スペイン艦隊との遭遇
航海は順調に進んでいる。
菊王丸は、龍慶と日本を出た時の事を思い出していた。
『あれから3年程が経過している。あの時も、龍慶爺さんをバラワン島へ送る事が出来れば船は俺の物になるはずだった。あの嵐さえ無ければ……』
海に飛び魚が飛んでいる。2匹,3匹.…。空にはカモメが飛んでいる。波も穏やかだ。
『平和なもんだ。だが油断は出来ない。いつ何者かが、牙を向くか分からんからなあ。だから面白いとも言える』
今後、何が起こっても立ち向かって行くだけだと決意した。
「おい、大将! ボンヤリしてんじゃあねえ」
いきなり次郎吉が飛び出してきて後から木力を振り降ろしてきた。
だが、それよりも早く菊王丸は、後を振り向くと同時に次郎吉の腹に拳を食らわせていた。
「くそっ、お前、後にも目があるのか?」
「次郎吉、いくらやってもお前には指ー本触れる事も出来んぞ!」腹を押さえながら苦しんでいる次郎吉に向かって笑いながら言った。
実は先日、次郎吉が木刀で菊王丸にー本取る事が出来れば、船長の位をやってもいいと言ったのだ。それを次郎吉は真に受けているのだ。
暇つぶしにはいいと思っていたが、最近はちょつと煩わしく感じている。
航海は順調と言っていいだろう。
小さな嵐もあったが、このガレオン船はビクともしなかった。
さて、モスカーニャである。彼女はここ数日、自分の船室に閉じ込もっていたのだ。
そのモスカーニャが、久々にデッキまで出てきたのだ。少しやつれたようにも見える。
「どうしたモスカーニャ、何か心配事でもあるのか?」菊王丸が問う。
「菊王丸様、明日は用心なさって下さい」モスカーニャが、表情も変えずに言う。
「おーい、何か問題でも発生したのかな。少しは刺激が欲しいと思っていた所だ」清十郎と十兵衛がデッキへ上がってきた。
「明日何があるというんだ?」と菊王丸。
「艦隊が迫っています」
「艦隊だと、ポルトガルなのか?」
「スペイン艦隊です。彼等はトルデシリャス条約を理由に攻撃を仕掛けてくるでしょう」
「奴等の勢力はどれくらいだ?」と清十郎が難しい顔をして尋ねる。
「私達の5倍はあるわ。ガレオン船が5隻というところね」
「そうか、それだけ戦力の違いがあるなら、少し航路を変えるか?」
「そんな事をしても無駄、いずれ遭遇するわ」
「何か策略でもあるのか?」と十兵衛。
「そうだな、じゃあどの辺りで遭遇するのか分かるのか?」と菊王丸が海図を見せながらモスカーニャに問う。
モスカーニャは、地図の一点に人差し指を置いた。
その近くには、小さな島がある。
「分かった。その島へスペイン艦隊を誘導しよう」
「どうするつもりだ?」十兵衛が口を出す。
「へへ、今度は俺達がそこへ砲台を築く」と菊王丸。
「そうか、じゃあなるべく早くそこへ行っておかなくてはならんな」
「よし、急がしくなるぞ」
彼等は全速力で、その島へ急いだ。
そしてその日の夕刻には、その島へ倒着し、明日の戦の為に、大砲や鉄砲のチェツクをしておいた。
明け方には、屈強な男20人と十兵衛が組み立て式の大砲を島の高台へ運んで行く。
実はこの大砲、ウルバン砲の改良型である。これはモスカーニャが霊視し、それを設計図に書き留めておいたものを日本人街の職人に渡し作らせて置いたものだ。
「十兵衛頼んだぞ!」菊王丸が出発する彼等に声を掛けた。
菊王丸達は、モスカーニャの示す方向へ船の舵をとった。
マストの上では望遠鏡を持ってスペイン艦隊を探している。
やがて「スペイン艦隊が来たぞ!」と言う大きな声が頭上から降って来た。
「いいぞ、太鼓を叩け!」
一方、スペイン艦隊ではロペスが指揮を取っていた。
「なんだ、あの音は? 早く確認しろ!」とロペスが吠える。
「前方に船が見えます。ガレオン船です」
「スペインの船なのか?」
「違います。国籍は確認できません。彼等は、旋回して逃げて行きます」
「どこの船にしろ、この海はスペインに優先権がある。排除するんだ」
