白髪の紳士
パーフェクトビクトリー社を出る前に、黒崎は士郎に「トイレに行くから先に行ってくれ」と言って別れた。
士郎は、そのまま玄関を出たが思い直して、黒崎を待つ事にした。
士郎にとって見れば、これから一緒に仕事をやる仲間になる。考えて見れば、黒崎の事は変装の名人という以外、少しも分かっていなかった。それで少しでも知っておきたいと思い、夕食に誘おうと思ったのだ。
暫くすると、金髪の若い男が、ファツション雑誌にでも出てくるような身なりをした背の高い女性と、笑いながら出て行った。
『ちっ、あいつは黒崎じゃあねえな。ふん、それにしても趣味の悪い格好してんなあ』、本当は内心うらやましいのだが。
それから暫くして、今度は白髪の渋いスーツを着た紳士が出て来た。
『また違った。いったい黒崎の奴、どうしちまったんだ。別の出口でもあったのかなあ。それともさっきの金髪の男にでも変装したかもな。ああやめたやめた。また今度にしよう』、結局士郎はそのまま下宿へ向かった。
さて、白髪の紳士はというと、老人とは思えない程に早く歩く。
やがて彼は山手線の浜松町駅から電車に乗り、渋谷へ。そこから井の頭線に乗り換えて、下北沢で降りた。そこで彼はタクシーを拾い、約10分程乗った。
彼が降り立った場所には、NPO法人"光からのプレゼント“と書かれた三階建てのビルがあった。
1階に事務所があり、そこへ白髪の男が入っていった。
「あら神楽さん、今晩わ。いつもありがとうございます。子供達喜ぶと思うわ!」
「ああそうかい。今日は大勢来ているかな?」
神楽と呼ばれた紳士は、目を細めながら言った。
「ええ大勢いるわ。神楽先生の教え方はとても分かりやすいから評判なのよ」
「はっはっは、それはありがたいね」
このNPO法人”光からのプレゼント”は、恵まれない子供達に無償で学習支援を行なっている。
恵まれない子供達とは、親が何かの事故で亡くなってしまったり、離婚したりして、経済的に苦しくなって、まともに勉強も出来なくなってしまった子供達に高度な勉強の場を与えたり、経済的に支援したりしている。
優秀な子供達や向学心のある子供達には、優秀な学者がネットを通じて質疑応答する場も設けてある。
ここから、優秀な学者や政治家などが何人も生まれているのだ。
こんな場所へ神楽は、ボランティアで不定期ではあるが教えに来ているのである。
神楽は2階へ上がり、子供達が学習している教室へ入っていく。
教室といっても、普通の学校のように教師が板書しながら、授業をしているわけではない。
子供達が自主的に興味を持った教科を自習しているのだ。そして教師も数人いて、子供達にアドバイスしたり、質問に答えたりしている。
生徒達も小学生から高校生までの子供達が同じ教室にいる。
神楽が入って来たのが分かると、何人かの生徒は顔を上げて笑顔を見せた。
その中で手を上げた者がいる。
「やあ、君は三崎君だったね。うん、この問題をまだやっていたのかね」
「いえ先生、今度は別の解き方にチャレンジしてるんです」
「おやおやこれは失礼! うーん、これは力学の問題をラグランジュ関数を使って解こうとしてるんだな」
この三崎と呼ばれた少年は、まだ中学1年生である。それが大学生レベルの問題を解いているのだ。
神楽はこの三崎と、もう一人、同年齢の南海楠重という少年に注目していた。
南海の方に近付くと、彼は猛スピードで数式を書きなぐっている。
それは、去年の国際数学オリンピックに出題された問題であった。
数学オリンピックに出れば上位入賞、または優勝するのではと、思うのだが本人は全くその気が無い。
南海は、神楽の存在に気が付かないかのように、ー心不乱に問題を解いている。
そんな南海を神楽は満足そうに見ている。
神楽は一人一人の様子をじっくりと見ていく。そして、時々子供達の質問に答えたりしている。
そうやって、一時間ほど見回った後、静かに教室を出た。
その後彼は地下へ向かって行く。
地下室の入ロに頑丈なドアがあり、"関係者以外立入禁止”の文字が書かれてあった。
彼は、顔認識装置のスイッチを入れた。
装置が起動し数秒後、"確認終了しました。どうぞお入り下さい“という声がした後、ドアが自動的に開いた。
そのドアを開けて入って行くと、大理石でできた等身大のアフロディティーの女神像が迎えてくれる。
これは、美の女神であると同時に戦いの女神という側面を持つ。
さらに廊下を進んで行くと、ガラス張りの大きな部屋があり、多くのスタッフが世界から来る様々な情報を分析しているようだ。
更に壁には大きなスクリーンがあり、そこに世界地図が描かれている。その世界地図のあちこちに赤く点滅している所がある。
神楽はそれを横目で見ながら、更に奥へと進んで行く。
すると、行き止まりに、重厚なドアがあり、そこには黒い薔薇の花の紋章が描かれており、その上にブラックローズ日本支部と書かれてあった。
神楽はそのドアをノックした。
すると、ドアの向こうから、自信に満ちた声で「入りたまえ」と言う声がした。
神楽が入って行くと、テーブルで書類に目を通していた男が顔を上げる。50才前後の眼鏡を掛けた恰幅の良い男だ。
「やあ、神楽、首尾よくいっているかね?」
「勿論だ!」
「油断はするな。パーフェクトビクトリー社に何人かスパイを送りこんでいたが、お前以外は全て失敗している°あの飛鳥によってな」
「大丈夫だ。あいつは俺の事を友人だと思っている。ここまで信頼を築く為に何年も費しているからな」
神楽は今までの穏やかな表情から、抜け目の無い顔に変わっている。
「それにしても、お前は幾つ顔を持っているんだ。ジョー黒崎というのは本名なのか?」
その言葉を聞いて神楽は笑っている。
「支部長、その名はここでは言わないように。それにしても、あの顔認減装置だけは、騙せんがな!」
「ふふ、当たり前だ。それにしても、神藤の研究所に潜りこめたのは良かった。また良い情報を待ってるからな」
「任せてくれ。それはそうと、三崎と南海は上手く、いっているようだ」
「そうだ、随分と失敗しているが、あの二人はいいぞ」




