第十話 規格外
『 Reasons to fight. 』
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やぁ!
久しぶりだね!
今日は精霊について話そうかな!
この前、『幻妖と精霊は別次元』って話をしたよね!
幻妖ってのは君達が勝手にラベリングしたものさ!
基準が曖昧過ぎるし、ぶっちゃけアテになんないよね!
精霊はもっと上位の、絶対的な王者さ!
そこに必要なのは"強さ"じゃなくて、"資質"だね!
相応しいモノだけが精霊として選ばれるのさ!
……自分で言うと恥ずかしくなっちゃうね!
それはそうと、精霊にはそれぞれ性格があるんだ!
役割って言った方が分かりやすいかな!
地の精霊は『静観』!
毒の精霊は『執着』!
力の精霊は『忠誠』!
■の精霊は『調和』!
僕は…、『渇望』。
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「――しぬ…、死ぬ……無理…むり…ムリ……」
「おいおい、もうバテたのかよ~。まだ五時間も経ってないぜ?」
シヌ、しんじゃう…。手取れちゃう…。
身長の高い男が半笑いで見下ろしてきていた。
獅子のように獰猛な目をギラりと光らせながら。
丸太のように太い右腕で大剣を振り回しながら。
テロス――兄ちゃんは、俺を強制的に起き上がらせた。
「ほら! 元気に起き上がれるじゃないか!」
「もう、無理……ほんとに…、死ぬ………」
「大丈夫だって、ほらヴァン見てみろよ、まだあんなに活き活きしてるぜ?」
ちなみにヴァンは顔面蒼白で虚ろな目をしている。
それもそうだろう、彼は俺が持っているものと比べて二倍ほどの重さがある大剣を振らされているのだから。
それでも尚、素振りを止めない彼には尊敬しかない。
「ほら、『俺も頑張らないと!』って気分になってきただろ?まだ行けるって!」
「無理…、ムリ……やだ……もう死ぬ……」
「大丈夫だって!死んでもすぐに叩き起こしてやる!」
「コロシテ…、ころして……、コロシテ………」
今日ほど兄ちゃんの笑顔に恐怖を抱いた日は無い。
そんなことにもお構いなしに、兄ちゃんは別方向にある謎の塊を指差した。
「ほらクリモ見てみろよ、まだあんなに笑顔だ!」
ちなみにクリモは涎を垂らして仰向けに倒れている。
確かに笑顔ではある、人生で幸福だったことを走馬灯の様に振り返っている最中だろう。
生死の淵を彷徨っていることは確実だ。
「ほら、『俺まだ全然余裕だな!』って気分になってきただろ?」
「あれじゃ、生き殺しですよ……せめて俺の手で…、トドメを……」
「大丈夫、クリモはまだ諦めてない!俺達に出来るのは見守ることだけだ!」
「じゃあ、俺のこと、殺して、くだ、さい……、コロシテ…コロシテ…」
兄ちゃんは口を開けて快活に笑った。
"面白い冗談だな"とでも思ってるのだろう。
ちなみにこちらは生涯きっての懇願をしている。
こういう時だけ勘の悪い兄ちゃんは、再び遠くの方を指差した。
「諦めちゃダメだって! ほらベリー見てみろよ。
あんな状態でも、まだあいつの心は死んでないぜ!」
ちなみにベリーはダイイングメッセージを残していた。
塗料は吐血した血液だ、志半ばで力尽きたらしく最後の文字を書ききる途中で止まっている。
『犯人はテロ』ってとこまでは読むことが出来た。
「ほら、『仇を討つために強くならなきゃ!』って気分になってきただろ?」
「ちょうど、目の前に、仇が、いるんですけど……」
「ははっ。」
兄ちゃんはベリーの遺したメッセージを足で掻き消した。
「ベリーの意思は俺達が受け継ごうぜ!そのために強くならないとな!」
「意思、消しました、よね……もうやだ、コロシテ…コロシテ……」
地獄絵図コンテストがあったらぶっちぎりで優勝できそうな惨状である。
街へ帰るために近くを横切った数人の游蕩士がドン引きしていた。
「そういえば、リエル、さんは、?」
先ほどまで同じく死にかけていた人の姿が見えない。
抜け駆けで墓の下に潜ったのか?
