菊王丸、いざアステカへ
さて、菊王丸の方へ、話を戻そう。
スペイン艦隊との対戦によって傷ついた船も、持丸達の協力により、思ったより早く修理が出来た。
なぜなら、エッグに搭載してあった道具を使い、木の加工も容易であったし、資材を運ぶにも、重力制御装置を使い簡単に移動できたからだ。
ガレオン船の乗組員達は、持丸達をまるで魔法使いのように思っていた。
ある時、モスカーニャが持丸に尋ねた。
「持丸様、貴方は別の世界から来たと言いましたね。貴方の世界には、アステカ帝国は存在していますか?」
「ああ、歴史の教科書には載っている。だが彼らは滅ぼされている。しかし心配するな、ここは異世界だから、俺達の歴史とは違うはずだ」
持丸は、モスカーニャがどのような反応をするか心配しながら語った。
それに対し、モスカーニャは、意味深な笑いを浮ベている。
「そうですね、あなた方の歴史には、あなた方のような人は現われてはいないはずですからね!」
その冷静な言葉に持丸は安心した。
そこへ、菊王丸が不機嫌な顔をして歩いてきた。
「くそっ、船の修理は出来たが、風が止んでいる。これでは船はちっとも前には進まんぞ!」
「菊王丸、そう焦るな!」と持丸。
「ほう、お前に良い考えでもあるのか?」
「無い事は無いが」
「もったいぶらないで言って見ろ!」
「それは、俺達が乗って来たエッグを使って引っ張るって事さ!」
その時、タイミング良く、明智と羽柴がデッキに置いてあるエッグから出てきた。
その明智に向かって、持丸が聞く。
「おーい明智、エッグの調子はどうだ?」
「まあまあだ。だがパワーは従来の三分の二程しか出んぞ」
「分かった。ところでそのパワーでこのガレオン船を引っ張る事は出来るか?」
「うん、浮き上げる事は無理だが、引っ張る事ぐらいなら大丈夫だろう!」
「OK、分かった」と叫んだ後、菊王丸の方へ顔を向けた。
「と、いう事だ。船は風が無くても動くぞ!」
「本当だな、嘘ならただでは済まさんぞ!」
「まあまあまあ、怖い人だな。それでいつ出航するんだ」
「それは、お前達の準備が整い次第直ぐに出る」
「分かった、なら明朝でどうだ」
「いいだろう!」
二人のやり取りを聞いていたモスカーニヤは、安心したように、自分の部屋へ戻って行った。
その時、一発の銃声が、鳴り響く。
菊王丸それに持丸が驚いて銃声のする方向へ顔を向ける。砂浜の方角だ。
そこには、神田橋中尉と、清十郎、十兵衛それに次郎吉がいる。
神田橋がこちらに向かって手を振っている。
どうやら事件でも事故でも無さそうだ。神田橋が自分の持っている拳銃の説明をしているようだ。
神田橋は、古今東西の武器に精通している。彼等に講義をしているのだろう。
翌朝、出航の時を迎えた。
やはりこの日も風は無い。
エッグに持丸、明智、羽柴が乗り込んだ。
「おい、行くぞみんな!」コックビットに座って持丸が楽しそうに言う。
「そんなに嬉しいか、持丸!」と明智。
「へへ、人生なるようにしかならんさ。そんな運命を恨むより、受け入れてみれば楽になる事もある。今は、そんな気分だ!」
「お前に深刻になれと言う方が無理だよな」と羽柴。
「その通り!」と言った勢いで持丸は起動スイッチを押す。
デッキの上では、エッグの様子を多くの乗組員が見守っている。
やがてエッグの色が半透明になると同時に、静かに浮かび上がる。
菊王丸は、それを表情を変えずに見ているが、周りの者達は歓声をあげた。中には拍手をする者もいる。
エッグの両端には、ガレオン船を引っ張る為のロープが結ばれている。
そのロープが次第にピーンと張られて行く。
だが、ガレオン船は容易には動かない。
菊王丸の表情が厳しい顔になる。
『持丸の奴、動かんではないか!』
一方エッグの内部では。
「おい明智、今どれくらいのパワーが出ている?」
「本来のパワーの3分の2程度まで出るはずだったがそこまで行っていない。このままじゃあ動かせんぞ」
