第十一話 雲の上
「――ところでニュ―トさん。」
「はい?」
「どうやって頂上まで行くんですか?」
「ふむ、ファイちゃんはこれ以上高く飛べませんねぇ。」
「…塔を登るのに適した眷属が居るってことですよね?」
「生憎とそんな便利な子はいないですねぇ。」
「……………。」
「―――――。」
なんとも言えない空気が流れる中、ファイは迷宮の入り口らしき場所へ着地した。ニュ―トが真っ先に迷宮内部の様子を確認しに行く。
「――あ! ヒシ君良かったですね! 階段がありますよ!」
「………………。」
「――――――。」
---
この螺旋階段を登り続けて何時間経っただろうか。
唯一の楽しみは壁に施された美しい装飾を眺めることだが、そんなもので誤魔化せないほどに精神的な疲れが出てきていた。
「まぁまぁ、こんなのは迷宮の定番ですよ。」
「こんな嫌がらせが定番…?」
「敵に体力を使わせるのは立派な戦術でしょう?」
「それはそうですけど…、頂上に行くまでに野垂れ死にますよ。」
「迷宮にとってそれが最も都合の良い展開でしょうねぇ。」
「………。」
勘弁してほしい。
クリモなんてもうバテバテだぞ。
そんなこともお構いなしに、ニュ―トは鼻唄混じりで階段を上がっていく。
「ちなみに一度休憩を挟むというのは?」
「それはナシです。早く行きますよ。」
彼は遂に歩くのを止めて駆け上がり始めた。
足音がどんどん遠くなっていく。
「―――、―――、――、」
…さぁ、どうするか。
迷宮についてノウハウがあるニュ―トから離れるのはあまりにも危険な行為だが、こんな状態のクリモを置いていくのはもっと危険な行為だ。
正直、ここで数分腰を下ろすのは最善だと思う。
このまま無理して体力を消耗させて、化物にでも遭遇すれば最悪負けかねない。
「……クリモさん、一回休みましょう。」
ニュ―トには後からでも追いつける。
そもそもどれだけ塔が高いかすら把握できていない。
安全な今のうちに体を休ませるべきだ。
そう思い水筒をクリモに差し出したが、彼は取り繕った笑顔でそれを拒んだ。
「―――。」
「! 、頑張って追いつきましょう。」
クリモは一度大きく頷くと、その足を早めた。
余計な世話だったということだろう。
ならばこれ以上のお節介は必要ない。
◇
そこからは会話すら交わさずに上を目指した。
先を行くニュ―トの微かな足音を頼りに、振り放されないよう必死に食らいつく。
そんな状態がどれだけ続いたか分からない。
…不意に、ニュ―トの足音が途絶えた。
何かあったのでは無いかとクリモと顔を見合わせる。
限界が近づいていた足を無理矢理動かし、力を振り絞って一気に駆け上がって、辿り着いた先は――。
「二人とも、よく耐えました。」
素朴な広間だった。
特に装飾などはされていない。
だだっ広い空間を、冷たい風が吹き抜ける。
広間をぐるりと囲むように付けられた柵の外には、
「―――!!!」
「雲、?」
見渡す限りの雲海。
「綺麗ですねぇ。」
ニュ―トは千歳緑色の長髪を風に揺らしながら、どこか遠くの方を見つめている。
「こんなに高いとこまで登ってたんですね。」
「えぇ、多少のショ―トカットはしましたがねぇ。」
「ショ―トカット?」
「この私でも仕組みを解き明かせていない類の妖術です。」
「……?」
「何はともあれ、私達は迷宮に認められましたね。」
「――――。」
『じゃあこれで迷宮クリア?』という紙。
「まさか! 本番はここからですよ。
『こいつらに嫌がらせは通用しない』と判断されただけです。」
ニュ―トは踵を返して、広間の中央に垂らされた梯子へと向かっていく。