「あぁ、多分そろそろ。」
そう言って兄ちゃんが視線を投げた方向を見てみると、両手いっぱいに何かを抱えたリエルがこちらに向かってくるのが見えた。
「パンとお水、持ってきました!」
「ありがとな~リエル。」
「――ミズ…?みず…!水…!!」
死んでいたベリーが、うつ伏せのまま腕の力を使ってじりじりと近寄ってくる。
ちょうどそのタイミングでヴァンが頭から地面に倒れた。
「今日はここら辺で打ち止めだな。」
兄ちゃんはそう言いながらクリモの顔に水を浴びせた。
まぁ、水を浴びせられた彼は溺れかけているが。
「はい!これヒシさんの分ね!」
「…助かります。」
リエルから水筒と二つのパンを手渡される。
水を一口飲むと、揺れていた視界が少しだけ定まった。
素振り五時間休憩無しは冗談抜きで死人が出る。
「ベリー、服汚れてるよ。はいこれお水ね。
ほらもう、髪もぐしゃぐしゃだし――。」
リエルはベリーの介抱を始めた。
「おいヴァン、飯だぞ。たんと食え!」
兄ちゃんもヴァンの介抱を始めた。
半開きになったヴァンの口にパンが詰め込まれていく。
…パンを詰め込まれた彼は窒息しかけているが。
◇
<鱗片の陰>事件からおよそ二週間。
多くの悲しみを生んだあの日を乗り越えて、メーセナリアには徐々に活気が戻ってきていた。
ユルドースやリソルディアから多くの防衛士や游蕩士、その他職人などが復興の手助けをしに来てくれた甲斐もあり、壊された街は大部分が修復され、負傷した民の多くは無事普段の仕事への復帰を果たした。
ただし、何もかも元通りなど叶うはずも無く、残された傷跡も大きい。
近隣の村へ避難していた人々の中にはメーセナリアを離れて別の村や街に移り住むことを決めた人が一定数いたし、様々な事象が重なって職を失ってしまう人も稀では無かった。
家族を失って自暴自棄になる人。
この世に一人遺された幼い子供。
大勢の死を見て気が狂った人。
…化物との戦いで、防衛士を辞めざるを得なかった人。
他人が施してあげられる事など極僅かしかない。
結局、彼らは彼ら自身で前に進むしかないのだ。
だから、彼らが前に進む為の極僅かな手助けをするのが俺の使命。
目の前で笑っている少女にしてもらったことを、次は誰かに。
兄ちゃんはあの事件のすぐ後に辞職願を出したらしい。
曰く、『こんな体で防衛士は務まらない』と。
現防衛団団長――シュックさんは引き止めたそうだが、兄ちゃんの意思は固く、"これ以上は何も言うまい"と退団を認めたそうだ。
それで無職になったのかと思えばそういうわけでも無いらしく、今は防衛士・游蕩士を志す若者の指導を仕事にしているらしい。ちなみに給料は街から出ている。
そんな兄に、游蕩士になってそろそろ半年ほど経つ俺達五人が何故扱かれているのかというと、兄ちゃんによるただの気まぐれらしい。許せない。
治療の為ユルドースへ行っていたベリーとヴァンに加え、垂柳の寧静メンバーとしての活動の為リソルディアへ行っていたクリモがメーセナリアに帰って来ていて、『久しぶりに同期五人でご飯でも』などと会話していたところを兄に見つかったのだ。
結果、近況報告も含めた楽しい朝食から始まる予定だった一日は、地獄の訓練日と成り果てた。
◆
「いやー、やっぱお前らは鍛えがいあるな!」
「……新人達相手にこんな訓練してないわよね?」
「心配ご無用だぜ。俺は手抜きしない主義だからな!」
「たった今疑惑が確信に変わったわ。」
「来年は防衛団入るヤツ居ねぇかもな。」
「いやいや、入団希望者殺到するだろ。そうすりゃ俺の給料もUPよ!」
「どちらかっていうとクビかもねー。」
「…リエルちゃん根に持ってる?」
「別にー?」
補足すると、彼女は同期が全員揃ったことを一番喜んでいた。
根に持ってはいるだろうし、何なら恨んでる可能性も。
ただ、兄ちゃんの訓練に猛反発していた訳でも無い。