「了解しました。全速力で追い掛けます」
「ようし、奴等の船はそれ程スピードが出ていない。挟み撃ちにしよう」
やがて大砲の射程圏内に入った。
「大砲をお見舞いしてやれ!」
菊王丸の船の近くで、幾つもの水柱が上がる。
菊王丸の般は、島の近くで停止した。。
「ロペス艦長、あの島の周辺から何やら靄が出てきました」
やがて、菊王丸の船もろとも、靄で見えなくなってきた。
「くそ、悪運の強い奴等だ。ようし、あの小さな島を包囲するんだ。出て来た所をやってやる」
やがて、ロペスの5隻の艦隊は、散り散りになり、島を包囲した。
すると、唐突に"ヒューン"という音がしたと思ったらロペスの隣にいたガレオン船のマストが大きな音をたてて崩れ落ちる。
「どういう事だ。何処から撃ってくるんだ」
その内に再び砲弾が炸裂し、ついに先程の船は航行不能となる。
その混乱に乗じて、菊王丸の船が靄の中から出て来ては砲撃を加える。
そして、ロペスが反撃に出る前に再び靄の中に隠れた。
当然、菊王丸にも相手の船は良く見えていないのだが、そこはモスカーニャの助言に頼っているのだ。
この作戦によって、ロペス側は5隻の内2隻が航行不能、1隻が沈没している。対する菊王丸の方は、ほぼ無傷である。
たが、菊王丸の側にも次第に不利な状況が出てきた。
ウルバン砲を連射し過ぎた為、砲身が熱くなり過ぎて、使い物にならなくなってきた。
更に、靄と思われていたのは、実は菊王丸側の兵士達が、物を燃やして煙幕を張っていたのだ。しかし、遂に燃やす物が無くなって来たのである。
この為、ロペス側から菊王丸の船が良く見えるようになってきたのだ。
ロペスが乗っている般は、菊王丸の船よりも一回りは大きい。
まだまだ対等に戦ったら勝ち目は無い。
だが逃げ場も無いのだ。
唯一の希望はウルバン砲が早く復旧する事であるが、それまで持ちこたえる事が出来るのか?
菊王丸は、覚悟を決めた。やられてしまうにしろ、最後まで戦う意志を固めた。
ロペスの砲が唸る。
菊王丸も負けずに撃ち返す。撃ち返しながらも面舵、取り舵を繰り返しながら砲弾をかわすのだが、それにも限界がある。
やがて、デッキに数発、更にマストも折られた。
硝煙の中で、モスカーニャの姿が見えた。
「モスカーニャ、俺達の運命もこれまでか?」
「ここで私達が失敗すれば、アステカも滅びます」
モスカーニャは、そう言ったきり、何かを待っているような表情をした。
「お前、何か隠していないか?」
「隠してはいません。でも私達に出来る事は、人事を尽くすだけです」
爆風で木屑が飛んで来る。
「くそっ、それでどうなる?」
「アステカの神が教えたのはここまでです」
「ふん、ここで終わりという事か!」
あと、数発砲弾を食らえば船は沈没するだろう。
だが、菊王丸が死を覚悟した時である。
空が急速に暗くなると同時に激しい稲光がひかり、“ゴロゴロ"という音が辺り一面に轟いた。
空を見上げると、暗闇の中で、黄金に光る物が動いている。
更に、獣のような雄叫びが聞こえて来る。
黄金に光る物が出した声である。
やがてそれは、空で、円を描いた。
菊王丸は、空を凝視する。何かに睨まれているような怖しさを感じた。
「おう、あれは黄金の龍だ」
菊王丸が、それを龍だと認識した時、突然"パーン”という耳をつんざくような音がして、空から燃える巨大岩が無数に降ってきたのである。
よく見れば、龍が円を作っ部分から燃える岩が降って来るように見えた。
しかも、その燃える岩石は悉く、ロペスの艦隊に向かって降り注いでいる。
ロペスの艦隊から、阿鼻叫喚の声が聞こえてくる。
地獄絵図を見ているようだ。
遂にロペスの艦隊は、海の藻屑となって消えた。
菊王丸が、更に黄金の龍を見ていると、その円の中から何かが飛び出して来たように思った。
半透明の物体のようだが、まだ鳴り続けている稲光の光が乱反射して、実に美しく見えた。
球形の物体のようである。
その物体が、ゆっくり降下して、着水した。




