愛娘ミサ
神藤が異世界の仮説を証明してから10年の歳月が流れた。北里博士は、現場から離れ顧問となった。
また神藤は、この研究によって博士号を取得し、北里博士に代わってプロジェクトリーダーへと抜擢されている。
そして消える粒子の制御及び生産技術も飛躍的に向上した。
こうして動物の異世界転送への準備が着々と整っていった。
この間、神藤は北里博士の片腕として、実験物理学者としての実績を積み上げていった。そして遂にプロジェクトリーダーへとかけ上がったのである。しかし、それは平坦な道ではなかった。
このプロジェクトに携わって以来、試行錯誤の連続で、家族を顧みる余裕は全く無かった。
このプロジェクトが始まったのは娘のミサがまだ小学校一年生の頃だった。それまでは、よく家族で旅行に行ったり、夏は海水浴やハイキングにも良く出かけたものだ。
ミサも父親と遊ぶのが大好きであった。
ところが、このプロジェクトは生易しいものでは無かった。
特に北里博士は、神藤に特別期待を寄せていた。その期待に応えるべく心血を注いで頑張らなければなならなかったのだ。
とりわけ、この研究課題は人類にとって未知のことばかりであったから、目に見える実績をあげるのは並大抵の事ではない。
その重圧に押し潰されそうになったこともある。
ある晩のこと、神藤が疲れきって家に帰ってきた時、一枚の紙が机に置かれていた。そこにはたどたどしい字で、メッセージが書かれていた。
"お父さん、いつも遅くまで大変だね。ミサもお父さんとお話が出来なくて寂しいよ。こんどはいつ休みが取れるかな。また、一緒に遊ぼうね。でも、あまり無理はしないでね。それじゃあお休みなさい。"
神藤は、その紙面を読みながら、とても慰められた。
それからも、時々机の上にメッセージが置かれるようになった。
そして、暫くすると神藤もミサに返事を書くようになったのである。
親子で文通が始まった。面と向かって話すよりも、この方が奥深い交流が出来るかもしれない。
秋には運動会があった。日曜日に開催されたにも関わらず、神藤は見に行ってやることが出来なかった。
"ミサ、行けなくてごめんな。でもミサ、頑張ったようだな。母さんから聞いたよ。50メートル競争で一番だったんだって。凄いじゃあないか。褒美にケーキでも買ってやるよ"
また、こんなこともあった。
神藤が夜遅く家に帰って、ミサの寝顔を見ると顔に擦り傷があった。
その事を妻の仁美に聞いてみた。
「そうなのよ、ミサったら最初は何も言わなかったのよ。親を心配させたくなかったんでしょうね。それでもなんとか粘って聞き出したのよ。ミサがいうには、仲良しのさっちゃんが、上級生の男の子に苛められていたらしいの。それでミサったら、その男の子に立ち向かっていったらしいの」
「へー、ミサにそんなところが合ったのか。友達思いなのは良いが、あまり無茶しないように言っておいてくれよ」
「そうね、でも話はこれで終わりじゃあないのよ。あの子、友達を守るために空手を習いたいって言うのよ。どうしたら良いかしら」
「なんだって、空手か! はっはっはお転婆な女の子だなあ。まあいいさ、どこまで続くかやらせて見なさい。そういえば、近くに空手道場があったな」
「まあ、本当にいいのね。私はもっと女らしく育てたかったんだけどな」
神藤は、この時どうせ長くは続かないだろうと思っていた。ところがである、ミサは一度やり始めると納得のいくまでやり通すところがある。
小学校三年生の時、たまたま神藤が休みだった。そこでミサに「どうだ、空手の方は上達したかな? 試しにお父さんのお腹を突いてみないか?」
「あら、お父さん。そんなことをしたら大怪我しちゃうわ。それよりもこれこれ」
そう言いながら、ミサは瓦を五枚ほど用意した。
「お父さん、これを空手で割ってやるからね」
「おいおい、無茶するな」と言う間もなく、ミサは見事に割ってしまった。
ミサは、何事も無かったかのように「ほらね!」と言った。
中学生になっても空手をやり続けた。
そして、中学二年生の時に、空手のジュニア選手権大会に出場し、何と優勝までした。
大会が終わった夜、神藤の机の上に一枚の手紙が置いてあった。
「お父さん、やっぱり大会、見にこれなかったね。優勝した姿を見せたかったわ。それと男子の部でも、城島って子が凄かったのよ。私は何とか優勝出来たけど、彼は平然と優勝したのよ。デジカメで撮った写真をプリントアウトしたから見てね。彼と一緒に映っているわよ。帰って来るのを待っていたかったけど、今日は疲れたから寝るわ。じゃあお父さん、研究の方頑張ってね」
写真の中のミサは、城島という男の子と一緒にブイサインをして笑っていた。
しかしミサは、空手だけではない。神藤の研究にも興味をもったミサは数学や物理にも才能を発揮していたのである。
高校一年生の時、国際数学オリンピックに出場し、見事金メダルを獲得した。
神藤は、文武両道に秀でた娘を誇りに思った。
そして、現在理科系の大学で学んでいる。ミサは父の研究所に行くことを夢見ていたのだ。




