スペイン侵攻
テトラナとサナテクトは、戦争準備を大急ぎで行ったが、まだ不備な点は無いかと町を視察していた。
ボーガンの訓練場では、多くの戦士達が命中精度を上げようと努力している。
アステカの職人が作った物は、上手く狙いをつけられないものもある。3つに1つは、不良品だ。
これは急いで作らせたので仕方が無いであろう。
「よし、俺も戦士だ、いっちょやってみるか!」
サナテクトは、ボーガンを手に取り、失をセットして、身構えた。
失は的には当たったが、中心を射てはいない。
サナテクトは、小首を傾げている。
「よし、もう一度やってみよう」
テトラナは、それを見て、苦笑している。
サナテクトが再び、身構える。
そこへ大きな声が響いて来た。
サナテクトの矢は的から大きくずれて飛んで行く。
テトラナは、声のする方へ顔を向けた。
「テトラナ様!」
声の主は大声でテトラナを呼んでいる。
「おーい、こっちだ」テトラナは、その男に向かって、手を振ってやった。
その男は、漸くテトラナの前まで走って来た。
だが、呼吸が乱れて中々話せない。
ただ、激しい息づかいだけが聞こえるだけであり、汗が体中から噴き出ている。どれだけ長い距離を走って来たかが窺える。
「おい君、大丈夫か?」サナテクトは、そう言いながら自分の持っていた水筒を渡した。
男は、水を飲んで、少し落ち着いたようだ。
「テトラナ様、コルテスが動き出しました」
「そうか、遂に来るか? それで、どれくらいの規模だ?」
「はい、コルテスは、トラスカラ、テスココと連合軍を組んでいるため、その勢力は5万から7万程です」
「ほほう、これはまた、大人数で来たもんだ。たがな、そう簡単には落とせんぞ!」と、サナテクト。
「よし分かった。君は、それぞれの部署へ行って、すぐに対応できるように伝えておいてくれ。私達は高台へ行って敵の動きを見よう。
彼等二人は高台から周囲を見回している。
「コルテスめ、テノチティトランを包囲している。こちらが降参するのを期待しているのかな」と、テトラナ。
「どうも、直ぐには攻めて来ないようだ。様子でも見ているのかな。なら、こちらにも考えがある」と、サナテクトが言い、含み笑いをした。
テノチティトランは、湖の島に出来た都市であり、その湖の周囲は、山で囲まれている。この山に注目した。
アステカの武器は、主に棍棒と石器である。対するスペインは、大砲と、鉄砲、ボーガン、それにサーベルだ。
まともに戦えば、アステカに勝ち目は無い。
そこでサナテクトは、船を使った夜討ちによる奇襲を考えた。
また、その奇襲には、打ってつけの武器がある。
スペイン軍が残していったボーガンだ。それを真似て作った物もある。コルテスも、まさかボーガンを使って攻撃してくるとは思わないだろう。
更に、アステカ人は、狩猟民族である。彼等は常人よりも、夜、目が利くのだ。その中でも、特に目が良く、ボーガンの腕も上達した人物がいる。名をジャイガという。彼が、皆を導いて先頭を行く事になった。
彼等は、敢えて橋を使わずに数隻の小船を使って進んで行く。
やがて夜の戸張が降り、闇が周囲を覆う。
湖岸には、スペイン軍のかがり火が、赤々と燃えている。これは夜討ちにとっては、格好の標的となる。
ジャイガは、そのかがり火を見て、ほくそ笑んだ。
そして、出撃の合図を出すと、数隻の小船は音も立てず、湖面を進み出した。
暫く進むと、かがり火の近くに立つ見張りの男の顔がはっきりと分かる所まで来た。
その男が、何かを感じたのか、小船の方に顔を向けた。
だが、その直後ジャイガが矢を放つ。
男は声も出さずに、その場に倒れた。
そして、もう一人、周囲を巡回している男がいる。その男が倒れた同僚を見付けた。
彼は、周囲を見回し、警告を発しようと、声を出そうとした時、矢で胸を射抜かれて湖に落下する。
その水の音に気が付いて、何人かが、駆け寄って来る。
そして、一人の男が「夜襲だ、起きろ!」と大声で叫んだ。
だが、その時には、アステカの戦士達も次々に上陸し、棍棒を振り回したり、石器の武器を使って暴れ出していた。それに対し、スペイン兵も漸くサーベルを持って応戦をはじめた。
誰かが、かがり火を使って、宿営地のテントを燃やした。
しかし、時間が経つに従ってスペインの反撃が激しくなってきた。
