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幻の忍者

 穏やかな夏の陽射しの中、士郎は大好きなお父さん、お母さんと吊り橋を渡っていた。

 橋を渡りながら、訳もなく「お父さん、お母さん」と呼び掛ける。

 それに対して、父と母が笑顔で応える。とても満たされ、とても幸せな気分であった。

 周りの観光客も幸せ一杯の笑顔が溢れていた。

 士郎は、こんな幸せが永遠に続くものだと思っていた。

 しかし突然、獣のような、悪魔のような恐ろしい雄叫びが空一面に響き渡る。

 すると、龍のような生き物が、口から火を吐きながら天からこちらに向かって降りてくる。

 周囲の人々の顔が、幸せな顔から、恐怖に引きつった顔になる。

 「士郎、大丈夫よ!」と、お母さんの声。

 父親が士郎を抱き抱える。

 しかし、その直後、龍の炎が吊り橋を焼き、父と母が火だるまとなって、谷底へ落ちて行く。

 士郎が必死で叫ぶ。「とうさん、かあさん!---」

 こうして、士郎が狂ったように泣き叫んでいると、どこからともなく「士郎ちゃん、士郎ちゃん!」という女性の声が響いて来る。

「まあ、今日もまた恐ろしい夢をみたのね。でももう大丈夫よ!」


 士郎は、小学校五年生になっていた。

 一年生の頃は、B29墜落事件で両親を亡くした時の夢をよく見たものだ。

 その都度大声を出して泣き喚いた。

 すると、隣室で寝ていたリンという女性が直ぐに駆け付けて、士郎が落ち着くまで背中を擦ったり、優しい言葉を掛けて慰めていた。

 実はこの女性、忍者の里でくノ一の修行をしている娘だ。


 だが、五年生になった士郎は、すこぶる元気になっていた。

 あまりにも元気になり、無鉄砲をする事も多くなった。

 ある時、同級生の女の子が2年上のガキ大将にイジメられているのを見て、飛び掛っていった事もある。

 その時は、顔に大きな痣が出来た。

 だが、それについては泣き言は一言も言わなかった。


 小五郎は、そんな士郎を温かく見守っている。だが、なるべく士郎の傍にいてやりたいと思っているが、忍者の指導員としての彼は、なかなか忙しいのだ。

 それで、士郎に対する日常の細々とした世話や遊び相手は、リンが対応する事が多い。


 士郎は、強くなりたかった。死んだ両親が士郎に逞しく生きろ、と呼びかけているように感じたからだ。小五郎や、リンに育てられているのも何か意味があるように思われた。

 またそうすることで、両親が体験したあの忌まわしい悲劇の真相を知る事が出来るのでは無いかと思うのだった。

 体を鍛える事、強くなるという事と、真相を見つけるという事がどうして結びつくのか分からなかったが、彼にはそれが必然のように感じたのだった。

 小五郎は言う。「士郎、お前にはやがて忍術を教えてやる。その為にはまず基礎体力をつけるんだ。誰よりも速く走り、誰よりも高く飛び、誰よりも正確にそして遠くまで物を飛ばせ!」