それは自分よりも圧倒的に実力がある人間の戦闘指南を受けられるという事の貴重さを知っているからだろうし、強くなりたい理由が彼女にもあるからだろう。
「そういえばベリーさんの体調はもう大丈夫なんですか?」
「えぇ、後遺症も残らないって。おかげさまで健康体よ。」
「二週間丸々下僕みたいに扱われた俺の気持ち考えたことあるか?」
「仕方ないじゃない、安静にしてろって言われたんだから。」
「病人はあんな楽しそうに命令出さないだろ。」
「別に楽しんでは…、いやまぁ悪くは無かったけど。」
「命令出してた時のお前、過去一番くらい生き生きしてたぞ。」
「いやそれは盛ってるわよ、ちょっとテンション上がっただけで…」
……振る話題、ミスったなぁ。
この二人はユルドースに居た間もずっと言い合いを続けていたのだろうということが容易に想像できる。一周回って仲が良いのかもしれない。
二人から視線を逸らし、少年に話しかける。
「クリモさんは四カ月ぶりくらいですね。元気でしたか?」
「!、―――。」
少年は、親指と人差し指でOKのサインを作った。
ゴワゴワとした毛量多めの緑髪。
目尻が少し垂れた、優しい雰囲気の眼差し。
平均よりも低めな身長、筋肉の少ない細い腕。
『クリモ』は、以前と変わらぬ様子で微笑んだ。
変わりないようで何よりと言うべきか、………。
◇
ベリーとヴァンはユルドースの方で各々やり残したことがあるらしく、言い合いをしながら馬車に乗り込んでいったし、リエルは孤児院の様子を見てくると言って歩いて行った。
俺も帰ろうと、クリモに別れを告げようとしたが、
「じゃあ、またいつか会いま…、…どうしました?」
「――――――。」
不意に服の裾を掴まれて引き止められる。
引き止めた張本人――クリモが懐から封筒を取り出した。
…渡された封筒に入っていた紙の内容に目を通していく。
『拝啓 風薫る爽やかな季節となってまいりました。
ヒシ様におかれましては益々ご活躍のことと存じます。
さて、飽きたので普通に書きますね。
先日リソルディア近郊に迷宮が出現しました。
ご存じの通り迷宮は時が経つほど凶悪化するとされています。
その為早期の対処が必要だということで我々の元に依頼が来ました。
私としては面倒くさくて仕方の無い案件なのですが、
リソルディアに本拠点を構えるギルドとして渋々その依頼を承りました。
そこで相談なのですが、ヒシ君も来ませんか?
迷宮攻略という貴重な経験にもなるかと思います。
良い返事をお待ちしております。 敬具』
綺麗に折りたたまれた紙、驚くほど整った字。
手紙に署名は無い、勿論誰からの手紙かは察している。
「…………はぁ~…。」
大袈裟すぎる程のため息を吐いてみても、気分は晴れない。
「―――?」
クリモは不安そうにこちらの様子を伺っている。
彼は知っているんだろうか、この手紙を自身に預けた人の本性を。
いや知らなくていいかもしれない。知らない方が幸せだ。
正直に言おう、今すぐにでも断りたい。
何か適当な理由をでっちあげて手紙を破り捨てたい。
依頼は迷宮の攻略だ。それなりの報酬は出るだろう。
けど、この手紙の送り主と関わるのは避けたい。
「………ん~……。」
「―――、――――?」
クリモが申し訳無さそうな顔を向けてきた。
俺を怒らせた…と思っているのだろうか。
怒っては無い、…嫌悪と恐怖の感情が有るだけで。
…まぁ、相手は仮にもギルドリーダー。
その実力は信頼しているし、学べる事も多いか…。
「リソルディア、行きましょうか。」
「――――!」
返答を聞いたクリモは無邪気にコクコクと頷いている。
俺には彼が幼い仔羊の姿にしか見えなかった。
悪い狼に籠絡された、無垢な小動物にしか…。
俺は少しだけ警戒心の強い友達羊なのだろう。
けれども、親友の頼みだからと気を緩めて。
最後には狼の大口でパクりと殺られるんだ…。
……無事に帰ってこれますように!