そう、まだ上がある。ここは頂上などでは無い。
一番上に待つ化物は、間違いなく準幻妖かそれ以上。
なんとしてでも今日ここで仕留めなければならない。
---
「クリモさん!」
「――――!」
灰色の毛を纏った荒鼠がクリモに飛び掛かる。
クリモは鋭く研ぎ澄まされた牙を避け、手に持つ短剣で反撃に出た。
『 kiii!! 』
荒鼠が後ろへ大きく飛んだ。
その着地のタイミングを見計らって、剣を振るが回避される。
……<鱗片の陰>で学んだことを活かせ。
空振ったばかりの剣に『光』を込め、荒鼠に投げる。
避けるのを諦めた荒鼠は『風』の妖術を展開。
威力を殺された片手剣は空中で動きを止め、重力のままに落下した。
敵が武器を失ったと判断した荒鼠は足に『風』を纏い、空気を噴射して一気に距離を詰めてくる。
その動きは俊敏で、流石に分が悪い為俺は回避に専念。
最中、クリモが何かを企んでいるのが横目で見えた。
…向こうの準備が出来たら合図があるだろう。
猛攻を躱しながら待つこと数十秒、突如荒鼠の動きが鈍った。
体をよろめかせるような仕草、…どこかで見たことがある。
『 Kyuiii!!!! 』
荒鼠は俺が何かをしたと思ったのだろう。
呼吸を荒くして、俺の体を食い千切ろうと攻撃を仕掛けてくる。
その時、遠くから『ピシッ』という音が聞こえた。
そろそろ行けるだろ。…勝負に出ようか。
左手の袖から針を出し、『光』を纏わせる。
俺は駆け出した荒鼠を見据え、敢えてこちらからぶつかりに行くように走った。
荒鼠はすぐに暗器の存在に気付いたらしい。
奴自身が生み出した勢いを全て殺し、急停止。
顎を上げて、上半身を反らすように後退した。
『 Kuiiii…!!! 』
「……………。」
…俺が振った針は荒鼠の喉元ギリギリを掠めた。
驚くほどの対応力。身体能力が相当に優れている。
そうして一歩後退した荒鼠は、
脇腹を『雷』の短剣に突き刺され、数秒動きを止めた。
『 KiiiaA!? 』
何が起こったか理解出来ぬ様子の荒鼠。
その隙を逃すはずも無く、再び針で喉元を狙う。
――今度は刺さった。
そうして呼吸を止められた荒鼠は、力なくその場に倒れた。
その死体の横に拳サイズの妖石が出現する。
「――――!!!!」
「ナイスですクリモさん!! 完璧でした!」
クリモに近づき両手でハイタッチ。
この強敵相手に無傷で勝ちを収めたという成果は大きい。
「いや~、素晴らしい連携でした。」
「「……………。」」
ぱちぱちと拍手の音が聞こえた。
声の主は間違いなくニュート。
『 KKiiiIIIAAA!!!! 』
黒色の荒鼠と戦っている最中のニュートである。
"いや何してんねん"という言葉を飲み込む。
「どうですかヒシ君、今からでも垂柳に…、」
「いえ、遠慮しときます。」
『そうですか…』としょぼくれたニュート。
……戦闘中だよね、何勧誘してんですか。
クリモは半ば諦めたような顔をしている。
彼はもうこの狂人に慣れたのだろうか。
垂柳という環境が、彼から正常な感情を奪ってしまったのだ。
由々しき話である。
「――さて、それでは。」
ニュートは荒鼠から距離を取り、鞄から何かを取った。
荒鼠の憎悪心はもう溜まり切ったようで、すぐさま追撃が始まる。
相手を自身の間合いへと入れる為駆け出す荒鼠。
奴とニュートの距離が五メートル弱になった頃、ニュートが荒鼠の顔面を狙って何かを投げつけた。
「……水晶玉?」
青く輝くその小球が荒鼠に触れた瞬間、『水』の妖術が発動。
荒鼠を中心に大きな水の球が出現した。
