見えぬ男
さて、モスカーニヤと別れた士郎は、高い木の上に乗って、今後の事を呑気に考えていた。
まだ夜明け前で周囲は暗い。
腹は満たされている。先程の湖で魚を数匹捕らえ、持っていた火打ち石を使って火を起こし焼いて食べた。
この男、腹さえ満たされていれば、何の不安も無いように見える。
だが先程から自分の周囲に、微かながら異変を感じている。
時々、月明りが揺らめく事がある。何かがよぎったのだろう。
彼は夜目には強い。小さな光でも、対象物を確実に目視できるのだ。
しかし、この時ばかりは、時々気配は感じるのだが、不思議な事に目で確認出来ないのだ。
そしてその人物から、自分が観察されているという事は分かっている。だが、殺気は感じていないのだ。
殺気を感じれば、直に行動に移る準備はあるが、それまでは、そ知らぬ風を装っている。
この男の大胆不適な側面がそこに現われている。
暫くは何も起こらない。
ところが突然、周囲から風を切る音が近づいて来る。
士郎は飛鳥からもらった伸縮自在の剣を取り出す。
“ガツ、ガツ、ガツ”と言う音と、火花を飛ばせながらそれらを打ち払う。
「おい、何者だ!」余裕を見せていた士郎も、さすがに怒ったようだ。
曲者は、何も言わない。
士郎は更にその曲者が、突進して来る気配を感じた。
その攻撃を回避すべく、今いる枝から飛び上がるが、予想以上のスピードに、足を捕まれてしまった。
その曲者は、恐ろしい力で、士郎を地面に叩きつける。
が、士郎も地面を捕らえ、一回転して再び身構える。
だが、そこへ間髪を置かず淡い光を帯びた捕獲用と思われる網が、猛然と襲いかかってくる。
士郎は、素早く回避行動を取るが、その網は意志があるかの如く、士郎の動きに合わせて飛んで来る。
「ふん、これまでだな」という声が闇の中から聞こえてくる。
そう言いながら目に見えぬ曲者は、網に捕らえられた士郎を確認する。
「ちっ、逃げられたか!」その網の中に士郎の姿は無かった。
「はっはっはっはっは、士郎よ、中々の腕ではないか。お前の腕がどれほどのものか確かめてもらった」
「なに、俺の腕を確かめただと、何の為だ? それに何故俺の名を知っている?」士郎の声が木の上から聞こえて来る。
「お前の事なら、生まれた時から知っているぞ。そして、腕を確めたのは、我々に協力してもらう時が来るかもしれないからだ。中々頼もしい腕で安心したぞ」
「協力だと、勝手な事を言うな! お前達が何者かも分からんのに、それになぜお前は姿を現わさぬ?」
「ワシはアーサー様の前でしか、真の姿を現す事は無い」
「アーサーだと。そいつは何者なんだ?」
「いずれ分かる時が来る」
「ちょっと待てよ。真の姿を現す事が無いと言う事は……。ははあ、なる程な!」士郎は何かを思いついて、ニヤっとした。
「何を言いたいのかな?」
「へへ、例えばだ、お前はこの世界では、ケツァルコアトルの姿で現われるんじゃあないか?」
「はっはっはっはっは」
「ちっ、何が可笑しい。大声で笑いやがって。だが、否定も肯定もしないって事は図星なんだろう」
「ふん、お前、案外鋭いな。はっはっはっは」
「また笑いやがったな!それにしても、お前の名前ぐらいは教えてくれても良いだろう」
「ワシの名か。ならば教えよう。幻影という」
「ほう、幻影と言うのか。日本人のような名だな」
「お前とは世界は違うが、ワシも忍者の血を引く者だ」
「なるほどな、どうも同じような匂いがすると思ったぜ」姿の見えない相手ではあるが、何となく親しみを感じた。
「ところで、お前達が異世界転送技術を開発するとは思っても見なかった。だが乱用はするな」
「その事については、開発者の神藤博士が良く分かっている。それにしても、お前達は随分前からその技術を持っていたという事なんだな?」
「ふふ、そう言う事だ」
「その技術を使ってお前達は何をしてるんだ?」
「その質問には、俺は答えられん。アーサー様しかその真実を知らんからな。いつの日か、お前も会う事があるだろう。その時にでも聞いて見るんだな」
「ふん、またアーサーか!」
「それにしても、お前達のその技術だが、その技術を狙っている企業やグループがいる。充分、気を付けるんだ」
「なるほどな、そういうやからは居るだろうな。だが、金が入らなければ、俺は動かんからな。そういった依頼を受ければいくらだってやってやるさ。何しろ貧乏学生なんでね」
「ふふ、面白い奴だ。まあいい。いずれそう言う場面に足を踏み入れざるを得なくなるだろう!」
「なんだなんだ、お前は予言者か?」
「まあ、そう思っておけ!」
「おや、否定しなかったな。へへへ」
「ところで士郎、お前は仲間達の所へ戻れ。いつまでもこんな所にいてもしようがないだろう」
「ああ、それができるものなら、とっくにしているさ」
「そうか、俺が手助けしてやろう」
「おっ、さすがだな。やっぱりできるんだな」
「なんだ士郎、それを期待していたんだな」
「じゃあやってもらおう!」
「ならば士郎、去らばだ。また会おう!」
すると、幻影の声のしていた場所に、眩しい光が見えてくる。最初は小さい光だったが、次第に大きくなり、人が入れるまでの大きさになる。
「なるほどな、ケツァルコアトルの時と同じだぜ。じゃあな幻影!」
士郎は躊躇なく、その穴へ飛び込んで行く。