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八百年という歳月、人類の歴史は長い。
そして、その歴史は化物との戦闘の記録でもある。
街を作っては破壊され、街を作っては破壊され――。
化物の襲撃に敗北する度に街を捨てて逃亡する生活。
それを繰り返す内、かつては大陸に大きく広がっていた人類は、やがて大陸のある一点に集まり始めた。
現在、この世界に存在する人間の街は三つのみ。
加工の街 メーセナリア。
研究の街 ユルドース。
資源の街 リソルディア。
そしてこれらの街の中心に位置するのが"オブベック山"と呼ばれる大きな山だ。
楕円に模られた大陸の中央に在る円錐型のなだらかな山で、その麓には小さな村がいくつも形成されていた。
また、オブベック山の南西にメーセナリアが、南東にリソルディアがあるのだが、その二つの街を隔てるように存在しているのが"スイサルデウス山脈"である。
果てしなく続くこの山脈は、ありとあらゆる生物の山越えを拒んできた。
しかし、南西から南東への移動を考えた時、オブベック山の外周をぐるりと回って移動するのはあまりにも面倒である。
ならどうしようか、先人達は考えた。
考え抜いた先に出した答えが、山脈をぶち抜くことだったらしい。
そうして約五百年程前に行われた一大プロジェクト。
誰もが途方もない年月が掛かると予想していただろう。
まさか、たったの一か月で三十キロメートルにも及ぶ超巨大トンネルが完成するなど、誰も考えやしなかっただろう。
◆
そうして作られた巨大トンネルを通過しながら、馬車で移動すること約二日。
俺とクリモは、無事リソルディアへと辿り着くことが出来た。
メーセナリアを囲む外壁の高さが八~九メートルしか無いということと比べると、この街の外壁はかなり高く作られているように感じられる。それでも大した高さでは無いのだが。
門をくぐり抜けて街に入ると、まず目に入ってきたのは山積みにされた大量の石だった。台車に乗せられたソレを、逞しい体つきの男性が引っ張って運んで行く。
リソルディアは、現存する最古の街ということもあり人口が多い。
道を往来する人の数は数えきれないほどで、町全体が活気に満ち溢れているように見えた。
十年前、爺ちゃんに連れられて観光に来た事があるが、街の雰囲気はその時からあまり変化していない。
「…じゃあ、早速行きますか。」
「―――――。」
街を散策するのもそこそこに、クリモに先導されながら垂柳の寧静本部へと足を進める。
垂柳の寧静――略して垂柳は、二百五十人程のメンバーを抱える大規模ギルドである。メンバーは支給の腕輪を着用している為、一目で判別が可能だ。
他のギルドが厳しい入団審査をしているのとは対照的に、『来る者拒まず去る者追わず』のようなスタンスを取っており、家族のように温かく迎えてくれるギルドとして有名である。
主だったギルドとしての目標なども特に設定されていないようで、各々が各々でやりたいことに取り組める緩いギルドなんだとか。
「――久しぶりですねぇ、ヒシ君。
<鱗片の陰>では大層活躍したそうで。」
そして、目の前で話すこの男こそが、垂柳のリーダーを務める『ニュート』である。
スラリとした長身、伸びきった長髪。
眼鏡の奥に見える細目は正に策略家という風貌であり。
すっかり染み付いた敬語は真面目さを醸し出していた。
「ニュートさんも変わりないようで。」
「リソルディアはここ数十年平和ですからねぇ、
むしろ腕が鈍ってしまっているかもしれません。」
朗らかな笑い声を上げているが、何を言っているんだと言いたい。
六年前、十六歳という若さで幻妖を撃破した男の腕がそう簡単に鈍る訳が無いだろう。
◇
軽い挨拶を終え、迷宮へ行く準備を整える。
とは言っても俺が準備することはほとんど無かった。
必要になりそうな妖具は既にメーセナリアから持ってきているし、移動手段に関してはニュートの方で確保が完了しているらしい。
買い出しで入手した食料や水などは、ニュートが全て彼の鞄の中に放り込んでいった。かなりの量を入れていたと思うのだが、その小さな鞄は驚くほど外見を変化させない。恐らくあれも特殊な妖具なのだろう。仕組みはさっぱりだけど。
十数分で準備が整い、今は外壁の外に立っている。
ニュートは俺達の顔を見ると、薄く笑みを浮かべた。
「では行きましょうか。」
「あの、ニュートさん。」
「はい? なんでしょう。」
「他のメンバーの姿が見えないんですけど。」
「メンバーですか? それならとっくの昔に全員揃ってますよ?」
「―――????」
「………本気で言ってます?」
ここに居るのは、俺,ニュート,クリモ。
辺りは閑散としていて、他の人影は見えない。
…つまり、一流の游蕩士でも命を落としかねないという迷宮に、新人二人を含む三人パーティーで挑むというのだ。流石のクリモでも困惑を隠しきれていない。
「私はずっと本気ですけどねぇ。」
そんな俺達を気にも留めず。
ニュートは鞄から何かを取り出した。―――毛玉?
