モスカーニヤの真実 その2
テトラナ、サナテクトと分かれた後、飛鳥達は、モスカーニヤの事を誰かが知っていないかと聞き回った。
アステカの人間はことごとく知らないと言っている。
更に菊王丸とその仲間達にも聞いてみたが、彼等も知らないと言う事だった。
ただ、神田橋と明智、羽柴はモスカーニヤの事をしっかりと覚えている。
「うーん、いったいどうなっているんだ?」と用丸。
「我々と他の連中と何が違うと言うんだ?」と飛鳥。
「違いはと言えば、異世界から来たという事だけじゃあないか?」と持丸が言う。
「そうだな、異世界を越える時に何かしらの影響を体が受けていると考えれば、納得できる」と飛鳥。
「なるほどなモスカーニヤが消えても、皆の記憶を操作して、始めからいなかった事にすれば問題は生じないからなあ」と黒崎。
「一体それを誰がやったんだ。自由に異世界を移動する事ができるようだが、彼等の目的は何だろう」と飛鳥。
「しかも、異世界への移動は何年も前からやっているようだ。という事は、俺達より、遥かに技術が進んでいるという事だ」と持丸。
「モスカーニヤも彼等の仲間と言う事か?」
「うーん、それはよく分からん。彼等に利用されてるだけかもしれん」
「しかし、モスカーニヤは消えてしまった。これ以上問題を掘り下げる事は出来なくなったって分けだ」と残念そうにロびるを噛みしめる飛鳥。
「いやいやそうでもない」と黒崎がニヤリとしながら言った。
「どういう事だ?」
「士郎だよ。士郎は何処へ行ったと思う?」
「まさか、モスカーニヤの後を追ったというのか?」
「そうだ、あいつは目にも止まらぬ早さで異世界の窓へ飛び込んでいた。俺の目は誤魔化されん」と黒崎。
「なるほど、これだけ探しても見つからんという事はそうかもしれないが、あいつここに戻って来れるのか?」と飛鳥。
「ああ、それは問題だ。あいつは直感で行動するからな」
「うん、それが士郎の良い所でもあり、欠点でもある」
さてここで、モスカーニヤの行った世界を覗いておこう。
「アーミーサラダーマー、ソンキョソローソロミーダー…」
これは何かの祭りなのだろうか、こんもりとした森の奥から、怪しそうな声が響いてくる。
ここはメキシコシティーの郊外にある緑豊かな場所であり、のどかな風景が広がっている。
そこに、奇妙な衣装を着た老若男女がいる。
その中でもひときわハデな色使いの衣装に身を包み、また顔も白く塗ってあり、ちょっと見ると日本の歌舞伎を彷彿とさせる人物がいる。
その彼が呪文ともお経とも思えるようなものを奇妙な節を付けて唱えているのだ。
彼等の前方の大きな岩には、何やら彫像が彫られている。それは、穏やかな表情をしているが威厳にも満ちていた。またその彫像の周囲には数多くの蝶が舞っている姿も描かれている。正にケツァルコアトルの像である。
以前として、奇妙な節の祈祷は続いている。
また、その中に50才代と思われる夫婦も参加していた。
「なあ母さん、今日はちょうど15年前に突然姿を消した娘アステリアの失踪日だ。覚えているだろ?」
「ええ覚えていますとも。あの娘の置き手紙だってこうして大事に持っていますからね!」
「うーん、警察にも頼んで方々捜索してもらったが、何の手掛かりも無かった」
「でも、この置き手紙には、ケツァルコアトルの神に召命されたと書いてあったわ」
「ああそうだ、娘はメシーカ族の現状に不満を抱いていた。だから娘はメシーカ人の神ケツァルコアトルに祈っていたからな」
「そうね、今のメシーカ人は社会の最下層、どんなに頑張っても奴隷のような身分からは抜け出せないわ」
「しかし、神の召命なんて本当なのかどうかも分からんからな。誰かに誘拐されたのかもしれん」
「大犬夫、あの娘を信じましょう。今日から3日間は、メシーカ人の祭礼の日で、この時だけは私達に自由が与えられるわ。娘が消えてからちょうど期限の15年目よ。きっと戻って来るわよ」
「なら良いがなあ!」
漸く、歌舞伎男の祈祷と踊りが終わった。
それを合図に、そこに集っていた者達が持っていた花を例の彫像の前に捧げた。