『 KKIIAAA!?!? 』
逃れようともがく荒鼠。
その思い虚しく、水の檻は一瞬にして凍結し、
閉じ込められた化物はその短い生命を終えた。
他人の戦闘を観戦しながら化物の猛攻を避けきり、
たったの一手で相手を完封して見せる。
これが、現"游蕩士最強"と謳われる男か。
◆
化物との戦闘で得られた妖石には、いくつか使い道がある。
眷属にするか、武器として加工するか、もしくは妖具にするか。
用途は大まかに分けてその三つだが、実はそこから更に系統が分かれる。
使い回し型と使い捨て型に分かれる妖具などはその最たる例だろう。
そもそも妖具というのは、「『無』の妖力を注ぎ込むと、予め決められた属性に変化して出力されるように加工された妖石」のことである。傷を付けられるなどして輝きを失った妖石に対し、何かしらの刻印をすることで妖具として機能するらしいが、詳しいことはよく分からない。
使い回し型の特徴は、文字通り複数回使用可能なこと。
そして、注いだ妖力の量に等しい威力の妖術が発動するということ。
例えば、属性を『火』に変化させる妖具に100の『無』の妖力を込めて妖術を使った時、ソレは100の『火』の妖力を用いて発動した妖術とまったく同じ威力になる。
100の妖力が90や150の妖術に化けることは無い。
ごく自然な話だ。
そして、その"自然"をぶち壊したのが使い捨て型の妖具。
特徴は、一度使用した時点で二度と使えなくなるということ。
どれだけ質の良い妖石を使っていようが、どれだけ粗悪な妖石を使っていようが、たった一度の妖術で等しく塵となってしまうのだ。
当然その莫大な代償に見合うメリットが存在する。
注いだ妖力の数倍、数十倍の妖術を発動できるのだ。
100の妖力が500や2000の妖術になりえる。
日常生活で使われる妖具のほとんどは使い回し型だ。
一度使えば壊れる妖具などあまりにもコスパが悪すぎる。
化物との戦闘で使われるのは使い捨て型が多い。
妖力の残量が勝敗に直結するケースが少なからずあり、妖力を節約しつつ莫大な恩恵を得られる妖具というのはかなり重宝されるからだ。
質の高い妖石で作った妖具というのは、かなり強力な切り札になる。
一度の戦闘で複数個使うことも稀ではなく、消費も早い。
しかし、妖石に刻印を入れるのは相当な技術を要するらしく、長年の鍛錬を積んだ一部の職人でなければ妖具を生み出せない。
つまり、游蕩士側の需要は高いが、対する供給量は圧倒的に少ない。
自然と値段も高騰するというものだ。
「うーん、もう少し火力が欲しいですねぇ。『雷』でも混ぜましょうか。」
まぁ、ニコニコしながら氷塊の様子を観察しているそこの狂人のように、自分で妖石の加工が出来る人間からすればどうでもいい話なのだろう。
さっき使った妖具は、水球を作ってから凍らせるという二段階発動型。
それだけでもかなりの価値がある妖具だが、そこにもう一段階付け加えるなどと呟いているのだ。売りに出せば5000フルクはくだらない。
…この人に"売る"という選択肢は無いだろうが。
「―――――。」
「ん? あぁ! 『毒』を混ぜるのはありですねぇ!」
はいクリモ君、悪事に加担しないの。
どんなとんでもない妖具が生まれるか分かったもんじゃない。
「――あ、思い出した。」
「?」
「クリモさんのアレ、『毒』ですか。」
「………?」
「ロットさんに戦い方が似てるなぁって。
その後の投げナイフも、既視感があったんですよね。」
「……………?」
ロットの名前を出してもイマイチ心当たりが無いようだった。
ただの思い違いだったか…?