いや、よく見ると黄色の毛玉から橙色の小枝が二本ぴょこんと生えている。
謎の毛玉はニュートの掌の上で徐々に膨張していき、やがて一体の生物だと認識できるほどの姿へと変化した。
そこからも成長が止まることはなく、ニュートの身長を優に超えるような大きさになってようやく完成形へ辿り着いたらしい。
…なるほど、知識としては俺にもある。
『 Pi-! 』
「雛鳥ですか。」
「はい、雛鳥のファイちゃんです。」
名前の安直さが凄い。
クリモは至福の表情でファイちゃんに抱きついている。
可愛い生物が似合うというか。調和性があるというか。
「よろしく。」
『 Pii-! 』
羽毛を一撫でしてからファイの背中へ飛び乗る。
なるほど、クリモが抱きしめたくなる訳だ。
想像通り、もしくはそれ以上に、心地良い鳥毛だった。
それにしても、こんな小さな翼で飛び立つことが出来るのだろうか。
そう思いながら様子を伺っていると、ファイは小さな両翼を目一杯広げた。
「ファイ、迷宮まで。」
『 Pi-!! 』
直後、ファイの翼のみが異様に発達していく。
丸々とした体に不釣り合いなほど、壮大に。
元の数倍,十数倍とも思えるほど、壮麗に。
――太陽光に輝く美しい金色の翼を羽ばたかせ。
三人を乗せた巨大な雛は、大空へと飛び立った。
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「迷宮の話をしていませんでしたねぇ。
二人は恐らく攻略経験が無いですよね?」
「はい。」「――。」
激しい風圧の中、ニュートはそう話を切り出した。
「今回行く迷宮は、二週間程前に存在が確認されました。
リソルディアの街長が与えた名は、『サミット迷宮』。」
「……"頂点"ですか? 随分豪勢な名前ですね。」
「ふふっ、迷宮に付く名前は大抵がそんなものですよ。
名称に見劣りしないほどの迫力はありますからねぇ。」
確かに、意識を集中させてみると、遠くの方に大きな妖力の反応があるのが感じられる。とは言ってもその反応は想像していたよりも遥かに小さい。少し警戒しすぎていたのかもしれない。
「迷宮についても少し話しておきましょうか。
一口に"迷宮"とは言っても、系統が分かれてます。
まず、地上に建つのか地下に埋まっているのか。
内部に侵入した生物を潰すのか、飼うのか。
ただし、全ての迷宮は常に"餌"を求めている。
自身の成長の為、糧となる養分を探してるんです。」
「―――――?」
クリモが常に持ち歩く紙に何かを書いて、ニュートに見せた。
紙には『成長したらどうなるの?』と書いてある。
「いい質問ですねぇ。
迷宮の中には無数の化物と、一体の親玉が居まして。
その親玉というのが迷宮本体とも言える化物なんですよ。
そいつを倒せば迷宮は崩壊し、迷宮内で死ねば親玉が更に強くなる。
そうやって養分を満足に食らった親玉は、どうなると思います?」
ニュートは楽しそうに問いかけてきた。
ここまで言われたのなら大体の察しは付いてしまう。
「迷宮から、抜け出す?」
「大正解ですよ、ヒシ君。
熟したりんごが枝を離れて地に落ちるように、
人の手には負えないような化物が野に解き放たれます。
だから、私達が非力な芽の内に刈り取らなければならないんです。」
なるほど。
つまりその親玉を倒すことを"攻略"と呼んでいるのだろう。
親玉を倒して迷宮を崩壊させるのが目的か。
……失敗が許されないなら尚更人数に問題があるのでは??
「さぁ、見えてきましたねぇ!」
頭に浮かんだ一抹の不安が、ニュートの浮き立つような声によって掻き消された。
見えてきたというのは目的のサミット迷宮のことだろう。
ファイの速度は見た目よりずっと速く、ものの数時間で辿り着いたようだ。
さて、どんな迷宮だろうかと前方に目を向け――
――言葉を失った。
今俺がいる場所は上空。
それも、高度は数百メートル。
大体の建造物を上から見下ろせるような高さのはずだ。
こんな場所に雲より高い塔があるなんて聞いてない。
「――――!!!」
「……ははっ、」
「どうですか、サミット迷宮は!」
ニュートの声色が弾んでいる理由が分かった。
見たことの無い、聞いたことも無い、未知が目の前にある。
最高、頂点、極致。
この星の歴史上で、最も高い建造物。
「――規格外…!!」
その言葉が相応しい。
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