それが終わると、少し離れた所に椅子とテーブルが用意してあり、そこで各自が持って来た食べ物を出して、一年の様々な出来事を話し合うのだった。
だが彼等には良い話しは殆どない。不平不満と愚痴ばかりである。
彼等の顔は、みんな日焼けしており、またー様に深い皺があった。
そしてその目には、深い悲しみを耐えて来たような目をしている。
こうして、その日の食事会は終わり、それぞれのグループ毎、三々五々帰って行く。
あの夫婦もまた帰り支度を始める。
「なあ母さん、帰ろうか?」
「そうね、帰りましょう。何事も無かったわねえ」
「ああそうだが、気を落とす事は無いさ。いつか良い事だってあるさ」
夫が妻をかばうようにして、トボトボと歩いて行く。
彼等の主な仕事は領主の土地を耕す。収穫された作物の殆どは領主のものになる。彼等は生きて行く為のギリギリの食物を与えられるだけだ。
教育の機会さえ与えられない。
ただただ領主の胃袋を満たす為だけに生きているだけなのだ。
少しでも反骨精神のある者は、すぐに領主の私警によって捉えられてしまうのだ。
こんな希望の無い生活を彼等はずっと続けている。
今や、夫婦にとってのささやかな願いは娘のアステリアが元気で戻って来てくれる事だけなのである。
夫婦は、いつもと変わりばえの無い粗末な家に帰り着いた。
妻は、粗末ながらも夕食の準備を始める。夫は、窓際の椅子に座り、沈み行くタ日をボンヤリと眺めている。
少し、まどろみかけた時、夕日とはまた違う別の光が、一瞬光ったような感じがした。
夫は、突然の光に眠気も覚め、その光った辺りを調べて見ようと思った。
『何かおかしい!』
長年ここに住んでいるが、さっきのような光は見た事が無かった。
妙な胸騒ぎを感じながら、沈み行く夕日の光を頼りに、丹念に調べてみるが、特に変わった所は見当たらない。
何かおかしいと思いつつも、何も発見できずに、首を傾げながら家の中へ戻る。
窓際の椅子に座りながらも、先程の光がどうも頭から離れない。
「母さん、今、外で妙な光を見たよ!」
「妙な光って何の事なの?」
夫は、上手く説明できずにもどかしさを感じるが仕様がない。
「まあ、とにかく見たんだ!」
話しはそれっきり途切れた。
夫は、妻に話すのは諦め、先程の光を頭の中で再現してみた。
『どう考えても奇妙な光だ。変な事が起こらなければ良いのだが』
そう思いつつ、尚も考え続ける。
『そう、あの時、何か動く者を見たような気がするなあ』気億を辿ると、確かにそう思える。
そんな考えに気を集中していると、いつの間にか傍のテーブルにお茶が入っている事に気が付いた。
『おやおや、あいつ気をきかせてくれたのかな』
妻に感謝しながらお茶を飲む。
温いお茶を飲むとホッとする。
そのお茶を味わいながら、目を閉じる。
暖い液体が体の隅々まで行き渡るのを感じる。
すると妻が後からそっと自分の両肩に触れた。
妻は、何も言わずに肩を揉み始める。
実に気持が良い。
暫くは妻に体を委ねてみる。
やや経ってから、「ありがとう!」と言いつつ、肩を揉む手に、自分の手を重ねた。
“ドキ”っとした。妻の手ではない。
すべすべとした若い女の手である。
しかも重ねた自分の手に、少し液体が落ちて来たように感じたのである。
“はっ”として後を振り向くと、そこには30代程の綺麗な女性が立っていた。
その女性は、目を真っ赤にして、涙を一杯ためていた。
そして、次の瞬間には、感極って抱きついて来たのである。
「お父様、アステリアですよ。今戻りました」
「おお、本当にアステリアなのか。本当に戻って来たんだな」
「そうですよ、そうですともお父様。本当に苦労をかけました」
台所にいた妻も、二人の声に驚いて駆け寄って来た。
「まあ、アステリア戻って来たのね!」
三人は、三人ともに抱き合いながら、喜びでむせび泣いた。
「はっはっは、アステリアが光とともに戻って来たぞ」父は、今までこんなに大きな声で笑った事が無かったと思えるような嬉しい声を出した。
小1時間後、親子3人は、粗末ではあるが楽しい夕食のひとときを過ごしていた。
「ところで、アステリア。神からの召命というのは本当だったのか」と、父。