「あぁ、多分その勘当たってますよ。
二人は言わば兄弟子と弟弟子ですからねぇ。」
「では、師匠は?」
「私ですよ。」
そういうことか。
ていうかこの人後任育成までしてるんだな。
「ふふっ、ヒシ君も弟子入りしたいですか? 私は大歓迎ですよ?」
「いえ、遠慮しときます。」
「さっきから冷たいですねぇ。」
適度な距離感を保っていきたい。
というかあまり深入りしたくない。
「クリモ君はナイフの精度が大分上がりましたねぇ。」
「―――!」
「サポート役としては完璧な立ち回りでした。
後は一対一での技術を磨いていきましょう。」
「―――。」
クリモがブンブンと尻尾を振る犬にしか見えない。
犬種は何だろ。…ポメラニアンか。
「ヒシ君は咄嗟の対応力がピカイチですねぇ。
戦場がしっかり見えている。素晴らしいアタッカーです。」
「……懐柔しようとしてます?」
「いえいえ、純粋な誉め言葉ですよ。」
「素直に受け取っときます、ありがとうございます。」
「それに、良い暗器を持っています。どこで買ったものですか?」
「特注品です。……製作者は、もう居ませんが。」
「それは残念です、一度会ってみたかったですねぇ…。」
胸が刺されたように痛む。
――今はノールさんの死を悼んでも仕方がない。
「その暗器は使う人間の技量次第でなまくらにも業物にもなります。
今君が引き出してる力は精々40%程度、成長の余地は幾らでもありますよ。」
「―――はい。」
まだ全然足りてないということだ。
確かに、これまでは剣を失った時のスペアとしか使ってこなかった。
トップに立つ男にしてみれば、無駄が多すぎるのだろう。
「さて、次が恐らく最上階です。
気を引き締めて行きましょうか。」
そう言ってニュートは最後の梯子に手をかけた。
◆
推定高度、3500m。
ようやく辿り着いたサミット迷宮最上階。
広い円形状の足場、その円周上に柵や壁は無い。
足を踏み外しでもすればその時点で死が確定する。
『 VAWOOOOO!! 』
そんな雲上の世界にそいつは居た。
空を飛べない人間を嘲笑うが如く、宙を泳ぎながら。
鯨のような姿をした巨大な化物は吠える。
「―――こんな化物記憶に無いです。」
「迷宮産の大ボスですからねぇ、新種の可能性は多いに。」
「――――!!!!」
不意にクリモが目を見開いた。
それを見たニュートが即座に俺とクリモを後ろに投げ飛ばす。
何故?
そんな疑問を口にしようと顔を上げたとき、全てを察した。
大きく開かれた化物の口。
中に溜められていく莫大な妖力。
その圧倒的な存在感を前にして、ようやく思い出した。
そこら辺の化物と幻妖とでは、格が違う。
人間が軽率に挑んでいい相手では無いのだと。
『 VWOOO!!! 』
吹き荒れた『風』が肌を突き刺す。
切れ味は抜群、一瞬にして体中が切り傷で埋め尽くされた。
それでも、この場で踏ん張り続けなければならない。
ここで風圧に負けるという事は死に直結するから。
切り傷など、数分で治る。今は我慢の時…、
「――――、」
「!?」
数瞬の後、隣に居たはずのクリモが消えた。
すぐさま後ろを振り返って見えたのは、転げるように飛ばされていく最中のクリモ。
「っ、」
迫られる選択、二択だ。
見捨てるか、助けに行って諸共死ぬか。
どっちみちあの勢いで転がっていくクリモを救うことは無理だ。
「――――。」
クリモが口を大きく動かした。
読み取れた言葉は、『来ないで』。
声の出せない彼からの、最後のメッセージだ。
そうして彼は地面の無い空へと投げ出された。
「……………。」
気付けば、クリモの手を掴んでいた。
既に宙へ飛ばされた彼の手を掴んでいる。
即ち、俺の体も宙へ浮かんでいるということ。
我ながら馬鹿なことをしたと思う。
結局二人仲良く地面へ落ちていくだけなのだから。
「ごめんなさい。」
「―――――。」
零れたクリモの涙が空へ昇っていく。
否、昇っていくように見えた。
そうして俺達は、高度3500mから地面に叩きつけられた。
---
「――落ちましたか。」
暴風が止み、視界が晴れた。
後ろへ投げた二人の姿は無く、残されたのは自分一人。
変わらず見下ろしてくる化物を眺める。
苔のような謎の植物で全身の皮膚を覆った巨大な鯨は、もう二発目の準備を整えているようだった。再び大きく口を開く。
「…ふむぅ。」
これから先の行動を考える。
この幻妖を今から一人で相手取るのは正直しんどい。
勝てないことは無いだろうが、多少の無茶をすることになる。