「そうか、それはまずい。何か他に手はないか?」
「うーん」羽柴が腕を組んで考える。
「何も無けりゃ、あの怖い菊王丸に殺されちまうかな!」と、心配顔の持丸。
「冗談じゃあないぜ。あの菊王丸なら何をするか分からんからな」と明智が持丸を睨む。
「さて、どうするか。大砲を幾つか捨てて貰うか?」
「あの菊王丸が納得するか?」
「納得するもなにもこの船が動かなければどうにもならん」
持丸と明智が言い合っている中、羽柴が何かを思いついた。
「おい、諦めるなよ。上手く行くかもしれん」
「おお、さすがアイデアマンの羽柴だ!」と持丸。
「重力制御装置を使って、あの船を少し軽く出来る筈だ!」
「いや確かにそうだが、エネルギーを使い過ぎるぞ。あの船は重いからな!」と明智。
「……」再び羽柴が考えだす。
「そうだ、船を軽くする必要は無いぞ。空気だよ!」と用丸が嬉々とした顔で言う。
「なに、空気だと?」
「そうだ、空気だ。その為にはまず帆を張ってもらわなければならん」
「そうか、重力制御装置を使って、船のすぐ後の空気の分子を動かすんだな!」
「そうだ、それならエネルギーも少なくて済む」
「名案だな!」
「よし、羽柴、デッキにいる神田橋中尉に連絡を取ってくれ!」
羽柴は、神田橋の無線器に周波数を合わせる。
「神田橋中尉、こちら羽柴です、聞こえますか?」
「こちら神田橋だ。どうした、動かんぞ!」
「ああ、このままじゃあ動かない。パワー不足だ」
「何を今さら。菊王丸が爆発しそうだぞ!」
「落ち着いてくれ。いいから俺の言う事を聞いてくれ。帆を張るように菊王丸に言って欲しいんだ!」
「帆を張れだと、風も無いのに何を言ってるんだ、邪魔になるだけだ」
「いやいや、俺達が風を起こす!」
「な、なんだと、そんな事が出来るのか?」
「ああ、理論的には出来るはずだ」
「そんな事を言って、もし動かなかったら、我々の信頼は地に落ちるぞ!」
「大丈夫だ!」
「分かった、それ程言うなら菊王丸に言ってやろう。後は頼むぞ!」
「分かった」羽柴は、額に滲んだ汗を拭った。
神田橋は、苛ついている菊王丸に向かって腹をくくって、帆を上げる事を提案した。
菊王丸は、神田橋を睨み付け、「バカを言うな!」と一蹴した。
それでも神田橋は食い下がった。
エッグ内では、持丸が焦っていた。
「まだ帆は上がらんのか?」
「菊王丸が動かんようだ」
「そうだな、これで俺の命も終わりって事か?」
「まさか?」
「いや、今のあいつならやりかねない」
菊王丸は、「持丸の奴、許さんぞ!」と猛り狂っている。
それを何とか神田橋がなだめようといいるが上手くいかない。
だが、その菊王丸の背中から落ち着いた声が響いて来た。
「菊王丸様、もう少し持丸様の事を信頼してやったらどうですか」
その声のする方に菊王丸が向き直ると、そこにモスカーニヤがいた。
モスカーニヤの深遠な笑みが、そこにある。
「モスカーニヤか、お前はどう思っている?」冷静さを少し取り戻した菊王丸が問う。
「大丈夫です。彼らの技術力があればアステカの滅亡を救えるでしょう!」
「そうか、そこまで言うなら、今回は帆を上げてやろう」
エッグ内から外を見ていた明智が叫んだ。
「おお、帆が上がったぞ!」
「ようしやったな。重力制御装置を起動する。失敗は許されんからな!」と持丸が、みんなに言うと同時に自分に言い聞かせた。
ガレオン船のデッキでは、風にぴくりともなびかない帆を見上げている。
何も動かない帆を見ながら、諦めかけた傾である。
「おい、今帆が動かなかったか?」
「いや、何も動いてはいないぞ!」
「そんな事はない。確かに動いている」
デッキの上が騒がしくなってきた。
やがて、一陣の風が吹き、帆が風を感じて大きくたわんだ。
それと同時に船が動き出したのだ。
デッキの上から大きな歓声が湧く。