武器の差もある。
次第に形勢が逆転し押されはじめた。
アステカの戦士達も次々に倒れていく。
もはやこれまでと思った時、思わぬ方角からボーガンの矢が飛んできて、スペイン兵を倒していく。
スペインの背後から何者かが攻撃を仕掛けて来たのだ。
この思いがけぬ攻撃に、スペインは裏切者が出たと思った。スペインは、トラスカラ、テスココの混成部隊だから裏切りの可能性はあるからだ。
この為、スペインは混乱しパニックに陥った。
この混乱に乗じて、アステカ側も息を吹き返した。
だが、頃合いを見計らって、“引き揚げ”の合図を出す。
自力で勝るスペインに対し、ねばり過ぎて、全滅してしまう可能性もあるからだ。
それでも、スペインを慌てさせるには充分の成果を上げた。
また、スペインの背後から攻撃を仕掛けたのは、実はあらかじめ背後の山に潜伏していたアステカ人が攻撃してきたからだ。
サナテクトは、昼間の内に、狼煙を上げ、奇襲する旨を知らせておいたのだった。
後で、テトラナに、戦勝報告し、その結果に大満足した。
しかし、翌朝未明からコルテスの激しい攻撃が始まった。
まず、彼等は湖岸に置いた大砲を使って砲撃を加えた。それによって、周囲に築かれた石垣が崩れていく。
充分にその効果が表れた傾合いを見て、スペイン兵が騎兵を先頭に橋を渡って突撃して来る。
彼等はサーベルを振り上げて迫って来た。
これを見ながらも、アステカ側は、中々動かない。
だがスペイン軍が、もう少しで橋を渡り切ろうとした所で、物影に隠れていたアステカの戦士が出て来て、一斉に、ボーガンの失を放った。
これにはたまらず、スペイン兵が次々と倒れていく。
しかし、それを見た砲兵隊が、砲弾を放ち援護した。
これによって、アステカ側にも被害が出るが、その時、橋に仕掛けた火薬が爆発し、橋桁が壊れていく。
スペイン兵は、壊れた橋とともに、湖へ落ちて行く。
そこへ、何処から現われたのか、アステカの船が出現し、そこからボーガンを放って行く。
このような戦いが、島のあちこちで展開された。
だが、一ヶ所だけ、橋に仕掛けた火薬が、何故か爆発せず、スペイン兵の上陸を許した。
一度上陸を許すと、勢いに乗って次々に上陸して来る。
接近戦になると、スペインのサーベルに対し、棍棒や、石器の武器では太刀打ち出来ない。
ただし、アステカ人は戦闘民族である。倒れても倒れても新手の戦士が死を恐れずに向かって来るのだ。
結局スペインは、一旦退却し、作戦の変更を余儀なくされた。
翌朝、テトラナが高台からコルテス軍の動きを見て驚いた。
それは、湖に13隻ものベルガンティン船が浮いていた。
ベルガンティン船は2本マストの小型船ではあるが、それでも6門の大砲を装備していた。
それが島の様子を窺いながら、航行している。湖岸から撃つのとは分けが違う。
おそらくコルテスは上陸すれば、スペイン兵の犠牲者もかなり多く出る事を学習している。それで飛び道具を使ってアステカ側を疲弊させようと考えているのだろう。
やがて、一つの船から大きな音と共に砲弾が発射された。
それは、“ヒューン”という無気味な音を立てながら飛び、石垣を飛び越え、石で出来た建造物を破壊していく。
民衆は驚き、泣き叫びながら、路上に出てきた。
それをきっかけに、他の船からも次々に砲弾が発射されてくる。
人々は、右往左往しながらも、砲弾の届かない場所を目指して走って行く。
アステカの戦士達も、何とかしようと、ボーガンで対抗しようとするが、その矢は届かない。
スペイン側は、ボーガンの射程圏外を航行している。
次々と撃ち出される砲弾は、テノチティトランの美しい町並を破壊していく。
勇敢なアステカの戦士が数人、ボーガンを持ち、船でベルガンティン船に近づいて行く。
充分接近した所でボーガンを放ち、スペイン兵の何人かをを射抜いた。
だが、次の瞬間には、スペインの鉄砲が火を吹き、たちまち戦闘不能に陥って行く。
テトラナは、そのような光景を見ながら、"バクバク“という心臓の鼓動を感じた。
“滅亡”という文字が頭に浮かんでくる。
その文字を無理矢理、頭から消し去りながら、サナテクトを求めて高台をかけ降りて行く。
非難して行く人混みの中で、サケテクトを必死に探す。
時々着弾する砲弾そして悲鳴。
