を出すロット。
――計画実行に向けて、準備が整っていく。
---
「――いや~、二人とも大分良い動きが出来るようになってきましたね! 先生としてとても喜ばしく感じます!」
「―――――。」
「……………。」
「今日で折り返しですね! ここまでの大物撃破数は九体! 中々の戦果ですよ! この調子で残りの一週間頑張っていきましょう!」
「―――――。」
「……………。」
「…今日は静かですねぇ。クリモ君はともかく、ヒシ君にガン無視決められると流石にクるものがあるのですが…。」
「―――――。」
「……………。」
「……怒ってます?」
「いや全然怒って無いですよ。」
「怒ってるときの早口ですねぇ。」
「ほんとに気にしてないんで。ハイ。」
「気にしてるときに言うヤツですねぇ…。」
「別に嫌がらせしている訳では無いんですよ?」
「分かってますけど…、やっぱしんどいです。」
「それに関しては私も申し訳ないと思ってます。」
この一週間、俺は未だ化物への攻撃を許可されていない。
俺の役割はひたすら化物の注意を引き付けること。
敵の攻撃を躱し、防ぎ、弾き、流し…。
端的に言えば、クリモのサポート一本に徹してきた訳だ。
…別に、サポートが無駄だと言うつもりでは無い。
戦闘に於いては、勝敗を左右する重要な要因となるから。
決して蔑ろにしてはいけない、重んずるべき役割だ。
けれども、物事の合理性と好悪の感情は別物だ。
一週間もまともに剣を振らせてもらえなければ、自然とストレスも溜まる。
「君はもう妖力を十分すぎる程に確保していますからねぇ…、クリモ君との実力の差を減らす為にも、仕方のないことなのです。」
「分かってますけどぉ…。」
悔しいものは悔しい。
そもそも、幻妖を二体狩って得た莫大な妖力を活かしきれていない自分が全て悪いのだ。ニュートからしてみれば宝の持ち腐れもいいところなのだろう。
いやでもさぁ、でもさぁ…!
"化物を倒せば倒すほど強くなる"って話をされた後に、
"化物を倒すな"って制限されるのは違うじゃん…!
「それに、その『光』の使い方は必ず君の為になります。」
「それも分かってますけどぉ…。」
ニュートから教わった新たな『光』の妖術。
俺のそれは、まだまだ未熟で粗削りな部分も多いだろう。
けれども秘められた可能性は身に染みて感じていた。
精錬していけば、強力な盾にも武器にもなるはずだ。
「今までの君の戦闘スタイルは、正に"自己犠牲"。
生まれ持った再生力を活かした、君独自の仕法でした。
それはそれで良い。目標を遂行するのには適している。」
俺を褒めるように、指で輪っかを描いたニュート。
彼は聖人の如き微笑みを保ったまま、次の言葉を放った。
「――でも、あの戦い方では誰かを守れない。」
ゾワっと、俺の背筋に悪寒が走った。
同時にファイが急停止。…彼女の表情に愛らしさは無い。
慣性で吹き飛ばされかけたクリモの腕を掴み、クリモの体をファイの背中に留まらせたニュート。
…彼は、目を細めて遥か彼方の大地を見つめた。
似た気配を感じたことがある。その時はエフ森林か。
大地を這いずる下等な化物とは違う、圧倒的な存在感。
知覚するだけで力の差を理解してしまう、膨大な妖力。
でも、今のコレはあの時とは毛色が違う。
森全体を包み込むような地の精霊の物とは違う。
他所者である俺達を威圧するような鋭い妖力。
…そうだな、"殺気"と言った方が正しいかもしれない。
「例えば、君の細胞一つ,君の魂一欠片残さず。
刹那の間に全てを焼き払ってしまう化物と相対した時。
君が得意とする"自己犠牲"が通用すると思いますか?」
答えは否。結果など分かりきっている。
抵抗の余地なく、再生すら間に合わずに死ぬだけだ。
未練も後悔も思い浮かべることなく塵と化すだろう。
『妄想だ』――――そう笑うだろうか。
『非現実的だ』――そう切り捨てるだろうか。
ならば、その笑みを消し、自身の過ちを恥じた方がいい。
それを可能とする化物がこの地に君臨しているのだから。
「力をつけなさい。いずれ強者と相対したときの為に。
何者も犠牲とせず、大切な他者を守り抜くだけの力を。」
遥か遠くで、巨大な火山が爆発した。
星を大きく震わすような振動が空気を伝ってやってくる。
空中で方向を変え、元の草原の空へ加速を始めるファイ。
俺は一人振り返り、赤く染まった灼熱の大地を眺めた。
ボルカラノ帯の支配者――火の精霊 アグニ。
…いつか出会うことがあるのだろうか。
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