 士郎は、体を鍛える為に学校から帰ってくると、リンと共に野山を駆け回った。走り、飛び、小動物を追いかけ、木に登り、川で遊んだ。

 この日、リンは言った。「私に付いて来るのよ。子供だからといって、容赦しないからね、分かった!」

 リンもまた忍者修行の身、普通の女性とは分けが違うのだ。

「はーい、いつでもいいよ」、士郎は、屈伸運動をしながら返事をした。

 その直後、リンはダッシュした。

『げっ、いきなりかよ』、内心士郎はそう思ったが、すぐにリンの後に付いて走った。

 暫く行くと、小さな川があった。水深はあまりない。

 リンは、その中をしぶきを上げながらスイスイと走って行く。

 士郎も負けじと川の中へ入るが、川の中のやや大きな石に足を引っ張られ、転がりそうになるが、何とか持ちこたえた。

 そこを過ぎると次第に登り坂になっていく。

『ちっ、リンは山に登る気だな』と、やや弱気になるが、それでも黙ってついて行く。

 遂に山に差し掛かった。道も細く、極めて走りにくくなった。

 ふと前を見ると、リンは平然と走って行く。

 しかし士郎は、息づかいが次第に荒くなっていく。リンとの差が徐々に開いて行く。

 道は益々細くなり、木も生い茂ってくる。

 ついに士郎は、リンの姿を見失った。それでも、リンが走って行ったであろう後を追う。

 しかし、リンの姿は全く見当たらない。「リン、ドコヘ行った?」と、大声で叫ぶ。

 すると、「士郎、容赦はしないって言ったでしょ。自分で捜しなさい」、という声がする。

 この声は、士郎の周囲から響いて来るような声で、方向を定める事が出来ない。

 士郎は、地面に屈んで耳を大地につけた。リンの足音を探るためだ。

 微かにリンの足音が響く。その音を聞いて、士郎はニヤリとする。

 そして、足音のした方向へダッシュする。

「リン、見つけたぞ!」、と言いつつ草むらの中へ飛び込んだ。

 すると、驚いた狐が飛び跳ね、そのまま逃げて行った。

「くそ、しくじったか」、士郎は更に耳を澄ませる。

 微かに、カサカサという音がする。

 再びダッシュ。だが数羽の鳥が飛び立っただけだ。

「ふふふ、士郎や、私はこっちよ」

 再び、その声のしたであろう場所を探す。だが、なかなか見つからない。

 その都度、リンの声がする。

「あらまあ、残念」

「ほらほら、また間違えたわね」

「それは、リスよ」

 リンの声に翻弄された。

「どう、もう降参する?」、リンもそろそろこの遊びに疲れてきたのかもしれない。

 だが、士郎は、毅然と答えた。「嫌だ、絶対に捕まえてやる!」

 更に、小一時間程、リンの声を追い続けた。

 もはや自分が何処にいるのか見当もつかなくなった。

 疲れ切った足を引きずって歩いていると、大きな石に躓いて谷底へ向かって転落した。

「ウワー!」という多きな声が辺りに響く。

 だが、幸運にも怪我一つしないで立ち上がった。

 意識が朦朧としている中、目の前の空間が歪んで見えた。

 すると何やら歪んだ空間の向うに、ゆらゆらと人影が見える。

 士郎は、目の錯覚かと思い、目を擦りながらその人影を見る。

 どうやらその男、黒装束の忍者の姿をしている。その男もまたこちらを睨んでいるようだ。だが、忍者の里の者ではなさそうだ。

 その男が右手を素早く動かすと同時に、士郎に向かって何かが飛んで来る。

 その刹那「危ない!」というリンの声と同時に、士郎の目の前に板切れが飛んで来た。

 ガツガツという音が響き、板切れに何かが突き刺さる音がする。

 それを恐る恐る見ると、板に2枚の手裏剣がグサリと刺さっていた。

 再び、士郎が前方を見ると、空間の歪みが徐々に消え、忍者の姿もかき消えた。

「士郎! 大丈夫!」と言いながら、リンが駆け寄って来た。

「リン、今のは何だ?」

「私にも分からないわ。でもこの2枚の手裏剣は本物よ」


 暗くなってから、二人は忍者の里へ戻り、スタッフの集まる部屋へ向かった。

 演舞場から数十メートル離れた所に、戦国時代風の屋敷が建っており、そこをスタッフ達の居室としていた。

 家の前には玉砂利が敷かれ、また鹿威しなどもあり、中々風流に出来ている。

 そこでスタッフ達は、思い思いに新聞を見たり、談笑したり、テレビを見たりして寛いでいた。

 そこへ疲れ切った様子の二人が入って行くと、皆の視線が集った。

「おいどうしたんだ。随分疲れているようだが?」、と聞いてきたのは小五郎であった。

「ゆうれい、幽霊を見たのさ」と、士郎がボソッと言った。

「おいおい、何を寝ぼけているんだ、幽霊なんて---」と、他のスタッフが言う。

 そこへリンが、例の板を床に放り投げる。「これを見て、その幽霊がやったのよ」

 小五郎が、その板を拾い上げた。

「なんだこりゃ、手裏剣が刺さっているぞ!」

「そうよ! 士郎が狙われたのよ!」と、リンがやや怒ったような目をして言う。

「詳しく話してみろ」、小五郎の顔が険しくなった。

2人は 少し前に起きた事件を詳しく語った。

「それで、その忍者の幽霊が現れたのはどんな場所だった?」、小五郎は、顎に手を当てながら思案顔になる。

 リンが地図を見せながら説明する。

 それを聞いた小五郎は、更に険しい顔になった。「それは、俺がかつてサソリと争った場所だ。その場所にいったい何があるんだ?」

「小五郎さん、サソリっていったい誰の事なんですか?」と、尋ねる。

 小五郎は、まだ自分がここにどうやって来たのかを話していないのだ。また説明したところで分かってもらえないだろうと思っていた。

「とにかく当分の間そこには近寄らない方が良いだろう」と、真剣な眼差しで言った。


 そこへ、テレビから臨時ニュースの声が流れて来た。

『臨時ニュースを申し上げます。B29墜落事件解明プロジェクトのサブリーダーである神藤研究員が、かねてから異世界の存在の可能性について仮説を立てていましたが、昨日の実験でその存在が証明されました。それによりますと、消える粒子を使って異世界の映像化に成功したもようです。この同様の研究についてはアメリカ、ロシア、中国でも行われていますが、これで日本が大きくリードした事になります。----』

 その報道に小五郎も士郎も驚き画面を凝視した。

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