瓦礫の下敷きになって絶命している人も何人か見た。
これを見ながら、コルテスに対する憎しみの気持が増大していく。
テトラナは、最近サナテクトを、ケツァルコアトルの地下神殿に案内した事があった。
『よし、地下神殿に行って見よう。あそこなら、この砲弾でも、ビクともしないはずだ!』
一部破壊された家や、石像、石造りの建造物などが見えるが、この辺りは、あまり人影は無い。もう非難してしまったのだろう。
そんな事を思いながら、地下神殿の入ロ前まで来た。
ここは、大きく頑丈な岩をくり抜いて出来ているので、大砲の砲弾を物ともせず存在していた。
この姿を見て、ややホッとした。
その大きな岩をくぐって、地下神殿に続く階段を降りて行く。
その階段を降りきった所にドアがある。
そのドアを開いて中へ入ると、奥の方から大勢の人の話し声が聞こえてくる。恐らく多くの人達がここへ避難しているのだろう。
この地下の大神殿は、昼間は外の光を巧みに反射させている。しかも壁には特殊な蛍光塗料が施してあるので、地下である事を忘れてしまう程である。
また、この蛍光塗料の発する光で神秘的な雰囲気を漂わせている。
テトラナは、通路を通って大きなホールまでやって来た。
そこには不安な顔をした人々が大勢いた。泣いている子供を抱いている母親。怪我をしている人もいる。
「テトラナ様、これから先、どうなるんでしょう?」
テトラナを知っている女性が、心配そうな目をして、尋ねてきた。傍らには少女が震えながら、この女性にしがみついている。
テトラナは、少女の頭をなぜながら優しく言った。
「大丈夫だよ、もう少し我慢すれば、いつもの生活が戻ってくるからね!」
「本当ですね」
「ああ、心配は要らない」
そこへ小男が走ってきた。
「テトラナ様、こっちへ来て下さい。サナテクト様もおりますよ!」
「なに、サナテクトがいるのか?」
「はい、私についてきて下さい」
「よし分かった。私も探していたんだ」
この大神殿は極めて複雑に作られており、幾つもの部屋が迷路のように繋がっている。
男は早足で歩く。小男だが異常に早い。テトラナも、この男の歩調に合わせるのが大変だった。
漸くサナテクトのいる部屋までたどり着いた時には、かなりの汗をかいていた。小男は、汗もかかずに平然としている。
この小男もアステカの戦士なのである。その体力は、並の人間ではない。
その男がドアを開けて、先に入る。
「テトラナ様をお連れほした」
皆の視線がテトラナに集中する。
サナテクトが手を上げて、隣の席に座われと言っている。
サナテクトを見付けて、心から喜んだが、この会議室の主役は彼ではなかった。
先日、即位した、若きアウテモック王であった。
テトラナは、王に会釈してからサナテクトの隣に座った。
王が口を開く。
「テトラナ、無事で安心したぞ。早速だが今の状況をどう思うか?」
「陛下、彼等の目的は金銀財宝です。彼等の好き勝手にはさせません。ただ彼等の武器は非常に強力です。特に湖に浮かべた船からの攻撃により、多くの住民が避難しております」
「手も足も出ないという事か?」アウテモックは厳しい表情をして言った。
「しかし陛下、彼等は上陸しようとしません」
「テトラナ! 何を言いたいんだ?」
「先日、彼等は上陸を試みました。しかし、死をも恐れないアステカの戦士の前に退却しています」
「そうですぞ陛下、彼等は我々の勇気を怖れているんです」サナテクトが言った。
「それで具体的な策はあるのか?」
「やはり、我々には闇に紛れた攻撃が良いでしょう。先日の攻撃は予想以上の成果を上げています」と、サナテクトは言い、そこにいるジャイガに顔を向けた。
「私にお任せ下さい」、何度も戦場を駆け抜けてきたこの男は不敵な笑顔を見せた。
「それだけではありません。我々が中々降伏せず、粘り強く戦い続ければコルテスの軍はトラスカラとテスココの混成軍です。寝返らんとも限りません」と、サナテクト。
「そうです。アステカは、陛下が王になる事により生まれ変わりました。もう征服地からの生贄は要求する事はありません。征服地のアステカへの反感は消えるでしょう。その為に各地へ使者を派遣し、手を組もうと!」
漸く厳しい表情をしていたアウテモックの顔が幾分和らいだように見えた。