「それは本当よ。私は滅亡前のアステカに行って来たのよ」
「まあ、とても信じられないけど!」と母。
「そう、それで大勢の仲間と知り合って、皆で協力して、滅亡を食い止める事に成攻したのよ」
「うーん、なるほど。しかしそれだけ聞いただけでは何とも判断できんが」と父。
「でも、こちらの世界もその世界と連動して良い事が起こるわ」
「数百年の間、何も変わらなかったこの国がねえ」父は、腕を組んで考えこむ。
「お父さん、希望を持って、と言っても考えられないかもしれないけれど。でも大丈夫。まだこちらには情報は来てないようだけど、この国の中枢で変化は既に起きてるわ」
「まあまあ本当なの?」母はとにかく娘が元気に話しているのが嬉しくてたまらないらしい。
「そうよ、国の総裁の参謀としてマシュラー様が抜擢されたわ。頭が抜群に切れて総裁の目にとまったんだって。実は彼、メシーカ人の血が流れているのよ。改革推進派で、差別撤廃を主張しているのよ。メシーカ人にも平等に教育の機会が与えられるし、職業選択の自由も与えられるわ。今よりも生活はずっと豊かになれるはず」
「はっはっは、それは良い。そうなる事を願うよ!」父も、娘の生き生きとしたしゃべり方に、何となく希望を見い出したようである。
何年間も笑い声が無かった家庭に希望の光が灯った。
実は、この後マシュラーによる改革は強力に推し進められて行く。反対する領主も多かったが、飴と鞭を与えながら、それらを巧みに押さえ、近代国家へと生まれ変わって行く事になる。
夜間、アステリアは寝所に横になって15年間の不思議な体験を振り返えっていた。
そこに微風に乗って、何やらの声がする。
「誰!」アステリアは怖がるような素振りも見せずに、闇に向かって叱るような語気で言った。
「ふっふっふ」微かな笑い声がする。
「誰なの。私がこちらに来てから、ずっと見張っていたわね!」
「ふん、さすがはモスカーニヤだ!」
「へえ、モスカーニヤの名を知ってるのね!」そう言いながら、アステリアは何かしら、思い付いた。
次の瞬間、モスカーニヤの姿は寝所には無かった。
闇の中の男も、直ぐにそれに気付きアステリア、いやモスカーニヤのあとを追う。
向こうの林の中へ気配が消えて行く。
男も林の中へ。
大木が林立する中で男が立ち止まると、頭上から、月明かりに照らされて、白い布がフワフワと舞い降りて来た。
男は刀を抜き、その布をバッサリと切る。
「はっはっは、モスカーニヤ、漸く来たな」男の声は以外にもサバサバとしている。
「ふふふ、士郎ね。あなた面白い男ね」いつの間にか男の真後にモスカーニヤが立ち、白い歯を見せて笑っていた。
「まさか、あなたと再び会えるとは思わなかった」
「俺は忍者でね、並みの男とは違うさ!」
「そのようね。それだけは認めてあげるわ。それでここまで来て私の事は分かったかしら?」
「ああ、お前がこの世界ではアステリアと呼ばれている事は分かったぜ」
「そうよ。私が、こちらの世界に来てからの事、全て見ていたんでしょ!」
「その通り」
「そう、じゃあそれで満足なさい」
「いやいや、そうはいかん。お前を異世界に送った黒幕は誰なんだ?」
「黒幕? それってどう言う事よ?」
「まさかケツァルコアトルって言うんじゃあないよなあ」
「どうして、ケツァルコアトル様と言ってはダメなのよ?」
「おっ、お前!」士郎はマジマジとモスカーニヤの目を覗き込む。
『うーん、この女、魔性の女のようでありながら、ケツァルコアトル以上の事は知らないようだ』、士郎は腕を組んで考えこむ。
「まあ、まだ御不満のようね!」
「ああいや、分かったよ」
「そう、それならいいわ。所であなた自分の世界に戻れるの?」
「えっ、いや、お前の後を追う事だけ考えていたから.…」
「あらまあ、結局戻れないのね。どうするつもりなの?」
「さあな、何とかなるだろう」
「まあ、なんて楽観的なの。困ったら私が面倒見てあげるわよ」
「へえ、以外に優しいんだな。でも何とかなるよ。顔を見たくなったら会いに来るかもな!」
そう言いながら士郎は姿を消した。
モスカーニヤは、気配の消えて行く方向に向かっていつまでも手を振っていた。