だが一旦退いたとして、次の機会はあるのだろうか。
戦略を練っている間にこいつが野に解き放たれでもすれば意味が無い。
再び突撃するとすれば二週間以内。
それ以上は待てない。
…、そうしようか。
何より可愛い後輩達の安否が気になる。
一度退こう、次は二週間後だ。
「あ、種族名を決めてませんでしたねぇ。」
鯨が再び暴風を巻き起こした。
ソレは回避不可能な速度で迫ってくる。
まぁ、良い。大人しく落ちてやろうじゃねぇか。
「じゃあな、天鯨。首洗って待ってろ。」
---
「――、――――、」
「俺は大丈夫ですから、泣かないでください。」
とは言っても、正直マジで死ぬかと思った。
龍人に心臓を抉られた時も死を覚悟したが、今回のはそれに匹敵するレベルの大怪我だ。我ながら何故生きてるのか分からない。
サミット迷宮の壁には数百メートルにも及ぶ一筋の傷が付いている。
空中でクリモを背負いながら壁に剣を突き刺し、なんとか落下の勢いを最小限にまで抑えることが出来た。
まぁ、青年二人分の体重を支えていた両手は当然の如くボロボロだし、殺しきれなかった勢いの代償は全身の骨で支払わざるを得なかった訳だが。
口を開きながら両目からポロポロと涙を零しているこの少年に怪我が無かっただけマシだろう。
その時、空からニュートが降ってきた。
「……どうやったら無傷で着地出来るんですか…。」
「ふふっ、企業秘密です。」
彼の体に外傷は見られない。
3500mから飛び降りて無傷というのも気になるが、もっと異常なのはあの化物の『風』を全て防ぎきっているということだ。
例え俺が『光』で回避を試みようと、それは不可能に近い。
「それにしても酷い怪我ですねぇ。どのくらいで治りますか?」
「数十分は欲しいです…、…?」
……なんで知ってんだ?
この体についてはまだ三人にしか話してないんだけど。
最強の男には、どこまで見えてるのだろうか。
「っ、」
強い眠気が襲ってきた。
やばい、瞼が重たい。
「そうですねぇ、一度休憩にしましょう。」
「そうしてもらえると、助かります。」
「えぇ、ゆっくり休んでください。」
ニュートはそう言って優しく微笑んだ。
ならその言葉に甘えさせてもらおう――。
---
その言葉の数秒後、小柄な少年は静かな寝息を立て始めた。
大したものだと思う。すぐ怪我が治る体だとは言っても、痛みは人並みに感じるだろう。他人を庇うためにあそこまで出来る人は稀有だ。
やはり、呼んで正解だった。
「さて、貴方もそろそろ落ち着きましたか?」
「――、―――。」
目を赤く腫らした少年は小さく頷く。
ズビズビと鼻をすすってはいるが、平静は取り戻したようだ。
鼻水をハンカチで拭ってやりながら話しかける。
「大丈夫ですよ、ヒシ君は人より少し頑丈ですから。」
「―――――、」
「クリモ君が気に病む必要なんて無いですよ。」
「―――、―――。」
「それに、初めて幻妖と会って命があるだけ儲けものです。」
「――――――。」
傍から見れば片方が無視され続けているようなやり取りだが、彼とのコミュニケーションはこれが基本だ。現に、言葉をかける毎にしっかり首で相槌を打っている。
ただ、その顔にいつものような朗らかさは無かった。
『自分のせいで友人に怪我を負わせた。』
きっとそんなことを考えているのだろう。
「……私が何故君達二人を選んだのか分かりますか?」
「―――――?」
「"勿体ない"と思ったからです。
君達は自分の力を持て余し過ぎている。」
塔の上からは分からなかったが、今日の天気は曇りらしい。
分厚い雲が太陽光を塞いでおり、地上には湿っぽい空気が溜まっている。
「一般の游蕩士止まりと言えば分かりやすいですかねぇ。
大抵の化物に勝てる程度、戦闘に於いては中級者くらいです。
ただし、それでは"足りない"。有象無象の一部だ。」
「大切な人が目の前で殺されているのに、
何も出来ない苦しみを味わいたいですか?」
「――――、」
「嫌でしょう、なら強くなりなさい。
その『封』を、自分で解いてみなさい。」
「―――。」
ようやく、良い顔が見れた。
前に進める人間の顔だ。
それでいい、この子は強くなる。
「一つ、課題を出しましょう。」
潜在能力は抜群に高い。
後はどれだけそれを引き出せるか。
この二週間を、彼の一歩目にする。
「君が、あの幻妖を倒すこと。」
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