アウテモック即位の経緯
さてここで、ケツァルコアトル派の王アウテモックがどのようにして即位したかを、かいつまんで説明しておこう。
尚、この話は、あくまで異世界での話しだ。我々の歴史とは違うという事を忘れないで頂きたい。
ヨーロッパでは15世紀中葉から17世紀中葉まで、大航海時代と呼ばれる時代があった。
新航路の開拓、新たな領土の獲得は、莫大な利益をもたらした。
その情念が彼等をして、新大陸発見にまで導いたのである。
特に、スペインではアメリカ大陸の征服者、探検家をコンキスタドールと呼んでいた。
彼等の動機は、金銀財宝の獲得であるが、一方でカソリック教の布教を旗印に掲げていた。
彼等は、自分達の目的達成の為には、先住民の文明の破壊も厭わなかった。
さて、アステカに注目しよう。
アステカの王、モクテスマ2世の時代。1519年、アステカの暦では"ーの葦の年”に、コンキスタドールであるスペイン人のコルテスが、首都テノチティトランを訪問した。
モクテスマ2世は、コルテスを伝説上の神ケツァルコアトルの再来と勘違いし、コルテスを歓待した。
伝説では、太陽神テスカポリトカに追放されたケツァルコアトルが"ーの葦の年”に復讐に来ると言われている。
その後、アステカ人がスペイン人を殺害したという事件があった。
そこで怒ったコルテスは、武力をもって、モクテスマ2世に、服従するように強要した。
モクテスマ2世は、それを受け入れコルテスの支配下に置かれた。
その後、太陽神の祭典が行なわれている時、コルテスの留守を守っていたアルバラードは、部下へ指示を出し、参加者に向かって発砲した。クリスチャンであるアルバラードから見ると太陽神の祭典は、邪神の祭典のように思えたのだろう。
だが、アステカ人に取ってみれば神聖な儀式である。その最中に発砲し、数人の死者が出た事で、アステカ人の怒りは頂点に達っし、暴動にまで発展して行く。
更に、ケツァルコアトル派の人々もこの暴動に参加する事で、反政府運動の様相を呈するまでになった。
この暴動の騒ぎを聞き、急ぎ戻って来たコルテスは、事態の収集を計るために、モクテスマ2世に、仲裁を命じた。
ところが、コルテスの言いなりになっているモクテスマに対しても反感を抱いていた民衆は、その怒りの鉾を納めるどころか、強く反発する。
その時、怒り狂った民衆の投げた石が王に当たり、それが致命傷となり、後日死亡するに至った。
こうなると、暴動を沈静化する事が出来ず、コルテス率いる軍勢は追い払われた。
その後、テトラナや、サナテクトの働きにより、ケツァルコアトル派の多数派工作が功を奏し、テスカポリトカ派を圧倒するまでになった。
彼等は、ケツァルコアトル派の若きアウテモックを次期王として推薦した。
たが、優カな貴族サンダルマンが、今まで通り、テスカポリトカ派のクイトラワックを強引に王として即位させた。
この民意を無視したやり方に不満を抱く者も多かったが、幸か不幸か、クイトラワック王は、スペイン人が持ち込んだ天然痘にかかり、わずか80日で病没する。
これは、ケツァルコアトル派による毒殺という噂が流れたのだが、誰もその真相を知る事は出来なかった。
再び、サンダルマンが、動き出すが、テトラナは、先手を打って、アウテモックを王に即位させる事に成攻した。
こうして、サナテクトは王の即位に湧く民衆の声を感慨深く聞いていたのである。
だが、手放しでは喜べない。
コルテスが、再び侵略の準備を進めているという噂を聞いているのだ。
しかも彼は、隣国トラスカラとテスココと同盟を結んだらしい。
今度こそ、アステカは正念場を迎えるだろう。
テトラナは、軍略に優れたサナテクトの協力を得て戦争準備に取りかかった。
長期戦に備えて、まずは食料を確保した。
また、ここテノチティトランは、湖の中に出来た島に作られた都市だ。その為、湖は天然の堀となり、攻め手には不利に働くだろう。
だが、橋がある。サナテクトは、橋を破壊しようと思っていたが、良い事を思いついた。
スペイン人が慌てて退却した時に残しておいた火薬がある。サナテクトは、スペイン人が扱う方法を垣間見た事がある。それを学者に研究させたところ、強力な破壊力を持つ事を知ったのだ。
それで、その火薬を橋に仕掛けておいて、スペイン人が渡って来た時に使用すれば効果が大きいだろうと推測したのだ。
更に、島の周囲を石垣で固めた。
これまたスペイン人が残していったものにボーガンがある。テトラナは、これも見よう見まねで、職人に大量に作らせた。これを石垣の間から射れば良い。
これをアステカの兵士に訓練させた。
実は、この他に数十丁の鉄砲もスペイン人は残していったのだが、これに関しては、扱い方が分からず、放っておいた。
テトラナは、サナテクトの働きに満足していたが、これだけ備えても不利な状況に変わりはないと思っている。
あとは、モスカーニヤが、ある人物を連れて戻って来なければならない。それまでは、どうしても、持ちこたえなければならなかった。




